一週間を待つ予定だったアーステイラとピコの恋は、アーステイラの自業自得により破談となる。
絶対天使は魔物の姿に変貌して、いずこかへ飛び去っていき、原田たちは遠方へ瞬間転移させられてしまう。
死神は彼らを救出へ向かい、風と彼の分身、それから神坐で手が足りると判断した大五郎は一人、冥界に戻る。
この変貌は予定調和だったのか否かを、神の遣いへ尋ねる為に――
結論からすると、神の遣い曰く「絶対天使の変貌は予定調和ではない」とのことであった。
「あれの侵入自体が予期されぬ行動。故に未来は書き替えられた」
「書き換えられた?じゃあ、本来はアーステイラが魔物化するんじゃなかったってぇのか」
腕を組んで考え込む大五郎へ爺は頷き、彼方へ視線をやる。
「怪物の王となる運命は元英雄にあった。その役目が絶対天使に置き換えられたまでのこと」
「元英雄……ってぇと、ジャンギ=アスカスか?だがよ、あいつは町の英雄なんじゃろうが。そんな奴が、何をどうやりゃあ怪物側になるってんだ」
大五郎の疑問へ、神の遣いが提起する。
そもそも原田は何故、輝ける魂なのか。
輝ける魂は何の為に生まれ、あの地に存在するのか。
彼は世界を脅かす大いなる魔と戦い、勝利する為に生まれた。
「輝ける魂との接触をおいて、原田を自分一人のものに出来んが為に闇堕ちするのがジャンギの運命であった。しかし奇しくも絶対天使の乱入によりジャンギと原田の縁は薄められ、元英雄は魔物化を免れた」
元英雄ジャンギは本来、父親代わりとして原田を導く役目にあった。
絶対天使の割り込みは予定になかった母親役を出現させて、蟠りの生まれた心を浄化する工程では神坐が父親代わりを担当し、この二つがジャンギの役目を塗り替えてしまった原因であろう。
「でもファーストエンドは近い将来、滅びるんだろ?だったら怪物の王と戦うのは無駄骨なんじゃ」
追加質問にも、爺は淀みなく答える。
「ファーストエンドを滅ぼすのは怪物にあらず。病魔、疫病によって地上の全生物は滅びる。怪物も含めて」
淡々と語られる未来を前に、大五郎は考える。
疫病で滅びるんだったら、やはり原田の戦いは無益に思える。
「疫病か……原因は、なんだ?」との大五郎の問いに神の遣いが答える。
「大気成分に残る魔力だ。人体に悪影響を及ぼす量で、これを清めるには輝ける魂の生命力を代償にする方法が唯一残されていたが、アーシスの民は原田を生贄に差し出すのを拒否し、彼に寿命で死ぬ選択を与えて滅亡を選ぶ」
予想外のトンデモ回答に「んなぁっ!?」と叫んだ大五郎だが、町の連中が子供一人の命と全世界を秤にかけて子供を選んだとは到底信じがたい未来だ。
「人類ってなぁ、そんな潔い種族じゃったかのぅ」
神の遣いは淡々と語る。
「本来の未来であれば、原田正晃は町の新たな英雄。疫病を退ける唯一の方法と言われても、差し出すには抵抗があろう。だが……」
「だが?」と首を傾げる死神に、たった今掴んだ情報を教えてやる。
「平行神界から第二の絶対天使が放たれた。これにより、ファーストエンドの未来は大きく変わってゆこう。奴を上手く使えば世界の滅亡をも退けられるやもしれぬ」
「そうか、より強大な魔力をぶつけることで相殺を狙えってか!」
合点する大五郎へ頷き、爺は話を締めくくった。
