絶対天使と死神の話

死神編 03.安堵


「大丈夫かい?原田くん。起き上がれるかい」とピコが気遣ってくるのを手で制し、原田はチラリとチームメイトを見やる。
小島、ピコ、ジョゼ、そして水木も一緒だ。
皆、心配そうな下がり眉で、こちらを眺めている。
「……もうしばらく、休みたい。駄目か?」
項垂れて呟く原田の背を撫でて、小島が頷いた。
「駄目ってこたねぇ。ゆっくり休んで嫌なことは全部忘れちまえ!」
「明日は、いっぱい楽しい思い出を作ろう。そうすれば嫌な出来事なんか忘れられるよ!」
ピコにも慰められるのを流し聞きしながら、原田は訥々と呟く。
「水木。授業が終わったら、話したいことがある。悪いが、すぐに帰らないで待っていてくれるか」
「う、うん!判った。じゃあ午後の授業は休むって教官に伝えておくから、お大事にね、原田くん」
動揺しているが、ちゃんと返事してくれた彼女を見て、原田は溜息をつく。
「僕らは午後の授業、どう過ごそう?」とピコが尋ねてくるのへはジョゼが答える。
「教官に相談してみましょう」
依頼は五人じゃないと危険だといった忠告を受けた覚えだ。
偶然とはいえ、メンバーが欠けたチームの扱いを知る機会に恵まれた。
ぞろぞろと学友が去っていき、原田は保健室に残る。
何の気なしに傍らの椅子へ腰かける男を見て、ハッと息を飲んだ。
似ている。
夢に出てきた神様と瓜二つだ。
言葉は、考えるよりも先に紡がれた。
「あの……おかしな話かもしれませんが、夢を、見たんです。あなたが……出てくる夢を」
言ってから、何を言っているのだろうと原田は自分で呆れた。
突然こんな話をされたって、相手だって困るじゃないか。
ここにいるからには、彼は保健医であろう。
その男がニッと唇を吊り上げて笑う。
「なら、敬語が駄目ってのも覚えているよな?」
えっ?となって二度見する原田へ真意を伝えた。
「夢を通して、お前の心に直接話しかけたんだ。なんか悩んでいるみたいだったからよ」
絶対天使討伐にあたり、守る対象には、こちらを認識してもらう必要がある。
ターゲットが守る対象にベッタリ張りつく姿勢を見せている限り、誰が敵で味方なのかを守る対象に判らせておかねば、さらなる混乱を呼び寄せてしまう。
「神坐様!また……会えた……」
ぶわっと原田の両目からは涙が溢れ出し、感涙する彼を落ち着かせようと神坐は背中をさすってやる。
「ん、まぁ。ガッコじゃ神坐先生でヨロシクな?以降は敬語も様付けも禁止だ、皆ヘンに思うだろ」
「じゃあ、神坐さんで……先生なら余計、敬語も外せません」
口答えする相手に、つい仲間内のノリで神坐も突っ込みを返した。
「お前、それだったらサフィアちゃんだったか?担当教官にも敬語を使ってやれよ」
「……あの教官は尊敬できません」
ふいっと顔を背けて、すねる原田に神坐の顔は綻んだ。
こいつの選択肢は、常に二択なんだな。
知っているかいないか、興味があるかないか、友達か否か、尊敬できるかできないか。
もし初めてのキスが友人だったら、意中の子じゃなくても納得したんだろうか。
それと、一つ気になる発言もあった。
強制キスしてきた同級生のイメージは、男と女の二人だった。
だが彼は、どちらも性別で表さなかった。
どちらも同級生、とだけ。
甘ったるい味には拒否反応を示していたが、男にされて気持ち悪いとは思わなかったのか。
そいつを問うと、原田には不思議そうな顔をされた。
「相手の性別を深く考えたことがありません。いえ、男なら男だと認識しますが、好きになるのが片方だけとは限らないのでは、ありませんか?俺も、今は好きな相手が女だというだけで……それとも、おかしなことなんでしょうか。男が男を好きになったり、その逆も」
「あぁ、いや、おかしかねぇよ。ただ、世界によっちゃ偏った愛もあるから一応聞いてみただけだ」
