自由騎士スクール発足以降、クラスは常に三つ、三年間のクラス替えは無し。
そういった規則で経営されてきたが、ジャンギの町改革により大幅な変更が加えられる。
学者と製造の科目が追加され、見習い専用の斡旋所も建てられた。
大通りには新しい店が立ち並び、それに伴い労働者の募集も行われ、ごろつきと呼ばれる無職の者たちが見る見るうちに少なくなっていった。
働くのを嫌がる者は警備団の傘下に収納されて、町の外での肉体労働を課せられた。
逃げ出そうとすれば、団長本気の剣で斬りつけられるハメになる。
大怪我をして寝込むぐらいなら……と、元ごろつきどもは消去法で考え、今日も労働に精を出すのであった。
無論、労働には賃金が出る。
賃金を払うのは商人の負担だ。彼らが労働者の雇い主なのだから、当然と言えよう。
スクールの依頼と斡旋所の依頼の大まかな違いは、スクールが直接商人との契約であるのに対し、斡旋所は雇い主秘匿、斡旋所を通しての依頼となる。
将来を考えるのであれば、スクールの依頼のほうが絶対に有利だ。
だが賃金面だけで考えると、斡旋所のほうが遥かに儲かる。
一番いいのは平日はスクール、休日は斡旋所で働く、これだろう。
だが、どこかの合間で休まないと疲労がハンパない。
おまけに休日限定での講座があったりで、見習いは計画性を求められる。
これだけでも、いっぱいいっぱいなのに、今月、新しいクラスが発足されると聞いて、原田は目眩を覚えた。
なんせ、その新クラスの教官は――
「こりゃ〜もう、クラス移動するっきゃねぇぜ!コーメイ、謙吾、お前らも勿論来るよな!?」
朝からリントのテンションは高い。
原因は今朝、己龍教官から聞かされた大ニュース、新クラス発足のお知らせである。
クラスが一つ増える余波で一クラス二十人編成に仕切り直され、生徒の意思でクラスを変更できる。
チーム単位で移動してもいいが、申請は早い者勝ちだ。今日の正午ぴったりから申し込み受付が始まる。
「ね〜、もうビックリ!三年間一緒のクラスって聞かされていたのに自分で選べるとか!」
つられてコーメイまで早口になるのを見ながら、謙吾も内心の興奮を抑えきれない。
選択可能なのにも驚きだが、一番の驚きは新クラスの教官がジャンギ=アスカスな点だろう。
しかも彼は、今日から現役復帰するという。
現役でありながら教官も勤めるってんだから、驚かないほうがおかしい。
怪物舎の監視役には、町長の客分であるヤフトクゥスなる者が入るとの話だ。
町長権限を働かせての人事なのは丸わかりだが、余所者に教官が務まるのかは甚だ疑問だ。
クラスの女子がチラ見した限りではイケメンだという噂だが……教官は顔じゃない。実力重視だ。
「あー、早く正午になれなれ!絶対ジャンギさんに習うんだ!」
そわそわしながら何度も時計へ目をやるリントを微笑ましく眺めながら、謙吾は申込用紙に自分のこれまでの見習い成果を書き込む。
ジャンギのクラスは実戦重視、これまでの成果が芳しくない者は先着で申し込んでも書類選考で落とされると己龍教官が言っていた。
元怪物舎の管理人だからこその制限だろうか。他のぬるいクラスとの線引を感じる。
ともあれリントが行きたいと望むのであれば、自分も行くしかあるまい。
ただし、競争率は恐ろしく高いものとなろう。
英雄ジャンギに興味のない見習いなど、この町には一人もいまい。
現在スクールに通う全見習いが申し込むのではあるまいか。謙吾には、そんな予感がした。
もう、保健室にも校庭にも怪物舎に行っても死神には誰一人会えない。
全員斡旋所に行ってしまったのだから。
頭では判っていても、実際にいないのを確認すると原田は涙が浮かびそうになる。
そんなリーダーの傷心を知ってか知らずか、ピコが旬の話題を振ってきた。
言うまでもない。新クラスへの移動について、だ。
「原田くんは、どうする?僕はクラスに拘りがないけど、皆ジャンギさんのクラスを狙っているみたいだよ」
原田としては勿論移動したい。教官おみくじハズレなサフィアの元で学び続けたいとは全く思わない。
怪物舎の担当が入れ替わる代わり、今後は模擬戦闘を担当教官が教える方針になった。
外の世界で、教官が付き添っての戦闘を行う。模擬というよりも実戦に限りなく近い。
無論、今まで通り怪物舎での模擬戦闘も可能だが、具体的な師事は得られない自習形式となる。
おまけに監視役がヤフトクゥスだってんじゃ、原田は死んでも行きたくない。
ただ――クラス移動するにしても、問題が一つ。
見習い経歴だ。自分たちのは他の子と比べて全く異なる。
休み時間、どう書くべきかと悩んでいたら、コンコンと扉をノックする者がある。
誰かと見やれば神坐ではないか。スクールを辞めて斡旋所へ移ったはずの彼が何故ここに?
