絶対天使と死神の話

絶対天使編 02.絶対天使、現る!


アーステイラが泉を抜けた先は、草原に囲まれた町アーシスの東側にある住宅街であった。
「うは、なんでしょう。このお粗末な建築物は……まるで時代が創世記まで遡ったかのようね」
かつては機械文明もあった世界だが、今のファーストエンドに機械色は一切ない。
簡素な造りの木造建築が並んでいる。この何処かに、あの少年少女が住んでいるはずだ。
上空でキョトキョト見渡していると、あちこちの家から「いってきまーす!」と元気よく子供たちが出てくる。
ちょうど、スクールの登校時刻だったようだ。
「ふぅーん……ほとんどの子が通っているんですね。末期だと聞いていたけど、懐事情は安定しているのね」
足元を一人の少年が歩いていき、あぁ、この子が原田くんなのかとアーステイラは見つけられた喜びに安堵する。
それにしても――見事なツルツルだわ!
泉で見た時は彼だけ髪の毛が映し出されなくて、てっきり映像障害が出ていたのかと思っていたけど、そういう問題ではなかった。
彼は若くして、正真正銘ツルッパゲだったのだ。
ごめんなさい、エンデルの泉&シノクル。ポンコツだと疑ったりして。
原田は腕を組んで、深く考え事をしながら歩いている。
絶対天使には使命を果たす際、コンタクトを取ると決めた相手の思考を読む能力が備わる。
だもんだから、当然アーステイラの脳裏にも原田の思考が流れ込んできた。
「あ、ちょいと。そこのツルツルくん。ちょぉっといいですかぁ〜?」
え?となって原田が足を止めるが、頭上には気づいていない。
空耳を疑われる前に、アーステイラは彼の前に舞い降りた。
「うわ!?」
突然の接近に驚く少年へ会釈する。
「ごきげんよう。わたしは絶対天使のアーステイラ。あなたの望みをかなえに参りました」
「は?」と凝視してくる相手に、ニッコリ微笑んだ。
「あなたは昨日、絶対やりとげたい望みを持ちましたよね。エンデルの泉は、あなたの声を聞き届けました。ですから、わたしが絶対かなえてあげちゃいます!って、あっ!ちょっとォ!?」
話を最後まで聞かないで歩き去ろうとしている。なんと短気な少年だ。
慌てて追いかけ追いつくと、アーステイラは彼の頭をピタピタ叩いて呼び止める。
「ちゃんと聞いてましたか?わたしの話」
「あぁ、わかったよ。バカかキチガイの類なんだろ」と邪険にされては、絶対天使の名折れというもの。
「違います!あなたの望みをかなえると言ったでしょう」
なおも食い下がりピタピタ頭を叩いてくる相手に、原田も不快をあらわに振り払う。
「自分でかなえてこその望みだ。あと、気安く頭に触るんじゃない」
「え〜でも、触り心地良いですし、ずっとこうして撫でていたい気分ですぅ〜」
ピタピタ叩くのを止めて撫でてみたら、これがまた予想以上にツルツルした手触りだ。
頭に寄りかかられては重たいわ鬱陶しいわで、原田の声も跳ね上がる。
「変態か!?」
「変態じゃありません!絶対天使だと言ったでしょう」
「その絶対天使って何なんだ!」
怒りのボルテージが上がっていく原田へドン!と胸を張ってアーステイラは自信満々に答えた。
「よくぞ聞いてくれました!絶対を宣言し、絶対に望みをかなえるッ。絶対にかなえたい夢がある人に力を貸すのが、わたし達絶対天使の使命なのです!」
「……要するに、お節介やきか」と吐き捨て、歩き去ろうとする原田の腕を掴まえる。
「そう言ってしまうと身も蓋もありませんが、わたしもコレを生きがいにしておりますので!」
頑として耳を貸そうとしない相手の耳元で小さく囁いてやる。
先ほどダダ漏れに流れてきた、彼の内なる望みを。
「あなたは今日初めて引き受ける依頼を、絶対に成功させたいと願っていますね?判ります、判ります。わたしも初めて望みを達成させた時には至上の喜びを感じましたから」
「お前……スクールの関係者なのか?」
やっと興味を持ってくれた原田に、小声で続けた。
「スクール関係者ではありませんが、あなたの望みは判っています。あなたは初依頼で活躍した上でノーミス完了させて、水木さんにキャ〜原田くんカッコイイって抱きつかれたり褒められたりしたいんですよね?」
