絶対天使と死神の話

自由騎士編 08.模擬戦闘


プチプチ草は水木の腰までの背丈で小さな草だった。
草でありながら花の奥には無数の細かい牙が生え揃い、植物ではないぞとアピールしている。
一本だけならともかく、こんな草に一周囲まれたらと考えると、背筋が凍る思いだ。
やはり町の外は危険なのだ。こんな生き物と頻繁に会うようでは。
わしっとプチプチ草を掴みあげて花弁を押し開き、ジャンギが説明する。
「牙は鋭いが噛みついてこないんだ。攻撃手段は主に葉の裏の種飛ばしと、絡みついての捕縛だ」
「噛みつかないんだったら、捕縛は何のために?」とのピコの質問にも笑って答えた。
「獲物の動きを止めている間に仲間が弾をあてる。獲物が完全に動かなくなるまでは噛みつけないってことさ」
プチプチ草は臆病な怪物なので、常に集団で出現する。
弾を飛ばすのは威嚇行為であり、戦いが長引くと絡みついてきたりするので早めに倒せと言われたが、先の話と併せると、こいつは主食が肉、つまり人間を食べちゃう系であり、人間に襲いかかる怪物のどこが臆病なのか。
それを問うと、ジャンギは考える仕草で空を見上げ、ぽつりと答える。
「彼らは昼間活動する怪物でね、草原に住む小動物が主食だ。人間みたいな巨大な動物は想定していないから、威嚇で追い返そうとするんだよ。それでも追い返せない場合は捕縛で動きを止めるしかない」
怪物は本職自由騎士の協力を得て、学者が研究している。
自由騎士が怪物の子供や種を採集して、町の学者が、そいつを解剖したり育成して調べ上げるのだ。
この怪物舎も、学者の資金で造られた研究施設の一環だ。
疑似と称して見習いと戦わせるのは、野生では見られない動きを期待されている面もある。
「ジャンギも捕縛されたことあるのか?」
小島の問いに、ジャンギは「俺はないが」と断った上で付け足す。
「仲間が何度か捕まってね。今日は捕縛された場合の対処法も教えよう」
「はいはーい!もう一つ、質問っ」と勢いよく水木が手を挙げ、ジャンギに促されて尋ねた。
「ジャンギさんは現役時代、前衛だったの?それとも後衛?」
ジャンギは「前衛だよ」と答え、右腕を擦る。
「俺は棒使いでね。詰めてくる怪物には棒で牽制して、距離を置かせる役目にあった」
「棒なんだ!てっきり剣かと思った」と小島やピコにも驚かれ、苦笑した。
「剣も使えないことはなかったが、あまり上手くなくてね……後から覚えた我流だったせいかな。最初に選んだ棒が一番得意だった。もっとも、今はもう使えないが」
片手が義手とあっては、棒も上手く使えまい。
子供たちの気遣いで場が湿っぽくなる前に、ジャンギは自ら話題を変えた。
「プチプチ草は距離のある相手を捕縛に選びたがるんだ。戦いが長引くのは後衛を危険に晒してしまう。だから、遭遇した時は一気に倒すといい」
「けど、集団で襲いかかってくるんでしょう?前衛は二人しかいないのに一気にって」とジョゼが異を唱えるのには微笑んで、ジャンギは全員の顔を見渡す。
「全員でかかれば大丈夫だ。鞭と魔術で広域を狙えば、前衛が二人でも充分手が回る」
「なるほどー。つまり、数の多い怪物はジョゼの魔法が頼みの綱ってことだな!」
物わかりの良さを小島が発し、ジャンギには褒められた。
「その通りだ。だが魔術は発動に時間がかかるから、鞭でどれだけ数を減らせるかが鍵になる」と、これは原田にも向けた言葉で、責任重大だと原田が緊張するのへは、すかさずピコがフォローに回った。
「大丈夫だよ、原田くん。僕ら前衛だってその間、棒立ちじゃないからね」
急場で全員が動ければ、ぐるり一周囲まれたとしても全滅の恐れはない。
模擬戦闘は急場での度胸をつける意味もあるのだと話を締めて、ジャンギがプチプチ草を皆の前へ押しやる。
「では……模擬戦闘、開始!」
ドン、と強く彼が大地を蹴った直後。

『シャギィィィッ!!』

プチプチ草のあげた甲高い鳴き声に、子供たちは全員驚愕で固まった。
どう見ても草なのに鳴くだなんて。
しかも驚いている間に無数の小さな弾がバンバン飛んでくるものだから、前に立った小島とピコは、たまらない。
