絶対天使と死神の話

絶対天使編 01.わたしの直感は絶対です!


「へーっくしょい!」
辺り一帯に響き渡るクシャミをかまし、少女はズルッと鼻水をすする。
これは……花粉症でなければ風邪でもない。直感だ。
誰かが今、絶対を連呼した!
誰かとは、この世界に生きる種ではないことだけは確かだ。
ここは、平行神界。
亜空間と呼ばれる異世界の一つで、住民は雲の上で生活している。
他の世界と交わることなく存在していながら、こちらから他世界への干渉は可能であった。
平行神界の住民――自らを絶対天使と呼んだ――は、時折気まぐれに他次元の世界を訪問する。
何をしに行くのかといえば、望みを持つ人を助けるために。
善も悪も関係ない。
彼ら視点で判断して、強い望みを抱える人を、彼らの能力で助け出す。
"絶対"を誓うことで、望みを絶対のものとした。
相手が喜んでくれたら、絶対天使も嬉しくなる。至上の喜びだ。
「……確かめなきゃ」
少女は鼻紙でチーンと鼻をかむと、背中に生えた羽根を忙しなく羽ばたかせる。
向かうのは、エンデルの泉。
存在する他次元の動向を全て見渡せる便利な水場だ。
絶対天使は、ここで望みを持つ人を探して他世界へ出かけるのだ。

泉には一人の女性が佇んでおり、近づいてきた少女へ軽く会釈する。
「あら、ごきげんよう、アーステイラ」
「ごきげんよう、シノクル」と会釈し返し、さっそくアーステイラは泉を覗き込んだ。
「あらあら、そんなに急いじゃって。また直感が働いたのかしら」
シノクルはエンデルの泉を管理する絶対天使だ。
彼女が、どこかの世界へ出かけたという噂をアーステイラは聞いた覚えがない。
きっと彼女は誰かを助けるよりも、泉の管理をしていたほうが幸せなのだ。
変わり者だ。だが、こうした者も世界には必要なのだろう。
何度も他次元へ出かけて絶対達成を繰り返してきたアーステイラには、いまいち理解できないが。
誰かを助けるのは、いい。
かなえるまでの困難を解決していく工程は楽しいし、達成した時の快感は何物にも代えられない。
お金が無くなって死にかけた老人。
愛を受け入れてもらえず、誰にも信用されなくなった中年男性。
同種を殺しすぎて行き場がなくなり、死神に命を狙われる青年なんてのもいた。
罪人認定された者であろうと関係ない。
絶対天使に、その世界の理は通用しない。
"絶対"金持ちになりたい。
"絶対"永遠の愛がほしい。
"絶対"生き延びたい。
難しい望みであればあるほど、アーステイラは燃えた。
貧乏乞食には、一生かけても使いきれないお金が手に入る機構を作った。
愛に飢えた中年には、彼を一生かけて愛する理想の人工生命体を与えた。
同種殺しの青年は異世界、それも彼の住む世界とは異なる次元へ飛ばしてやった。
絶対天使は対象の望みをかなえた時点で、平行神界へと帰ってゆく。
そうしないと望みをかなえた人は、かなえた後も延々こちらを頼ってしまうからだ。
だから、その後の人生で彼らがどういう結末を迎えたのかはアーステイラも知らない。
きっと幸せに暮らしたはずだ。
泉を覗き込むと、空を映していた水面がゴボゴボと泡立ち、やがて一つの世界を映し出す。
砂地の続く乾いた景色が映されたのも一瞬で、勢いよく画面が流れてゆき、緑一色の草原地帯へ出る。


これは――学校だろうか?四角い建物が見える。
さらに視点が動き、道を歩く少年少女が映し出された。
「そうだ、帰るついでに明日の予定を立てておこうぜ。皆は、どんな依頼なら受けてみたいんだ?」
大柄な少年の問いかけに答えたのは、傍らを歩く長髪の少女だ。
「そうね。私は食材を集める依頼をやってみたいわ。原田くんは、どう?」
原田くんとは、大柄な少年の反対隣を歩く少年の名か。
彼は、しばし空を眺めて悩んだ挙句、ポツリと答えた。
「……できるだけ遠い範囲に行けるような依頼であれば、なんでもいい」
原田くんの反対隣を歩く小柄な少女が、ぷぅっと口を尖らせる。
「も〜。なんでもいいはズルイよぉ。私は薬草集めしてみたい!」
「俺は早く戦いてぇ!」と大柄な少年が叫び、長髪の少女が窘める。
「戦ったら駄目よ。教官だって逃げろと言っていたでしょう?ねぇ、原田くん。もし私だけ逃げ遅れてしまったら、あなたは助けてくれるかしら」
原田くんとやらが返事をするより先に、小柄な少女が反応した。
「大丈夫だよー!ジョゼちゃん一人置いて逃げたりしないし」
大柄な少年も同調する。
「おうよ!チームメイトは一蓮托生、絶対全員で生き残って依頼を成功させるんだッ」
髪の長い少女、ジョゼちゃんは少しスネた表情を見せて、二人を睨みつける。
「そんなのは当然よ。もしものパターンを尋ねただけじゃない。もし二人っきりで迷うようなことがあっても私は絶対に原田くん、あなたを見捨てたりしないわ」
どうあっても原田くんと話したい彼女を遮る形で、ちっこい少女とデカブツが騒ぎ立てた。
「だから二人で迷うような事態には絶対しないってばー!」
「そうそう、常に五人固まって動けば問題なしだッ」


