絶対天使と死神の話

死神編 07.絡み合う因果


絶対天使を倒すには、恋に落として弱体化させるべきだ。
――という風の提案により誰か相手を見繕ってやろうという作戦になっていたのだが、こちらが探してくるまでもなくアーステイラは勝手にピコと恋に落ちていた。
まさか保健室でキャッキャウフフのイチャイチャベッドシーンを繰り広げられるとは、さしもの神坐にも予想不可能な展開であったが。
神坐が見た光景は遠隔会話で他の死神にも伝わり、数分後には風の分身を除く全員がスクールの倉庫に集合する。
「変態駄犬が毎日睡姦調教したせいかねぇ」
だとしても原田のチームメイトに目を付けられたのは誤算だ。
潔癖な絶対天使が肌身を触らせるからには、演技ではなく本気の恋なのか。
「甘ったるい声でケツの奥まで弄って〜って叫んでいて、とても演技とは思えなかったぜ」
「アーステイラはアナルプレイがお好みか。絶対天使も見かけによらんのぅ」
神坐のシモネタに乗っかった上で、大五郎がぼやく。
「やつの相手は英雄ジャンギを想定していたんだがな。先手を打たれるたぁ思わなんだ」
ジャンギを恋人にあてがう作戦は風も想定内にあったが、昨日の彼を思い出すに無理だろうと考える。
スクール休みの昨日、原田を家に招いて彼が帰った後、ジャンギは延々ニマニマ一人で思い出し笑いをして大層気持ち悪い様子を晒していた。
原田の使ったフォークやスプーンを握りしめて妄想に浸られた時には、そのまま口に入れるんじゃないかと危惧したぐらいだ。
今朝もジャンギによる原田へのノロケ語りが鬱陶しいと、怪物舎に詰めた陸からは報告を受けている。
最初は喜んで聞いていたエリオットも、最後のほうでは虚ろな目で「そうなんですか」しか返せなくなったというんだから、相当なウザさだったと予想される。
今の彼にアーステイラを会わせたって無駄だ。恋の一歩は踏み出されまい。
「先手っつぅか、一目惚れじゃねぇか?だって昨日までは何の関係もなかったんだしよ」
「今日突然、恋に目覚めたってのか?」と神坐の疑問に疑問で返し、大五郎が首を捻る。
いくら絶対天使が惚れっぽいからと言って、この急展開は、ありえるんだろうか。
だが実際、保健室でイチャイチャしていたというし、恋に落ちた相手がピコなのは偶然なのかもしれない。
「ピコが原田にアーステイラのイメージを修正してくる可能性は考えられると思うか?」と風に尋ねられ、神坐はウーンと唸って考えたのちに結論を出す。
「つーよりは、ピコがアーステイラに原田のイメージ修正を押しつけそうだよな」
原田チームを遠目に眺めた上での結論だ。
チームメイトは原田に全面の信頼を置いている。
死神視点じゃ非常に頼りなく見えるリーダーでも、チーム内では信頼たる人物だと受け止められているようだ。
決定打と言えるのが、プチプチ草との遭遇だ。
泣きべそをかいて必死の追っ払いが、勇敢な行動だと変換されて褒め称えられた。
リーダーは、こうであれという美化意識が彼らの内面にあり、そいつが原田を英雄に見せている。
であれば、ピコが原田と衝突する可能性は限りなく低い。
もしアーステイラが原田に悪意を向けようもんなら、原田ではなく彼女を切り捨てるだろう。
ピコのガールフレンドはアーステイラ一人だけではない。クラスに数人、女子をキープしている。
その上で彼が一番好きなのは自分自身だというのだから、この恋は長く続くまい。
ピコがアーステイラと別れる前に、仕掛けねば駄目だ。
「いつ、やる?」と大五郎に問われ、風は答えた。
「数えで一週間……恋人の立ち位置が確定した時こそが狙い目だ」