「あ、痛、イタタッ!?痛いよ、これ!」
思った以上に弾のスピードが速く、おまけに飛んでくる範囲も広くて華麗によけるどころではない。
全弾命中だ。
「あで、あででで!なんだこれ、ムカツク!!」と小島も脚を抑えて騒いでいる。
彼らよりも後方に下がった場所で眺め、あれを全部避けるのは無理じゃないかと原田は考えた。
肉眼では捉えづらい小さな弾が、途切れなく発射されるのだ。
弾が尽きるまで盾で防ぐのが正解であろう。
しかし小島は両手持ちの大剣、ピコは短剣だから、誰も盾を持っていない。
成す術もなくバシバシ当たりまくる二人に、ジャンギの檄が飛んだ。
「小島くん、もっと頭を使うんだ!君の剣は盾にもなる幅だぞ、前に構えれば隣に立つピコくんもカバーできる。ほら、原田くんも、ぼんやり眺めていないで前衛のフォローに回るといい!」
アドバイスは後方唯一の物理武器持ちである原田にも飛んできて、原田は、ぼうっと見ていた自分を恥じる。
大剣を自分の前に掲げて「こ、こうか!?アデデ、足に全部当たるじゃんか、駄目だコレ!」と騒ぐ小島の頭を越える場所目掛けて鞭を振るうも、鞭は途中で勢いを失い、小島の後頭部にバシッと墜落して、彼に更なる悲鳴を上げさせるだけに終わった。
「イテェ!?えっ、後ろからも攻撃ィ?」
慌てて「す、すまん!」と謝り、ジャンギの助言がくる前に原田は移動する。
前衛の後ろからでは駄目だ。自分の腕力では、鞭が前衛の頭上を乗り越えられない。
小島とピコの居ない真横へ動いて、再び鞭を振るう。
狙うのは上ではない。下だ。
地を這う高さで繰り出された鞭は、地を削り草を刈ってプチプチ草まで届いて『キャアアゥ!』と鳴き声をあげさせるのには成功した。
が、あまり怯ませられたようには見えない。
その証拠に、連射される弾の勢いが全然変わらない。
そこへ「原田くん、スナップだよ、スナップ!低空を狙う時は手首で振るうんだっ」とジャンギの助言が放たれて、手首?と首を傾げる原田と、それから小島の頭上をも越えて赤い塊が飛んでゆき、プチプチ草に命中する。
『ギャアアァウゥゥ!!!!』
炎が怪物を飲み込んだと思う暇もなく、断末魔を残してプチプチ草は灰と化した。
「すごい!初心者とは思えないぐらい詠唱が早いね、ジョゼさん」
ジャンギの驚きと称賛を一手に受けて、ジョゼが髪をかき上げる。
「伊達に親が魔術使いではありませんもの」
「なるほど、親が自由騎士か。スクールへ入学するまでに、いっぱい練習したんだね」とジャンギに微笑まれ、ジョゼも頬を紅潮させて頷き返す。
魔法の威力を称賛する同級生は多かったが、努力を誉めてくれたのは彼が初めてだ。
できれば、この誉め言葉は原田に言ってもらいたかったのだけれど、文句は言うまい。
「しかも、草には炎。五大元素の基礎を知っている。あとは広域での魔術が発動すれば、君は今すぐにでも戦闘依頼を引き受けられるな」と散々ジョゼを持ち上げた上で、ジャンギはボロボロな前衛及び原田へ視線を移した。
「だが、魔術使いだけでは危険だ。まずは物理組を鍛える必要がある」
「ジャンギー、あんたの言う通り剣を盾にしたけど、全然防げねーじゃん」
口を尖らせて文句を言う小島にジャンギは苦笑し、アドバイスに多少の修正を加えた。
「弾の発射角度に併せないと意味がないよ。足を狙われていただろう?その場合は低く構えるんだ」
「そんなら、そうと言ってくんなきゃ、わかんねーよ!」
自分の理解力を棚に上げてブーブーぼやく小島の横では、ピコがズボンの裾を捲りあげる。
「あぁ……僕の美しくも白い足が、腫れてしまったじゃないか……最低だ」
脛毛一本生えていない、白くて綺麗な足には、女子二人も釘付けとなる。
「え、何、この無駄なスキンケア」
呆気に取られて呟くジョゼへ、間髪入れず本人が叫んだ。
「無駄じゃないよ!頭の天辺から爪先まで、僕に醜い要素があってはならないんだ……原田くんなら判るよね?」
念を押されたって、原田にもピコの美意識は理解できない。
というか、何故こちらに確認を取った?
