絶対天使と死神の話

絶対天使編 06.こんなの反則です!


なし崩しに始まったファーストエンド生活は一向に願いをかなえられるターンが回ってこず、アーステイラは内心ヤキモキしていた。
願いを見た時は、簡単に全クリアできると考えた。
だが、なんとしたことか、ここの原住民は彼女が思うよりも恐ろしく脆弱であった。
今日も草原で薬草採集に励んでいたのだが、途中で貧弱な雑魚モンスターが出現し、チームメイトが全く太刀打ちできなかったのには心底驚かされた。
雑魚モンスターはアーステイラの魔法一発で消滅し、少女たちからは一躍英雄に祭りあげられて、下校時にはケーキを奢ってもらったりとボーナスステージが発生したのは、さておき。
同期の子供たちが、この程度の強さでは、原田の実力も、さして変わるまい。
一応模擬戦闘や武器特訓など、戦闘練習できる機会が設けられている。
しかし一度や二度の疑似練習如きで、急激に強くなれるとは到底思えない。
やはり戦闘は実戦あるのみだ。
アーステイラだって、そうやって強くなったのだから。
「懐かしいですね……魔物百番勝負。原田くんにも是非経験させてやりたいものですが」
現状では、どの子が戦ってもプチプチ草というんだったか、あの最弱モンスター一匹にすら勝ち目がない。
自由騎士スクールは三年で戦いと知識を叩きこみ、卒業時に本職の資格を貰う。
そこから先は自力で依頼を取ってきて、費用も自前の過酷なブラック職業だ。
在学中に、どれだけ武具と軍資金を揃えられるかがキモだと、アーステイラの受け持ち教官が言っていた。
よく考えたら、あの貧弱加減な生徒に防具のレンタルがないとは酷いスパルタスクールだ。
しかし誰も文句を言わない辺り、訓練された傭兵感を覚えたアーステイラなのであった。
依頼中に見つけた宝は、全て生徒たちの所有物にしていいとの話だ。
武器を借りに行かされた窓口でも、外で良い武器を見つけてくださいと聞かされている。
外には過去の遺物が埋まっているのだそうだ。
証拠として己龍が見せたのは、使い込まれた手裏剣であった。
つまり強くなる秘訣としては模擬戦闘と武器訓練を繰り返し、依頼中に武具を探しまくればいいということか。
チームメイトは明日も薬草を探すと張り切っていた。
強さに執着している生徒の少なさに一抹の不安を覚える。さすが、いずれは滅びる定めの世界だ。
この町、アーシスの歴史についても多少調べてみたが、エイストとサウストの年号切り替えには数十年の空白があるのだと、町長が教えてくれた。
道理でサウストになってから13年しか経っていない割に、中年人口が多いはずだ。
この町が出来たのも、サウスト年号が始まる前だという。
然るに聖戦はエイストの時代と共に終わりを告げ、人々の暮らしが安定するまで新しい年号には切り替えられなかったと推測される。
聖戦以降のファーストエンド民は平均寿命が五十歳で、四十を越えた辺りから体に異変が起きるらしい。
異変は個人差があり、体が動かなくなったり硬くなったり突然心臓が止まったりする。
死期を悟った人は、そっと町の外へ出ていくことがあると町長に聞かされ、原田の両親が蒸発した理由はそれかとアーステイラは勘繰った。
人生五十年。
そう考えると、ますます原田には早急に強くなってもらわないと困る。
初依頼は、もう終わってしまったが、彼の望みはまだ残っている。
戦闘でかっこよく立ち回り、水木に素敵と褒められることだ。
陳腐な願望だけれど、なにしろ思春期の子供だし、好意を持たれたら結婚へ繋がるかもしれない。
アーステイラは彼を不幸にしたいのではない。
できることなら、願いが叶った後も幸せな人生を送ってほしいと考えている。
その為にも――明後日の休日を使って、強化訓練させなくては。
絶対天使は沸き立つ新たな計画に意欲を高ぶらせながら、帰路についた。


アーステイラが原田の家へ戻ってきて、玄関を一歩入った瞬間に聞こえてきたのは「ばか、やめろ小島!」という原田の大声であった。
