絶対天使と死神の話

過去と未来編 03.一区切り


怪物舎にて与えられた仕事を黙々とこなしながら、ヤフトクゥスは傍らの助手に声をかける。
「貴様は、いつになったらピコの望みを叶えて平行天界へ帰る予定なのだ?」
さっさと帰れと言わんばかりの問いに、「それを言ったら」と助手が顔をあげて彼を見やる。
「あなたこそ役目が終わったのに、いつまでファーストエンドに居座り続けるんです?」
「貴様が再び過ちを犯さないか見張るのと、もう一つは正晃……あの者の望みを叶えてやるまでだ」
校舎へ目をやり、どことなく嬉しそうなヤフトクゥスへ助手の刺々しいツッコミが突き刺さる。
「へぇー、珍しい。あなたが誰かの望みを叶えたいと思うなんて、天変地異の前触れでしょうかね」
険しい表情で、ヤフトクゥスも助手を睨みつけた。
「何が言いたい、元怪物の王」
「べーつーに。あと、その呼び名やめてもらえますぅ〜?わたし、もう可愛い絶対天使に戻りましたから」
――ライド怪物の調整を任されたヤフトクゥスの助手につけられたのは、アーステイラであった。
自由騎士スクールへ通いながらのバイト故に、自立していると見做されて新築の一軒家が与えられた。
二人が故郷へ戻らないのは、それぞれに愛する相手が見つかって、彼らと共にいたいが為に他ならない。
「何が可愛い絶対天使だ。約束を反故にする絶対天使など、近年聞いた覚えもない」
「護衛を放棄する護衛戦士ってのも、そうとう見ない部類だと思いますけどねー」
場が剣呑としてきた辺りで、「ちわーっす!」と勢いよく怪物舎へ飛び込んできたのは、誰であろう。
「あれ、険悪な雰囲気。また喧嘩してんの?同じ絶対天使同士、仲良くやんなよ〜」
途端に双方の天使から「黙れ、死神」「まーたうるさいのがやってきましたよ」と睨まれ、空は肩を竦める。
アーステイラは以前、絶対の誓いを破って怪物化した。
その際、平行天界から討伐として遣わされてきたのがヤフトクゥスで、だから仲良くやれと言っても感情的に無理があるのは、空とて判らなくもない。
しかし、この二人を組ませたのはアーシスの市長にしてスクールの学長、ウェルバーグなのである。
いくらヤフトクゥスが有能な男といえど、一人では大変だろうという心遣いだ。
実際、怪物舎には多くの依頼が舞い込んでいる。
見習いの監視だけではなく、斡旋所や研究所、はては新学科からも学習に使える怪物の育成を頼まれていた。
怪物の強さ調整は、飼育者が戦って鍛える必要がある。
攻撃型なヤフトクゥスのサポートに回復型のアーステイラを置くのは、当然の成り行きと言えよう。
……互いの性格さえ考えなければ。
見習いの成績表に判子を押す地味な作業を延々行っていたヤフトクゥスが、不意に席を立つ。
「えぇい、デスクワークは体が鈍って仕方ない。元怪物、貴様がやれ。俺は怪物を調教してくる!」
「ハイハイ、脳筋飼育員には怪物の調教しか出来ませんよね。代わりにわたしがやっておいて、あ・げ・ま・す」
扉が壊れるんじゃないかって勢いで閉められるのを横目に、空は本題を切り出した。
「オレらが頼んどいたライド怪物は、あと何ヶ月で仕上がる予定なんだ?」
ライド怪物は現役自由騎士のみならず、スクール実戦での見習いの足にも使う予定だ。
ところがアーステイラの返事ときたら、実に素っ気なく。
「さぁ?」と肩をすくめて、判子を押す作業に忙しい。
「割と急ぎなんで、他の仕事よりも最優先でやってほしいんだけど」
「わたしに言われましてもねェ。ライドのお仕事は、あのバカ天使が全部やっておりますので」
平気で上司をバカ呼ばわりだ。
「じゃあ、そのバカに頼んどいてくれよ。こいつぁ原田のお願いでもあるってな」
「その話、本当か!」
さっき閉じたばかりの扉が勢いよく開いて、ヤフトクゥスが飛び込んでくる。
「ホントホント、目的地までの時短ができれば早く強くなれるーって、原田も意気込んでいたぜ」
でまかせの嘘を、まるっと鵜呑みにして、ヤフトクゥスは学舎の方向に握り拳を突き出した。
「よぅーし、任せておけ正晃!君のためにライド怪物を一ヶ月で仕上げると誓おう!絶対の名において」
「あ、そういやさ」
張り切っているところに水を差すのもなんだが、この際、訊けることは全部聞き出しておきたい。
とばかりに空はヤフトクゥスへ尋ねてみる。
「お前らの絶対の誓いって、要は特殊能力なんだろ。これは無理って制約、やっぱあんのか?」
「勿論ありますよー」とは、横から口を挟んできたアーステイラで。
絶対の誓いが叶えられるのは、原則"強い願い"に基づく。
原田の汚部屋が綺麗になったのも、アーステイラが"絶対"綺麗にしたいと強く願ったおかげだ。
"絶対"やり遂げたいと願うほど想いが強くなければ、叶えることもできない。
