帰り道、ポリンティが最初に切り出したのはワーグの話題であった。
「おかしいよね、私もエルヴィンも同じウィンフィルド組だったってのに、彼、私達のこと全っ然記憶にないって言うんだよ!こっちは知っていたってのに、酷くない?私達のこと、雑魚だと見下しているのかなー」
「けどチーム組んじまったら、他のチームの奴とは、ほとんど絡まないじゃんか」とは小島の弁で、原田も頷きかけたのだが水木の反応は違った。
「そうだね……ワーグくんって高みを目指しているようなとこがあるし、他人には興味ないのかも」
「けど、グラントやレーチェとは仲良しなんだよ?やっぱ私達のこと、バカにしてる!」
クラスメイト全員を把握していないのは、そこまで憤慨されることだろうか。
思い返せば原田もワーグと同じで、同じクラスの全員を把握していたわけではない。
チームメイト以外で覚えているのは、自分にちょっかいをかけてきた数名ぐらいだ。
「逆に聞くけど、なんでお前はワーグを知っていたんだ?チーム違ったんだろ」
小島の問いにポリンティは一瞬きょとんとし、すぐに答えた。
「え?だってワーグのチームは常に上位だったからね、嫌でも覚えるよ」
「常に上位だって、どうして判ったの?」との水木の問いにも、若干の間が空いて。
「……あれ?もしかして、サフィア組じゃ結果報告なかったの?」とポリンティが聞き返してくる。
「結果報告って他チームの?うん、全然聞いた覚えないよ!」
元気よく答える水木を見て、なんと思ったか、ポリンティは、しばし考え込む。
ややあって「そっか……なら、もしかしたら報告時間に彼が居眠りしていたってのも、あり得るか」と小さく呟くのが聞こえた。
あれだけ腕を磨いているワーグが授業中に居眠りしているというのも考えづらいが、見下されていると思い込んで悶々するよりはマシな結論かもしれない。
「結構まとまって動いたよね、クラス移動」
水木の呟きに小島が反応する。
「それなー。こんなふうに全クラスシャッフルされちまったのも、ジャンギが教官になった影響かねぇ」
クラス移動したのは原田たちだけじゃない。今期の生徒全員が移動になった。
これまでのクラス編成は教官が生徒を選ぶ方式であったが為に、覚えたいことを覚えられない生徒も出ていた。
今後は生徒が一年の終わりに希望クラスを選択し、抽選で選ばれる。無論、三年間同じクラスでいるのも可能だ。
サフィア組での残留希望は例のサフィアちゃんファンクラブな前衛組ぐらいだったというんだから、どれだけサフィア組に分けられた他の生徒が不満を抱いていたのかが判るというものだ。
逆にサフィア組への移動を希望した者もいる。主に前衛、拳使いや片手剣使いだという話だ。
「グラントくんもワーグくんと同じ西区だよね。たんに家が近い友達っていうんじゃないの?」
「え~、それじゃますます見下されている感すごいんだけどォ」
原田が色々思い返している間にも、水木とポリンティはワーグの話題で盛り上がっている。
全く話題にのぼらない、もう一人の片手剣使いを不意に思い出して二人に振ってみた。
「マーカスはワーグと比べて、どうなんだ。実力」
「えー?さすがにクラスが違った人は、ちょっとわかんないなぁ」
ポリンティは首を傾げ、その横では水木も「元己龍組の人なら、リントくんに聞いたほうが」と付け足した。
そこへ背後から、ぼそっと低い声が混ざってくる。
「……マーカスは箸にも棒にもかからない実力だ。いつも片手剣は自分に向かないと嘆いてもいた」
慌てて四人が振り向くと、背後に立っていたのは謙吾で、「お前、俺達の後つけてきたのかよ!?」と騒ぐ小島を手で制し「同じ帰り道だ」と断る。
東区住民は他に隼士もだが、彼の姿は見当たらない。
謙吾に尋ねると、隼士はスクールに残ってジャンギにつきまとっていると言われた。
「向かないって言っても三年間同じ武器を学ぶんだよね?クラスを替えたって、どうにもならないんじゃあ」と言いかける水木を遮って、「あれ?サフィア組じゃ教えてもらってないの?」とポリンティには驚愕される。
