絶対天使と死神の話

絶対天使編 04.これで一石二鳥です!


原田の汚部屋は、到底一日では掃除しきれないゴミの量があった。
だが、そいつは常人がやった場合の話だ。
こちとら天下無敵の絶対天使、一般人間と一緒にされては困る。
「絶対の誓いにおいて――生きとし生けるものに、再生を」
アーステイラの組んだ両手に、ぽうっと光がともり、干からびた果実の皮が瑞々しい実の状態まで戻る。
腐ってドロドロした物体は、皮をむく前の野菜に姿を変えた。
割れた茶碗や花瓶も、割れる前まで再生される。
衣類は、まとめてタライに放り込み、アーステイラが口の中で小さく唱えると凄まじい勢いで水が回りだす。
やがて回転が止まった後は、洗濯物が片っ端から浮かび上がり、物干し竿へと飛んでゆく。
物干し台はアーステイラのお手製だ。
家の周辺に落ちていた木材や石を組み合わせての簡易D.I.Yである。
簡易とはいえ、部屋中に散らばっていた衣類を全て支えられる程の強度があるようだ。
同じ要領で食器も全て洗われ、こちらはアーステイラが手動で食器棚へしまい込んだ。
あれよあれよと恐るべきスピードでゴミの山が撤去されていき、みるみるうちに床が見えてくる。
一つもゴミとして処分されず元の姿まで戻されるってんだから、魔法でも見ているかのような気分だ。
いや、実際幾つかは魔法で処理しているのだろう。
魔法なんてのは怪物を倒す為の武器だと思っていたが、こんな使い道もあろうとは。
「ハイハイ、どいてください?」
布団の上で茫然と眺めていた原田は、ひょいっとアーステイラにダッコされて泡を食う。
「わ、わぁっ!?」
「あら、意外と軽いんですねぇ。ちゃんと栄養取っています?」などと自分より背丈の低い少女に言われては、原田も顔を真っ赤に「余計なお世話だ……!」とブチブチ文句を言うしかない。
尤も抱きあげられたのは、ほんの数十秒で、すぐに別の場所へ放り出された。
着地したのは、大きな木製ベッドの上だ。
こんな家具は原田の家にないから、これもアーステイラが突貫で作ったお手製であろう。
原田が先ほどまで乗っていた布団にもアーステイラが手をかざすと、ふわふわに柔らかな状態へと再生される。
抱きあげられる前に飛びのいた原田を見て、彼女がニヤァと黒い笑顔を浮かべたのも一瞬で。
「よく察しましたね、エライエライ」と棒読みで呟き、再生させたばかりの布団をベッドの上に敷いた。
まるめた塵紙、ぐしゃぐしゃになった紙屑類、それから虫の死骸も旋風で飛ばされて一ヶ所にまとめられる。
まとめた後、ふぅっと小さく溜息をつくもんだから、さすがに疲れたのか?と原田が様子を伺ってみると、アーステイラがクルリと振り向いた。
「……こーゆーの、よく放置してられますね」
「こういうの?」と首を傾げる原田に指を突きつけ、刺々しい口調でアーステイラが言い返す。
「これを好きな子にも掃除させていたんだとしたら、あなたは人間失格なゴミクズ野郎です」
紙屑如きで人間失格の烙印を押されるとは思わず、ポカンとなる原田を絶対天使はギンッ!と睨みつけた。
「まだ判らないんですか?これ八十パーセント、ザーメンまみれの塵紙じゃないですか!!鼻水程度なら許容範囲ですが、さすがにこれはブチキレ案件ですよ。オナニーした後の汚いブツを拭いた紙を部屋中に散らばせて、それでも人類のつもりですか?この最低汚物野郎!あぁっ!手で触りたくない!触りたくないから魔法で全部集めましたけど、分解します!こればかりは再生するの無理、怖気が走る!無理!絶対無理!!」
嫌悪感でブルブル身震いする天使から視線を外し、原田はボソッと反論する。
「いや、そういうのは一ヶ所にまとめて置いてあったはずだが」
「一ヶ所にまとめてないで、即刻捨てなさい!!!」
至極正論、彼女の意見は何一つ間違っちゃいない。
「ハッ!もしや、先ほどの布団にもザーメンを擦りつけたりしてないでしょうね!?」
「していないっ!」
しかし自分よりも年下に見える少女が精液連呼は、聞いている側も恥ずかしくなってくる。
「で、こんなもんを水木さんに掃除させていたんですか?だとしたら一生好かれるフラグはないと思ったほうがいいですよ」との追及には、真っ向から答えた。
「させてもいない……あいつらが掃除していた時期は、俺が精通する前だ」
なんだって、よく知らない少女と、こんな恥ずかしい会話をせねばならないのか。
全ては自分の汚部屋が招いた不幸である。自業自得とも言う。
「そうですか。それならば安心しました。えぇ、こんな不快な思いをするのは、わたし一人で充分です」
この場から逃げ出したくてたまらなくなった原田を余所に、ふぅっと大きく溜息を吐き出して安堵の表情を見せたアーステイラは再び掃除モードに戻る。
一ヶ所に集めた汚物へ手をかざした直後、虫の死骸もろとも紙屑の山が跡形なく消滅した。
壊れた家具は新品へ再生され、バラバラに散らばった木材は彼女お手製の新しい雑貨家具に生まれ変わる。
あらかた大きな物体を片付けて、ようやく床を掃除できるようになった。
「ウンコも落ちているんじゃないかと心配しましたが、さすがにソレはなかったようで安心しました……!」
「俺を何だと思っているんだ!?」と原田が怒鳴れば、アーステイラは蔑みの視線で返してよこす。
「はぁ〜?オナニーチンカス野郎が寝言をほざいているんですけどぉ〜」
ここまで掃除して貰った身で言うのも何だが、こいつの性格の悪さは何とかならないのか。
掃除してもらっても、全然感謝の気持ちが沸いてこない。
元より掃除して欲しいと頼んでいない。勝手に始まった大掃除だ。
「カピカピした汚物がこびりついているかもしれませんし、床も魔法で拭いちゃいましょう」
嫌味ったらしく原田にも聞こえる声量で呟いてから、アーステイラは指を一本立てる。
すると壁に立てかけてあった箒が、ふわりと飛んできて、さっさか埃を履き集めていく。
集められた埃を片手で消滅させると、物干し台に吊るしてあった雑巾を床に落とす。
雑巾が床を拭き終わるのを見届けてから、ボロボロになった壁紙へ手をかざし、ようやく笑顔を浮かべた。

