絶対天使と死神の話

過去と未来編 06.この世界には


アーシスの図書館は、町の創立と共に建設された最も古い施設である。
歴代自由騎士が外の世界で見つけた過去の書物を収めてあり、表に並ぶ本の他に一般閲覧禁止の本が何冊かある。
それが謙吾の言う『制限のかかった書物』だ。彼は焔師匠に、その存在を教えてもらった。
本来は権威ある引退自由騎士、すなわちジャンギのような一部の富豪にしか見せてもらえないそうだが、特異な出生であり輝ける魂でもある原田なら見せてもらえるのではないかと謙吾は予想した。
試しに原田が司書に尋ねた処。
「あなたが原田 正晃……十七年前の拾い子にして現在の輝ける魂ですか。お噂は常々聞いていましたが、こうして実際にお会いできる日が来るとは思ってもみませんでした」
にこりと好意的な笑みを向けられて、原田が返す言葉を探すうちに司書は改めて名乗りを上げる。
「失礼しました、挨拶が遅れましたね。私はアグネス=グロリアナと申します。このアーシス図書館、四十三代目の司書を勤めております。本日は、どういった書物をお探しでしょうか?」
「四十三回も司書が替わったのか!?すげー激務なんだな!」と驚く小島を背に、原田は用件を切り出した。
「こちらでは普通に見られる本の他に、制限のかかった本があると聞きました。それを見せていただけないでしょうか。もしかしたら、その中に俺の出生に関する情報があるんじゃないかと思うんですが」
「あなたの出生、にですか?」
あまりにも唐突すぎたのか、アグネスは一瞬ポカンとなり、やがて天井を見つめて考え込む。
「輝ける魂に関する書物ならございますが、森林地帯付近に関する情報が載っている本となりますと……」
背後で水木が囁いてくる。
「ね、まずは輝ける魂に関する本を頼んでみたらどうかな?」
「どうして、そう思うんだ?」と原田も小声で尋ね返すと、水木は「だって輝ける魂の本は司書さんも、すぐに答えられるぐらい覚えているんだよね」と答え、司書を視線で示す。
「けど外の世界に関する本が思い出せないってのは、そんな本はないか、或いは記憶に残るほどの内容じゃなかったってことじゃない?」
なるほど。彼女の推理には一理ある。
アグネスは、まだ思い出せないのか考え込んだままだ。
なので「あ、では、まずは輝ける魂に関する本を見せて下さい」と頼み直す原田へ司書も頷いた。
「は、はい。すみません、ここの本は全て読んでいるんですが……」
思い出せなかったアグネスは傍目に見ても、あからさまに落ち込んでいる。
「こんなにいっぱい本があるんだし、すぐに思い出せなくても仕方ないんじゃないかしら」
フォローのつもりかジョゼが言うのには、少しばかり眉をひそめてアグネスも言い返す。
「いえ、探し物を求める相手に答えを与えられないようでは司書失格です。申し訳ございません、原田様。ですが一週間の猶予を与えていただければ、全ての本を読み直して検索してご覧にいれましょう」
ジョゼのフォローは、アグネスの司書としてのプライドをいたく傷つけたようであった。
本音を言うと原田も、ほんの軽い気持ちで尋ねたのだ。
そこまでして探してもらわなくてもと思ったのだが、燃える司書を前にしては下手に断ることもできず、「では、お願いします。お時間のある時にでも」と無難に妥協しておいた。
「では、本日は輝ける魂の文献へご案内します」
司書は奥の部屋へと原田を導き、続けて入ってこようとする皆々の前に立ち塞がった。
「ここから先は閲覧制限書架、原田様のみご入場可能です。お連れの皆様は一般書架エリアでお待ち下さい」
「え〜!?俺達には見せてくんないのかよ!」と騒ぐ小島の袖を引っ張り、水木が止めに入る。