怒っているようで、どこか笑いを含んでもおり、一体何をやっているのかと部屋を覗いてみれば、小島が原田の上に馬乗りとなって縄で雁字搦めに縛りあげていた。
「え、なんですか?唐突なSM……そっちの方向に目覚めたんですか、ゴリラの分際で」
ドン引きするアーステイラへ小島が答える。
「えすえむ?なんだそりゃ、違ェよ。模擬戦闘のおさらいだ!」
曰く、本日の原田チームは初の模擬戦闘で弱体化されたプチプチ草と戦ったのだそうだ。
戦闘が長引くと、プチプチ草は敵を捕縛してくる。
だから、捕縛された後の逃げ方を復習していたとは小島談。
アーステイラは猛烈な脱力に襲われた。
プチプチ草が飛ばしてくる散弾の防ぎ方でも考えりゃいいのに、なんで捕縛の脱出法を優先するのだ。
単に原田を縛り上げたい小島の趣味ではあるまいか。
原田も一緒になってキャッキャしていた辺り、真面目とは言い難い復習だ。
「わたしは今日、野生のプチプチ草と戦いましたけど」
「え!ホントか!?」
さっそく食いついてくる小島と、それから原田をジト目で見やり、アーステイラは吐き捨てた。
「正直に言って、あなた方では勝てない相手ですね。チームメイトはボロボロにやられましたし」
「そんなに強いのか……本物は」
ぽつりと呟き、原田が尋ねる。
「どの辺りで遭遇した?」
「どの辺りと言われましても、町周辺ですよ?薬草収集の範囲です。草原地帯では頻繁に出会うと、わたしのクラスの教官が言っていましたけど、本当だったんですね」
「ジャンギも言ってたぜ、それ!そっか、ポロポロ出てくるのかぁ……」
小島は相槌を打ち、原田と相談を始めた。
どちらも下がり眉で不安を隠せていない。
何を相談しているのかといえば、逃げる方法についてだ。
強くなる熱意がないくせに、死を恐れる。
どうにも行動がちぐはぐで、戦える身から見ると歯がゆい。
あんな雑魚すら倒せないんじゃ、戦闘依頼で格好良く戦うなど夢また夢ではないか。
「総合戦力が上がらないと戦闘依頼を引き受けられないんですってね。休日返上して、戦闘特訓しましょうか?」
「お前が?」と二人揃っての驚きに頷き、アーステイラは自信満々、人差し指を立てる。
「なんだったら、今からだって構いませんよ。ここで結界を張って稽古をつけて差し上げます」
せっかく申し出たのに二人の反応は鈍く、原田が言うならともかく「えー?いいよ、恩着せがましく混ざってこなくても」なんて鼻毛を抜き抜き小島如きに言い捨てられてはアーステイラだって引き下がるわけにゆかず。
「なんですか、やる気ないですねぇ。わたしに勝てたら、同居を辞める件も考えてあげなくはないですよ?」
好条件を付け足した途端に心を動かされたか、ぐわっと立ち上がった小島が身構えた。
「よし、負けたって文句言うんじゃねーぞ!いくぞ、原田ッ」
原田のノリは悪く、「ここで暴れるのか?家が壊れるぞ」と愚痴るのへはアーステイラが言い直す。
「結界を張ると言ったでしょう。結界とは、そうですね、魔法で見えない壁を作って衝撃を防ぎます」
先の大掃除でも張っていたんですよと言われ、そういや壁を直しても音一つ立たなかったと原田は思いだす。
勝てば絶対天使を追い出せるかもしれないといった期待も込めて、唐突な戦闘訓練が幕を切って落とされた。
「おりゃああ!!」
小島の真っ向体当たりをサラッとかわしたアーステイラに、原田の投げた縄がパシリと当たる。
「甘いですね。縄を振るうんでしたら、もっと勢いよく振らないと――」
ぶわぁっとスカートが盛大にめくられて、忠告は途中で途切れた。
「きゃあぁぁ!?」
めくったのはタックルを躱されて後方に回った小島だ。
「何するんですか、このスケベゴリラ!」と怒る彼女へ「イェーイ、純白パンツ丸見えー」と小島が子供みたいな煽りを飛ばす。
注意が小島に逸れた一瞬、アーステイラは原田を見失う。
気配を後ろに感じると同時に原田がアーステイラの両腕を後ろ手にギュッと縄で縛りつけてくるもんだから、縛られた当人は驚いて「ちょっと!?」と暴れるも、顔の近さに二度ビックリだ。
「ちょ、だめ、顔!顔近いっ!」
息がかかるほど異性と急接近するなんて、しかも戦闘中に?
