絶対天使と死神の話

怪物の王編 08.秘密の特訓


本日は武器訓練を行う予定だったのだが、遅刻したせいで午前中の実技には参加できなかった。
全部、原田を拉致したヤフトクゥスのせいだ。
出席できたのは午後からで、ジャンギを引き連れての登場に同級生は沸き立ち、授業が中断される事態になった。
「事情は大体わかりましたけど、ジャンギさんまで一緒になって何なんですっ。授業妨害は感心しませんよぉ?」
ぷくぅっとわざとらしいぐらい頬を膨らませての説教に、ジャンギは反論できず平謝りする。
「面目ありません。授業を妨害する気は更々なかったのですが、生徒に危害を加えると判っている人物を放置するわけにもいきませんでしたので、止めようと口論しているうちに教室まで来てしまいました」
頭を下げるジャンギを庇ったのは、彼の隣にちゃっかり腰かけた女生徒だ。
「サフィアちゃん!ジャンギさんは原田くんを守ってくれたんじゃない、なのに叱るなんて酷くない!?」
同級生は全員英雄を全面肯定しており、説教したサフィアに分が悪い。
いつもはサフィアちゃんファンクラブな男子軍団も、この時ばかりは英雄に味方した。
「原田は校門前で拉致されたっていうじゃん。どうしてサフィアちゃんは追いかけなかったんだ?」
これにはサフィアも困惑して言い返す。
「え、えぇ〜?だって連絡を受けてませんでしたからぁ」
サフィアが登校した際、確かに校門前はざわついていた。
しかし授業時間になると生徒たちは教室へ入っていき、誰も拉致の件を教えてくれなかった。
事件が起きたと知らないのでは、助けに行けるはずもない。
この件で動かなかった教官各位が責められるのは、お門違いにも程がある。
原田拉致の連絡を受けたのは、あの時点ではジャンギ一人だけだったのだ。
「けど、ジャンギさんは連絡を受けて直行したんですよね」
「しかも誘拐犯と戦うとか!さすが英雄様ッ」
その誘拐犯、絶対天使だとか名乗っていた変質者は外へ追い出した。
やたら原田との性行為を主張してきて、見た目はイケメンなのに中身が残念な変態だった。
原田と一緒に入ってきた黒服の二人はサフィアが追い出すまでもなく自主退室していき、ジャンギは皆に囲まれて身動きが取れなくなったところを説教された次第である。
「俺は何もしていないよ。実際に原田くんを救い出したのは、往古さんと小島くんだしね」
賛辞を持て余し、ジャンギは彼らの同級生に話題を振った。
正しくは要と小島、それから黒服二人の功績だ。
現場急行したにも関わらず、原田を自身の手で奪取できなかった。
片腕のハンデが、これほど悔しく感じた日もない。
だが、助けたのが誰であれ原田は無事だったのだ。それでヨシとしなければ。
「へぇー、そうなんだ。小島くん、すごい!」と女子に褒め称えられて、小島は要に花を持たせてやる。
「まーな。けど要が誘拐犯の注意を引いてくれたから奪い返せたんだ。原田救出劇のヒーローは要だぜ」
「えぇー、往古さんが?どうやって」と驚く皆には、ぐっと親指を突き出した。
「頭蓋骨で!」
「往古さん、すごーい!誘拐犯と正面切って戦えるなんて正直呪術ナメてた、ごめんねー」
「ホント、ホント。呪術って強いんだぁ」
頭蓋骨でと言われても現場を見ていない勢には何が何やら、つまりは呪術でフェイントをかましたのだと皆には解釈されたようだ。
呪術を使った覚えのない要は、ひたすら困惑するしかない。
「え、えぇと……」
「あら、もっと胸を張って誇っていいのよ?あなたは同級生を救った英雄なんだから」とジョゼにも褒められて、ぎこちないながらも要は胸を張って高笑いしてみせた。
「お、おーっほっほ!そうよ、呪術は凄いのよ。頭蓋骨は媒体になるだけじゃなく、飛び道具にもなるしねぇ!」
要の手元を覗き込んで「当たったら痛そうだもんねぇ」と頭蓋骨の感想を述べる女子や「往古さんって口先だけじゃなくて本当に勇気があったんだな……見直したよ」だのといった男子の賛美に囲まれる彼女を見て、ぼっち生徒がクラスの皆と打ち解けられたのは喜ばしい事だとサフィアは考える。
もうすぐ合同会を控えた今の時期に団結力が強まるのは、良い傾向だ。
差し引きプラスでジャンギの授業妨害も許してやろう。
救出された原田の周りにも同級生は集まり、口々に状況を聞き出そうとしている。
教室は始終ガヤガヤ落ち着きがなく、この分じゃ今日はもう授業を再開できそうにない。
サフィアは大きく溜息をついて、ジャンギを解放してやった。
