絶対天使と死神の話

過去と未来編 05.マクリゥス著


新クラス二日目、朝イチの授業はチーム再編成に当てられた。
「諸君らの実力と各位武器のバランスを踏まえた上でチーム編成を決めてみたが、この決定に不満がある人は申し出てくれるかな。チームリーダーは原田くん、リントくん、ワーグくん。この三名だ」
黒板に書き出されたのは、詳しいチーム編成だ。
大体が合同会の代表として同じチームだったメンツで構成されている。
「フッ、元クラス同士で分けるとは判っているじゃないの、ジャンギ教官」
何故だか腰に手を当てて偉そうにふんぞり返る要を横目に、ポリンティが膨れっ面になる。
「元クラス同士じゃないんですけどぉー。そぉんなに私とワーグって、実力差があるのかなぁ」
「あるある」と言ったのは、もちろんジャンギじゃない。行儀悪くも机に腰を下ろしたレーチェだ。
「合同会で選ばれなかった時点で、実力差なんてお察しじゃない?」
「ハァ?」と殺気立つポリンティを制して席を立ったのはコーメイだ。
「つまり、何?このクラスで一番強いのは自分たちだと言いたいワケ?」
心なし、眉間に皺を寄せながら。
「そうは言ってないでしょ」と慌てるレーチェと、いきり立つ二人の間に立って喧嘩を収めたのはリントで。
「武器のバランスも踏まえていると教官は言っただろ。だから、チームに足りない武器を数人足したってワケだ」
「なら」と口を挟んできたのはワーグで、チラリとマーカスを一瞥後に尋ねてきた。
「うちに片手剣が振り分けられた理由を教えてもらおうじゃねぇか。こいつ、強いのか?んなわけねぇよな、合同会代表でもなきゃソロ戦にも出てこないような奴が」
ぼろくそに貶されても、マーカスは下向き加減に黙って立っている。
「マーカス?そういやいたっけ、そんな奴。ま、そいつと同じチームってこたぁ、お前もあいつと同じ実力なんじゃねぇの?」
同じクラスだったリントにまで嘲られて、カッとなったのは本人じゃない。
「お前、そんな言い方ってないだろ!?元クラスメイトじゃないか!」
「テメェらこそ、このクラスで一番強いと言いたげじゃねぇか……!」
怒る小島の横でワーグまで殺気立ってきて、教室は剣呑な雰囲気になってきた。
「待って下さい、僕達は」と言いかけるエルヴィンにかぶせて、ジャンギも喧嘩に割って入る。
「マーカスくんとエルヴィンくんは武器変更を願い出たんだ。一から学び直しになる彼らを上手く引っ張っていってくれるかい、ワーグくん」
「な、なんで俺なんですか?」と動揺する少年へ畳み掛けるかのように微笑んだ。
「このクラスで一番先行しているのが君だからだ。他二つのチームリーダーは、まだ未熟な面も多いしね……君は基本をクリアしているから、他のメンバーを引っ張れるだけの余裕があると睨んでいるんだが、どうだい?」
はっきりワーグをクラスのNo1だと教官が断言してくるとは誰も思っておらず、全員が唖然となる。
次第に「一番強ェのはベセネじゃねーのかよ!」だの「や、No1は謙吾だろ!?外に師匠いるし!」だのと騒がしくなったが、ジャンギは首を振って繰り返す。
「強さで見るならベネセさんと謙吾くんも良い線をいっているがね、マーカスくんとエルヴィンくんにつけたいのは仲間のカバーに入れる前衛リーダーだ。攻防優れたワーグくんなら二人の撃ち漏らしにも対応できるし、死角を守るのにもうってつけだ」
先の遠征では、ワーグはジャンギに命じられるよりも前から自分の役目に徹していた。
原田やリントと違って状況判断に優れている。
状況判断ならベネセもクリアしていようが、彼女はリーダーに選ばれていない。
まだ未熟――だとジャンギに判断されたリントの補助に回されたのだ。
原田たちのチームに加わるのは、要とチェルシーだ。
