絶対天使と死神の話

死神編 05.好きとか嫌いとか


アーステイラを家から追い出しても、小島は浮かない顔で部屋に戻る。
問題は原田にあった。アーステイラなんぞ、最早いてもいなくても関係ない。
触っても抱きついてもパジャマを脱がしても意識されないのでは、一生告白できないも同然ではないか。
このまま同居生活を続けるのは生殺しだ。原田への恋心を捨てきれない自分としては。
かといって急に出ていくと言い出したら、きっと彼には心配されてしまう。
一度、確かめたほうがいいのかもしれない。引かれたら、冗談だと誤魔化しておけばいい。
「どうしたんだ。飯、食べないのか?」と原田が追いかけてきたので、思いきって尋ねてみた。
「なぁ。お前、男と女じゃどっちが好きだ?」
唐突な恋愛論に原田は目を丸くして、しばしの間を置いたのちに答える。
「性別で誰かを好きになるわけじゃない」
「んじゃあ、男と女、どっちに告白されたら嬉しいんだ?」
「告白を受けた時点で親しい間柄になっていれば、どちらでも嬉しい……と思う。なんだ、この質問?」と原田には聞き返されたが、構わず続けた。
「もし、俺がお前を好きだとしたら、どうするんだ?あぁ勿論、友情じゃなくて恋愛でだぞ」
「どうするって……」
言葉に詰まり、原田が視線を逸らす。
「いや、その……お前、俺を好き、なのか……?」
テレているようでもあり、困惑しているようでもあり、どちらとも取れる表情だ。
「もしもって言ってんだろ?」
小島が助け船を出してやれば、原田は視線を併せず、ぼそぼそと答える。
「……やっぱり、嬉しい……と、思うが……」
かと思えば、顔を上げて真っ向から小島を見据えて言い切った。
「小島。俺は、お前と水木、二人とずっと一緒にいられたらと、いつも思っている」
初めて聞く本音に、小島は息を飲む。
ずっと仲良し三人組でいても、原田が自身の気持ちを表に出すのは稀だ。
誘えばついてくるが、あまり楽しそうに見えず、いつも不安が片隅にあった。
本当は、友達だと思われていないんじゃないか。
迷惑だと思われているんじゃないか。
全ては杞憂だった。
そこまで原田が自分たちを大事に想っていたと知れたのは、素直に嬉しい。
だが、もっと突っ込んで聞いてみたい。
「それは幼馴染の友情でか?」
小島の質問には首を振って否定し、原田の頬に赤みが差す。
「友情であっても愛情であってもだ。だが小島、もし俺がお前と水木の両方を好きになったら、お前は俺を許せるのか?それとも、お前だけを求める俺じゃないと嫌か」
「ん?何?原田ってば俺と水木の両方とも好きだったの?」
興味津々突っ込むと「もしもの話だ」とやり返され、改めて小島は考え込む。
水木の恋心が原田に向かっているのは知っている。
本人は隠しているつもりのようだが、ああも態度に出ていたんじゃバレバレだ。
小島も原田が大好きだ。性的に求めていると言って過言ではない。
水木のことも好きだが、あくまでも幼馴染の友情止まりだ。
水木も小島に対しては同様であろう。
三人の中では原田だけだ、恋心の方向が見えないのは。
もし彼が水木と小島の双方を好きになれば、全員両想いでハッピーエンドになるのではないか?