「まぁ、ジャンギさんが駆けつけてくれたことで原田くんも安心したでしょうから、授業妨害の罪はチャラにしてあげます。二度目はナシですよ?」
「ありがとうございます」とジャンギも社交辞令程度に会釈して、席を立つ。
「皆、授業を邪魔してしまって申し訳なかった。明日以降の模擬戦闘を受ける際には遠慮なく、俺をこき使ってくれて構わない。じゃあな」
子供たちも大喜びで、去っていく背中へ声援を送った。
「邪魔だなんて、とんでもない!ジャンギさんなら、いつでも大歓迎です」
「また来てね〜!」
結局午後の授業は丸々雑談だけで終わってしまい、スクールに来た意味がなくなってしまった。
水木も原田と小島を誘って帰路につく。
「二人とも無事で良かったよ〜」
「おう。全くヒヤヒヤしたぜ、拉致された時にはよ」と笑い、小島は原田を見下ろした。
現場では涙目で怯えていた彼も、今はすっかり平常心に戻っている。
「水木がジャンギさん達を呼びに行ってくれたんだよな……?ありがとう、おかげで助かった」
うん、と頷き、水木も原田を見上げて微笑む。
「追いかけるよりも、そのほうが役に立てると思ったから」
しかし「そうだな。お前があの場に来ても、要以上の役立たずだったかも」とバッサリ評価な小島にはムッとなり、水木は頬を膨らます。
「小島くんだって要ちゃんのアシストがなかったら、原田くんを奪い返せなかったんでしょ」
「……往古は何故来たんだろう。それも、たった一人で」
ぽつりと呟かれた原田の疑問に、二人も首を傾げて、それぞれに思いつきを話す。
「呪術で勝てると思ったんじゃねーか?あいつ、呪術に並々ならぬ自信があるし」
「きっと、居ても立っても居られなくなったんだよ。さらわれたのが原田くんだったから」
「どうして?どうして拉致されたのが俺だと往古が動揺するんだ」
途端に小島は大袈裟な溜息をつくわ、水木には驚愕の眼差しを向けられるわで、原田は怪訝に眉を顰める。
何か、おかしなことでも言ってしまったんだろうか。
「あんだけ露骨な態度取られてんのに全然気づいてなかったってか。ま、お前らしいっちゃらしいけど」
「頭を触りたがっていた件か?」と尋ねる原田へ首を振り、水木が割り込んだ。
「えぇと、それじゃなくて……要ちゃんも私達のチームに入りたがっていたでしょ。あれって原田くんに気があったからだよ」
原田視点では、往古 要はスキンヘッドに執着する変人でしかない。
それで気がある、お前を好きだったんだと言われても到底納得がいくものではない。
「俺だって、お前が好きだから助けに行ったんだぜ?」
小島に色目を向けられて、原田は間髪入れずに否定する。
「お前は誰が拉致されても助けに行くだろ」
「いや、まぁ」と一旦は信頼の深さにテレてから、小島も言い返した。
「けど、お前だからこそ変態の間合いに入ったわけで!他の奴だったら、そこまで命かけらんねーよ」
「そうだよー。原田くんだから、私も助けを呼びに動けたんだもんね!」と、水木までもが言い出した。
「これが他の人だったら、咄嗟の頭が回らなくて棒立ち見物人になっていたかも」
真っ向からの告白には原田もテレて、ふいっと視線を逸らす。
ぽつりと「……ありがとう、そこまで好きになってくれて」と感謝を告げて、二人を喜ばせたのであった。


教室までついてきた例の変態、ヤフトクゥスはサフィア教官が追い返した。
高慢な態度を取っていた割に、あっさり出ていったのは、ある一言が効いたのではないかと小島は考える。
サフィアちゃんは、はっきり言った。
『そんな下心全開で迫ったら、原田くんには一生好かれませんよぉ』と。
初対面の見知らぬ相手に、そこまでズバッと核心をつける教官って、実はスゴイのでは?と、小島の中でサフィア評価が十段階ぐらいは鰻登りだ。
ともあれ、よほど効果的だったのか奴はガックリ肩を落として出ていった。
当分はシモネタで原田を困らせるような真似も慎んでくれるであろう。
アーステイラを倒しに来たんじゃないかと大五郎は予想していたが、倒しに行くように見えない。
ヤフトクゥスの視線は始終原田に向けられており、原田をナンパする為にやってきたようなものだ。
あれなら、ほっといても大丈夫だろう。
アーステイラ対策は、日々の自己鍛錬と模擬戦闘と武器訓練で何とかするしかない。
「原田ー。家トレ、今日から始め……あれ?どこ行ったんだ」
さっきまで一緒にいたはずの原田が、寝室の何処にも見当たらない。
夕飯を作りにいったのかと台所を覗いてみても不在、トイレや風呂にもいないとなると、外に出たのか?