「……ッ!」
特定個人の名前を出したのは効果覿面、瞬く間に原田の顔面が赤く染まる。
「うんうん、原田くんも男の子ですねぇ。好きな子にはイイトコロを見せたい気持ち、判ります」
「ちょ……ま、待て!なんで水木や俺の名前……ッ」
スクール関係者ではないのに何故名前を知っているのか。
足りない言葉を脳内で補完しながら、アーステイラは両手を広げたポーズで教えてやった。
「うふふ、なにしろ絶対天使ですから。あなたの思考は丸見えです」
あまり答えになっていないと自分でも思うが、動揺した原田には、そこまで突っ込む余裕がないらしく。
「い、言うなよ!今の、絶対人前で口にするなよ!!」
頬を紅潮させ、ハゲ頭には汗をにじませて泡食って騒いでいる。
水木への恋心は完全に秘めたる悩み、誰にも知られたくない個人情報だったようだ。
「あ〜ハイハイ、シャイボーイくんのお願いは絶対厳守してあげますよ。ですから、わたしにお手伝い……させてくれますよねぇ?」
ニヤァと黒い笑みを浮かべると、原田はグビッと唾を飲み込んで、天敵に追い詰められた小動物の表情を見せる。
やばい奴に秘密を握られてしまったと思っているのだろう。
アーステイラとしては、大層心外なのだが。
タダで力を貸してやるって言っているんだから、素直に力を借りておけばよいのだ。
ポリシーなんてのは、自分で何でも出来るツワモノのみが口にしていい言葉だ。
「わ……判った。協力、感謝する……」
渋々承諾した彼の頭に寄りかかり、勝利の宣言をかましてやる。
「今日の依頼、戦闘が入って且つ簡単なのが来るといいですねぇ〜。大丈夫ですよ、わたしが千里眼サーチした限りでは、この町の周辺に強い怪物もいないようですから」
「そんなことまで判るのか?」と驚く原田を見て、つくづく考えた。
人間とは、なんと無力な生き物なのか。
だからこそ自由騎士なんて職業が定着しているのだろうけど。
「あ、先に言っておきますが、戦闘では力を貸しませんよ。怪物は、あなたが倒してこそキャ〜かっこいいになるんですからね」
一応注意要項を教えておくと、原田がこちらを見上げてくる。
「お前の言う手伝いとは何を指しているんだ?あと、さっきから思っていたんだが……随分背が高いんだな、絶対天使ってのは」
「ん?」
背が高い?
アーステイラは絶対天使の中では歳の若いほうで、仲間内ではチビとからかわれている。
原田の投げかけてきた一言で、しばしキョトンとなった彼女は自己解決に至った。
アーステイラは原田の頭を撫で繰りまわせる位置にいるから、彼の視点からだと見上げる形になる。
「あー。あーあーあー。そういうコトですか。目線が高い、と。だってホラ、わたし飛んでますから」
くるりと背を向けて真っ白な羽根をパタパタさせてやると、原田は「羽根が生えている!?」と今頃驚いており、その驚きは出会って一言目に欲しかったリアクションである。
「……大丈夫ですか?町の外に出るの。その程度の注意力では、命を落としちゃいますよ」
戦闘には力を貸さないつもりでいたが、心配になってきた。
飛行生物の背中に生えた羽根にも気づかないようでは、空中からの奇襲に成す術もあるまい。
町の周辺に危険な生物は居ない。
ただし、あくまでも絶対天使の戦闘力で測った場合の話だ。
「わたしの望みは、あなたが生きて望みを達成すること。あなたが死なないよう最低限のフォローをするのが、わたしの手伝いです。戦闘は水木さんの感情を考えると、手伝わないのがベストだと判断したんですけど……」
アーステイラはハァ〜と、わざとらしい溜息をついて、原田をチラ見する。
「そういえば初依頼だったんですよね。初めてじゃ死ぬ確率も高そうですし、手伝ってあげましょうか?」
ここまで見下された上で、お願いしますと懇願できるのは、きっとプライドが欠片もない奴だ。
なにより、戦闘は自分の手でやらなければ体が覚えない。
「結構だ」
仏頂面で答え、ずんずん歩いていく原田の後をアーステイラもついていく。
「……どこまでついてくるつもりだ?」とも尋ねられたので、素直に答えた。
「一緒に行きますよ、学校。だって、そうしないと手伝いの策を立てられないでしょう?」