初めての経験が彼女を戸惑わせ、小島の奇襲を許してしまう。
ぐっと下着を掴まれる感触にハッとなる暇もなく、一気に下へ引き下ろされて。
「ぎゃああぁぁぁぁ!!!」
アーステイラのあげた叫びが結界中に木霊した。
「イェーイ、みたかノーパン殺法!」
ゴリラのやつときたら、アーステイラのパンツを下に引きずり降ろしやがったのだ。
スカートで隠れているからセーフかと思いきや、原田が背中越しに密着してきて、いつスカートがペロリと捲れて尻が見えてしまうかもしれない恐怖心と羞恥心で「ぎゃあぁ、だめ、いやぁ!」とアーステイラは半狂乱だ。
そうでなくても、布越しに原田の身体を感じてしまう。
尻が異性と密着していると考えるだけで、アーステイラは恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
たとえ何十、何百年生きていようと、恋愛経験は一つもない永遠の少女である。
「オイ暴れるな、暴れたら見えてしまうぞ」
腕の中で暴れる天使に原田が声をかけたら、「ぎゃああ!見たら殺す、絶対殺すゥゥゥ!!」と言葉は物騒なれど無様な泣き顔を晒しており、先ほどまで自信満々訓練をつけると言っていた天使と同一人物とは到底思えない。
反撃できない彼女を雁字搦めに縛りあげて床へ転がし、原田が小島に尋ねる。
「……で、これは俺達の勝ちってことでいいのか?」
「んなわけないでしょう!」と縛られた本人が声を荒げ、転がされた格好のままで睨みつけてきた。
「野生のモンスターはパンツ履いてませんし、こんなのノーカンです、ノーカン!!」
「パンツ降ろしちゃ駄目なら、最初にそういうルールにしなきゃ判んねーだろぉー?」と小島も言い返し、縄を上に引っ張った。
「ギェ!?や、駄目ぇ、引っ張ったら食い込むゥ!」
股間に縄が食い込んで痛いから悲鳴をあげているというのに、ますます調子に乗った小島が遠慮なく縄を引っ張りまくる。
「ほぅ?どこに食い込んでいるのかな、ほれほれ♪」
「見りゃわかんでしょ、アダダ、イダダ、もうヤダァァ〜〜」
原田はといえば、ノーカン宣言を聞いた直後に興味を失ったかして、台所へ消えていく背中が見えた。
「ちょっとぉぉぉ〜!戦闘訓練終わったんだから、縄を外しなさいよォォ!」
「自分で外せるだろ?偉大なる絶対天使様なら」
非情な返事が台所から返ってきて、小島がウププと含み笑いを漏らす。
「だっせー、見捨てられてやんの。それでも追い出さないんだから、あいつ優しいよなー」
「どこが優しいのよ!こんな雁字搦めに縛られたら身動き一つ取れないじゃないっ」
縄を外すだけなら、造作もない。
だがパンツを降ろされた状態では、縄がキリキリと大事な部分に食い込んで、始終痛みを訴えてくる。
しかも小島が先ほどから小刻みにグイグイ縄を引っ張るせいで、縄を引きちぎろうにも集中力が抜けていく。
「これも特訓だな、逃げる特訓だ」と小島がニヤつき、縄の動きが変わる。
わざと股間に食い込むよう、縄を交互に引っ張り始めた。
もう意図的に意地悪をされていると考えて、間違いない。
原田がやるのであれば多少は判るのだが、なんで小島なんぞにやられなければいけないのか。
「やぁ、やめろって言って、だめぇ、すりむける、アソコが擦り切れちゃう〜」
何百年と生きてきたが、このような恥辱を脆弱な種族の手で与えられたのは今日が初めてだ。
絶対天使に逆らう異種族自体、ありえない遭遇だ。
これまでに願いをかなえてやった人間たちは皆、喜んでアーステイラの助力を受け入れてくれたというのに、なんなのだ末期ファーストエンド民の底意地の悪さは!