状況判断はチェルシーもクリアしていよう、合同会でのアーステイラ戦を思い返すに。
「だからって二人も足手まといを」
まだ面食らった調子でぼやくワーグの背中を、バシーン!と勢いよくグラントが叩く。
「いいんじゃねーの?お前のリーダーシップを信頼してますよってこったろ、要は」
「そうそう、まとまりのなかった私達だって、まとめられるぐらいだし。ワーグは教官にも向いているよね」とはレーチェの弁で「まとまりなかったの?あんなに連携が取れていたのに!?」と驚く水木へはヒラヒラ手を振って、軽く笑った。
「そうだよ。練習初日の酷い有様は、誰にも見せられないぐらいの黒歴史だったんだから」
曰く、合同会へ向けたチームに割り振られた初日は、各自が勝手に動いてバラバラだったのを連携できるまで形付けたのがワーグの指示で、ジャンギ要らずの練習風景だったという。
実際、合同会前のジャンギは原田チームにつきっきりだったのだから、他チームは殆ど自習状態だったはずだ。
原田がリントを見やると、リントは「うちは戦術を考えるのが好きな奴で構成されていたし、連携は簡単に取れたよな」と傍らの隼士に振っており、隼士も「全員が司令塔のようなものでござった」と満足げに頷いている。
「それにさ」と、ずっと黙っていたフォースが口を開く。
「俺だけ違うチームに振り分けられた点を見ても、実力より武器優先じゃないの?それともワーグは、グラントやレーチェよりも俺の実力が劣っていると言いたいのかよ」
「あっ……いや、うん。そう、か」と、ようやく失言に気づいたのか、ワーグも落ち着きを取り戻す。
「それで、教官。この二人は何使いに転向するんですか?」
「マーカスくんが棒、エルヴィンくんは円月輪だ」と答えるジャンギに「エンゲツリンって第二専用じゃないんだ!?」と叫んだのはポリンティ。
「どれどれ、うーん、特に専用だとは書いてないねぇ……」
コーメイが広げているのは例の小冊子か。
ジャンギも笑顔で「追加武器もメインで選べる武器だよ」と補足がてら、教室を見渡した。
「それでチーム編成に文句のある人は、いるかい?いないようなら、この編成で明日からは実技に入るけど」
「明日から?」とハモる見習いへ「明日からだ。今日は武器訓練で授業を終わりにしたいからね」と頷く。
「変更してない奴は必要ねーだろ?」
礼儀を忘れた小島のタメ口にも、ジャンギは気を悪くしたりせず答える。
「いや、チーム再結成での連携を取るためにも武器訓練は必要だ。それに第二武器を選択した子もいるしね……実技へ入る前に試し撃ちしておきたいだろう?隼士くん」
「フフフ、手裏剣の試し投げ、しておきとうござりまする」
怪しい含み笑いで隼士も応えた。両手には持てる限りの手裏剣を指に挟んで。
「そんないっぱい持ってちゃ投げらんねーだろ」とリントに突っ込まれても、なんのその。
「手裏剣は乱れ撃ちが本懐でござるよ」と満面のドヤ顔だ。
「上手く投げられたら、だよね。今日は、たっぷり練習してもらわなきゃ」
コーメイが締めたところで、一時間目の授業が終わった。


乱れ撃ちだなんだと言っていた奴が手裏剣を太ももにブッ刺して大騒ぎになった以外は、本日の授業も滞りなく終わったように思う。
早く遠征に出てみたいと逸る反面、この知識で外に出るのは危険じゃないかと焦る気持ちで原田は半々だ。
帰り支度を始めた放課後、なんとはなしにチームメンバーで一箇所に固まった。
「改めて、よろしくね皆。連携、ばっちり練習していこう!」
チェルシーに檄を飛ばされて、小島と水木も「おー!」と手を挙げて応える。
「連携、よろしくってよ。あと、連携が上手く決まった時には原田くんの頭をツルツルさせてくれると嬉しいんだけど」などと宣う要はスルーの方向で。
「ねぇ、帰りに図書館へ行ってみない?」と言い出したのはジョゼだ。