「関係者じゃないんだったら、立ち入り禁止だろうが!」
怒鳴る原田に肩をすくめ、アーステイラもやり返す。
「なら、生徒ってことにしとけばいいんですよ。これぐらいの機転、ちゃっちゃと思いついてくださいねー。これから自由騎士として生きていくおつもりなんでしたら」
周りはゾロゾロ、学校の生徒と思しき子供が全員同じ方向を目指して歩いている。
傍らを歩きながら、アーステイラは原田の腕に自分の腕を絡ませた。
「ほら、こうやって一緒の流れを歩いていれば、わたしも生徒の一人にしか見えません」
「……腕を組んでいいと、誰が許可した」
こんな可愛い天使が腕を組んでやっているというのに、原田ときたら仏頂面を崩そうとしない。
「水木さんにも言うんですかぁ?許可を取らなきゃ腕組んじゃ駄目だって」
「みッ、水木は関係ない……!」
「へぇーほぉー関係ない、ねぇ?」と、全くの反対側からドスのきいた低い声にギョッとなって原田が振り返ってみると、そこには腕を組んで仁王立ちしたジョゼが怒りの形相を浮かべているではないか。
「朝から同級生でもない女子と腕を組んで登校とは、見せつけてくれるじゃないの原田くん!酷いわ、私の気持ちを知っているくせにっ」
わあぁぁっと往来で泣き崩れる彼女に、アーステイラがヘラヘラ笑いかける。
「ジョゼちゃん、ジョゼちゃん。あまりにも下手な嘘泣きすぎて原田くんもドン引きしてますよ〜?」
ジョゼはキッと天使を睨み返すや否や、怒鳴り散らした。
両目は全く濡れていない。やっぱり演技だったのか。
「見知らぬ貴女にジョゼちゃんと気安く呼ばれる覚えは、なくってよ!」
「えー、いいじゃないですかぁ。これから見知らぬ仲じゃなくなるんですしィ」
意味不明な発言には、ジョゼの怒りも収まるべきタイミングを逃すばかりだ。
通学路でワァワァ騒いでいれば、近くを通る学生たちも好奇心で囲みを作るというもので、野次馬に混ざった水木も声をかけてくる。
「え、と。原田くん、その子……誰?」
ぶんっ!と勢いよく腕を振り払い、原田が答える。
汗をびっしりハゲ頭に浮かべ、目線は何処か宙を見つめながら。
「ぜッ、絶対天使だそうだ!誓ってやましい関係ではないし今日初めて出会ったんだ、妙な勘繰りは厳禁だぞ!!」
「う、うん。勘繰ったりはしないけど……うちのスクールの生徒だったかなぁと思って」
超絶言い訳に必死な原田と比べると、水木の反応はイマイチ薄い。
もしかして彼が想うほどには、水木は原田を恋愛対象として意識していないのでは――?
水木の思考を探ったアーステイラがニヤァと意地悪な笑みを浮かべたのも一瞬で、ジョゼをからかう行動に戻る。
水木を弄るのは二人の意識が、もっと接近してからだ。
そうじゃないと面白くない。
「ジョゼちゃんも羨ましかったら、抱き着いたり腕を組んだり、頭をピタピタしたっていいんですよぉ」
わざと抱き着いて頭をピタピタ叩けば、ジョゼと原田の双方が激しい拒否反応を示す。
「頭に触るな!」と彼が喚く側では、ジョゼも「原田くんに気安くしないで!」と食ってかかってきた。
あぁ、本当に面白い。思春期の子供をからかうのは。
特に原田は素直に協力を受け止めてくれなかった分も含めて、たっぷり弄り倒してやる。
「そんなこと言って、本音じゃジョゼちゃんもしたいんでしょう?頭をツルツル撫でてみたり、抱きついたり、こんなふうにキスしてみたり――」
ちょっと唇を近づけたら原田は「うわぁぁぁっ!?」と絶叫して、しかし振り払うといった思考まで頭が回らないのか、硬直する彼を助けたのはジョゼでも水木でもなく。
後ろから伸びてきた手がグイッとアーステイラの首根っこを掴み、「ぐぇっ!?」と無理やり引きはがした。
「はい、そこまでー。原田にお色気攻撃はご法度だぞ、こいつ真面目だから受け流せないんだよ」
にこやかに笑いながら片手で人一人を吊り上げられる馬鹿力の友人など、一人しかいない。
小島だ。
野次馬の輪に混ざっていたんなら、もっと早くに助けてくれてもよかろうに。
といった内心の不満は押し隠し、「小島、ありがとう」と礼を言う原田の頭を小島がピタピタ叩く。
