絶対天使と死神の話

絶対天使編 03.アーステイラの憂鬱


学校へ潜り込むまでは完璧な作戦だった。
誤算なのは、ターゲットと違うクラスに振り分けられた点だ。
まさかチーム編成した同士でしか行動できないルールがあろうとは、編入を決めた時のアーステイラには想像もつかなかったのだ――!
というか、知っていたなら事前に教えてくれれば良かったのに。
原田に対する好感度も、ダダ下がりである。
嫌われているという可能性を全く考えず、アーステイラは脳内で原田に八つ当たりしておいた。
彼女が振り分けられたのは隣のクラスで、担任は己龍(きりゅう)という名の男性だった。
元自由騎士だとかで、ある程度の知名度があるのは最前列に陣取った女子の反応から、それとなく感じ取れる。
アーステイラにしてみれば、全身黒づくめで覆面をかぶった男にキャーキャー酔いしれる娘っ子の気持ちなど、微塵も理解できないのだが。
声はイケボだ。だが顔は上半分しか判らないし、全身黒づくめなんて死神を連想して気分が悪い。
むしろ信頼できない相手と言えよう。絶対天使的に考えて。
このクラスもチーム編成は終わっていたが、教官が「どなたか、この子をチームへ入れてあげて下さいませんか」と下腰で頼んだら、最前列の女子らに一発オーケーされて、アーステイラはチームの一つに収まった。
「よろしくー。えー何、この羽根カワイイじゃん。イケてる〜」
「今日から依頼だよ!どんなの引き受ける?」
「一応ウチらが選ぶから、いいか悪いか言ってね!」
たちまちキャピキャピしたのに取り囲まれ、嫌だともイイとも言えないまま依頼に連れていかれて、戻ってきたのが、ついさっき。
薬草をブチブチ引っこ抜いて担当に渡すだけの、簡単なお仕事であった。
片っ端から引っこ抜こうとする子供たちに、どれが薬草なのかを教えてやったのだが、完全に不燃焼だ。
怪物がいる世界だというから軽く戦闘できると踏んでいたのに、何も出てきやしない。
女子だけで構成されたチームメイトは始終キャピキャピうるさいし、絶対を誓える望みを持つ子が一人もいない。
いずれ絶滅する予定の世界だとも聞いているが、このまったり加減を考えるに、相当先の未来なのかもしれない。
薬草を収集している間、それとなくチームメイトに自由騎士を目指す動機を尋ねてみた。
だが、彼女らときたら「え〜?将来遊んで暮らせる、お金が欲しいからに決まってんじゃーん」だのと、どうしようもない理由ばかりでアーステイラの神経を苛立たせるだけに終わった。
強い目標なしの腑抜けたチームに振り回されている暇はない。
原田と行動を共に出来る秘策を考えないと。それとも、学校にいては無理なのか。


学校から解放されるや否や、アーステイラは原田の家へ直行する。
朝に彼が歩いていた道を辿れば、家の場所は特定できた。
一階建ての、こじんまりした木造建築。表札には原田と書かれている。
コンコンと扉をノックしてみたが、誰も出ない。
「ふむ……親も不在、ですか」
そういや、彼の家族構成について何も聞き出していない。
望みをかなえるにあたり、聞く必要がないと省略してしまった。
スクールへ同行して、依頼を引き受ければ終わると思っていたのだ。
長引くようであれば身辺調査もやむなしだ。
扉には鍵がかかっていたが、こんなチャチな鍵など絶対天使の前では、かかっていないも同然だ。
『――スワィト』
小さく呪文を唱え掌をかざすと、カチリと音を立てて鍵が開く。
そっと覗き込んでみるも中は真っ暗、続けて灯りの呪文を唱えて、入り込んだ数十秒後。