またしても元クラスの不備を問われ、些かゲンナリしながら原田は促した。
「他のクラスでは告知があったのか?」
「うん。クラス再編成後は、武器の変更が可能になるんだって!あと追加で第二武器も選べるとか何とか」
第二武器とはメイン武器の他に使えるようにする武器で、覚えたい人のみの追加になる。
例えば魔術使いがメイン武器を杖として、第二武器に水晶玉を選んだとする。
二つとも覚えておけば、状況に応じて杖と水晶玉を使い分けられるようになる。
片手剣使いが第二武器に鞭を選んだ場合も、対一なら剣、複数なら鞭と臨機応変に戦えるようになるだろう。
「じゃあ俺が第二武器に笛を選んだら、回復魔法を使えるようになんのか!?」
小島の疑問に首を振り、「第二で選べるのは類似職だけだ」と謙吾が答える。
物理攻撃を選んだ者は同じく物理武器のみを、魔術を選んだ者は同じく魔術のみしか選べない。
魔術使いが第二武器に笛や頭蓋骨を選択すること自体は可能だが、別途それぞれの媒体に合う術を覚えねばならない点を踏まえると、あまり賢い選択とは言えないであろう。
たった三年でスクールを追い出されるんだから、どれか一つに専念するのが一番だ。
物理武器にしても然り、二つ中途半端に覚えて器用貧乏になるぐらいなら、メイン武器を極限まで鍛え上げたほうがいいに決まっている。
「第二武器実装にあたり、選択武器も増えた」
謙吾が鞄から取り出したのは、己龍教官お手製の小冊子だ。
なんと挿絵付きであり、「この絵も己龍教官が?」と尋ねる水木へ頷くと、謙吾は他の皆にも見やすいよう折り目をつけて冊子を広げる。
増えるのは鎌、円月輪、手裏剣の三種類であり、それぞれの特徴も細かく書かれている。
「己龍教官って武器マニアなんだぁ!」と、どこか嬉しそうなポリンティ。
「聞いたことのない武器ばっかりだけど、ポリンティちゃんは知ってるの?」との水木の問いにも大きく頷き、彼女は両手を握りしめた。
「私も図書館で見ただけなんだけどね、このエンゲツリンってのは凄いよ。飛び道具なのに怪物を真っ二つにする威力があるんだって!」
彼女いわく、街の図書館には大昔に存在したとされる武具の図鑑があるらしい。
スクールが終わってからの空いた時間を使って、他の皆は、あちこち出歩いているようだ。
図書館の存在は知っていても、出向こうという気が全く起きなかった。
小島は本を読むと爆睡してしまうし、水木も難しい本は苦手だし、原田は日々の生活に追われて、それどころじゃなかった。
だが、これからは情報収集の場として活用しないと出遅れてしまう。
謙吾には追加武器は図鑑を参考に作り上げた複製だとも聞かされて、そういった情報は何処で知りえるのか、やはり前クラスでの教官経由なのかと問う原田に謙吾は否定する。
「いや……俺は師匠に教わった」
「師匠!?」と驚く四人へ何を驚くのかと、謙吾は平然と頷いた。
「スクールだけでは全てを習得できん。外に師匠を持つのは当然だと父に教えられてきたが……皆は違うのか?」
「初耳だよー!」と水木が叫び、ポリンティも「師匠なんて、富豪だけの特権かと思ってた!」と目を見開く。
さらに「で、誰なの?謙吾の師匠って」と深く突っ込んだ質問にも、謙吾は淀みなく答える。
「焔 弦十郎。大通りに金物屋があるのは知っているか?そこの店員だ」
師匠は聞いたことのない名前だが、金物屋は知っている。
ジャンギの友人ジャックスが店長をやっている、あの店だろう。
そう考える原田の耳を貫く大声で「ホムラって、盲目の大剣使いゲンジューロー!?すっごーい!あの人って弟子を選びまくるって聞いたけど!」とポリンティが大はしゃぎするもんだから、驚かされた。
自分が知らない有名人は多い。
それともスクールに入ろうと考えるなら、過去の自由騎士にも詳しくなければいけなかったのか。
――否。
「師匠を知っているのか。通だな」と謙吾も驚いているからには、彼の師匠は知る人ぞ知るマニアックな人物であったようだ。