「いいってことよ。それよっか、お前スクールに入ってから変なのに目を付けられやすくなったみたいだし、今後は俺達と別行動取るの禁止な」
「ちょっと!変なのってのは誰のこと!?」
ジョゼの怒りにかぶせるようにして、別口からも怒りの声が上がる。
「あー!原田くんの頭をピタピタ叩いたりして!彼の頭は叩くんじゃないの、ツルツルするものなのよ!」
誰なのかは確認せずとも判る。
頭蓋骨を握りしめた、ボサボサ頭の女子はスクールに一人しかいない。
「へーん!原田の頭を触る権利は俺と水木だけに許された特権なんだよ、羨ましいだろー」と子供じみた小島の煽りに要が「なんですってぇぇぇ!!」とキレるのを遠目に、担任のサフィアもやってきた。
「朝から往来で元気ね、皆。早くスクールの中に入りましょ☆」
「あ、センセイ。ちょうどいいや。こいつ、知ってる?」
ぐいっと突き出された絶対天使を見て小首を傾げるサフィアへ、アーステイラは無邪気に笑いかけた。
「こんにちわー。数日遅れの入学希望者でーす」
「あら〜、いらっしゃい。これから一緒に学びましょうね☆」
すんなり受け入れたサフィアには、全員が驚愕する。
「え、え。いいのォ?そんな得体のしれない子」
ドン引きする野次馬にも、サフィアは満面の笑顔を向けて答えた。
「自由騎士スクールは、全ての子供たちを受け入れる学校です☆」
「え、でもぉ。入学式、どうすんの」
「あれは入学者の数が多い時、いちいち全員に挨拶するのが面倒だから式って形でまとめているだけです☆本来は一人一人、好きな時期に入れるんですよォ〜?」
そんな大人の裏事情、知りたくなかった。
アーステイラの腕を引き引き、サフィアが言う。
「クラスは、そうねぇ、うちのクラスはチーム編成済んじゃったから、ひとまず己龍(きりゅう)センセのクラスに押しつけておきましょう☆」
「え、えぇー。迷惑なんじゃ……」
己龍教官を気遣う生徒には手を振って、サフィアは何でもないことのように、あっさり決めつける。
「大丈夫、己龍センセはベテランですから、一人二人増えたところで対処してくれます」
あんなことを言って対処できなかったら、どうするつもりなのか。
余所のクラスなれど、己龍教官とやらが気の毒になった原田たちであった。

サフィアに手を引かれて、アーステイラが校舎へ消えた後。
「……つぅか、アレ、一体なんだったんだ。絶対天使だとか言ってたけど」と、小島。
一体どこから見ていたんだか。もしや最初からか?
「知らん。いきなり沸いて、つきまとってきたんだ」
原田はぶっきらぼうに答え、再び歩き出す。
途中で水木が勢いよく体当たりして、原田の腕を掴んできた。
「その割には腕なんか組んじゃって仲良しっぽかったし?」
「あ、あれは……だから、やましい関係じゃないと言っただろ!」
チラッと上目遣いに水木が疑いの視線を向けた途端、アワワと格好を崩す原田には、しかけた本人の水木は勿論、端で眺める小島も苦笑する。
二人とも、原田が自分たちに隠れて恋人を作れるはずがないと高を括っている。
水木と小島だって、最初から原田と仲良しだったんじゃない。
長い時間をかけて交流を続けたから、頭をピタピタ叩いても許される間柄になった。
原田の本質は臆病だ。
臆病で用心深く、なかなか他人を信用しないし、本心を語るのも稀だ。
そんな彼が、よく自由騎士になろうと決心したものだ。
多分、小島がなりたいと言い出したのをきっかけに、水木まで同調したのが原因であろう。
自分達の為に一歩を踏み出した友の心意気に、小島も応えてやりたい。
「うん、判ってる」と笑う水木に併せて、小島も原田の隣をがっちりガードする。
少なくとも、これでジョゼや要の入る隙間はなくなったはずだ。
「お前さぁ、隙が多すぎなんだよ。だから俺が代わりに全方向見張ってやる!」
「隙が……そんなつもりは、ないんだが」
「つもりはなくても、俺から見たら隙まみれだぞ〜?」
なんやかんや言いつつ、三人揃って教室へと入っていった。
21/04/23 UP

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