「……なんっじゃ、こりゃあーーーーーーーーーーーーー!?」

アーステイラは、これでもかってぐらいの大声を張り上げていた。
いや、もう。
中が暗かったのは、雨戸が閉まっていたからではない。
入口を跨いで直面するのは、こんもりと山高く積み上げられた、これは何だ?布団か?脱ぎ散らかされた衣類か?未確認物体か?否、一言でいうとゴミの山――なのか?
何で構成されているのか触って調べるのも拒絶したくなる巨大な山が、ワンルームの中央に生まれている。
周りに散りばめられているのも、ゴミ、ゴミ、ゴミ。
部屋中がゴミの山だ。山脈と言い換えてもいい。
腐りきって原形をとどめていない果物の皮や食べ終わった弁当の箱、洗っておらず何かがこびりついた食器やボロボロになった本の類、紙屑に未洗濯の下着なんてのも目視で確認できる。
床は勿論、壁も見えない。至るところ全てが廃棄物で埋まっている。
これまで助けた人々に、ゴミ捨て場と見間違うレベルでの汚部屋の持ち主はいなかったと断言しておこう。
「ちょ……ちょっと、これ、人の住まう場所ですか?」
後ずさりした彼女の足が、プチッと何かを踏みつけた。
この感触、まさか、まさか、とは、思いたいが。
そぉっと足を上げて、靴の裏を見た瞬間。
アーステイラは、あらん限りの絶叫を上げて家を飛び出した。
「あー!あー!あー!G踏んだぁぁぁっ!ギャー!!」
ありえない、ありえない。
絶対天使たる自分が生きたゴキブリを踏みつけるなど、断じてあってはならないことだ。
いや三歩譲って、それはいいとして部屋の主、原田は一体どこで寝ているのか。
見渡す限りゴミの山脈が連なる、猫の額ほども空きスペースのない部屋で。
懸命に地面へ靴の裏を擦りつけていると、「お前……何やってんだ?人の家の前で」と声をかけられて、思わず掴みかかってしまったアーステイラであった。
「何やってんだじゃないわ、ドアホーッ!」
血相を変えた彼女を見てすぐ、水木と小島は何が起きたのかを察する。
「あー。もしかして、原田くんちに入っちゃったんだね。ご愁傷様〜」
「準備なしで入るのは危ねーぞ?何を踏みつけるか判んねーしな。ゴキの死体や食べかすならマシだけど、素足で食器の破片を踏んづけちまった時は二度と歩けなくなるんじゃないかと思ったぜ!」
二人ともアッハッハと笑っているが、笑いごとではない。
「ふざけんなだわ!っつーか、あんた達も友達なんだったら汚部屋を片づけるようコイツを促しなさいよぉ!」
ガンギレする絶対天使を眺め、原田がボソリと吐き捨てる。
「無断で入るほうが悪いんだろ」
「無断で入ったのは謝りますけど!あんた、この家でどーやって暮らしてんのよ!?」
そもそも、彼の第一印象からは到底考えられなかった。
こんなクッソ汚い部屋の持ち主だとは。
どちらかというと、神経質そうで真面目な印象を受けたのだ。
家の中も当然キチッと片付けられた部屋を想定していた。
実際に足を踏み入れる直前までは。
怒涛の質問を受けて、原田は怪訝に眉を顰める。
「……?布団が敷いてあっただろ、あの上で暮らしている」
「布団以外の場所も片付ければ、もっと広く使えるでしょーがッ!」
「片付ける必要あるか?俺一人で暮らすにあたり」
寝るスペースさえあれば不便ないといった顔で言われて、ますますアーステイラの怒りは高まってゆく。
絶対天使は完璧を好む。故に、不浄なる汚部屋は存在すら許されない。
「あーもー、ありえない、我慢できない!お掃除しますッ」
腕まくりして勇んで決起するアーステイラには、水木と小島がパチパチ拍手で応援した。
「おー。がんばれー」「ふぁいとー」
すると絶対天使はクルリと振り向き、「あんた達も手伝うに決まってんでしょ!」と怒鳴りつけてきた。
掃除すると決めたのは自分なのに、こちらを巻き込む気満々だ。
だが、あの惨状を見て何とかしたくなる気持ちは判る。
かつての小島たちが、そうだったのだから。
「え〜、いいけど来週には元通りだぜ?この部屋」
片手で耳を穿って小島が言う側では、水木もクスクス笑って言い添える。
「懐かしいね〜。私達も昔は、ああやって張り切ったんだけど」
「あぁ。毎回元に戻るのを見るうち、だんだん掃除してやってんのが馬鹿らしくなってきて、今じゃ片付けようって気も起きねぇもんな」
以前は彼らも部屋の片づけを手伝ってやっていたのだ。