「……ふむ、ふむ?絶対生き残りたい、絶対二人っきりにはさせない?」
判ったような、判らないような。
一蓮托生で常に固まって動くなら、二人きりになる危険は少なかろう。
気になるのは、原田くんと呼ばれた少年の反応だ。
最初に答えたっきり、あとは全く何も話していない。
デカブツの望みは、絶対全員で生き残って依頼を成功させること。
ちっこい少女の望みは、絶対ジョゼちゃんと原田くんを二人きりにさせないこと。
ジョゼちゃんの望みは、絶対原田くんを見捨てないこと。
では、原田くんは、どうなのだ。
これだけ"絶対"と強い望みを言葉に出す者が集まる中で、彼は何も望んでいないのか。
「シノクル。彼に……原田くんって子に照準を併せてもらえるかしら」
アーステイラの要求に、シノクルが小首を傾げる。
「この子が、どうかして?」
「皆、強い"絶対"があるのに、この子だけ何もないのが気になるの」
「今は特に何も望んでいないのではなくて?」
シノクルの予想にも、アーステイラは首を振った。
「話の前後から考えるに、彼らは危ない場所へ出かける予定なのよね……?なのに、仲間に対して何も思わない人がいるかしら。言葉には出していないけど、心の中に何か望みを抱えているかもしれない」
異世界の風景を映し出すだけが、泉の機能ではない。
誰か一人にピントを併せれば、心の奥を映し出すことも可能だ。
ぐぐっと視点が急接近して原田くんのドアップを映し出す。
彼の心の声が、言葉となって流れてきた。


明日の依頼が待ち遠しい。
そして、必ず成功させたい。仲間たちの為にも――


「ほらぁ、やっぱりあったのよ、必ずって言ったもん。必ずってのは絶対と同意語よね!」
「言ってはいないけれどね。えぇ、思っただけで」
シノクルのツッコミを完全無視し、アーステイラはグッと両拳を握り締める。
決めた。今回のターゲットは、この子たちだ。
幾多の絶対が同時発生する集団は初めて見たし、全員の願いをかなえるのは骨が折れそうな半面やりがいもある。
「わたし、この世界に行ってみる!」
「物好きねぇ。ま、いいけど」と独り言ちて、シノクルが泉の横にあるスイッチを弄り始める。
再びゴボゴボと泡立つ水面に、神界語で世界の情報が綴られた。
「えぇと、この世界は……エイスト13年ファーストエンド?あらあら、滅びる寸前の時代なのね」
「えっ?滅びちゃうの、この世界。うっそー!」
驚く少女を振り返り、泉の管理者は事も無げに頷いた。
「そっ。何度も滅びかけては年号を変えて復興する世界なんだけど、さすがに三回目は無理だったみたい」
「ふーん……学習能力がないのか、それとも住民の業が深すぎるのか……ま、いっか」
驚いたものの、滅び自体は案外どうでもいいのか、アーステイラは気分を切り替えて泉に身を乗り出した。
いずれ滅びる世界だとしても、問題ない。
今の望みをかなえるのが絶対天使の役目であり、喜びだ。
待ってなさい、原田くんと仲間たち。
わたしが絶対、あなた達の望みを全部かなえてあげるんだから。

泉に飛び込んだ直後、そういやファーストエンド?どこかで聞き覚えがあると彼女は思い出す。
そうだ。以前、同種殺しの青年を送ってやった世界じゃないか。
彼自身が望んだのだ。あの世界の未来に飛ばして欲しいと。
ついでに時空も弄ったから、未来は未来でも並行世界の未来になったはずだ。
いずれ滅びる予定の世界だったとすれば、並行世界に送ってあげたのは偶然のラッキーだ。
よかった。彼が滅びずに済んで。
今から行くのは滅びる予定の未来ファーストエンドだが、滅びるのは何年後ぐらいなのか。
これから助ける子供たちが寿命を終えた後であってほしいと、アーステイラは強く願った。
21/04/21 UP

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