絶対天使と死神の話

自由騎士編 07.英雄ジャンギ


小島が原田の家に同居を決め込んだ翌日。
原田は豪快なイビキに悩まされることなく、爽快な朝を迎えた。
正確には、小島に起こされるまで熟睡していた。
「お前、外こんな明るくなってんのに、よく爆睡できるなー」
さぁっとカーテンを開かれて、朝日の眩しさに原田は目を瞬かせる。
ひとまず、先に寝てしまえばイビキなど、どうということはないと判って安心だ。
一人で暮らしていた時は、外がどうなっているのか玄関先で起こす声が聞こえるまで全然だった。
誰かに揺り起こされる感覚も、懐かしい。
部屋を片付けたのが絶対悪魔というのはさておき、小島との同居も悪くないと原田は独り言ちる。
「着替えるから、先に飯を食べていてくれ」と断ったが、小島は首を真横に「一緒に行こうぜ。お前の食生活、俺が管理してやらねぇと」等と、お節介を発揮してくる。
だがアーステイラだとムカつく言葉も、小島に言われるなら素直に受け止められる。
「判った。じゃあ少し待っていてくれ、すぐ着替える」
パジャマの前がはだけてズボンも半分ずり落ちているというのに原田は気にも留めず着替え始め、小島は複雑な表情で見守った。
何故こいつは、時たま大胆に無頓着なのか。
こちらが予期せぬタイミングで恥じらったりするくせに。
繊細なようで鈍感だから、小島の気持ちにも一向に気づかずにいる。
まぁ、それは当然か。
彼が起きている間は、ひた隠しに隠しているのだ。気づかれたら逆に驚く。
巨乳の女の子が好きだなんてのは、嘘だ。
ずっと、隣に住む同い年の男の子が気になっていた。
巨乳好きを隠れ蓑にしてまで隠し通しているのは、反対隣に住む幼馴染も、そいつを好きだからだ。
「はっらだくーん、こっじまくーん!おっはよー!」
考えている側から、その幼馴染が玄関先で騒ぐのが聞こえた。
「あらー早いのね。正晃ちゃんは朝御飯まだ食べていないのよね。ゴリラの餌も、まだだし」と対応している声、これはアーステイラか。
小島を昨日もゴリラと呼んでいたが、ゴリラ呼びで固定したようだ。
「……誰が正晃ちゃんだ」とぼやき、原田がシャツの袖を通して小島を促す。
「味付けの濃いものは全て、お前に任せるぞ」
「それ、ほとんど食べないつもりだろ?サラダぐらいは食べろよ、ドレッシングかかっていたら洗ってさ」
ダイニングへ出てみれば、テーブルにはコンガリ焼き色を見せたパンと玉葱スープの香りが充満していた。
「あらあら、お寝坊さんね、二人とも。さぁさ、朝ごはん出来ているから、食べてちょうだい?はい、正晃ちゃん、あ〜〜ん?あ、ゴリラはスミッコで申し訳なさそうに食べてね」
家事面だけでいうなら有能なお手伝いさんなのに、一言二言余計なのが玉に瑕だ。
「というか、その母親ヅラは何なんだ?」
さも不快そうな原田のツッコミに、アーステイラが笑顔で答える。
「朝から晩まで、お母さんの気持ちで接してみたら、あなたに好感を抱けるかと思いまして?」
「無理に好感を抱く必要ないだろ。俺が気に入らないなら、いつでも出ていっていいぞ」
ばっさり一刀両断な遣り取りは、聞いている小島も小気味が良い。
アーステイラと原田は、多分、永遠に仲良くならないタイプだ。
必要以上に干渉されるのを嫌う原田と、必要以上に干渉したがるアーステイラでは仲良くなるほうが難しい。
少し迷い、原田は何もつけられていないパンを手に取り噛りつく。
その横で小島はスープを一気飲みした。
「んっまぁーーーっい!」
大声賛美には「え、そんなに美味しいの!?」と外の水木も反応し、戸口までカップを持っていって小島が騒ぐ。