しかし一向に改善されないので、匙を投げてしまったということか。
アーステイラは額に青筋を立てて原田に詰め寄る。
「あんた、どーして友人の努力を無にすんの!?せっかく手伝ってくれたのに」
「俺は片付けて欲しいなんて、一言も頼んでいない」
ふいっと視線を逸らされ、全然反省のない様子にアーステイラの怒りはメーターを振り切った。
「二人とも善意でやってくれたのに、そんな言い方ないでしょ!?つぅか、あんた、わたしの善意も最初蹴ろうとしていたし、ナニサマのつもりなの!あ゛ーッ、腹立つ!!親の顔が見てみたいわ、あんたの!」
襟首掴んでガクガクの揺さぶりを振り払い、原田は下向き加減に目を合わそうとせず「善意の押しつけは迷惑なだけだ」とポツリ呟き、部屋に入っていく。
「待ちなさいよ、キーッ!まだ説教は終わってないわ!!」
もはや地を隠さない絶対天使の怒りに水を差したのは、水木であった。
「あ、あのね。原田くん、ご両親、いないから」
「いないって、ハァ?死んだの?」といった無遠慮な質問には、小島が注釈を入れる。
「死んだっつーか蒸発したんだ。五歳ぐらいの頃だったかなァ。突然いなくなったんだよ、二人揃って」
では五歳で教育放置された余波で、汚部屋が誕生したのか?
いやいや、そんな馬鹿な。
それだけ幼い子供が両親をなくしたとなれば、近所の大人が面倒を見てやったりするはずでは。
困惑するアーステイラを見て、何かを察したのか小島が肩をすくめる。
「あんた、もしかしてジョゼと同じで両親健在なのか?そっかそっか、なら判んなくても、しゃーねーか」
一人合点されて、ますます困惑が深まる天使へ助け舟を出したのは水木だ。
「えっと、ここら辺は生活保護区域じゃなくて……原田くんは五歳で自活を始めたんだよ」
スクールに通う子供の多さから経済は安定しているのだと判断したが、この認識は間違っていたようだ。
実際は貧富の差が極端で、貧しい家の子には救いの手が差し伸べられない。
となると、スクールは無償学費か。自由騎士を多く輩出して、見返りを求める方式であろう。
自由騎士になれなかった者は、店を経営する道しか残されていない。
しかし、店を出すには元となる資金が必要だ。
蒸発したと噂されていたようだが、原田の両親は生活苦を理由に自死したのではとアーステイラは推測する。
死体が見つからなかったのは、無断で町の外に出て死んだ可能性も考えられる。
「あなた達も親がいないの?」と尋ねるアーステイラへ首を振り、「俺んちは母ちゃん一人の六人兄弟だぜ!」と明るく小島が答える。
「うちは、お父さんだけ。お母さんは早くに死んじゃって、原田くんを養うまでは無理で……」
瞳を潤ませる水木を見て、軽はずみに深刻な話題を振ってしまったとアーステイラは後悔する。
ご近所全てが貧乏世帯ってんじゃ、原田も五歳で自活するしかない。
「若くして自活に目覚めたのはいいとして、なんで汚部屋なのかしら……」
考え込むアーステイラの横で小島が頷く。
「それな、俺も前に聞いたんだけど、答えてくれなかったんだ」
「多分、だけど。家が広すぎるように感じるんじゃないかなぁ」とは水木の推理で、表で見ただけでは中の惨状など計り知れない家を眺めて呟いた。
「このおうち、三人家族用だもんね」
三人家族で二人減ったら、確かに一人では広すぎる空間だ。
もし、あのゴミの山が心の隙間を埋める為の代理品だとすれば、片付けてくれと頼んでいない、善意の押しつけは迷惑だとする彼の心情は判らなくもない。
ない、のだが……
「でも、やっぱ無理ー!汚いのイヤー!絶対片付けるゥゥゥーー!
それはそれ、これはこれだ。
汚い部屋は精神的にアーステイラが耐えられない。
彼女が絶叫をあげて部屋へ飛び込んでいくのを見届け、中にいた原田と言い争う怒鳴り声を耳にしながら、水木と小島は顔を見合わせる。
「なんつーか……水と油だよなぁ、このコンビ」
「だよね。絶対仲良くならなさそう」
ともあれ、原田の部屋は綺麗になるだろう。アーステイラの努力で。
たとえ数日で元通りになったとしても、あの分なら毎週掃除しそうだ。
彼女の根気が原田の汚部屋を改善してくれるんじゃないかと、二人は期待してみるのであった。
21/04/29 UP

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