剃髪しているから、無駄毛剃りに興味があると思われたのだろうか。
原田がスキンヘッドにしているのは、特別な理由じゃない。単に頭を洗うのが面倒なだけだ。
ピコの足を覗き込んで「全然腫れていないじゃないか。大袈裟だなぁ」とジャンギが突っ込むのには、本人ではなく小島が逆らった。
「腫れた思うぐらい痛かったんだ!」
「まぁ、全弾当たれば痛いだろうさ」とジャンギも一応は肯定し、しかしと続ける。
「野生のプチプチ草で全弾命中したら、こんな痛みじゃ済まないぞ。腫れる程度なら軽傷、骨折を覚悟したまえ」
「そこまで!?」と驚く水木をチラリと見やり、頷いた。
「そうならない為にも完璧な防御は覚えるべきだ。もし痛みが引かないようなら、その時は水木さんの出番だね」
先の攻防で水木の出番は、なかった。
笛は攻撃に使える道具ではないし、彼女の覚える呪文は回復だ。
剣で受け損ねたら前衛は大怪我必至、初心者は当分、回復呪文のお世話になるのであろう。
パーティは誰もが重要な立ち位置にある。全員、責任重大だ。
「あの――手首のスナップ、とは?」
おずおずと質問する原田の横まで歩いていったジャンギが何をするのかと見ていれば、鞭を掴んだ原田の手を包み込む形でぎゅっと握るもんだから、場は騒然とする。
「ちょっとォ!いくら元英雄様と言えど、原田くんへのナンパ行為は見過ごせなくてよ!?」
「そうだ、そうだ!原田に馴れ馴れしくするのは俺が許さねーぞオッサン!」
激怒するジョゼと小島に驚いたのはピコだ。
「ちょ!?小島くん、オッサンは失礼すぎやしないかい」
慌てて二人を止める彼を横目に、水木はジャンギの行動を見守った。
原田の手を握るだなんて羨ましすぎるし、二人同様腹が立つ。
しかしジャンギとて模擬戦闘の監視を任された身、何の意味もなく握ったわけじゃあるまい。
大騒ぎの外野を一切無視し、原田の手を包んだ格好でジャンギが穏やかに語りかける。
「鞭は上半身、主に腕を使う武器だが、攻撃方向を決めるのは手首の動きなんだ」
原田の手ごと鞭を持ち上げ、手首を前に傾けた。
「スナップってのは、手首を軽く捻る動きを指す。角度如何では力任せに振るうよりも威力が増す」
手首だけで?
脳内で繰り返し、原田は、まじまじと鞭を眺める。
この武器は、けして軽くない。
故に先ほどは腕を振り回して打ったのだが、手首だけで振ったら手首がイカれるんじゃなかろうか。
「さっきみたいに低い位置を狙う時は、手首を意識してくれ。もちろん、やわな手首じゃ威力が思うように出ないばかりか、手首を痛めてしまうかもしれない。日々の訓練で手首を鍛えておくといいだろう」
どうやって?と目で尋ねる原田に頷くと、ジャンギが手を放す。
「手を握って開く。これを繰り返す。大体百回ぐらいを目安に毎日やれば、それなりに鍛えられるだろう。あとは腕立て伏せだ。腕と言うよりは指立て、かな。指で体を支えるんだ」
「腕立て伏せなら得意だぜ!」と混ざってくる小島を一瞥し、ジャンギは原田を促した。
「体を鍛えている友達がいるなら、その子と一緒にトレーニングすれば長続きすると思うよ。お互いに励ましあって向上するんだ。一人でやるのは飽きや妥協を生み出すから、オススメできない」
貧弱な体格を心配してのアドバイスと受け止め、原田は素直に頷く。
「頑張ります」
「うん、頑張れ」とジャンギは頷きで励まし、最後に全員の顔を見渡した。
「初回の〆として、仲間が捕縛された場合の対処を教えておこう」
檻から出された二匹目は、先ほど燃やした草よりは小ぶりだ。
「プチプチ草は雌雄体だ。弾を飛ばして威嚇するのが雄の主な役目で、雌は捕縛を行う」
こんな植物にしか見えない生き物に、男女の違いがあったとは。
ジャンギが花弁を開いて、再び奥を見せてくる。
「雄は奥に牙が生え揃っていただろう?だが雌は違う」
「うわ何だ、これッ。気持ち悪い!まさか舌!?」と驚くピコへは首を振り、訂正した。
「植物で言えば、おしべとめしべに当たる器官だ。学者は、これを双弁と呼ぶがね」
細長くて赤い蔓のようなものが、花弁の奥に生えている。
「雄には生殖機能がない。雌が全て賄っているんだ。雄は雌を守る為に生まれた武器なんだ」
捕縛は、めしべとおしべを兼ねた器官で絡めとる。
口で説明するより実際に捕縛されたほうが判りやすいとジャンギは話を締め、短く指笛を吹く。
――すると。
しゅるると伸びた細い蔦、いや、双弁だったかが原田の身体に巻きついた!