「美味い美味い、玉葱の炒め具合が絶妙だぜコレ。水木も飲んでみろよ」
先ほど朝飯の管理をするだのと、自分で言ったのを忘れてしまったかのようだ。
これ幸いとパン半分で朝食を終わりにして、原田は外へ出る。
「もう食べたの?」と水木に尋ねられ、頷いたのを小島には見咎められた。
「まったパン半分で済ませたな?お前も、このスープ飲んでみろよ美味いから!」
「言っただろ。あんまり食べられないって」と原田もやり返し、スクールへ向かう。
「待ってくださーい、わたしも一緒に行きますー」と騒ぐアーステイラは当然のように三人とも無視して。

弁当を作り忘れたと原田が気づいたのは、スクールに到着してからだった。
「ふふん、正晃ちゃんは真面目なようで抜けてますねー。わたしは、ちゃああぁぁんと!作ってきましたよぅ。ママー、お昼ご飯一緒に食べようって一言誘ってくだされば、一口ぐらい恵んでやっても――」
アーステイラの戯言は、ピコの挨拶で途切れさせられる。
「やぁ、おはよう原田くん達。お弁当を忘れた時は、ファインファリゼに行くといいよ。あそこは昼限定でスクール割引してくれるから、普段より安くなるそうだよ」
ファインファリゼとは、スクールの真向かいに建つ食堂だ。
本職の自由騎士が立ち寄る店でもあり、いつも昼と夜はごった返す客で賑わっている。
「へー!お前、情報通だなぁ」と喜ぶ小島の反応に満足したか、ピコは、ふわさっと前髪をかき上げて微笑んだ。
「なぁに、クラスのレディ達が教えてくれたのさ」
早くもクラスの、それも複数の女子と打ち解けているようだ。
「じゃあ、今日はそこで昼にすっかなぁ」と悩む小島を見て、弁当を持ってきたらしい水木が「え〜?今日は一緒にお弁当食べないの」と不満げにぼやき、小島に「だったら、お前も一緒に来いよ!」と誘われるのを横目に見ながら、原田もダメ元でピコを誘ってみる。
「アクセレイ……お前も、どうだ?一緒に昼飯」
「んん、ごめんね。毎回誘ってくれるのに断ってばかりで」
申し訳程度に頭を下げ、ピコは「そのレディ達と毎日お昼を食べる約束をしてしまったんだ」と答えた。
小島は「チームメイトよりレディを優先するのかよ!」と文句を言っていたが、レディ達、要は同級生女子と先に約束していたんなら、そちらを優先すべきだ。
「仲良しなんだね。ちなみに、誰と誰?」と突っ込んだ水木の質問には、ピコも屈託なく答える。
「モリティさんとアベンチェラさん、それからイルミゼさんだよ。いつも窓際で向かい合って弁当を広げているから、水木さんも興味あったら混ざりにおいで。歓迎するよ」
女子三人で男子を一人囲んでの昼食など、男子一人を三人で取り合う構図と予想される。
そこにもう一人、彼と仲の良い女子が入るのは、水面下で殺伐とした昼食会になりそうだ。
「うーん、ごめんね。私は小島くんや原田くんと一緒に食べるから。二人が休んだ時に考えてみるね」
水木も申し訳程度に謝って、お断りしたのであった。
そこへ「朝からお弁当の話?」と混ざってきたのはジョゼだ。
「弁当忘れちまってよー。ピコにお得情報、教えてもらったんだ」と小島が答え、連れ立って教室へ向かった。


本日の授業は午前中が依頼実習で、午後は座学だ。
他のチームが黒板に群がる中、原田はチームメイトの顔を見渡して切り出した。
「今日は模擬戦闘をやってみようと思うんだが……皆の意見を聞きたい」
「いいぜ!」と真っ先に小島が同意し、水木も「原田くんが、そうしたいと思うなら私も従うよ」と笑顔で頷く。