「第二の絶対天使はアーステイラの浄化が目的だ。しかしアーステイラが消滅してしまえば、ジャンギが魔物化するやもしれん。双方を助けるにはアーステイラを正常に戻すのが一番望ましい。輝ける魂の力によって奴めを正常化させるのだ。さすれば怪物の王は輝ける魂に"倒された"ことになり、予定調和となる。ジャンギも魔物化せぬ」
痩せっぽちな少年を脳裏に思い浮かべて、大五郎はウムムと唸る。
できるんじゃろうか、あやつに。
プチプチ草なる雑魚相手に苦戦必至だった。
今は森林地帯に飛ばされたようだが、神坐たちが助けに行ったから万が一にも死ぬことはなかろう。
魔物堕ちしたアーステイラが、彼ら五人を同じ地帯に飛ばしたのは不思議としか言いようがない。
全員世界の果てに散らしてしまえば二倍手間で、こちらの対応を混乱させるのは容易なはずだ。
神坐を見て死神と認識して原田の命を狙っていると勘違いしたぐらいだから敵視されていると考えるべきだが、何故あの場で攻撃してこなかったのかも気がかりだ。
大五郎の脳内疑問に答えるかのように、爺がポツリと呟く。
「混乱しているのだ、あれも。長き歴史で天罰が下った絶対天使は例が少ないのであろう」
空を見上げ、大五郎も尋ねる。
「第二の絶対天使とは誰が接触するべきかのぅ?」
神の遣いの答えは、やはり簡潔で「現地人、輝ける魂を誘導して会わせよ。死神だけでは戦いが起きる」との返事を受けて、大五郎は仲間へ情報を伝えるために再びファーストエンドへ向かう。
これから原田の人生は、スケジュールみっちりで大忙しだ。
まだ学生だってのに、世界の運命を背中に負わされるたぁ難儀なこっちゃ。
分断された五人のうち原田と水木の元へは神坐が、小島の元には風が、ピコとジョゼの元には風の分身である空が、それぞれ駆けつけた。
正しくは瞬間転移で空間を飛んでの到着だ。
帰りも、それで飛べれば万々歳なのだが、あいにくと、この移動手段が使えるのは死神一人のみ。
以前、人間を連れて転移した際には移動先でツレの肉体がボロボロに崩れてしまって大変スプラッタな目に遭ってからというもの、風は一度も試していない。
恐らくは肉体を構成する成分の違いだろう。人間は、死神の使う瞬間転移に耐えられない。
突然パッと現れた風に小島が「すげーな!今の魔法か」と尋ねてきたので、そういうことにしておいた。
風だと名乗ったついでにファーストエンドの魔法の種類を尋ねてみたが、判らないと返され、聞いた相手を間違ったのだと風は自分を納得させる。
こういった知識はスクールの教官が詳しそうだ。海か陸を使って聞き出しておこう。
「俺をココまで飛ばしたのって、アーステイラの魔法なのかなー」と呟く小島を「静かにしろ」と短く制し、周囲を伺った。
藪の中を熱源反応が一体、ゆっくりとこちらへ近づいてきている。
大きさから判断して人間ではない。怪物の類だ。
力試しと称して小島に戦わせるのは死を意味する。
襲われるまで待つ必要もない。早めに消しておこう。
風の判断は素早く、空間から大鎌を取り出して「おっ!?またまた魔法発動?」と驚く小島を置き去りに、藪へ飛び込んだ――かと思う暇もなく『ギャアァァァァ!!!』と、この世のものとも思えない断末魔が森に響き渡る。
「な、なんだぁ!?」
驚いてキョトキョトする小島の前に風が姿を現し、「終わった」と告げてきた。
何がと尋ねる暇さえ彼は小島に与えてくれず、どんどん歩いていく。
慌てて追いかけ、小島は尋ねた。
「な、なぁ!どんどん歩いてくけど、ここが何処だか判ってんのか?」
「ここは森林地帯だ」と即座に答えが返ってきて、小島は二度仰天する。