ちょいちょい手招きされたので、原田はチームメイトと一緒に教室を出る。
校舎裏まで歩いてきてから、神坐が本題を切り出した。
「ジャンギの伝言だ。原田、お前のチームはジャンギのクラスへ強制移動だってよ」
「えっ!?」
有無を言わせぬ強制命令には全員が声をあげる。
だが「そこまで驚くこっちゃねーだろ」と神坐は笑う。
「五体満足に戻った以上、あいつにも協力してもらいてぇからな。お前の育成を」
お前、と原田を示して神坐が言うには、ジャンギに現役復帰とクラス教官を勧めたのは死神だった。
クラス担当をあてがったのは、もちろん原田の育成が目当てだが、現役復帰させた理由は、それとは異なる。
資源ポイント探索と遠方調査だ。
ジャンギを隊長に据え置き、現役及び引退自由騎士とで隊を組み、馬車で遠征させる。
もっかの目的は光の森に出現したとされる魔族の捜索である。
「マゾク!?」と思わず大声を出した小島を「シッ」と制して、神坐は声をひそめる。
「俺達の計画じゃ最初、ヤフトクゥスに命じて魔力の残滓を消すつもりだった。だがサークライトでは、残滓をエネルギーに替える研究が行われているって言うじゃねぇか。だったら残滓の扱いはそっちに任せて、俺達は魔族の足取りを追ったほうがいいと踏んだんだ」
「その……マゾクっていうのは、亜種族ってやつですよね。そいつがいると、何の不都合があるんですか?」
ピコの疑問に神坐は腕を組み、尤もらしく答える。
「大いに問題ありだ。連中はいるだけで大気に魔力を撒き散らしやがる。奴等を放置していたら、サークライトの研究だけじゃ残滓を回収しきれなくなるかもしんねぇ」
「でも」とジョゼが難を示す。
「マゾクは、いつ来たんですか?そんな大ニュースなら、町で噂になっていてもおかしくないのに」
「こいつは非公開情報だがな、昔、マリンダの母ちゃんが感知したらしいんだ」
あまりの仰天ニュースに、五人は咄嗟に言葉が出ない。
マリンダというのは先日の遠征で連れ帰った少女で、レナ=アピアランスの娘であるらしい。
レナはジャンギの恋人でありながら、ある日忽然と姿を消した見習いだ。
その見習い時代に感知したのであれば、十八年近く前の話だ。今頃探して見つかるものなのか。
「亜種族は長い年月を生きる。サークライトの研究だって近年始まったわけじゃねぇ。ずっとエネルギー変換してんのに、一向に魔力の残滓は減らないばかりか増えているってんだ。どこかで魔力を撒き散らしてやがる魔族がいるに違いねぇ」
大気汚染が広がるほどの量となると、ファーストエンドに渡ってきた魔族も一人二人ではあるまい。
「大丈夫なの?その、自由騎士の人達は亜種族と……戦えるのかな」
水木にチラリと上目遣いに見上げられて、神坐は秘策を明かす。
「大丈夫だ。遠征にゃ〜空がついていくからよ。それなりにフォローできるだろうぜ」
空とは風の分身であり、分身とはいえ人間よりは遥かに強い。
陸や海の兄弟分だと聞かされて水木達は一応納得したものの、「マゾクが今、どこにいるのかは神坐さんでも判りませんか?」と原田も質問に加わって、神坐は首を傾げる素振りを見せた。
「連中は気配を完全に同化できっからなぁ。これだけ長く潜伏してっからにはトーゼン擬態を取ってんだろうし」
実際に何度か気配感知を試みたものの、ここからでは何も感じ取れなかったという。
気配がファーストエンド住民とそっくり同じなのでは、ジャンギにも感知できまい。
では、どうやって居所を探すのかと問うと、意外な答えが返ってきた。
「魔力の残滓、こいつを利用する。気配を擬似化したって体から漏れる魔力は消しきれねぇからな。どこかに魔力の吹き溜まりがあるはずだ。そこを中心として近辺を虱潰しに探すんだ。で、吹き溜まりを探す装置はサークライトが作っているそうだから、フォルテに頼んで取ってきてもらおうって算段だ」
フォルテ曰く、例の探査機で取りに行けば最短距離で往復できる。
向こうでは戦える人材が極端に少ない。故に、あまり遠出も出来なかった。
探査機でポイントまでひとっ飛びするにしても、現地では陸に降りなければいけない。
陸に降りれば当然戦いも発生するだろう。
戦いに特化したアーシスやナーナンクインの住民が手を貸してくれるのなら、無償で機械を貸すとの約束だ。
遠征に出向くのは引退も含めた自由騎士のみだ。
だが、と神坐は意味ありげな視線を原田へ向ける。
「遠方探索は斡旋所でも予定している。そうさな、ひとまずは森林地帯が主な探索場所になるだろうぜ」
「森林地帯!?って、現役じゃないと辿り着けない場所なんじゃ」と騒ぎ出すジョゼを神坐が途中で遮った。
「普通に歩いていきゃあな。昨日、ライドできる怪物の調整を大五郎が怪物舎に依頼した。こいつを乗りこなせば見習いでも森へ到着するまでは出来る。森の中にゃ怪物がいっぱいだ、だが俺や風が同行するんだぜ?命の心配はしなくていい。要は先の雰囲気だけでも感じ取ってもらおうって魂胆だよ」
死神同伴で探索が体験できるのだと言われ、原田の意識は早くも休日へ飛ぶ。
神坐とは以前にも森林で同行した。
しかし、あの時はアーステイラによって強制的に飛ばされた恐怖体験だった。
余裕をもって神坐と一緒に森探索できると聞かされては、期待しないわけがない。
「すげー!で、その依頼は今週の休日から引き受けられるのか!?」
興奮する小島を手で制し、「ライド出来る怪物が数日で完成すりゃ〜な。ヤクトクゥスの手腕に期待しようぜ」と神坐が答えるからには、まだ計画は始まったばかりなのだ。
期待に逸る心を抑えながら、原田達は教室へと戻っていった。