絶対天使と死神の話

絶対天使編 05.まことに、けしからんですね!


翌日。
ふわふわの布団で、ぐっすり安眠したアーステイラが起きてくる。
「ふわ〜ぁ。昨日は少々張り切り過ぎましたねぇ……ま、いいでしょう。つまらない依頼のストレスも解消されましたし。おっ?」
リビングで寝こける原田を見つけた。
昨夜は一向に寝室へ入ってこないと思ったら、ソファで寝たのか。
「意外と紳士的な子ですね。思春期オナニー猿の分際で」
チンカス処理物を大量生産する性欲まみれ小僧なら、絶対添い寝を希望すると踏んでいたのは内緒である。
それにしても、よく寝ている。
アーステイラが極至近距離まで近づいて、ついでにシャツのボタンをプチプチ外して、ズボン、それからパンツまで脱がしても起きないとは。
「無防備にも程がありますよ?これでは就寝中、怪物に襲われたら死んでしまいます」
自由騎士を目指しているにしては、筋肉がついていない身体だ。
かといって太っているわけでもなく、中肉中背よりも、やや細身である。
「細マッチョかと思いきや、ただの細とは……これで、どうやって二人を守るおつもりなんでしょうねぇ?」
ふんふん匂いを嗅いでみたが、汚部屋の持ち主にしては予想よりも匂わない。
風呂と便器は使っている形跡があったし、最低限の身だしなみだけは、きちんと行っていたのであろう。
ただし、風呂場とトイレには壁がなかった。
一人で暮らすにあたり、間取りは必要なかったと見える。
「壁を再生しなかったら、わたしの前で糞尿プレイをするところだったんですね……それも一興ですが。ウンコを踏ん張る原田くんを眺める、わたし。興奮してきますグフフ」
脱がした衣類も、さほど匂わない。
その割には片付け中、洗っていない下着を何枚か見つけた覚えだが、彼の洗う基準がよく判らない。
「まぁ、いいでしょう。それよりも」
何を思ったのかアーステイラは、つつつーっと原田の身体に指を這わせる。
胸元から腹まで移動した際、「ん……ぅ……」と原田が小さく喘いで、それでも起きないのを確認してから、グフフと含み笑いを漏らした。
「触っても起きないだなんて、いやらしい子ですね……ではエッチなチンコ、略してエッチンコを隅々まで堪能といきましょうかジュルリ」
どっちがいやらしいんだか起きないのをいいことに指は最終地点、茂みをかき分けて目的地へと到着する。
「ほぅほぅ。包茎でもなく短小でもない、かといって巨根でもない極めて平凡なブツをお持ちじゃありませんか。これならば、ロリっ子な水木さんが相手でも安心ですね?」
荒くなる鼻息を隠そうともせずアーステイラは原田が最も触られたくないであろう場所を指でツンツンしまくり、そのつど体をビクつかせて小さく喘いでいた原田も度重なる感覚に異変を覚えたのか、うっすらと瞼を開けた。
彼が己の目で確認したのは、まず、二つの膨らみを収めた白い布が至近距離に見えること。
その布方面から伸びた手が、どうやら自分のナニを、しっかり握っていること。
そして自分が何一つ、身に着けていないこと――であった。
一分、五分、それ以上の静寂がリビングを包んだ後。