そして想いが強ければ強いほど効力は絶大になるが、途中で意思が弱まったり変更されてしまうと、叶えた結果の消滅もありえる。
どういうことだ?と首を傾げる空に、アーステイラが具体例を出してきた。
「例えばですねぇ、同性愛の許されない世界で、小島くんが原田くんと絶対結婚したいなーと考えたとします。で、その願いを聞きつけた絶対天使が二人を結婚させた後、やっぱジョゼちゃんのほうがいいやーってんで小島くんが浮気したりすると、結婚した結果は勿論、原田くんへの愛もなかったことになっちゃうんです」
「へぇー。記憶にまで干渉するたぁ結構おっかねぇんだな、絶対の誓いって」
ドン引きする死神を鼻で笑い、ヤフトクゥスも付け足した。
「我らの叶える強い願いとは一生を掲げるものだ。コロコロ気が変わるような奴には当然の報いを与えねばな」
「あ、そういや、お前。確か原田を憎んでいたよな。汚部屋に戻っちまえばいいとは考えなかったのか?」
空に問われ、アーステイラは首を真横に振る。
「そんなの考えもしなかったですねぇ……だって、たとえバカハゲの家であろうと汚いのは大嫌い!ですから」
彼女の強い潔癖症が願った結果なのだ、あの新品同様ピッカピカになった原田家は。
ちなみに今は小島との二人暮らしだが、原田はマメに掃除しているようだ。
家が汚かったのは、両親が蒸発した寂しさを埋める心の壁だったのかもしれない。
絶対天使の介入がなくても、いずれ家が綺麗になった未来もあったはずだ。
アーステイラが気まぐれに割り込んできたせいで、原田の運命は大きく変わってしまった。
だが怪物闇落ち浄化を始めとして、新たな未来が切り開かれた。
本来の未来ではライド用の怪物も馬車も、そして新ナーナンクインの発見も、かなり後期の予定だった。
そう考えると、絶対天使の介入は良い方向に動いたのかもしれない。所詮は結果論だが。
「ライド用怪物は一ヶ月で納品できる、と。んじゃー楽しみに待ってるぜ!」
怪物舎を後にした空が次に向かうのは、大通りにある食堂だ。
ジャンギの友人が経営している店で、材料調達の依頼を斡旋所で委託する方向に話がまとまりつつある。
今日は具体的な料金設定と調達範囲を決める予定だ。
斡旋所がオープンすれば、自由騎士見習いの懐も多少は温まり、怪我の治療や武具修理がしやすくなる。
何かと物の入り様な彼らが頻繁に買い物するようになれば、街の経済も回っていくだろう。
街の活性化に死神の分身である自分も関われる喜びに、知らず空の足取りは軽くなるのであった。


「本日から新学級を受け持つことになった。俺の名は皆知っているだろうから省略するが、諸君ら同士は初顔合わせの人も多いんじゃないかな。というわけで、初日は自己紹介といこうか」
クラス移動が決まった翌日、ジャンギ受け持ちのクラスは最前列の席が取り合い合戦と化した。
それでも教官の挨拶が始まる前までには決着がつき、最前列を勝ち取ったリントや隼士が羨望の眼差しをジャンギへ向けるのを、原田は遠目に眺める。
最前列の戦いには参加しなかったが、ぶっちゃけ席なんか何処だっていい。
問題は隼士だ。一方的に此方を敵視してくるので、できることなら関わりたくない相手である。
しかし、原田チームは強制移動ってんじゃ避けようがない。
「リント=クライスラーだ。己龍組から、こっちに移ってきたぜ。よろしくな!」
リントの挨拶を見ながら、隣に座った水木がコソッと囁いてくる。
「リンナちゃんは一緒じゃないみたいだよ。喧嘩でもしてるのかな?」
合同会でリントと同じチームだった面々はコーメイと隼士、それから謙吾もいるが、リンナの姿だけがない。
選ばなかったのか、それとも抽選に落ちたのか。合同会での様子を思い出すと、後者のようにも思える。
他にもワーグやグラントと見知った顔ぶれも多く、合同会の代表になれる強豪が一クラスに集まるのは全体のバランス崩壊なのでは?などと余計な心配をする原田の耳に、耳障りな低い声が流れ込んだ。
「おーっほっほっほ!全クラスで唯一無二の呪術使い、往古 要とは、この私のことよ!同じチームになりたい人は大歓迎するわッ」
「げぇーっ!往古、お前も一緒なのかよ!」
真っ先に小島が反応し、原田も驚きに目を丸くする。
まさか要がジャンギのクラスを選択するとは。
彼女は誘拐事件の件で、サフィア組に居場所を作ったとばかり思っていたのに。
「おーっほっほっ、英雄ジャンギの受け持ちクラスなのよ?当然移動するに決まっているじゃない」
腰に手を当て反り返る要をジト目で眺めながら、リントがボソッと呟いた。
「厳選クラスだって聞いていたけど、有象無象も混ざってんじゃん。なんだよ、呪術使いって。一人しか選ばない職ってなァ、役立たずだと言っているようなもんじゃねーか」