ジョゼが「どうせなら実習と模擬を交互にやるってのは、どうかしら?」と提案し、ピコが賛同した。
「いいね!それだと、どちらにも飽きることなく全日程を終えられそうだよ」
「スクール生活は、まだ始まったばかりだぜ?もう飽きたのかよ」と小島に突っ込まれ、ピコは首を真横に「遠い未来に飽きるかもしれないという予想だよ」と言い返す。
「よし、じゃー決まりだな!サフィアちゃーん、俺達模擬戦闘したいんだけど、どこ行ったらいいんだっけ?」
片手をあげて教官を呼びつける小島へ、すかさずジョゼが彼の欲しい回答をよこす。
「もう、小島くん。模擬戦闘は怪物舎でやるって昨日聞いたじゃない」
「おー、さすがジョゼ、そのおっぱいのデカさは」
「ハイハイ、それはいいから準備する!」
戯言は水木が断ち切り、全員揃って準備を整えた後は怪物舎へ移動する。
怪物舎はスクールの外、町のはずれにポツンと建っていた。
大きな平屋の建物が二つ。あの中で怪物が養殖されているのだと聞く。
養殖された怪物は外にいる野生よりも弱く、毒性や殺傷力も抑えめに飼育されている。
怪物の攻撃手段と自分の武器の特性を、実際に動いて体に覚えさせる。
それが模擬戦闘の狙いだ。
「連絡は届いているよ。君たちが今日、模擬戦闘を受けるチームだね」
原田たちを出迎えた男こそが、アーシスの英雄ジャンギだ。
多くの仲間と共に草原を越えて砂漠まで探索し、巨大な怪物と戦って右腕を失った。
自由騎士を引退した後は、ここ怪物舎の管理者となって怪物の世話をしている。
失った右腕には義手が嵌り、あと、男前なおかげか引退した後も訪れるファンは多いのだとか。
実際に会ってみて、男前の噂は本当だったと原田は納得する。
きりりとした太い眉毛と、それでいて優しげな目元が温和な印象を与える男性だ。
教官の役職に就けるのが元自由騎士という条件なら、サフィアなんて変な女ではなくジャンギが担当教官のほうが……と思わずにいられない。
しかし元自由騎士でも、それぞれ違う役目に振り分けられたということは、怪物の世話はジャンギじゃないと出来ないのかもしれない。
軽く会釈して、ジャンギが名乗りを上げた。
「俺はジャンギ=アスカス、ここの管理を任されている飼育員だ。君たちの模擬戦闘も俺がサポートする。ここにいる怪物は皆、制御されているから怪我を恐れる必要はないぞ。一応、救護士も詰めているしな」
「知ってるぜ!英雄ジャンギだろ!!」
元気よく小島がタメグチで話しかけ、「英雄様なのよ!失礼なクチを訊かないで」と慌てるジョゼには英雄様本人が断りを入れる。
「いや、今の俺は飼育員だ。英雄だったのは昔の話さ。気軽に話しかけてくれたほうが嬉しいかな」
昔というが、今の彼は幾つなのか。若々しく年齢不詳な外見だ。
「さて、君達は今日が初模擬と聞いている。初心者の相手は必ずプチプチ草と決まっているんだ。草原では必ず会う怪物だからね」
ジャンギの言葉に、ピコが背筋を震わせる。
「そんな頻繁に会うんですか?」
「そうだね」と微かに微笑み、しかしとジャンギは続けた。
「攻撃手段さえ覚えてしまえば、どうということはない。怪物の中じゃ雑魚だよ」
「それは、あなたから見ての強さ――ですか?」とのジョゼの質問には首を振り、優しく諭す。
「いや。誰の目から見ても……そうだな、プチプチ草との戦いを覚えた者なら誰が見ても雑魚だ」
「確か、弾をバンバン飛ばしてくるってサフィアちゃんが言ってたぜ!」
騒ぐ小島へ目を向け、ジャンギは頷いた。
「よく知っているな、その通りだ。葉の裏に丸い種がついているんだ。そいつを突然飛ばしてくる」