午後の授業が始まったというのに、いつまで経ってもピコが教室に戻ってこない。
痺れを切らした原田は、先に武器訓練を始めることにした。
手首の調子は、すっかり元通りだ。
昨日の湿布が効いたというのもあるが、校庭にいた海が回復魔法をかけてくれたのが一番大きい。
「すげー!回復魔法って救護士に頼まないとしてもらえないのかと思ってたぜ」と大騒ぎする小島へ、海は素っ気なく「なら、怪物舎か保健室まで走っていくか?遠いぞ」と答え、直立不動の構えに戻った。
回復魔法なら昨日の午後に散々水木の実験台になったのだが効き目はサッパリで、海の魔法ですっきりした顔の原田を見、水木がぷぅっとふくれっ面になる。
「どうやったら魔法って上手くなるの?」と海に尋ねて「こんなのは個人差に決まってんだろ」と、あっさりかわされた。
「お前の魔法は発動しなかったんじゃねーか?」と小島には突っ込まれ、そういや海が魔法を唱えた時は、うっすら光がともっていたのに対し、昨日自分が唱えた時には何の変化もなかったと水木も思い返す。
「ごめんね、原田くん。もっといっぱい練習するから!」との誓いには原田が何か言うより早く、ジョゼのツッコミが飛んだ。
「それだったら、小島くんが模擬戦闘で実験台になるといいんじゃない。次は複数相手だというし」
それを言うなら、ジョゼも複数相手の魔法を練習しないといけないのではないか。
原田の視線を辿って何かを合点したのか、海が倉庫へ走っていく。
やがて戻ってきた彼の腕には山ほど木の的が抱えられており、片っ端から並べ立てた。
「複数練習か、それっぽくなってきたじゃん」と喜ぶ小島を横目に、ジョゼが詠唱に入る。
複数相手の広域呪文だって、予習はバッチリだ。
だが――実際にプチプチ草と遭遇した時、全員泡食って逃走したのは記憶に新しい。
詠唱を途中でやめて、ジョゼは海にリクエストした。
「動かない的に当てたって練習にならないわ。動く的ってあるのかしら」
海は「まずは詠唱時間の短縮を優先して練習しろよ。動く的を狙うのは後回しだ」と答えてジョゼのリクエストを、いとも簡単に切り捨てる。
融通の利かない教官補助だ。
なら詠唱の早さを見せつけて、さっさと次のステップに進ませてもらおう。
眉間に縦皺を寄せて呪文の練習に戻るジョゼを心配そうに眺めた後、水木は地面に生えた草をちょん切り、回復魔法をかけてみる。
ちぎった草が元通りにくっつけば呪文成功だ。
見た目地味な訓練だが、小島を怪我させて実験台にするよりはマシであろう。
小島は大剣を振り回し、並べられた木の的を片っ端から叩き折っている。
その横で原田も鞭を振り回し、一回で複数の的に当てる練習を始めた。
鞭は大剣と違って、ただ当てればいいってもんじゃない。
背の低い敵へ当てるには手首のスナップが重要だと、ジャンギに教わった。
今日は意識して低い位置を狙ってみよう。
あまり頑張りすぎると、また手首を痛めてしまうから、高い位置を狙う練習と交互に行った。
それぞれ個別の練習メニューで三人が言葉少なになる中、ジョゼにだけは海が指導を飛ばす。
「炎の威力が弱ェ!そんな程度の魔法じゃあ、動く的を狙う以前の問題だぜ」
ジョゼも「判っているわよ!次は強力なのをお見舞いしてやるから、見ててごらんなさいっ」と、こめかみに青筋を立てて言い返すあたり、なかなかの負けず嫌いだ。
ちらりと視線を向けた原田に気づき、海が声をかけてくる。
「なんだ?お前も俺の助言が必要か」
こくりと頷いた原田の横に立ち、ジロジロ無遠慮に眺めまわした海が言うには。
「お前は手首の振りがイマイチだな。こいつをくれてやるから、今日は時間いっぱい握って手首を鍛えろ」
手渡されたのは、ちょうど掌に収まる大きさの球体だ。
握ると、ぐにゃっとした感覚が伝わってきて、驚く原田に海が笑う。
「なんだ、ゴムボール見たのは初めてかよ」
「ゴムボール?」と首を傾げる彼へ「そいつの名称だ」と答え、海は更なる助言を加えてやった。
「そいつを一日中握るだけでも掌の筋肉が鍛えられるってもんだぜ。手首だけピンポイントに鍛えるってなぁ出来ねぇからな。イメージとしちゃあ掌を鍛える。そういうふうに考えろ」
お試しでグニグニ握っただけなら簡単に思えるが、一日中となると手がダルくなってきそうではある。
しかし、それで手首がグキッとなるのを防止できるというんなら、優先してやるべき訓練だ。
無言でボールをぎゅっぎゅと握る原田を満足げに眺め、海はジョゼの指導に戻る。
チームの要は魔術使いだ。
こいつを完璧に仕立て上げれば、原田の身の安全にも繋がる。
原田には、早いとこ戦闘依頼を引き受けさせたい。
輝ける魂が輝きを放つのは三回目の戦闘依頼後だと聞くし、さっさと輝かせてしまえば絶対天使がちょっかいをかけようと無駄になるのではと海は考えた。
本来の任務にはない内容だが、構うことはない。
要は、原田の魂が汚染ないし殺されるのを防げばよいのだ。
ジョゼ以外は黙々と武器特訓に励む原田たちの元へ近づく者がいる。
誰かと思えば、神坐ではないか。保健室のヌシを担当しているはずの彼が、何故ここに?
「どうした、作戦変更のお知らせか」と小声で尋ねる海へ首を振り、神坐も小声で返す。
「ピコが一大事だ。訓練中悪いんだが、原田と話をさせてくれ」
そこへ「おーい!原田くん、みんなぁ〜!遅くなってごめーん」と陽気な大声が聞こえてピコが走ってくるもんだから、神坐は身を翻す。
「おい、話は」と問いかける海へは「やっぱ後でいいや」とおざなりに答え、そそくさと立ち去っていった。
神坐と入れ違いに走ってきたピコを睨みつけて、海は訝しがる。
神坐の行動も謎だが、こいつも午後の授業にまるまる遅刻して、今までどこで何をやっていたのか。
「お前、どこでサボッてたんだよ?もうすぐ終わりだぞ、武器訓練」
口を尖らした小島に文句を言われ、ピコが悪気なく答える。
「サボッていたと言われてしまうと身も蓋もないな。結果的には授業をサボッてしまったけれど、僕なりに人助けをしていたんだ」
「人助け?」と側に集まってきた水木は首を傾げ、反省の色が全く見えない仲間の顔を見上げた。
「気分の悪くなった子を介抱してあげたとか?」との追っかけ質問には「少し違うかな」と首を振り、ピコは考え込む仕草をする。
「病は病でも、恋の病かな……」
「は?」とジョゼや原田も集まってきたところで、訓練は終了時間と相成った。
「説明するより紹介したほうが早そうだね。皆、ついてきてくれ」
ピコに促されて、原田たちは彼の後をついていく。
神坐が言っていたように、ピコに劇的な一大事があったらしい。
猛烈気になるが、持ち場を離れるわけにいかない。
風が後で教えてくれるだろうと海は考え、野次馬を断念した。
21/06/03 UP

Back←◆→Next
▲Top