手をひらひらさせて興味本位の雑談を早急に終わらせると、神坐は原田の顔を覗き込む。
「人ってなぁ、常に誰か一人を好きになるたぁ限らねぇ。お前を好きだと告白してくる奴も出てくるだろう。そして好きな人は一人だけに絞る必要もないんだ」
最終的にどうしたいかは、お前自身だと締めくくり、ぎゅっと神坐に抱きしめられて原田はポッポと赤くなる。
神様は余程スキンシップが好きなのか、それとも警戒心を抱かせない為の行為か。
だとしたら、こちらは警戒心など微塵もないのだから、安心してほしい。
話したのは夢の中と今とで二回目だが、原田は神坐をすっかり信頼していた。
考えていることを全て言い当てられた上、誰にも話さなかった過去の自分が心の奥にため込んでいた後ろめたい気持ちまで知っていたのでは、神様だと思う他ないではないか。
人の感情を悉く踏みにじる絶対天使を悪とすれば、この神様は善だ。
自分の味方になってくれそうな気がする。
「困ったことがあったら……相談、していいですか」
抱擁を解いた後、恥じらいを浮かべて俯きがちに尋ねてくる原田へ神坐は即座に頷いた。
「あぁ。俺を親父だと思って頼ってくれよ。親父っつーには歳が近く見えっかもだが、同級生やダチよかぁマシな回答を出せるんじゃないかと思うぜ?なんたって、お前よりは長生きしてっからな」
喋り方こそフランクだが、言葉の端々に温かみを感じる。
そういや、絶対天使を倒すようなことも言っていなかったか?
やはり、この神様は自分の味方なのだと原田は確信した。
学校が終わった後は何処で会えるのかと原田に問われ、神坐は少し考えてから答えた。
「まだ居住地を決めてねぇんだよな……今頃は俺の仲間が探していると思うけど」
「で、でしたら!俺の家は、どうですか?」
勢い込んでの勧誘には、慌てて神坐も拒否する。
「い、いやいやマズイだろ!先生と生徒が同居ってなぁ」
勿論本音はソコではなく、絶対天使と始終顔を突き合わせる事への危惧だ。
同じ対象を取り合う仲だと判ったら、奴は絶対に牙を剥いてくる。
絶対天使と死神が正面衝突するとなれば、戦いに原田を巻き込んでしまう。
ターゲットを仕留めるには、極力原住民の視界に入らない場所でやらなければいけない。
無論、守るべき対象にベッタリくっついて離れない場合は、やむを得ず目の前で狩る事態もある。
だからといって狩る対象との同居はヤバイ。
掃除での一件を見ても向こうは能力をセーブする思考すら持ち合わせていないようだし、せっかく綺麗にした家が跡形もなく吹き飛ぶ大惨事は神坐でも想像余裕だ。
仕掛けるなら、依頼実習とやらで原田と離れ離れになっている間だろう。
それも戦闘依頼に入ってからのほうが良い。
今は無理だ。学校との距離が近すぎて、原住民への被害は免れない。
アーステイラの能力を見極めるにも時間が必要だ。
しょんぼりしつつ「……判りました」と一応納得する原田の頭を撫でてやり、神坐が微笑む。
「そうさな、居住地が決まったら、お前には教えてやるよ。遊びに来たって構わないぜ。仲間も、お前だったら歓迎すんだろ」
最後に、くれぐれも絶対天使に心を許すなと忠告を受けて、それだけは絶対にありえないと原田は考え、促されるまま再びベッドに横たわった。


ぐっすり眠って起きた頃には、窓から見える景色も夕暮れに差しかかっていた。
神坐に見送られながら、保健室を出た原田は教室へ急ぐ。
駆け込むと同時に窓際で立つ女子を見つけて、安堵の溜息を漏らした。
水木は、まだ教室に残っていた。原田の約束通り、待っていてくれたのだ。
「あ……原田くん。疲れは取れた?」と尋ねてくる彼女を席に腰かけるよう促すと、原田も対面へ腰かける。
向かい合う形で、じっくり様子を伺う。
午前中よりは上の空ではないが、頬が少し赤らんでいるように見えるのは気のせいか?
