絶対天使と死神の話

自由騎士編 09.怖かった


強くなれば怪物退治で、もっと稼げるようになる。
だからといって依頼を全然引き受けないと、金を入手できない。
自由騎士を目指す理由に金儲けを設定している生徒にとって、どちらを優先するかは悩みどころだ。
三クラス中、戦闘優先を選んだチームと依頼中心のチームとでは半々の割合に収まった。
「三ヶ月後に控えた合同会、今年は無事に開催できそうですか?」
教官室にて。
軽やかに紅茶をかき回しながら、ウィンフィルドがサフィアに尋ねる。
「うちは前衛希望が多い分、元々の体力には自信ありってトコね」
お茶請けのクッキーをポリポリかじってサフィアも答えた。
合同会とは三クラスで集まっての力比べ、いわゆる運動会といった類の学校行事だ。
無論ただの運動会ではない。
結界を張った舞台で真剣勝負を行う対人戦だ。
生徒たちは、この行事で他クラスの生徒や教官とも初顔合わせとなる。
サフィアに押し付けられたアーステイラ、彼女が自分のクラスに入ったのは幸運だったと己龍は考える。
サフィアは気づかなかったのかもしれないが、彼女からは今年の全生徒を軽く上回る潜在能力を感じる。
プチプチ草を光の呪文一発で消滅させたとの報告を受けているし、まだ実力を隠しているふうでもある。
合同会はチーム戦、クラスごとに五人編成の代表チームを選出し、勝ち抜き戦を行う。
アーステイラを出しておけば、他が雑魚でも勝てる。
毎年サフィアとウィンフィルドに打ち負かされて煮え湯を飲まされてきたが、今年こそは。
己龍は覆面の隙間にストローを挟み、じゅるじゅると紅茶を吸い込む。
そんな奇怪な飲み方も、他の二人には見慣れた光景だ。
どこか遠くを眺める視線でウィンフィルドが囁く。
「あなたのクラスには有望そうな後衛予備軍もいるではありませんか。私の見立てでは鞭使いと頭蓋骨使いが、将来伸びてきそうですね」
「カナメちゃんが?」と、サフィアは驚いている。
カナメという子はウィンフィルドに高く買われ、サフィアの中では小物扱いだったようだ。
「まぁ〜原田くんが大器晩成ってのは納得だけど」
一方で原田という子はサフィアも実力を認めている。
「どんな子なんですか、カナメ及び原田というのは」と己龍はウィンフィルドに尋ねたのだが、サフィアが「それは合同会での、お・た・の・し・み☆」と情報公開をシャットアウトしてきて消化不良で終わる。
「あ、もう一時間目が始まっちゃう。優雅なお茶会は、そろそろお終い☆」
お茶請けの缶をバタンと閉じて、サフィアが立ち上がる。
クッキー、己龍はまだ一枚も食べていなかったのに。
「では、次のお茶会は週末に行いましょう」
ウィンフィルドも悠然と立ち上がり、二人に手を振って去っていった。


本日の原田チームは依頼を選んだ。
メンバーと話し合い、依頼、武器訓練、模擬戦闘のローテーションでいくことに決めたのだ。
武器訓練も漠然とやるのではなく、次の模擬戦闘に生かせる形で練習する。
次回は複数相手だとジャンギは言っていたから、連携が重要となろう。
依頼も次の武器訓練に生かせるよう、できれば埋もれたレア武器を見つけてみたいものだが、町の周辺では取りつくされたと考えられる。
序盤は単純に小銭稼ぎだと割り切ったほうが良さそうだ。
外に慣れる練習でもある。
「今日は、ちょっと遠い場所での依頼を引き受けてみよう!」とガチガチに緊張した顔のピコに促され、原田は依頼書をざっと見渡した末に一枚を剥ぎ取った。
「うひょー、やった!食べ物探しじゃん」と喜ぶ小島の横で、ジョゼが眉根を寄せる。
「大丈夫?これ……だいぶ離れることになりそうだけど」
原田が選んだのは、地中の芋掘りだ。