「ハイ、おしまい!」

夕方から始まった突貫大掃除は、翌日を迎える前に終了した。
汚れが一つも見当たらない真新しい壁紙に、ピカピカな輝きを放つ板張りの床。
ゴミは一部を除いて全て再生された。
食べ物は食品棚に収まり、食器は食器棚へ片付けられ、スクールの教本は本棚に並ぶ。
破壊したはずの壁も再生して、ワンルームになっていた家全体の間取りが復活する。
寝具や衣装棚は奥の部屋へと移動させられた。
あるべきものが、あるべき場所へ納められ、足りなかったものはD.I.Yで補充された。
もう、ここはゴミ屋敷ではない。普通の一軒家だ。
原田がポツリと呟く。
「絶対天使って、何なんだ……」
トイレには花が飾られ、ダイニングテーブルにはレースのカバーがかけられている。
こ洒落た雑貨家具といい、窓際に飾られた一輪挿しといい、まるっきり他人の家のようだ。
いや――両親が今でも共に暮らしていたら、このような風景になっていたのかもしれなかった。
不意に、ぽろりと原田の頬を涙が伝う。
予想外の態度には、アーステイラも慌てて声をかけてくる。
「な、なんで泣くんです?ここは絶対天使のアーステイラ様、汚部屋を片付けてくださいまして、ありがとーごぜーやすって土下座感謝する場面ですよ!?」
土下座とまではいかないが、原田の中で感謝の気持ちが一気に湧き上がる。
両親が蒸発して以来、久しく忘れていた。家とは本来、落ち着く空間であったはずなのだ。
それを思い出させてくれた分だけでも、礼を言っておこう。
ぐいっと腕で涙を拭い取り、原田は頭を下げる。
「ありがとう」
「素直で宜しい」とアーステイラも満足げに頷き、軽やかな足取りで寝室へ向かう。
カチャリとドアを開けざま、満面の笑顔で振り返った。
「これで、やっと安眠できます。あぁ、大丈夫ですよ?ベッドは予め二人寝られるようダブルサイズで作っておきましたから。ふわふわの掛け布団に包まれば、夜も寒くありません。完璧ライフこそ人間の正しい在り方です」
「……は?」と大口開けて呆ける相手に、寝耳に水なニュースを聞かせてやる。
「いや、は?ではなく。わたしも一緒に住むんですから、ベッドを共用するのは当然でしょう?」
アーステイラが言わんとすることを数十秒かかって、ようやく理解した原田が発した第一声は怒号であった。
「ちょっと待て!人に何の断りもなく同居を決め込むんじゃないッ」
しかし絶対天使が人間如きに配慮をすると思ったら、大間違いだ。
否、何の見返りもなく大掃除してやったんだから、配慮するのは、むしろ原田側であろう。
「いいじゃありませんか、一緒に寝るぐらい。まぁ、エッチな真似したら殺しますけど。それに、わたしが一緒に寝るとなったらオナニー癖も治って一石二鳥じゃないですか?それじゃ、おやすみなさ〜い」
マイペースに寝室へ消えた彼女を目で追って、原田はやり場のない怒りを手近のクッションにぶつける。
一緒のベッドに寝るだって?冗談じゃない。
よく知らない相手となんか、一緒に寝られるものか。
いっそ家を飛び出そうかとも考えたが、眠気が先に襲ってきて、原田はソファに横たわる。
明日になったら、絶対、奴を追い出してやる。
そんなことを考えながら、意識は夢の中へと落ちていった。
21/05/01 UP

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