「そうだね、ついでに大通りで実習用の道具も買い揃えておかなきゃ」とはピコの弁で、何を買うのかと原田が問えば「今朝、アーステイラが教えてくれたんだ。大通りで売っている傷薬の値段が大幅に下げられたってね!」と、又聞きの情報を教えてもらった。
「武具も売り出されるって話だけど、いつ頃なのかしら」
要の独り言に原田が尋ねる。
「そういう情報は、どこで聞けるんだ?」
「大通りをブラブラ歩いていると、いろんな噂を聞けるよ」と答えたのはチェルシーで、「そういや大通りにはイリーニャのお父さんが経営する薬屋さんもあるんだ。後で覗いてみようよ」と誘ってくる。
「知り合い価格でマケてくんねーかなー」
小島の図々しい願い事なんぞを聞き流しながら、原田チーム一行は大通りへ向かう。
大通りとは、東西区のちょうど真ん中を区切る場所を指す。
道の左右には店舗が立ち並び、スクールの校舎も大通りに面した場所に建っている。
帰り道に買い食いや買い物で立ち寄る見習いも多く、ただぶらついているだけでも冒険の役に立ちそうな噂話を聞けるとチェルシーが言うのにも納得だ。
スクールの真正面に『ファインファリゼ』、ガンツの経営する食堂がある。
その隣が雑貨屋『レナントドレンデ』。ここには冒険の役に立つ道具が取り揃えてあるそうだ。
雑貨屋の正面にあるのは『シャルルモーゼ』、ミストとファルが共同経営する魔術店だ。
その隣は金物屋『ガドンリィ』。
ジャックスの経営する店だが、近日中に武具屋として生まれ変わる予定らしい。
その正面は『コペンパーラ』、イリーニャのお父さんが経営している薬屋だ。
薬屋は他にも何軒か建ち並んでいるが、どの店も品揃えが異なるとは要談。
「コペンパーラは傷薬が専門らしいね」
イリーニャの友人であるチェルシーは、そう呟いて要に話を振った。
「買い取りは今、やってないみたい。他の店では、どうだったの?」
「砂風呂の隣にある薬屋、ブルルームティアで一斉買い取りをやっているわ」と答え、すすすっと背後に回り込んでくるもんだから、原田は咄嗟に頭を手で隠す。
「なによ、ツルツルしようとしてないじゃない!」と何故かヒス気味に怒鳴る要を、水木が取りなした。
「え、えぇと原田くんは多分、ちょっと頭が痒かったんじゃないかな……そうだよね?」
「あぁ」と悪びれもせず頷くと、原田は手持ち金を確認する。
件の仕事を辞めて以来、収入は激減した。
それでも長年溜め込んだ財があるから、他の貧乏区住民よりは金持ちのはずだ。
図書館は治療所の隣にあった。
だが、図書館で本を読む前に買い物を済ませちまおうぜと小島が騒ぎだすもんだから、そちらを優先する羽目に。
「あっれ〜?君達も買い物に来たの」
コペンパーラでばったり出会ったのは、コーメイ他リントチームの面々だった。
フォースも一緒だ。
合同会でワーグと同じチームだった彼は、新クラスでリントのチームへ編入された。
そのことに、彼が文句一つ言わなかったのは不思議だ。
じっと見つめていたら、フォースも原田の視線に気づいたのか、ぼそっと呟いた。
「このチーム編成、さ。最初は何で?って思ったけど、案外悪くないよな」
全員が「ん?」となって彼に注目する中、フォースは原田にだけ語りかけてくる。
「前中後のバランスだろ、要は。どのチームにも魔法と武器とで後方支援が含まれているし」
「そうだな」と原田も頷き、「そういう意味でもワーグに二人を任せるのは正解だ」と締めた。
自分に任されていたら、きっと何をどう指示すればいいのか判らず教官に泣きついていたかもしれない。
何しろ円月輪に棒だ。どちらにも見覚えがない。
どんな動きをするのかさえ未知数だ。その点、情報収集に聡い彼なら知っていそうではある。
「スゲー!傷薬が五個セットで百五十G!?破格の大安売りじゃん!」