町周辺に草の禿げた場所が数ヶ所あり、そこでなら掘れるというのだが、尺図によると芋掘りポイントは門から十歩程度では済まないように見える。
草原地帯全体が町の周辺と言えばそうなのかもしれないが、門が遠ざかる場所までの移動は恐怖に支配される。
もし往復中、プチプチ草と遭遇したら――
一匹だけならまだしも複数に囲まれたらと思うと、ジョゼでも足がすくむ。
しかし報酬は七十ゴールドと高めで、オマケは芋スープがバケツ一杯と豪勢だ。
ファンクラブも目をつけていたようだが原田が先に取ったので、今は悔しそうな顔で、こちらを睨んでいる。
「芋を掘って戻るだけだろ?ちゃちゃっと掘って、ささっと戻れば大丈夫だって」
念願の食べ物探しとあって小島は浮かれているし、水木も「薬草ばかりじゃ飽きるもんね。原田くん、ナイスチョイス!」と喜んでいるしで、この二人に恐怖心は存在しないのであろうか。
バケツ一杯の芋スープに興味はないが、リーダーの選択を無下にもできない。
いやリーダーが原田じゃなかったら却下するのだが、彼である以上、ジョゼには反対できない。
ジョゼが、ちらりとピコを伺うと、ピコは距離の遠さにサァッと青ざめて、恐々原田に持ちかけていた。
「い、いいことを思いついたよ、原田くん。全員で掘りに行くんじゃなくて中継を置いてみたら、どうかな?」
「中継?」と首を傾げるリーダーへ、今し方思いついた案を披露する。
「一定距離でメンバーを待たせて、バケツリレーの方式で芋を運搬するんだ。そうすれば往復も省略できる」
「それで……掘りに行く奴は一人で長距離を往復するのか?危険じゃないか」
もっともなツッコミが返ってきて、却下された。
「プチプチ草は複数で出現するんだ。大勢には大勢で立ち向かったほうが安全だ」
「立ち向かう必要ないだろ、全員で一目散にダーッシュだ!」
原田の意見を小島が修正し、水木も力強く頷く。
「ピコくん、一人で掘るより全員で掘ったほうが時間短縮になるんじゃないかな?」
念を押され、恐々ながらも自身を納得させてピコは頷く。
自分より背丈の小さな、しかも後衛担当の女子が全然怖がっていないのだ。
いつまでも前衛の自分が怖がっているのは、みっともない。
「う、うん。そうだね……頑張ろう」
小島に掘らせようと考えていた自分を、密かに恥じながら。
今回の依頼も報酬はばらつきがあり、前回引き受けた薬草の依頼が今回も出ている。
七十ゴールドは最高額の百ゴールドに次ぐ高額依頼だ。
魅力的な報酬ではあるが慎重な原田が選ぶのは意外な気がして、水木は直接本人に尋ねた。
「いきなりハードルを上げてきたけど、どうして?」
「……ちょっとな」で誤魔化されそうになったので、はっしと腕を掴んで振り向かせる。
「ちょっとって何?」
深く突っ込んでくる水木も珍しい。
いつもなら、そうなんだ〜で済まされる会話なのに。
原田は驚いたが、じっと見つめてくる目には勝てず、仕方なく理由を話した。
「金が必要なんだ。生活費が……ちょっと、足りなくなりそうで」
小声での返答に、水木は納得する。
原田の生活費が切迫するのは一つしかない。小島との同居が原因だ。
ちらっと小島を見た水木に気づいたか、原田が多少フォローを入れてきた。
「言っておくが、あいつが原因じゃないぞ。明日で収入源が切れるんだ、だから」
一瞬何のことか判らなかったが、すぐに水木にも生活費の収入先だと伝わり、彼女は小さく溜息をつく。
五歳の子供が自活するには、金を稼ぐ場所が必要だ。
大人なら大通りの店舗や富豪の家で長期間働けるが、子供は臨時でしか雇ってもらえない。
だというのに原田は安定した収入先を見つけたらしく、定期的に食料を買う姿が目撃された。