「う、うわぁぁぁぁぁっ!」

部屋中に原田の悲鳴が響き渡り、がばっと勢いよく飛び起きた拍子にアーステイラも飛びのいた。
「チィッ、このタイミングで目覚めるとは間の悪い!」
「チィッじゃない!お前、俺に何を……!」
原田が怒鳴りつけてくるのへは、アーステイラも大声で言い返す。
「違います、あなたの服を洗濯してあげようと思ったんじゃないですか!」
「服ぐらい自分で洗える!」
「嘘おっしゃい!汚れたパンツを、あちこち放置していたくせして!」
原田が自分で洗濯できるのであれば何故、汚れ物を放置していたのかが解せない。
或いは、今着ている服のみ洗っていた一張羅状態にあったのか。
貧乏区域なのが幸いして、近所の幼馴染も気づかなかった?
推理を働かせるアーステイラは、原田の絶叫で我に返る。
「洗うにしたって、許可ぐらい取れ……この、変態!変態、変態!出てけーっ!!
羞恥と怒りで顔を真っ赤に全力拒絶、アーステイラを追い出そうとしてくるではないか。
さらに間の悪い事に、誰かが玄関をノックしてくる。
「はーらーだーっ。スクール行こうぜ、遅刻しちまうぞー」
この声は小島だ。彼が来たということは、水木も一緒か。
「や、やばい、原田くん、早く服を」
おたつく天使同様、原田本人も慌てて服を奪い返そうと引っ張ってくる。
「なら、それをよこせっ」
「これは洗濯しないと!他にないんですか?洗った服!あ、そうだ、昨日洗った服が乾いて――」
しかし服を取りに洗面所へ向かう前に、ガチャリと玄関は開け放たれてしまった。
「原田〜!まだ寝てんのか?」
「って、えっ……?」
小島に続いて水木も入ってきて、二人揃って目を丸くする。
リビングにいたのが原田一人ではなく、見知らぬ女子もいたとあっては。
いや、それ以前に、部屋がリビングとして正常に機能している異常事態発生。
この家は玄関を入ってすぐ、ゴミ山脈が連なっていたはずだ。
なのに床はピカピカに磨き上げられており、塵一つ落ちていない。
破れても汚れてもいない壁紙、見覚えのない家具も含めて全てが新品だ。
たった一日覗かなかっただけで、一体何があった?
今、目を見開いて、こちらを凝視している女子の存在も謎だ。
どうして、ここにいる?
昨日と同じ真っ白なドレスを身に着け、背中には羽根の飾りをつけている。
確か絶対天使だとか名乗っていた。名前は……なんだっけ?
続けて原田に目をやって、小島は再び唖然となった。
なんだ。なんで素っ裸なんだ?見知らぬ少女と一緒にいる、この状況で。
「きゃっ」と水木のあげた小さな恥じらいをきっかけに、全ての刻が戻ってくる。
「わぁぁぁぁっ!」と絶叫一つ残して、全裸の原田がソファの後ろに滑り込むのを見た。
「お前!原田に何してやがったんだ!?事と次第によっちゃ、タダじゃ済まねーぞ!」
唾を飛ばして激昂する小島に問いただされ、アーステイラは必死に弁解した。
人間如き絶対天使の敵ではないが、彼らと敵対する意思はない。
彼らの望みをかなえにきたのだから、彼らに敵意を持たれてしまうこと自体がアウトだ。
「ち、違うんです!お洋服を洗濯してあげようと思っただけで!」
「服を洗濯だぁ!?」
いきりたつ小島の横で、水木も疑問を口にする。
「この部屋の掃除も、じゃあ、あなたが全部やったの?」
昨日の夕方、彼女が部屋を掃除すると意気込んでいたのは覚えている。
しかし、到底半日で終わるような量ではなかったはずだ。
リビングには真新しいソファと、綺麗に磨かれたローテーブルが置かれている。
掃除しただけでは新品同様の家具がある説明には、ならない。
疑惑の相手は「その通りです!」とドヤ顔で胸を張り、事情説明は一切なしだ。
「お前が掃除をしたのは判った!だが原田を脱がせた理由の説明にゃあ、なんねーぞ!」
小島に話を戻されて「ですから、それは洗濯を」と言い訳する天使を遮る形で、ソファの裏から声が飛ぶ。
「水木、そいつをつれて外に出てくれ!じゃないと、着替えられないっ」
言われて初めて気づいたかのように、水木は回れ右してアーステイラの腕を引っ張る。
「あ!ご、ごめん、ほら、えっと一緒に出よう?」
これ幸い、小島の追及を避ける意味でも「はい!」とアーステイラは素直に従い、表へ飛び出した。
「あ、こら!まだ質問は終わっちゃいねーぞ」と追いかけようとして原田に呼び止められた小島は踵を返して、ソファの裏に回り込む。
そして彼自身の口から、全貌を聞かされたのであった。