原田とフォースの間に生まれた納得の空気を、ぶち壊す大声でリントが騒ぐ。
「こっちもすごいよ、絆創膏が十箱セットで五十Gだよ!皆、急いで買い占めなきゃ!」
「ホントだ!お金足りるかなぁ、薬の買い占めだけで使い切っちゃいそう!」
負けじとピコや水木も大声で騒ぐ中、ジョゼだけは呆れて「絆創膏を買い占める必要ってあるかしら。絆創膏を貼るぐらいなら、水木さんの回復で充分だと思うけど」と突っ込んだ。
小島なんぞは「全品大安売りしてっけどよ、この店、畳むのか?閉店セールなのか?」と、失礼にも店長に直球で尋ねており、店長が引きつった笑顔で「違う違う、商品全ての値段見直しが行われたんだ」と答える。
これまでボッタクリ価格のついていた商品が、全品見直し変更された。
薬や冒険道具といった消耗品の他に、装飾品と化していた古代の武具も対象の範囲だ。
元々それほど高くなかった食品などに価格変更は行われなかったが、店ごとに扱える商品が取り決められる。
「大変だ……大通りにある店を見て回るだけで、一日が終わってしまうよ!」
真剣な眼差しで断言するピコには、すかさず師匠ベネセのツッコミが入る。
「一日で済まそうとせず、数日に分けて回ればよかろう」
「そうだね」とフォースも頷き、ちらっと貧乏組を見やる。
「セールは日にちが決まっているから、毎日見に来る必要ないんじゃない?」
「そっか!あとでセールの詳しい日取りを教えてくれる?」
フォースを囲んで女の子たちが買物情報で盛り上がる一方、ピコとリントは本当に薬をガバガバ買い込んでいて、ここ一軒だけで全財産を使い果たしそうな勢いだ。
「も〜、そんなに僕の回復が信用できないかなぁ」
膨れっ面のコーメイを促したのは謙吾で「買い物はリントと隼士に任せて、俺達は図書館へ急ごう」と言うのを聞き咎め、原田が聞き返す。
「お前らも図書館へ?」
「お前らもってことは、君達も?」と質問に質問で返してから、コーメイが頷く。
「おさらいしとこうと思ってね、主にキャビン一族の残した著書が目的かな」
きょとんとする原田を見て、「あれ?知らないの」と呟き、改めてコーメイが言うには。
図書館における古代書、特に"異世界"に関する書物を多く残しているのがキャビン一族で、彼らの先祖は大昔、冒険者ギルドが存在していた時代にゲートマスターを司る者であったという。
何故、突然異世界に興味を持ったんだ?と驚く原田をチラリ見やり、コーメイは一つ咳払い。
「隼士が聞き出したんだよね、フォルテさんから。サークライトじゃ古代書がバンバン見つかっていて、その大半が賢者笹川って人に関する知識なんだって。で、初代マクリゥス=キャビンは、その賢者とも近い関係にあったらしくて、その一族が研究テーマとして選んだのが異世界だって言うんだよ。なんか、突拍子もないよね。でも、だからこそ気になるっていうか?子供の頃に読んだ時は創作だと思っていた物語が、本当は実在するんだって思ったら俄然興味が湧いちゃって。それで今日、また読み直そうってんで図書館へ行くんだ」
一気にガーッと語られて目が点になる原田へ謙吾がボソッと付け足す。
「お前も図書館へ行くなら一緒に行かないか?司書は堅物だが、お前なら或いは鍵を借りられるかもしれない」
鍵とは?それに自分なら、とは一体。
またまたキョトンとなる原田へ謙吾はボソボソッと耳打ちしてきた。
「……お前は外で拾われた人間だ。自分の出生について知りたいと司書に乞えば、制限のかかった書物を見せてもらえるはずだ」
久しく誰も言ってこないせいで、忘れられていたんじゃないかと思っていた自身の出生に関する話題を――
24/11/07 UP

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