「お前が俺を好きだってんなら、他にも好きな奴がいたって全然ダイジョーブだぞ!」
満面の笑顔で答えると、なおも追加質問が飛んでくる。
「本当に?目の前でいちゃつかれても平気なのか?好きになるのが、お前ら二人ではない可能性だってある……それでも大丈夫だと言い切れるのか」
「んじゃ、お前こそ、どうなんだよー。俺が例えばジョゼりんと目の前でパフパフイチャイチャしていたら、どう思うんだ?」と聞き返すと、原田は沈黙した。
オヤ?と思って顔を覗き込んでみると暗く落ち込んでおり、ここまで露わに感情を表に出す彼も珍しい。
「俺は……お前の、その巨乳云々といった嗜好が好きじゃない。お前には悪いが、下品だと思う」
落胆している割に他人の嗜好をバッサリ一刀両断だ。
水木も本音じゃシモネタと受け取って嫌がっているようだし、ここらでフェイクを卒業しておくのが手か。
「それ以外で愛を語るなら、好きにすればいい……と理性では考えるだろう。だが、きっと本能は拒否感を示す。お前が水木を好きになっても然り、仲良し三人組でいられる自信がない」
まさか原田が嫉妬深いとは意外だ。
一番そうした感情とは縁遠く見えるのに。
三人の中で一番独占欲が強いのは水木だと、小島は踏んでいた。
ジョゼや要が近づいたり、ジャンギが手を握った時にも反応を示していたじゃないか。
傍らのピコは気づかずとも、小島には判った。彼女が内心嫉妬していたのを。
まぁジャンギの件は自分も感情を露わにしてしまったが、あれはジャンギが悪い。
戦闘担当の依怙贔屓は嫉妬感情を抜きにしても、良くない傾向だ。
「末永く三人で仲良くしたいと言っておきながら、どちらかが恋仲になったり誰かと恋に落ちたら嫉妬する……人に、どうこう言えた筋合いじゃないな。こんな俺でも、お前は許せるというのか?」
原田の両眼に浮かぶのは、自己嫌悪の涙だ。
じわぁと潤んだ目で見つめられて許せないと答えられる奴がいたら、相当の猛者か鬼畜であろう。
元気づけてやろうと、小島は力強く頷いて原田を抱き寄せた。
「許す許さないの問題じゃねーだろ?お前が俺を好きになってくれないからって、俺がお前に幻滅したり嫌いになったりなんてのは絶対ないから安心するといいぞ!モチロン、嫉妬するお前も許容範囲だぞ」
ぎゅぅっと原田が抱き着いてきて、小島は内心むほー!と興奮が高まり、自然と鼻息も荒くなる。
原田には、もしもだと誤魔化したが、本音じゃ今すぐにでもチュッチュラブラブしたい。
原田も恋愛で小島を好きになってくれたら万々歳なのだが、現在は友情止まりだろう。
その原田が「小島……お前は、優しいな……」と小さく呟き、すんすん小島の匂いを嗅いでくるもんだから、小島の心臓はバクバク激しく脈打って爆発寸前だ。
原田は弱みを見せたり落ち込んだりといった感情を、小島たちの前では滅多に見せない。
さすがに両親が蒸発した時には落ち込んでいたが、大きくなってからは一度も見た記憶がない。
スクール入学後に彼を襲った大事件、イリーニャとボーリンに無理やりキスされた時は内心じゃ酷くショックだったろうに、それでも幼馴染の前で愚痴ったりしなかった。
気を失うほど嫌だったのに、どうして何も語ってくれないのか。
それとも、全て自分の内側にため込んでしまう癖がついているのかもしれない。
何でも相談できる相手、両親を早くに失ってしまった反動で。
昂ぶる性欲を自制で抑え、原田の頭を優しく撫でてやりながら、小島は語りかけた。
「水木にもさ、最初に話を通しておけば納得すると思うなー。あいつは俺よりも優しいから」
たとえ原田が浮気したとしても、彼に嫌われたくない一心で水木も自分の嫉妬深さを自制するはずだ。
破局ないし喧嘩別れで、二度と会えなくなるのが一番ツライ。
それと比べたら、浮気されるぐらい何だ。
これ以上、親しき者との別れを原田に経験させたくもない。
末永く三人一緒に居られたら――最高の望みだ。
これこそアーステイラ、絶対外道天使の力を借りてでも叶えたい夢である。
ま、実際には奴の手なんぞ借りなくても、自分たちで叶えてみせる。
「ごめんなー、変なコト聞いて。けど、いっぺん聞いてみたかったんだ。お前、俺に裸を見られんの嫌がるクセに、朝パジャマはだけてんの全然気にしてないみたいだったから、俺がお前を好きになる可能性を」
言葉の途中でガバッと身を離し、原田が顔を真っ赤に弁明を始めた。
「あ……あれは、気づいていたッ。だが、あの場で恥ずかしがったりしたら、お前を傷つけると思って……!」
自分で脱いだんじゃないのに脱げていたら、隣に眠る奴が犯人だと考えるのは当然だ。
そこで小島を疑うのは悪いと考えるあたりが、原田らしいと言えよう。
「なんだ、俺に気を遣ってくれたのか?優しいなぁ正晃ちゃんは」