それに対して謙吾が何か言うのも見たが、続いて放たれた自己紹介に原田の意識は持っていかれた。
「えっと、ボクはチェルシー=ライラットっていいます。元サフィア組です、よろしくお願いします」
またまた同クラスからの移動組出現に、もしやボーリンやイリーニャも一緒なのでは!?と、挙動不審に教室を見渡す原田と比べたら、水木の反応はナチュラルで。
「チェルシーちゃんも、こっち来たんだー!やったね、改めてよろしく」
「凛ちゃん、よろしくっ!」
チェルシーと軽くハイタッチ。そこまで二人は仲良かったかと首をひねる原田にピコが囁く。
「君が修行で忙しかった間、お昼ご飯を一緒に食べた仲なんだよ。水木さんとチェルシーさんは」
知らなかった。自分が不在の間、そんなことになっていようとは。
そういや修行から戻ってきた後、自分がいない間に何があったのかも聞いていない自分に原田は気づく。
水木も小島も、特に話してくれなかった。
だから、何事も変わらぬ日常だったと安心して終わりにしてしまった。
自分の知らないうちに二人に友達が出来たのかと思うと、少しモヤモヤする。
たとえ、それが同クラスの同性であってもだ。
ガタンと席を立ち上がる音で我に返り、一人悶々としていた原田も顔をあげた。
誰だろう?合同会でも見たことのない顔だ。
きりりと細面の顔で、銀色に光るフレーム枠の眼鏡をかけている。
リントの言う、有象無象の類だろうか。
だが、どこかで見たような、誰かに似ている既視感もあった。
「はじめまして。ウィンフィルド教官組から来ました、エルヴィン=ミルフィードと申します。僕の家系はナルフライダー家の親戚にあたります。皆様どうぞよろしくお願いします」
いやに馬鹿丁寧なお辞儀までかます彼に、何人かが反応する。
「ナルフライダー家の、親戚!?」
「はい。僕の伯父はソウルズ=ナルフライダーです。ご存じの方も多いかと思いますが」
ソウルズの名を聞いた途端、気難しい顔が原田の脳裏に浮かび上がる。
神経質そうに見える処なんかは、確かに面影があると言えなくもない。
あとは細身の身体といい、眼鏡をかけている点といい、似ている部分は全くないのだが。
「げぇっ!」と再び小島の口からは悲鳴が漏れ、傍らではワーグが「じゃあ、テメェも片手剣使いだってのか?」と富豪らしからぬ言葉遣いで尋ねるのには首を振り、エルヴィンは訂正した。
「いえ、僕に剣の才能はありませんでしたので、回復使いを選びました」
あなたのことは、とワーグを見据えてエルヴィンは、ほんの僅か口元を綻ばせる。
「伯父から話を聞いています。優秀な片手剣使いが現れた、ゆくゆくは名を残す自由騎士になれるであろうと」
「ケッ、よく口が回るこった。だがよ、テメェに言われたって嬉しくねぇや。同じクラスだろうと俺達はライバルなんだ、あんま馴れ馴れしくすんじゃねぇぞ」
目つき悪く初対面の同級生に凄むワーグには、ジャンギの待ったがかかった。
「いや、諸君らはライバルである前にチームメンバーにもなり得るぞ。喧嘩腰になるのは、チーム編成が決まった後でいいんじゃないかな」
「えっ!?」と驚く面々には、改めて説明する。
クラス移動した余波でチーム解散となった見習いは、チームを再編成する必要がある。
教官が決めるパターンと任意で決めるパターンの二種類があるけど、どうするか?とジャンギに尋ねられて、隼士とリントは即座に手を上げた。
「俺!俺はジャンギ教官に一任したいです!」
「拙者も、拙者も!ただしチームメンバーは原田 正晃以外で、お願い致す!」
やはりまだ、隼士は原田に対して多少の燻りがあるようだ。
そっと眉をひそめる原田を小島が小声で慰める。
「俺達のチームは再編成ナシでいこうぜ。このメンバー以外でのチームなんて考えらんねーしよ」
一時中断した自己紹介が再開され、新顔は全部で三名いると知る。
回復使いのエルヴィン=ミルフィード、片手剣使いのマーカス=アークライト、槍使いのポリンティ=ブルムア。
見知った顔はリンナを除いた合同会メンバーと、サフィア組だった同級生だ。
明日はチームの再編成を行うとジャンギが笑顔で締めて、今日の授業は終了した。
何しろ、チームが決まらないことには依頼も引き受けられない。
教室を出ていきかける原田の背中に、話しかけてくる声がある。
「ねぇ、原田くん!東区だったら私と帰り道同じだよね、一緒に帰らない?」
ポリンティだ。
桃色の長い髪を細い三つ編みで幾つにもまとめ、さらに頭の片側を剃り上げた個性的な髪型の女子である。
原田が答える前に水木が「いいよ、一緒に帰ろ!」と許可するもんだから、なし崩しに原田と小島も頷いた。
24/10/01 UP

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