ポリンティが間髪入れず言い返す。
「そりゃ知ってるよぉー。千の手を持つ剛腕戦士って伝説あるもん!」
「千本手が生えてんのか!?スッゲー!」と騒ぐ小島には双方ポカンとなり、すぐにポリンティが笑い出した。
「違うよぉ、千通りの戦術を使いこなす人って意味!」
見れば謙吾も口元を引くつかせて苦笑しているしで、自分が言ったのでもないのに原田と水木は恥ずかしくなる。
「そ、そうなんだぁ。伝説を残すほど有名人なのに、でも英雄ではないんだね」
場を取り繕おうと水木が切り返すのへは「あー、だってゲンジューローは功績を残してないからさぁ」とポリンティの歯切れは悪くなる。
「強さと功績は別物だ」と謙吾も頷き、スクール校舎の方角へ目をやった。
「功績とは、すなわち新発見だ。ジャンギ教官のように遠距離を探索するか、それとも己龍教官や焔師のように強さを極めるか。今から将来の方向性を決めておいたほうがいい」
「あ、そういやさぁ」とポリンティの興味は別に移ったかして、原田たちの顔を見渡す。
「チーム編成も五人じゃなくなるって知ってた?」
「知らなかった!」と声を揃える小島と水木を満足そうに眺め、前クラスでの受け売りを得意げに話してくれた。
「ほら、各クラス二十一人になるじゃない?五じゃ分けきれないってんで、六人から七人になるらしいよ」
各クラスの人数が二十一人になるのだって、サフィアは教えてくれなかった。
情報不備は、もう諦めるとして直下の問題はチーム人数の変更か。
前と同じメンバーで行こうと思っていたが、そうもいかなくなりそうだ。
「本人の希望を重視した上で教官が各能力を見定めて振り分けるって、ウィンフィルド教官は言っていたよ」
ジャンギも今日、似たようなことを言っていた。
チーム編成は教官が決めるか、任意で生徒が選ぶかの二択だと。
なら、自分たちは任意固定の上で追加のメンバーをジャンギに決めてもらうとしよう。
原田が二人に伝えると、水木と小島も大きく頷いて「それでいいと思う!」と賛成してくれた。
「やっぱ合同会で一緒だった人たちはチーム組みやすいよねぇ。ワーグたちも、そうする気なのかな」
ぽつんと呟くポリンティを一瞥し、謙吾が頷く。
「教官としても、そのほうが分けやすかろう。実力を平均化したほうが依頼でも動きやすい」
「なら、謙吾くんはリントくん達と組むの?ていうか、リンナちゃんは一緒じゃないの何で?希望したけど抽選漏れしちゃったの?」
水木の問いに謙吾は即答する。
「リンナは残留を希望したとリントから聞いている」
「へー!あいつ、ブラコン卒業したんだ」と驚く小島へも頷き、こう続けた。
「リンナはクラス再編成前から、リントにべったりな生活を辞めている。やっと気づいたのだろう、弟に迷惑をかけているということに」
実際は多少異なる。
合同会ソロ戦で謙吾がリンナを破った際、リントはリンナを慰めるのではなく謙吾を褒め称えた。
友人だからこその祝福であったが、それがリンナの心に大ダメージを与える結果となった。
自分が想っているほど、弟は自分に関心を持っていない。その事実を突きつけられ、リンナは目が覚めた。
双子は別の道を選んだのだ。リントはジャンギの元で高みを目指し、リンナは補助としての弓を鍛える。
はからずも、合同会はリンナの成長に繋がったといえよう。
いつまでもリント一筋のままでは、自由騎士になる為の成長も望めなかっただろうから。
自由騎士の素質は個々の腕前だけではない。仲間との連携が最重要だと謙吾の師、焔は言っていた。
「ふぅん。でも、生活じゃ一緒なんでしょ?」との水木の疑問にも、謙吾は首を真横にふる。
「リントの話だと、リンナは家を出たそうだ」
「えーっ?リントくんと暮らしていたのって実家なんでしょ!?見習いなのに一人暮らしって、できるの?」
驚く水木に「や、原田だって前は一人で暮らしてたじゃん」と小島が要らぬ横槍を入れるのを見ながら、ポリンティも口添えする。