今から何処へ出かけるというのだ。夜は治安が悪いというのに。
小島は、ひとまず隣家のドアを叩いてみる。
「あ、小島くん。どうしたの?」と出てきた水木に「原田きてる?」と尋ねたが、当然のように水木は首を真横に「来てないよ?」と答え、ますます小島は狼狽えた。
「えぇー。じゃあ、どこ行っちまったんだ」
「原田くん、どこへ行くか言ってなかったの?」
伝言があったとしても、聞いていないし覚えてもいない。
帰宅後、小島はずっと自身の考えに没頭していたので。
「ど、どうしよう。また拉致されたんじゃ」と慌てる小島を見上げて、水木は慰めてやった。
「さっきまで一緒だったんなら、それはないと思うなぁ。原田くんが出かけたとして、考えられる行き先は……」
夕飯の買い足し、自己鍛錬、水木以外の友人の家。
小島と水木以外で遊びに行ける家など思いつかないし、夕飯の買い足しだったら小島を誘っていくはずだ。
原田が、あえて一人で出かけるとすれば自己鍛錬、これしかない。
この辺りでトレーニングできる場所は、限られてくる。
彼なら人目のつかない場所を選ぶだろうから、町外れの空き地が妥当か。
水木の推理通りに探してみれば、原田は空き地で鞭を振るっていた。
水木に声をかけられた途端、さっと鞭をしまい込む。
どうしても一人で訓練したかったのかと呆れると同時に、小島は怒りが湧き上がってくる。
「もー!原田、今日あんな目に遭ったばっかなのに一人でフラフラ出かけんなよー!」
マジギレな小島に対しても、原田は罪悪感なく平然と答える。
「夜は人が来ない。大通りからも遠い、ここなら却って安全だ」
「そーゆー問題じゃねぇー!」
プンスカ怒る小島の隣で、水木も説教に加わった。
「どこ行くにしても、小島くんには教えてあげないと駄目だよ。心配しちゃうでしょ」
「そうか。すぐ戻るつもりだったんだ、すまない」
小島には逆らったくせに水木には素直なのがモヤッとくるが、小島は胸の内を無理矢理鎮めて、どうにか自身を納得させる。
「い、いいってことよ。お前が無事ならさ」
それよりも、と話を変えて周囲を見渡した。
「お前、いつもココで自主トレしてたんだ?」
「ここだけじゃないが……」と小さく呟いた原田の双肩にガッチリ掴みかかり、小島は尚も追及する。
「どうして一人で訓練するんだ?家でやるってんじゃ駄目なのかよ」
「家だと家具が邪魔で動けないし、お前もいるし……」と、原田は歯切れが悪い。
「自主トレ、俺と一緒じゃ嫌だってか?お前の訓練を邪魔する気なんざねーぞ!」
むくれる小島へは首を振り、原田はポソッと本音を漏らした。
「……誰にも見られたくないんだ。必死なんだと思われたくなくて」
「んんー?必死なのは当然だろ。強くなりたいって必死に思うからこその自主トレなんだし」
小島には怪訝に眉を顰められ、水木にも苦笑される。
「最初から強かったら訓練する必要ないもんねぇ」
かと思えば原田へ向き直って微笑んだ。
「原田くんは、すごいね。一人で訓練を続けられるんだから」
何で褒められたのかが判らず、ポカンとする彼を見つめて水木は続けた。
「自分の短所が判っていて、何をどう強化すればいいのかも把握しているってことだよね」
「けどよ、一人じゃ限界があるんじゃねーか?」と混ぜっ返したのは小島で、目線は原田に併せてニッカと笑う。
「自主トレすんだったら、俺も誘ってくれよ。アーステイラと戦う時は一人じゃねーだろ?連携も、ついでに練習しとこうぜ」
「そうだね、ついでに回復魔法の練習台にもなってよ!」と水木に微笑まれては原田も断り切れず、ボソボソと小声で承諾する。
「……判った。次からは一緒にやろう」
「よっしゃー!そうと決まったら、今日は帰って飯食って風呂入って寝るぜ」
元気な帰宅宣言に「えっ、今日から始めるんじゃないんだ!?」と水木が突っ込めば、小島は大きな欠伸を返してよこす。
「今日は駆けずり回って疲れちまったからな!ぐっすり寝て、元気回復した明日から始めるぞ」
明日は明日でスクールがある。
しかも模擬戦闘のターンだ。
また疲れてしまったら、自主トレは先延ばしになるのでは?なんて水木は思ったりもしたのだが、見れば原田も踵を返して帰る気満々だし、一人で粘る意味がない。
「そっかぁ。うん、そうだね。明日から合同自主トレがんばろー!」
元気よくオー!と手を挙げたのは小島と水木の二人だけで、これもいつもの光景だ。
だが、承諾したからには原田も嫌ではないはずだ。
それにしても、一人特訓の理由が恥ずかしかったからだとは意外だった。
ほんのちょっと、原田の胸の内を覗けた気がして満足する水木であった。
21/07/29 UP

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