「どうせ小島くんが読んだって意味が判らないだろうし、あとで原田くんに内容を聞こうよ」
「どうせって何だよ、俺だって本ぐらい読めるっつーの!」
ますますエキサイトする彼は「シーッ!」と司書にも「図書館では、お静かに。お静かに出来ない方は、ご退場願います」と怒られて、「ぐぅぅ……」と唸るしかない。
「それじゃ、僕達は一般書物を読んで待つとしようか。司書さん、お勧めの本ってありますか?」
ピコのリクエストには司書も笑顔で「あなたは、どういったジャンルがお好みでいらっしゃいますか?それに沿って、お勧めの本を紹介します」と答える。
コーメイが窓際の書架へ歩いていくのを見留め、水木もそちらへ行ってみると、動きに気づいたのか「こっちにあるのが例の本だよ。異世界にまつわるやつ」と教えてくれた。
一冊手に取って眺めてみたが、挿絵が多くて語り口も巷の創作物語と似ている。
「うん、一見は創作物語という形式で収めてあるけどね、所々真実味があるっていうのかな……著者の実体験っぽい下りがあるんだ」
ほら、ここ。とコーメイに指をさされて小島も横から覗き込む。
「ゲートの向こう側で言葉が通じなくて困った、通貨も違うし、建物の構造まで違って、どこから入ればいいのか難儀したとあるだろ。創作物語だと言語や建物構造の違いにまで追及した物って、まず見かけないじゃないか?」
「あ〜、それ判る!なんでか言葉が通じちゃうんだよね」と喜ぶ水木と比べたら、小島の反応は薄い。
「言葉が通じて、なんでおかしいんだ?違ったら読者が読めないじゃんか」ときたもんだ。
「ん〜っと。君は、もう少し本をいっぱい読んだほうがいいかもね」
コーメイは苦笑して、あとは自分の読みたい本を探すので忙しい。
なんでバカにされたのか判らず、小島は手近な本を一冊手に取る。
原田が読み終えて戻ってくるまですることもないし、これでも読んで待つとしよう。


壁という壁全てに書架が並べられている部屋で目当ての本を探す暇もなく「ようやく来たか」と背後から声をかけられて、慌てて振り向いた原田の目に映ったのは死神の姿だった。
「風さん!?どうやってここに」
「愚問だ」と呟き、風が書架の一つへ近づく。
「原田、これが輝ける魂に関する書だ。俺が説明するよりも、自分で読んだほうが良かろう」
目的の本を手渡されて、原田は、さっそく席に腰掛けて読み始める。
それは、こういった内容であった――

第四次聖戦が終結して、我々は放浪の民となった。
大地は砂に覆われて、海は干上がり、森は怪物が多く住み着いて不毛の地と化した。
やがて我々は辿り着いた。緑の絨毯が広がる草原へ。
生活が落ち着いて何年か経った頃から、だろうか。
ある一定の周期で、不思議な能力を授かる子が生まれるようになった。
生まれた時は他の者と変わらないが、ふとしたきっかけで魔力が異常な高さまで跳ね上がる。
習ってもいない魔法を使いこなし、蘇生の呪文を唱えもした。
蘇生の呪文とは、第四次聖戦まで存在していた幻の魔法だ。
成功させるのに高い魔力を必要とし、賢者や司祭になれば誰でも使えるというわけではない。
呪文書が失われた今の時代に、それを唱えられるのは異常という他ない。
異常児は極秘裏に匿って育てるしかあるまい。
或いは、権威ある者として扱うべきか。
我々は大いに悩み、そして決断を下した。
かの者を『輝ける魂』と命名し、賢者ゼトラの生まれ変わりと位置づけよう。
賢者ゼトラは賢者笹川と偉大なる召喚師シャウニィの師とされる。
これだけ強大な者の生まれ変わりだと思えば、魔力の数値の高さにも納得できるだろう。

「つまり……」
原田が呟く。
「輝ける魂は、賢者ゼトラの生まれ変わりだと断言できるものではない?」