一体どこの富豪に雇われているんだ、実入りがいいなら俺もと大人はこぞって詰め寄ったが、原田はいつもふいっと視線を逸らして黙秘を貫き、話せない勤め口って何だ、きっと悪事だといった憶測も流れたものの、いつしか皆の興味は薄れてしまった。
「依頼で稼げるようになれば、自由騎士への道も確実になる……だろ?」とも問われ、水木も小声で返す。
「そうだね。でもピコくんが慣れるまでは、安いのも織り交ぜて受けよう」
ピコもだが、原田もだ。
前回は十歩かそこらの距離で二人ともガチガチに緊張していた。
水木にしてみれば一体なにを緊張するのか、だ。
アーシスは、ぐるり一周を高い壁で囲まれている。
そこから一歩出た外の世界はあまりにも広く、地平線の彼方まで馬に乗って駆け巡りたい衝撃にかられた。
実際には馬など飼っていないし、一人で突っ走るのは死との直結だと判っている。
二人と比べたら、ジョゼはリラックスしていたように思う。
きっと現役自由騎士である親に、外の世界を聞かされて育ったのだろう。
小島は水木と同じで冒険心が恐怖を上回ったクチだ。
てっきり原田もそうだと思っていたので、あの緊張っぷりには驚かされた。
だが、まぁ、雑談で依頼を終わらせる頃には二人も緊張が解けていたし、今回も同じ手でいこう。
出かけようと戸口へ手をかけた原田を、サフィアが呼び止めてくる。
「プチプチ草から逃げる時は、大剣使いを最後尾にすると痛い思いをしなくて済むかもしれませんっ☆」
模擬戦闘でジャンギが言っていたのと同じ戦法だ。
原田は頷き、教室を後にした。

芋掘りポイントは、門を出て十歩程度では済まない距離だった。
二十歩を越えた辺りでピコと原田の心臓はバクバク、足はガクガク、これ以上の移動を拒否し始める。
土の露出した地面など全く見えてこないではないか。
「も……もう限界だ……っ」と崩れ落ちたのはピコが先で、抱きかかえる小島の腕の中で泣きごとを漏らす。
「僕には、まだ無理だったんだ……小島くん、僕を置いて君は芋掘りへ向かうといい」
しかし小島は「馬鹿言ってねーで、ほら、担いでやっから一緒に行くぞ」と無情にもピコを背中に担ぎ上げ、歩き出した。
同じく崩れ落ちる寸前だった原田は足を前に進める。
彼を動かすのは気力と意地が半々で、自分がやると決めた依頼をリタイアするのは情けない。
恐怖で涙が出そうになるが、それも見栄で押し留めた。
傍らの女子二人が平然としているってのに、リーダーたる自分がベソをかいていては示しがつかない。
そう思って水木を見下ろすと、堅い表情の彼女と目があった。
「……思ったより遠いね。大丈夫?」
声も心なしか震えており、原田は二度驚かされる。
慌ててジョゼに視線をやれば、彼女も強張った表情で歩いている。
ビクついていないのは小島だけだった。
その彼も言葉は少なく、無言の行進になりつつある。
黙々と歩いて、数えで三十五歩を越えた距離になって。
先頭を歩く小島が「あ」と小さく呟き、続けて「あったー!」と大声になるもんだから、彼を除いた全員がビクゥッ!と全身を震わせる。
「や、やめて!?プチプチ草に気づかれたら、どうするのよ!」と泡食うジョゼを遮る勢いで、水木も叫ぶ。
「ホントだ、土の見える地面って本当にあったんだー!」
走り出した小島の足がブニッと柔らかいものを踏みつける。
「ん?」となった数秒後には彼の悲鳴が一面に木霊した。
「ど、どうした、プチプチ草が出たのか!?」
原田が駆け寄ってみると、小島は足を抑えて半泣きで答える。
「馬のウンコ踏んだぁぁ……」
「も、もう、驚かせないでよ」とジョゼに怒られて和んだのも束の間、水木の悲鳴で再び全員が驚かされる。
どうしたと尋ねなくても、周りを見れば誰にでも判る。
草の陰から見え隠れしているのはプチプチ草だ。その数、ざっと七匹。
「に……逃げろぉぉー!