ただし模擬戦闘を重ねておけば飛ばすタイミングも見極められるようになるから大丈夫だと話を締めて、ジャンギが全員の顔を見渡す。
「養殖怪物は威力を制御してある。全弾ぶち当たっても致命傷にはならないが、痛いことは痛いので最初のうちはガーターをつけて挑んでくれ。それと、前衛に出る子は出来るだけ後衛の子を守る動きを覚えるように」
人数を数えたジャンギに誰と誰が前衛なのかと尋ねられ、ピコと小島が前に出た。
「僕は素早さが信条なんだ。後衛を守る盾にはなれないんだけど、構わないよね?」
いきなり先ほどの話を無に帰す発言をピコが放ち、小島は満面の笑みで彼の我儘を受け止める。
「あぁ、任せとけ!皆の壁は、俺がなるっ」
「小島くん一人で!?」と驚いたのはジョゼただ一人。
「一人で全部受け止めるなんて無茶だわ、死んじゃうわよ?」との制止には「大丈夫!私が全部回復するから」と水木が安請け合いし、さらにジョゼには怒鳴られた。
「そういう問題じゃないわ!野生のプチプチ草は重傷な威力だと言っていたじゃない」
「なら、致命傷を受ける前に倒せばいい」と原田も口添えし、そっとジャンギへ目で確認を取った。
「その通りだ」
アイコンタクトを受け止めたのかジャンギも頷き、原田の横まで歩いてくる。
「手段としては、そこの素早い彼を囮にするか、屈強な彼が盾なり武器で一発目を受け止めた上で、後衛が攻撃して倒すのが理想だ」
慣れてくれば前衛が一発で倒せるようになるんだけどねと付け足して、ジャンギが原田を上から下まで丹念に眺めるもんだから、原田も少し困惑に眉をひそめてジャンギを見つめ返した。
「……何か?」
「ん、君は何使いかと思ってね。魔術使いには見えないし、弓使いでもなさそうだし」
「すごい!僕らの体格を見ただけで判るんですか!?」と騒ぎ立てるピコを振り返り、ジャンギが苦笑する。
「君達も鍛錬を積めば、相手の気や魔力を大体は感じ取れるようになれるよ」
「原田は鞭使いだぞ!」と教えたのは、ごそごそ荷物を漁って武器を取り出した小島だ。
「んでジョゼが攻撃魔法、水木は回復でピコが短剣使い。俺は大剣使いだ!」
ぶんぶん大剣を振り回す小島なんぞジャンギは見てもおらず、視線は原田に釘付けだ。
「ほぅ。鞭か、鞭を選ぶ新入生は珍しいね。どうして鞭を選んだんだい?」
「え……そ、その。仲間を、守る為に……」
視線を逸らして、ぽそぽそ小声で答える原田には、全員が中腰で聞き耳を立てる。
全員に注目されていると知り、ますます原田は恥ずかしさで小声になりつつ懸命に答えた。
「だから、広範囲をカバーできる武器を探した結果、鞭になっただけで……」
「なるほど。魔力があれば魔術を選べたが、そうもいかないので仕方なく鞭を選んだと。君は多少、鞭を侮っていると見えるね」とジャンギに言われ、原田はポカンとなる。
「いいかい、原田くん。君は鞭を補助武器だと思っているようだが、戦い方次第では主力武器にもなりえるんだ。有効な鞭の使い方を模擬戦闘で学んでいこう」
間近でニッコリ微笑まれ、原田の中で緊張と興奮が最大限まで高まってゆく。
どうにか倒れずに済んだのは、ジャンギがくるりと踵を返して原田の元を離れたおかげだ。
「さて、諸君。俺についてきてくれ。プチプチ草を檻から出して、模擬戦闘開始と行こうじゃないか」
「は、はい!」
慌てて追いかけるピコとジョゼ、小島に続いて荷物から鞭を取り出した原田も水木と連れだって後を追った。
21/05/13 UP

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