「そうだ」
風が頷いた。
「アーシス創設時代の統括者が、そう定義しただけであり、生まれ変わりの証拠は何一つない。それでも人々は信じた。信じた上で、輝ける魂を敬っている。異端な能力のおかげでな」
自由騎士同様、輝ける魂もアーシス内でしか通じない定義だったのだ。
だからフォルテやベネセは輝ける魂の存在を知りもしなかったし、原田がそうだと判っても、これといった反応もなかったわけだ。
それにサークライトでは賢者笹川が歴史探索の中心になっていたし、ナーナンクインは疫病騒ぎで歴史を追うどころではなかった。
笹川やシャウニィの師匠だという割に、賢者ゼトラは極一部の人間にしか語り継がれない存在のようだ。
「生きた時代が古いと、人々の記憶からも忘れ去られる。そうしたものだ」と、したり顔で風が言う。
「そう、ですか……師匠ですもんね、賢者笹川の」と呟き、原田は古き時代に想いを馳せる。
どのような世界だったんだろう。蘇生の呪文がバンバカ飛び交う賢者ゼトラ全盛期の時代とは。
本には、これまで輝ける魂とされる者が使いこなした魔法の効果一覧も書いてあった。
それによると、輝ける魂は聖戦で使われた魔法の全てを使いこなせるそうだ。
ざっと見、回復よりも攻撃のほうが多いように思われる。
「大地が枯れ果てるまで、戦いに明け暮れた歴史を刻んできたようだ。だが、もう大きな戦いは起きるまい。こうも都市が少なくては」
原田の想いにかぶせるようにして風が結論付けた。
「都市の数と戦争には、何の関係があるんですか?」との問いにも、淡々と答える。
「都市が大きくなれば国と化す。国になると領土を欲し、そのせいで戦が起きる。人の欲が世界を滅ぼすのだ」
町が点々とある今の時代なら、聖戦のような大きな戦いは起こらない。
戦いを起こせるほど、人間が生き残っていないとも言える。
皆、日々の暮らしを立てるので精一杯だ。他の地帯を侵略しに行けるような財政にない。
「それで……」と、原田が切り出す。
「結局、輝ける魂って何なんでしょう。単なる奇形ですか?それとも何かの因果あっての出生ですか」
ファーストエンドでは判らぬが、とした上で風も考えをまとめる。
「通常、生まれ変わりとする場合は過去の記憶をも引き継ぐ。だが、輝ける魂に過去の記憶はない。故に俺達は輪廻転生ではなく末裔ではないかと推測する」
「末裔?」
「そうだ。お前の親は賢者ゼトラの血を引く一族だったのではないか。しかし何かの理由で、お前を手放さなくてはならなくなった……だから、森に捨てた。あの辺りにまで人間が探索に来るのを知っていたのだろう」
賢者の血を引く一族にしては、えらく命を軽視しているではないか。
たとえ何の理由があろうとも、子を捨てる言い訳になるまい。
不満に口をへの字に折り曲げた原田を見て、風が僅かに苦笑する。
「これは、あくまでも推測だ。もしかしたら、お前の親は何処かへ移動する途中で怪物に襲われて命を落として、お前だけが助かったのかもしれん。いずれにせよ捨てた原因を調べるよりも、森周辺を調べたほうが何らかの痕跡を見つけられるやもだ」
「十七年前ですよ?今更残っているでしょうか」との疑問にも、風は首を振った。
「あの付近で赤子が見つかったのに誰も調べてないとは思えないにもかかわらず、森は全てが解明していない。十七年経った今でも、だ。一度、最深部まで入り込んでみよう」
「ですが、森林地帯は怪物の巣窟なんでしょう?現役でも苦労すると聞きました」
原田の腰が重たくなるのは当然だ。まだ見習いであり、自由に町を出入りできる身分でもない。
「あぁ。だから探索には俺達死神も同行する。行く時は誘ってくれ」
「えっ……」