小島の号令をきっかけに、一斉に走り出す。
誰が最後尾なんて考える間のない、突然の遭遇だ。
全員必死に脇目もふらず、全力疾走する。
傍らを走る水木が「あっ!」と叫んで草に足を取られて転んだ瞬間、原田の恐怖メーターは限界をぶっちぎった。
片手で彼女を抱え込み、もう片方の手で鞭を腰のベルトから引き抜く。
地面スレスレ目掛けて勢いよく鞭を振るった。
振った瞬間、手首にグキッと痛みが走ったが、鞭は原田の狙いを違わずプチプチ草に当たり、三匹ほど怯ませる。
目線をプチプチ草に併せたまま「水木!走れるかッ」と尋ねれば「う、うん!」と打てば響く返事がきて、原田は彼女を抱えていた手を離す。
水木が走る気配を背中に感じながら、無我夢中で鞭を振るう。
自分まで逃げれば、二人とも背中に全弾食らって大怪我必至だ。
逃げるよりも牽制で追い払うしかない。
それでもプチプチ草が逃げてくれなかったら――?
悪い結果は考えるな。
今は、追い払う。それのみに集中するんだ。
何十回と振って、そのうちの何発かは確実に当たり、プチプチ草が近づいてくる気配はない。
しかし、それに原田が気づいた様子もなく、彼は必死に鞭を振るい続けた。
早く、早く何処かへ居なくなってくれ。
手首はズキズキ痛み、自分が鞭を振るっているのかどうかも判らなくなってきた。
いや、その前に恐怖で気を失いそうだ。
水木は無事に逃げられただろうか。
ここで自分は死ぬんだろうか。
ここで自分が死んだら、依頼は失敗してしまうのか。
ピコの言う通り、自分達には早すぎた依頼だったのか……
様々な思いが原田の脳内をグルグル回り、しまいには幼い頃の思い出までが走馬灯として浮かぶ。
――ふと気づくと、プチプチ草は一匹もいなくなっていた。
「あ……」
茫然と座り込む原田の肩を、誰かが叩いた。
見上げると満面の笑みを浮かべた小島と目が合い、手放しで褒め称えられる。
「やったな!原田、すっげー大活躍じゃんかっ」
大活躍も何も必死で鞭を振っていただけなのだが、手首がズキズキ痛んで原田にも時間が戻ってきたかして、今頃になって堰き止めていた涙がいっぺんにブワッと零れ落ちた。
「原田くん……さすが私たちのリーダーね」
呆けた表情でボロボロ涙を流す原田の側へジョゼも戻ってきて、ぶるっと肩を震わせる。
「本当は私が何とかしなきゃいけなかったんだけど、いざ本物と遭遇したら頭が真っ白になってしまって……ごめんなさいね」
「ジョゼちゃんだけの責任じゃないよ」
水木が慰め、ちらっと小島を見上げた。
「私たち、全員パニックになってたもんね」
外に出るのは怖くない。
しかし怪物との遭遇となってくると、話は別だ。
最後尾につけと言われていたが、ピコを抱えた状態では小島も逃げるの一択しかなかった。
ピコを放り投げて大剣を構える。そんなふうに機転が回らなかった。
機転が回るようになるには、場数が必要だ。
急場で動けたのが、まさかビクビクしまくっていた原田になるとは小島にも予想外であった。
水木を庇った上、鞭で敵の動きを牽制し、彼女を逃がした後は防衛として残る。
とても初心者とは思えないぐらい、めちゃくちゃ冷静な立ち回りだ。
恐怖で理性が吹っ飛んだおかげで、却って冷静になれたのかもしれない。
或いは、命を賭してでも水木を守りたかったのか?
だとすれば見上げた友情だが、死んでしまっては何にもならない。
水木も自分も悲しむから、むしろ、そういう自己犠牲は原田に払ってほしくない。
原田の手を優しく握り、水木が彼の耳元で囁く。
「……かっこよかったよ、原田くん。守ってくれて、ありがとう」
「おう、ホント、ホント。かっこよかったぜ、お前。けど、あんま一人で無茶すんなよな!」と小島も再び褒めるのに加わり、腰が抜けた原田を立たせてやった。
まだ依頼は終わりじゃない。芋を掘って帰らねば。
21/05/27 UP

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