原田の気のせいではなく、実際の処、水木は恥じらっていた。
原田が、じぃっと無言で見つめてくるせいだ。
話があると言っていたが、あるなら早いとこ本題に入って欲しい。
彼に見つめられるのが嫌なのではない。
彼に対して、浮ついた期待をしている自分を意識してしまうのが恥ずかしい。
恥ずかしがる自分を、彼がどう受け取っているのかも気になった。
これまでに一度も、恋愛に絡んだ発言を彼の口から聞いた覚えがない。
原田は元より判りやすい男ではない。
小島と比較すると、あまり感情を表に出さないし、何でも一人でやってしまう印象だ、昔から。
武器特訓にしろ登下校にしろ、こちらを誘ってくれない原田には多少の不満を感じなくもない。
それとも水木や小島なんて、彼には必要なかったんだろうか。
しつこく声をかけてくるから、隣に住んでいるから、仕方なく相手してくれている……?
考えれば考えるほど憂鬱な気分になってきて落ち込む水木に、ようやく原田が話しかけてきた。
「その……朝の、アレだが。あれは、勝手に同居を決め込んできた。けして俺が許可したのでは、ないんだ……」
原田を見やれば、苦渋に満ちた表情を浮かべている。
彼にとっても招かざる客だったようだ。
朝、一緒にいた女性、アーステイラの存在は。
「アレの同居に関しては小島が何とかしてくれると信じているが……お前にも、誤解されたくなくて」
思わず水木は叫んでいた。
「大丈夫だよ、全然してないからっ。災難だよね、原田くん。私も協力するよ、あの人を追い出すのに!」
本音の本音だ。原田にも誤解されたくない。
この際だからと水木も頭を下げて謝った。
「あのね、私も朝ぼんやりしててゴメンね。原田くんの、その……裸。初めて見て、ドキドキしちゃったから。……あ!それはそれで原田くんが嫌だよね、ごめんね!?」
言い繕おうとすればするほど、ドツボに嵌ってゆく。
頬を真っ赤に染めて慌てる水木へ、自身も頬を紅潮させながら原田がストップをかける。
「い、いや、水木が気分を害していないんだったら、それでいい」
それよりもと話題転換した。原田の本題は、そこじゃない。
「アーステイラの目的は朝、小島が話した通りだ。奴は俺達が拒否しようとお構いなく、願いをかなえる気満々だ。入学早々、妙な奴に目をつけられてしまって、本当にすまない」
項垂れる原田の肩へ手を伸ばし、水木は励ました。
「なんで原田くんが謝るの!?原田くんも被害者でしょ!」
何故最初に接触した相手が原田だったのかは水木の知る処ではないが、俺"達"というからにはターゲットは原田一人ではなく、チームメイト全員が被害者だ。
チームは連帯責任、ならば原田を全員で守るのもチームの役目だ。
アーステイラは見た目こそ無害な少女のフリをしていたが、水木には判る。あれは邪悪な存在だ。
家主に無許可で同居を決め込んだのは大罪だし、原田を裸にひん剥いたのは万死に値する。
「私は何があっても原田くんの味方だから!原田くんも私に遠慮するのはナシだよ」
嫌いか否かを尋ねる前に絶対の味方だと宣言されて、涙腺が緩みかけた原田は瞼をゴシゴシこすった。
良かった。彼女に嫌われていなくて。
水木が社交辞令でお茶を濁すような人間ではないと原田も知っている。
彼女は小島と一緒で、隠し事や嘘が苦手なタイプだ。
嫌われたのではと勘繰ってしまったのは、誤解されそうな状況だったせいだ。
「原田くん。ピコくんやジョゼちゃんとも相談して、絶対天使を追い払う方法を考えよう?三人じゃいい考えが浮かばなくても、皆で考えれば何か思いつくかも」
それでも無理だったら教官や他の大人も巻き込んで町ぐるみで追い払おうとの提案に、原田は頷いた。
実際に大人が動いてくれるかどうかは、大した問題ではない。
絶望に浸るには早すぎたのだと判って、気が楽になった。
全部一人で抱え込んで悩む必要はない。自分には仲間がいる。
何度も言うが望みは己でかなえてこそ、だ。
明日からは自由騎士としての課題を考えると共に絶対天使の対策も練るとしよう、皆と一緒に。
21/05/07 UP

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