ちらと原田に見上げられ、風は繰り返す。
「輝ける魂には俺達も興味がある。何故、神が守ると決めたのか。転生にしろ末裔にしろ、本来であれば他の住民同様、自然に任せればよい存在のはずだ。神の使いに尋ねたが明瞭な答えは得られなかった。ならば、自力で解き明かすしかあるまい」
「その……風さん達に命じた神様とは、直接」
「話せない。死神と神を繋ぐのは、神の使いだ。奴でも知らない、或いは教えられないとなったら、自分で調べるしかなかろう」
話すうちに、原田の脳裏にピンと閃くものがある。
しかし、風はそれにも先回りして答えた。
「森で瞬間転移は使えない。前に試してみたが、外から入るのは出来ても中で使うのは無理だった」
なら外から直接最深部へ飛んでみては?との原田案も、無理の一言で跳ね除けられる。
「何かの魔力が働いていて、妨害された。それだけでも調べる価値はあると思うが」
いきなり最深部へジャンプ!とは行かないようで、死神の特殊能力もままならない。
そもそも、あれは一緒に行けないんだった。
死神たちだけで最深部へ行っても意味がない。原田自身が己の目で確かめなければいけないのだ。
しかし、死神の特殊能力でさえも弾かれる魔力があるとなると――
再び閃いた表情を浮かべる原田を見て、風が口元を綻ばせる。
「そうだ。魔族が妨害している可能性。それもあるから、森を調べるに越したことはない」
だからこその死神同行だ。
単なる森探索なら原田が現役になってからでも充分間に合うだろうが、魔族問題は性急を要する。
魔族も単体であれば互角に戦えるが、数多くいる場合、三人では手に余るかもしれない。
輝ける魂が末裔か転生なのかを、風は対魔族で試そうと考えた。
転生なら魔族など敵ではあるまい。賢者ゼトラは無数の亜種族相手に無双を極める強さであった。
実際に、彼の全盛期時代へ飛んで確認してきたのだから間違いない。
もし勝ち目がないようなら、死神主体で戦えばいい。原田には魔法援護を頼みたい。
どう転んでも、原田を鍛えるチャンスだ。
「行く気になったら教えてくれ」とする風に原田は答えた。
「い、今すぐにでも!」
「すぐでいいのか?」と聞き返され、戸惑いつつも原田が頷く。
「ずっと、知りたいと思っていました。輝ける魂だと言われた時から。けど、調べる時間がなくて」
「時間がある今なら出来る、と。よし、ではその旨をジャンギに伝えておこう」
その言葉を最後に風の姿は掻き消える。
瞬間転移で出ていったんだなとの考えに至り、原田は本の残りを読みにかかる。
つらつらと著者による輝ける魂への推測が綴られており、これ以上得られる情報もなさそうだ。
それでも最後まで蛇足と思しき推測を読み終えると、書架に本を戻した。
外を見ようとして、この部屋には窓などなかったと思い直し、原田は部屋を出る。
「あ、原田クン。お疲れ様、どうだった?」
声をかけてきたチェルシーをチラリと見てから、原田は窓の外も見る。
真っ暗だ。こんな時間まで待たせてしまって申し訳ない。
ジョゼやピコは先に帰ってしまったのか、残っているのはチェルシーの他には水木と小島だけだ。
小島は机に突っ伏してガーガーいびきをかいて寝ている。
「一冊読み終わるかって辺りで寝ちゃったの」とは水木の弁で、だいぶ前から爆睡していたようだ。
「そうか、まぁ判った事は明日話すつもりだったし、その後の予定についても全員揃っている時に話そう」
会話を締めて、原田は帰りを促す。
小島を叩き起こし、ムニャムニャ文句を言う彼と共に帰路へついた。
24/12/07 UP

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