「しっ……森林地帯ィィ〜!?」
驚きながらも、ちゃんと追いかけてくる姿をチラリと振り返り、風は現在状況を簡潔に説明してやる。
「お前たちを此処へ飛ばしたのは、先ほどの推測通りアーステイラだ」
「え、たちってこたぁ原田たちも飛ばされたのかよ!大変だ、早く助けにいかないと」
どこかへ走り出そうとするのは大鎌で止め、「そちらは神坐と空が向かった」と伝えた。
自分だって危険な場所にいるのに、怯える前に仲間を心配とは見上げた精神力だ。
だからこそ、アーステイラは小島を一人で飛ばしたのかもしれない。
仲間と一緒では、こいつは絶望しないと考えたのだ。多分。
まぁ単に奇数だから余ったのか、或いは個人的な私怨が絡んでいたのかもしれないが。
死神が助けに行くのを見越した上での行動なのは、全員森林地帯に飛ばした点で薄々察せる。
輝ける魂とその仲間を殺すつもりなら、全員バラバラ且つ違う地帯へ飛ばすだろう。
魔物化したアーステイラから強く感じとれた魔力を、今は感知できない。
自身の魔力を散らばせて世界と同化させたのだとすれば、探し出すのは困難を極める。
だが闇堕ちした天使が、このまま一生、人間に危害を加えないとは到底思えない。
いずれかのタイミングで、輝ける魂にちょっかいをかけてくるのは重々予想できる範囲だ。
その時に倒せばいい。こちらが労して探す必要はない。
「海と、神坐と大五郎……だっけ?お前の仲間。空ってやつもか。あと何人いるんだ?」
一時たりとて黙らず話しかけてくる小島に、風は言葉少なく答えてやった。
答えなければ、こいつが延々話しかけてくる未来も余裕で予想できる。
「陸が怪物舎に詰めている。それで全部だ」
「へー。風、陸、海、空。名前のつけかた似てっけど、兄弟?」
風は「似たようなものだ」とだけ答え、目の前の藪を大鎌で刈り取った。
このまま真っ直ぐ進んでいけば、原田と水木を護衛する神坐と合流できるはずだ。
仲間の気配を感知して、それぞれと合流したほうが、より楽に町へ帰れる。
できれば、こんな場所で不要の戦闘など極力避けていきたい。
絶対天使と異なり、死神の魔力は有限だ。
魔力の消費は死神を疲弊させ、回復するには一旦冥界まで戻らなければならず、補充完了にも時間を要する。
先ほどの怪物は魔力を使わずに退治できたが、魔力なしで勝てる怪物しか生息していないとは限らない。
そんなチョロイ敵ばかりなら、編成を組んだ自由騎士だって苦戦しまい。
並行世界のファーストエンドを思い返すに、武器が効かない怪物――あれは正史にも存在していよう。
元は同じ世界を基とする限り。
バッタリ遭遇した怪物は大鎌で刈り取り、うわぁと叫ぶ間もなく崩れ落ちた怪物を眼下に小島が騒ぐ。
「お前、すっげー強ェーよな。今でも現役で通じるんじゃねぇか?なんで引退」
「人には、それぞれ生きる理由がある。深い詮索は不作法だ」
詮索を途中でバッサリぶったぎり、黙々と歩きながら風は考えた。
こいつら原住民に自分の正体を明かすべきか否かを。
原則を考えれば教えるべきではないが、神坐は口を滑らせて教えてしまったらしい。
原田に、自分が死神だと。
原田は一般に信仰される万能の神と受け取り、神坐を様付けで崇めているようだ。
死神が何なのか理解できなかったとみえる。
神坐が神であれば彼の仲間たる自分も神になるはずだが、小島は引退自由騎士だとアタリをつけてきた。
どういうことだ。
原田は神坐の正体を、自分の友人には教えていないのか?