「稼ぎ口さえあれば、見習いでも一人暮らしできるよ。自給自足で暮らしている未成年だって少なくないし。それは西区も東区も同じだね。あっ、そういや、これは知ってる?怪物舎に見習いのバイトが入ったって噂」
「全然知らない!ポリンティちゃんって情報通だね!」
喜ぶ水木を見ながら、そっと原田は溜息をつく。
ポリンティが情報通なのではない。俺達が知らなさ過ぎるだけだ。
今後は教官が教えてくれないと嘆くのではなく、自分の足で情報収集をしなければならない。
ポリンティだってチームを違えた後は、有益な情報を教えてくれなくなるだろう。
同じクラスでありながら、各チームは成績を競うライバル同士だ。
現にサフィア組以外は、他チームの結果を教えられることで切磋琢磨していたようだし。
「怪物舎の新任者は確かヤフトクゥス……だったか。外の世界からやってきた余所者だと聞いているが」
顎に手をやり思案顔な謙吾に、ポリンティが勢い込む。
「そう、そこにスクール見習いの子がバイトで入ったの、アーステイラって子が!」
直後「アーステイラァァ!?」と叫んだのは謙吾ではなく、小島と水木と原田の三人組だ。
大袈裟な驚愕にも不審を持たず、ポリンティが頷き返す。
「うん。皆も、さすがに知っているよね。元怪物の使者だったっけ?あの子だよ」
「怪物の王だ。尤も、元々高い実力の持ち主だ。なるほど、彼女なら怪物舎のバイトにうってつけか」
平然と会話をかわす二人を見ながら、小島が、そっと幼馴染に囁いた。
「どうする?ますます行きづらくなったよな、怪物舎。変態天使に加えてアイツまで一緒とか」
「でも、わざわざ行く用事も、なくなったんだよね。模擬戦闘、もうやらなくていいみたいなこと、サフィアちゃん言ってなかったっけ?」とする水木に首を振り、原田は訂正する。
「いや、遠征は必ず怪物舎で馬車を借りなきゃいけないんだ。気が重くなるな……」
依頼で怪物退治が始まった以上、模擬戦闘を行う必要はなくなった。
だが、今後の実技には遠征も含まれていく。
遠征は実力の高い見習いが引き受けられる依頼だ。
何日もかけて遠距離を往復探索し、必要とあらば怪物退治もする。
その際の足となる馬車を借りる場所が怪物舎であり、依頼を引き受ける限りは避けられない。
ヤフクトクゥスだけでも遭いたくないのにアーステイラまでいるとなると、依頼そのものを回避したくなる。
しかし、ジャンギ組では遠征依頼が多くなるんじゃないかと原田は踏んでいる。
合同会に出られる実力者が、わんさかいるのだ。通常の退治や探索じゃ物足りなくなるであろう。
「まぁ、仕方ないよね。原田くん、借りに行く時は全員で行こう?絶対、一人で行っちゃ駄目だよ」
水木に念を押されて、原田は即頷いた。
間違っても一人で行こうとは絶対に思わない。
「ん、どうしたの?三人とも。浮かない顔しちゃって」
ポリンティに突っ込まれ、小島が手を振って誤魔化した。
「や、これから先、どんどん実技も難しくなっていくんだなーって思ったら心細くなっちまってよ」
「そうだねぇ。行動範囲も広がっていくだろうし」と一旦は同意して、しかしポリンティは瞳を輝かせる。
「けど、まだ見たことのない場所を見られるチャンスだと思えば、ワクワクしない?」
怪物の王を探す時、かなり遠方までウロウロした原田たちである。
だが、あの時はジャンギやソウルズなどの熟練者が一緒だった。
今度こそ、初めて自分たちだけで探索するのだ。ワクワクよりも不安が漲ってくる。
「本来、遠征は三年にならないと受けられなかった実技だと聞いている。しかし、俺達の腕前次第では一年目に受けられるやもしれん。各自、修行を怠らんことだ」
「おっ?謙吾は、やる気満々だね~。ジャンギ教官の最年少記録を打ち破っちゃう?」と囃し立てるポリンティに、水木が「最年少記録って?」と聞き返し、「見習い一年目で魔法生物と遭遇して退けたってやつだよ!図書館のスクール見聞録にも載っているよ」と嬉々として答えるポリンティを見ながら、原田は考える。
明日の放課後は図書館へ寄ってみよう。
これまで見ずにいた、全ての記録へ目を通すために。