話を聞き終えた小島は、全く納得のいかない顔で頷いた。
「ふぅん。じゃあ、あいつはエッチしたら殺すっつっときながら、お前にエッチな真似をしていたと。死刑だな」
到底信じがたいのだが、この家を片付けたのはアーステイラ一人の仕業であるらしい。
何らかの魔法を使ってゴミを全て元ある姿に戻し、僅かな資材から家具を作り上げた。
家具や食材だけではなく、壁も再生させたというのだから驚きだ。
人の出来る範囲を遥かに凌駕している。
しかし原田が自分たちを騙して何の得があるでもなし、家が再生されたのは紛れもない事実だ。
昨夜は一緒にベッドで寝ようと言われ、断った原田はソファで寝た。
そして翌日、起きてみたら、素っ裸に剥かれてブツを握られる大惨事になっていた次第だ。
服を洗濯したかったと言い訳していたが、とてもそうは思えない――
そう呟いて、原田が恐怖と嫌悪に身を震わせる。
その点に関しちゃ、小島も同感だ。
服を洗濯したいなら、本人に許可を取るべきであろう。
まじまじ原田の全裸を眺め、小島は考える。
最後に彼の裸を見たのは八歳ぐらいまでだろうか。
あの頃もスリムなボディだったが、ますますスレンダーに磨きがかかったように見える。
ちゃんと三回分の食事がとれているのか心配だ。
それでいてチン毛は生えてきているんだな。
アソコも、幼い頃と比べて大きくなった。
それに、なんといったらいいのか――後頭部から首筋にかけてのラインが妙に色っぽい。
スキンヘッドにしたせいだろうか。
幼少時には髪の毛があったし、色気を感じることもなかったのだが。
小島が凝視しているのに気づいたか、原田が、そっと股間を手で覆い隠す。
無言で視線を逸らされて、小島は誤魔化しついでに立ち上がった。
「とっ……とりあえず、着替えとこうぜ。洗濯物は、どこに干したんだ?外か?」
窓から差し込む光加減を見るに、そろそろ一時間目が始まった頃合いと伺える。
今日はスクールを休んだほうが良さそうだ。
原田が平穏を取り戻す為にも、あの絶対天使とかいう奴を何とかせねばなるまい。
「……洗面所に」との指示を受けた小島は衣類を取ってくると、原田へ渡してやった。
後ろを向いてモソモソ着替える背中へ話しかける。
「そういや、いつからだったっけ?お前が共同風呂に来なくなっちまったの」
「……九歳だ。それより前は、まだ……生えていなかったし」
律儀に答える友へ、なおも小島は追及の手を休めない。
「はァン?お前が共同風呂に来なくなったのってチン毛が原因なのかよ」
「はっきり言うな!」と怒ってから、ズボンを履き終えた原田が向き直る。
「生えたのは、もっと後だが……恥ずかしくなったんだ。毎回、貧弱だと言われて」
何をどう貧弱だと言ったのかは覚えにないが、言ったのが自分だというのは小島にも薄々予想できる。
「あー、ゴメン。全然覚えてねーけど」と全く誠意の見えない謝罪に「いい、昔の話だ」と原田も受け流し、シャツの袖を通して立ち上がった。
「さて、行くか。遅刻だろうけどな」
「今から行くのか?」と驚く小島へ「何を驚いているんだ?」と原田が尋ね返す。
「や、だってアイツ!どーすんだよ」との質問返しには、苦虫を噛み潰したような表情で教えてやった。
大元の理由、絶対天使が何をしに原田へ近づいてきたのかを。

一方、外で辛抱強く待ち続けていた水木とアーステイラは、暇を持て余して雑談に花を咲かせていた。
まず、絶対天使とは何なのか。
絶対を誓うことで、願いを確実に叶えるのだという。
昨日アーステイラは"絶対"汚部屋を綺麗にすると自分自身に誓い、実行した結果が今の新築状態だ。
魔法と能力のみで片付けたのだと言われ、水木はポカーンとなるばかり。
人間の持ちうるポテンシャルを遥かに越えた能力を持つ彼女は、当然アーシスの出身ではない。
アーステイラは異世界人――遠い別世界から、原田たちの望みをかなえる為に現れた。
何故自分たちの望みを?と尋ねる水木へ、あなた達が強い望みを持っていたからだとアーステイラは答える。
異世界が何なのかは判らずとも一つだけ確信できるのは、彼女が神様ではないか――?という点だ。
背中に羽根みたいなのをつけているし、純白のドレスは如何にも神っぽい。
神を実際に見たのかと問われたら答えはノーだが、寓話に出てくる神のイメージに似ている。
絶対天使が神と同意語であれば、たった半日でゴミ屋敷を生まれ変わらせたのにも納得がいく。
理解を越えた現実を全て神の仕業に押しつけて、水木は無理矢理、自分を納得させた。
ひとまず、人類を超越したアーステイラがアーシスへ来た理由は判った。
では原田を脱がしたのは何でだと問うと、服を洗いたかったからだと繰り返し言われた。
原田の動揺を考えると、どうも胡散臭いのだが、相手は神だし人間とは常識概念も異なるのであろう。
そう考えつつも、これから同居するのだとドヤ顔で言われた時には思わず聞き返していた。
「原田くんはオーケーしたの!?」
「いいえ。けど家を無償で片付けてやったんだから、同居を認めるのは当然でしょう」
堂々と開き直られて、開いた口が塞がらない。
いくら神といえど、限度を越えた不作法だ。
腰を据えて説教しようかと思った直後、玄関が開いて小島と原田の二人が出てきた。
「水木、待たせて悪かった。だいぶ遅くなったがスクールへ行こう」
原田に誘われ、「この人の問題、全放置でいいの!?」と慌てる水木は小島が促す。
「いいんだってよ。行く道すがら、全部説明してやっから心して聞け」
先ほど聞いたばかりの全貌を再び聞かされながら、今後どうすればいいのかと水木は頭を悩ませる。
そして良い打開策が浮かばないまま、スクールへ到着した。
21/05/01 UP

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