「この家を出ていくって約束するんなら、やめてやらないこともないぜ?」
今や主導権は、すっかり小島に握られており、出ていくと言わなければ漏らしてしまいそうだ。
何をってオシッコを。
執拗に擦られすぎたせいで痛みの他に尿意まで沸いてきて、このまま続けられたら非常にヤバイ。
「や、だめ、マジで駄目だってば、これ……もう勘弁してぇ」
余裕のなくなった絶対天使を眺めて、小島は内心ほくそ笑む。
アーステイラを追い出す方法が思いつかなくて始めた同居生活であったが、そのうち彼の脳内では原田と二人で暮らしたいが為にアーステイラを追い出す方向へ切り替わっていた。
まさか自分から条件を出してくるとは。予想外のラッキーだ。
相当自信があったのだろうけど、こちらが勝った以上、返事はハイの一択しか許さない。
ぶるぶる体を震わせているのは屈辱もあろうが、尿意が一番の原因と見た。
パンツを降ろすまでが小島の立てた作戦だった。
原田がアーステイラを縛りあげたのは全くのアドリブで、これも予想外のラッキーだった。
何故縛ろうと思ったのかは、武器がちょうど縄しかなかったせいであろう。
痛いと泣き叫ぶ少女は、同情心よりも加虐心を煽られた。
こいつがやってこなければ、原田の身に降りかかった全ての不幸は起きなかったのではないか。
小島には、そう思えてならない。
元より見知らぬ部外者だ。同情なんぞ、わくわけがない。
これでもかとグイグイ真上に縄を引っ張り上げたら、尿意の限界値を越えたアーステイラが敗北を認めた。
「あ、あぁぁ、出てく、出ていきますぅ、ですから早く縄を解い、て……はわぁぁぁっ」
ジョパパパー!と激しい音、そしてホワホワと白い湯気を立ち昇らせて、小さな体が痙攣する。
うつぶせなので、よく見えはしないが、勢いよく出たのはオシッコで間違いない。
降参するのが少々遅かったばかりに、縄を解いてトイレへ駆け込む時間が足りなかったようだ。
「ははっ、すっげー盛大な放尿プレイじゃん。恥じらいってもんがねーんだな、絶対天使様は!」
小便で全身ズブ濡れな彼女を、縄から解き放してやりついでにトドメを刺してやる。
手足が自由になった途端、アーステイラはガバッと勢いよく起き上がり、「うわーん!バカゴリラ、バカハゲ、二人とも死んじゃえぇーっ!」と捨て台詞を残し、戸口を飛び出していった。
「……少し虐めすぎじゃないか?」
台所で飯の準備をしていた原田が戻ってきて、小島を咎めてくる。
絶対天使を心底嫌っていたくせに、同情してしまうのが彼の優しさであり小島が原田に惹かれる一因だ。
「いいんだよ。あいつが、お前にした悪行を思い出してみろ。これでも足りないぐらいだぜ」
本音を吐き出し、小島は床の掃除を始めた。
21/05/19 UP

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