「ひっ!?」と驚いている間にも双弁はシャツの中に潜り込み、ビクンッと原田の身体が弓なりに震える。
「やっ……」と彼が小さく喘ぐ声も相まって、妙にエロイ光景だ。
どうやらシャツの中で悪さを働かれているようで、双弁の動きに併せて原田もビクビクと痙攣した。
瞳には涙を浮かべて熱い吐息を漏らし、体を揺すって逃げ出そうとしているのだが、腕にも双弁が絡みついてしまって完全に身動きが取れない。
双弁はグルグルに長く絡まりまくって、最早どこが先端なのかも判らない有様だ。
「お、おい!何させてんだよ!!もぉっ!原田、今助けてやるからな!」
原田の痴態を凝視していた仲間内で、一番最初に硬直が解けたのは小島であった。
ぐいっと力任せに双弁を引っ張ったら、ギュッと何処かが絞めつけられたかして「ひァッ!?」と甲高い悲鳴が原田の口を飛び出す。
「はい、全員注目。あれは駄目な対処法だ。剣で斬りつけたり力任せに剥ぎ取ろうとすると、プチプチ草も必死の抵抗を見せる。まぁ生き物の本能としちゃ当然の結果だね」
目の前で大変なことになっているというのに冷静な解説をされて、ジョゼが怒鳴りつける。
「では、どうやれば解けるんですの!?っていうか、どうして原田くんを襲わせたの!」
「質問は一つずつ――と言いたいところだが、いいだろう。対処は簡単だ」
すたすた近づいていったジャンギが、原田の身体にまとわりついた双弁を優しく撫でる。
しばらく撫でること、数十秒。
しっかり巻きついていたと思った双弁が、ゆるゆると解けて花弁の中へ戻ってゆくではないか。
「敏感な器官は、優しく扱ってやらないとね。穏やかになれば攻撃も止むってものさ」
両腕を開放されてペタンと地べたに座り込んで涙目な原田へ笑いかけると、ジャンギが付け足した。
「捕縛された側も抵抗しちゃ駄目だ。大人しくしていること。そうすれば双弁の動きも、じきに止まる。彼らが何の為に捕縛するのか思い出してくれ」
そうは言うが双弁のやつときたら乳首に巻きついてくるわチクチク突いてくるわで、くすぐったいやら痛痒いやら、おまけに仲間の凝視もあってか、だんだん変な気分になってくるしで大変だった。
じっと耐えて大人しくするなんて無理だ。
あれに耐え続けるのだと考えたら、絶対に捕まらないよう逃げ回るしかない。
「原田くんを襲わせた理由だが……彼がパーティの要じゃないかと踏んだからだよ」
奇襲で動けなかったジョゼ、ピコ、水木の顔を見やり、ジャンギは言う。
「対怪物戦で司令塔が捕まる可能性は常にある。指示なしの戦いで、どう動くかも決めておくといい」
せっかく五人もメンバーがいるのに全員烏合の衆では、戦いもままならない。
次回は複数を相手にした場合の連携を練習しようと締められて、本日の模擬戦闘は終わりを告げた。
21/05/15 UP

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