ツンと原田のおでこを突っつき、この際だからと小島は種明かししておいた。
「あれな、俺がやったんだ」
「えっ!?」と心底驚く親友に、重ねておちゃらけてみせる。
「やー。だって昔は一緒に共同風呂行ってたのに、なんで急に恥ずかしがるようになったのかなぁと思って。あの頃と比べたら全然貧弱じゃないじゃん、チンチン。もっと自信もっていいぞ」
ポカンと呆けたのも数秒で、すぐさま原田は怒鳴りつけてきた。
「そっ……そういう悪しき好奇心を、実行に移すんじゃない!二度と同じことするなよ!?したら、同じベッドで寝るのをやめるからな!!」
怒鳴っているが、怒っているのではない。
こちらと目を併せないのが何よりの証拠、恥じらい九割の照れ隠しだ。
「そもそも何で同じ部屋にしようと思ったんだ?俺は空き部屋でいいって言ったのに」
当時はアーステイラが同居していたから、万が一の用心棒にしたんだというのは予想できる。
こちらも、そのつもりで同居を申し出たのだ。
だがベッドまで一緒は、やり過ぎだ。
そこまでせずとも、小島は床に布団敷きで充分だったはずだ。
いやモチロン、小島としては一緒のベッドのほうが何倍も嬉しいのだけれど。
じぃっと穴のあくほど見つめてやると、ますます原田は視線を逸らし、ゴニョゴニョと小声でぼやく。
「あんなデカいベッド……一人じゃ寂しいだろ。それに、お前と一緒に寝るなら安心できると思って……」
「ん〜?よく聞こえないぞ、もっと大きな声で!」
わざとの煽りに、わざとだと気づいた原田がマジギレで返す。
「も、もう、いいだろ!この話は終わりだ、飯が冷めるッ」
からかわれてムキになるだなんてのも、これまでの彼を思い起こすに珍しい態度だ。
スクール入学の余波か絶対天使との接触かで、原田に何らかの心情変化があったのかもしれない。
「そーいや、お前が普段どんな食事してんのか気になってたんだ。弁当はフツーだったよな?飯も、あんな感じなのか」と他愛ない雑談に戻りながら、小島と原田は揃ってダイニングへ向かった。


原田家で起きた異変には、死神も気づいていた。
「絶対天使が家を出た。狩り時――か?」
風に問われ、しばし遠くを眺めていた神坐が首を振る。
「……いや、別の奴に拾われたみてぇだ。世渡りの上手いこったぜ」
「人間は幼き姿に同情する生き物だからのぅ」と呟き、大五郎は顎を撫でる。
どこに移り住もうと奴の息の根を止めるのに変わりはないが、まだ時期尚早だと考えた。
アーステイラの様子を探ってみたものの、弱点はおろか隙すら見当たらない。
きっとまだ、この地上の誰にも心を許していないせいだ。
絶対天使は高いプライドの持ち主である。
そのくせ他種族に惚れっぽく、望みをかなえる行程で相手と恋仲になるのは日常茶飯事だ。
任務が終われば冥界に戻らねばならない死神と異なり、異世界に永住した絶対天使もいると聞く。
恋に落ちた絶対天使は心身ともに脆くなり、恋の相手が敵に回るとなったら高い魔力も意味を成さなくなる。
アーステイラが好きになった相手を味方につければ、労せずして勝てる。
だが、あの高慢ちきが誰を好きになるのか、それがいつになるのかまでは死神にも予想がつかない。
その前に原田へ手を出されるのは厄介だし、やはり町の外に誘き出して戦うしかないか。
「恋を扇動する……という手もある」
ぼそっと呟いた風に、神坐と大五郎の視線が集まる。
「恋愛を?まぁ、出来ないこともなさそうだがよ、相手は誰にするんだ」
神坐が首を傾げる横で、大五郎は千里眼で彼女の現在地を眺めた。
「一番手っ取り早くいくのであれば、今いる家の……男が一人。あれがよかろう」
「え〜?なんか犬のコスプレしてっしヒモだし財力からっきしだし、ねーちゃんに頭抑えられてて情けねーっつうか、好きになる要素どこにもねぇけど!?」
神坐による散々な己龍への酷評を聞き流し、風は脳内で持論を深く掘り下げる。
アーステイラに恋を唆すのは、けして悪い案ではない。
あの絶対天使は他の天使よりも純粋、つまりは天然単純馬鹿で他人の話を信用しやすい。
現に今も己龍の悲惨な自分語りを、全部信じ切ってしまったようである。
奴が嘘をついている可能性だって充分あろうに。
あれは人として、どうにも信用できる相手ではない。
神坐の駄目出しと併せて、おさわり禁止にカウントされる対象だ。
できれば輝ける魂に近しく、それでいて彼を戦いへ巻き込まない位置にいる人間が望ましい。
明日以降は海か陸をスクールへ潜り込ませて、人材調査をさせてみようと風は考えをまとめた。
21/05/23 UP

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