合流後に確認を取っておく必要がありそうだ。
「あれー?でも、大鎌なんてあったかなぁ初期装備に」と小島も頭を悩ませ始めたし、やはりアーシスの住民ではないことぐらいは教えて構わないように思う。
風は立ち止まり、振り返って小島を見た。
「聞け。俺は、実は――」
だが伝える前に茂みが揺れて「あっ!小島」と顔を出したのは原田と、続けて水木も「小島くん!小島くんも飛ばされてたんだぁ」と驚き、最後に神坐が藪を跨ぎ越して近づいてきた。
「やー意外と早く合流できて良かったぜ。こいつら、ちょくちょく食糧確保だとかで立ち止まるもんだからよォ、夜になっちまうんじゃないかと焦ったぜ」との軽口を手で軽く制し、風が小声で耳打ちする。
「小島が俺を神と認識していないのは、どういうことだ?」
「あぁ、そいつぁ多分、俺が普通に接しろって原田に言ったせいだろ」と神坐も小声で答え、かと思えばニコヤカに原田へ笑いかけた。
「原田〜。俺の仲間を紹介しとくぜ。こいつは風、こいつも死神だ」
いとも簡単に、あっさり真実を告げた神坐に風は驚いたが、もっと驚いたのは原田たちの反応だ。
「えー!神様だったの、神坐先生」
「すげぇ!神様なんだ、どーりで強ェはずだぜ!!」
「でしたら、そちらも風様とお呼びするべきでしょうか」
けして向けられることのなかったキラキラした羨望の眼差しを三つ向けられて、風は少々怖気づきながらも「いや、ただの風で結構だ」と敬称付けを断り、原田たちに最終確認を取る。
「お前らは神が何なのか知っているのか」
「もちろん!」と大きく頷き、小島が答える。
「空の上に住んでいて、俺達人間を見守ってくれている存在だろ」
「代々語り継がれてきた御伽噺に出てくるぐらいだもんね」とは、水木談。
「会ったことはなくても空の向こうにいるんだってのは皆、知ってるよ」
「神坐様は俺の味方だと約束してくれました。俺の悩みも言い当てて……だから、神様だと名乗られても違和感がありませんでした」とは原田の言い分だ。
彼が神坐に向ける眼差しは、信頼以外にも感情が見え隠れしている。
絶対天使の件がなくても、心の悩みを解消した神坐には友愛感情を抱いているのかもしれない。
歳が近そうに見えるからという理由で神坐に任せた魂の浄化だが、彼に任せたのは最良の結果であった。
「あー。えっとだな、俺のことも神坐と呼び捨てで頼むわ」
頬を赤らめた神坐に頼まれ、「判ったぜ、神坐!」と真っ先に小島が呼び捨てて、水木は多少戸惑いを見せつつ「え、えっと。でも、保健室の先生でもあるんだよね……じゃあ、神坐先生で」と妥協案を出す。
原田は、じっと神坐を見つめて何事か考えたのちに小さく溜息をついて、こちらも妥協した。
「判りました。では、中間を取って神坐さんと呼ばせてもらいます」
「お、おう」と神坐が頷くのを横目に、風は独り言ちる。
良かった。物わかりのよい原住民で。
早いとこ空とも合流して、ここを抜け出そう。
森さえ脱してしまえば、あとは草原を一直線に駆け抜けて町まで辿り着ける。
問題は空の気配が、どんどん遠のいていく点だ。
一体何を迷っているのか、それとも風の気配を感知できない妨害が発生しているのか?
自分の分身の愚鈍さに小さく舌打ちし、風は神坐に呼び掛ける。
「空が我々を感知できずにいる。急いで迎えに行こう」
「えーマジか。妨害結界なんて、ないっぽだけどなぁ」
首を振り振り神坐も空の気配を手繰ってみると、あぁ、確かにどんどん遠ざかっていくのは何故だ?
迷っているというよりは、何かを見つけて追いかけている――そのようにも思われる速度だ。
何処に向かっていようと、ひとまず追いかけて三人の足を止めさせねばなるまい。
一行は風と神坐を先頭に立たせて歩き出した。