絶対天使と死神の話

野外実戦編 07.護衛遠征実習


新生ナーナンクイン。
アーシスからラクダで全力疾走して片道二日の距離に出来た、比較的新しい集落である。
新しいと言っても彼らが砂漠地帯を後にしたのは十年前。
そして"ヒャクメ"が彼らの集落近辺に出現したのは、アーシスでアーステイラが怪物化した時期と重なる。
まだ原田が覚醒していなかった頃だ。
従って、ヒャクメに襲われるのは輝ける魂だけとは限らない。
襲われる条件の一つとして、第一発見者であるナーナンクイン住民を調べる必要がある。
学者の一団がナーナンクインへ向かうニュースは、瞬く間にアーシスの住民全てへと伝わった。
ヒャクメ探索第一弾はウィンフィルド組の担当故、他二つのクラスには直接関係ない。
――かと思いきやサフィア組の一部チーム、つまり原田にだけは関係のある話となった。
アーシスの住民で襲われた子供は、原田チームだけである。
他の見習いとて始終外に出ているのに、原田チーム以外襲われないのは、おかしいではないか。
彼が拾われたのは十七年前。その頃ナーナンクインは、まだ砂漠地帯にあった。
見つけた場所は森林地帯の入口。砂漠とは全く違う方向だ。
それでも学者が原田の出生をナーナンクインと関連付けるのには、訳があった。
ベネセへナーナンクインの住民構成について尋ねた処、新たな事実が浮かび上がったのである。
旧ナーナンクインの生き残りが草原に集落を構えて約十年、外の世界から来た移住者は、たったの三名。
内二人は、ゆき倒れていたピコとアーステイラだが、もう一人もアーシス方面からやってきた人物だというのだ。
アーシスが設立されて以来、死を悟って街を出た老人を除けば、街を去った者は一人しかいない。
レナ=アピアランス。
ジャンギ=アスカスの同期スクール生であり、二年の終わりに街から姿を消して消息不明となった。
彼女の家はアーシスの何処にも存在せず、レナが何者なのかは判らずじまいであった。
学者はベネセに移住者の人となりを尋ね、ベネセは、こう答えた。
八年前、彼女は一人で集落に現れた。
長い間、あちこちを渡り歩いた上で、ナーナンクインへ辿り着いたのだと言う。
性格は明るく無邪気、好奇心旺盛で怖いもの知らず。
名はマリンダ=アピアランス――


「で、お前らも一緒に来るってのかよ。別にいいけど、怪物との戦いで足を引っ張んじゃねーぞ?」
原田チームはウィンフィルド組の捜索チームと共に、ナーナンクインへの出向を命じられる。
命じたのはアーシスの町長にして自由騎士スクールの学長でもある、ウェルバーグだ。
同行者はそれだけに留まらず、ジャンギ=アスカスも一緒に来るとあって、一番喜びを隠せなかったのは担当教官のウィンフィルドであった。
「これこれ、いけませんよグラントくん。英雄様の御膳で悪態をつく真似など、はしたない」
「いえ、構いませんよ。若者は、これぐらい元気のある方が」
笑うジャンギの両手を握りしめて、ウィンフィルドは熱い視線を向けてくる。
「ジャンギ様、聞けば輝ける魂に片腕を再生してもらったとのこと、全盛期の強さに戻ったとはいえ油断は禁物でございます。子どもたちの安全はもとより、あなた様の安全もお祈りさせて下さいませ。あぁ、それにしても、すっかり元通り、いえ、それ以上に逞しゅうございますね、この右腕」
「はいはい教官、雑談は、もういいから!」
苛々しながらウィンフィルドの服を引っ張って無理やり引き剥がしたのは、紫髪を短めにまとめて青いローブに身を包んだ少女。
ウィンフィルド組の生徒で、名をレーチェ。
合同会の試合にも出ていた子だが、印象は前衛の二人と比べると些か薄い。
水木とどっこいの背丈で、水木よりも華奢な姿は不安を煽ってくるが、こう見えて逃げ足は一番速いんだと隣に立つ少年が教えてくれた。
その少年、フォースはレーチェとは姉弟で、一つ違いの同学年だという。
やはり紫の髪の毛で小柄な体格、それぞれ違う種類の魔法を得意とする。
姉は土、弟は水。ジョゼが炎で水木は光、ジャンギの風も併せれば、魔法の手数は充分すぎるほどだ。
前衛も小島の大剣、グラントの斧、ワーグの片手剣、ピコの小剣と、これ以上ないぐらいの安定感だ。
回復はソマリと水木の二人だが、詠唱の速さを考えると、水木は補助か攻撃に回ってもらったほうがいいだろう。
「これだけ大所帯だったら、ばっちヒャクメに襲われるんじゃないですか?」
フォースに尋ねられ、重々しく頷いたジャンギは全員の顔を見渡した。
「今回の遠征はヒャクメ捜索のみならず、学者の護衛も兼ねている。無茶や深追いは厳禁、手柄を立てようなんてのも考えちゃ駄目だぞ?君たちは、まだ見習いだ。そういった下心はスクールを卒業した後で存分に奮ってくれ」
「怪物と出会ったら倒すんですか?それとも、やり過ごしますか」と、これはピコの質問に「倒せるものは全部倒すに決まっているでしょ」と鼻息荒く答えたのはジョゼだ。
少し考え、ジャンギも同意する。
「そうだな、遠征は往復の旅路となる。帰りは行きより油断が生まれやすい。帰り道の安全確保として、できるだけ多く狩っていこう」
「怪物って、そこら中ウジャウジャいるように見えっけどな。狩りまくったからって減るもんかねぇ」
ぼそっと呟いたグラントには、ウィンフィルドが解説を加えた。
「えぇ、次の繁殖期までに怪物の数を減らしておけば、他の依頼もやりやすくなるでしょう。一石二鳥です、さすがはジャンギ様!」
ウィンフィルドからキラキラした羨望の眼差しを向けられてもジャンギは無視して、話を締める。
「出発は明日、遠征への準備は怠りなくな。足りないものがあったら大通りで買っておくといい。一応スクールからもテントと非常食は支給されるから、必要以上に道具や食料を買い込んだりしないように。では、解散!」


「アピアランスってこたぁ、やっぱりレナの血縁なのかねぇ、マリンダちゃんは」
夕刻。
ジャンギの家には、いつものメンバーが集まっている。
ジャックスは炒め物を口いっぱいに頬張りながら、皆に相槌を求める。
「実際に会ってみなければ判りませんが、十中八九、そうでしょう」
小さく溜息を吐き出して、ミストが応じた。
「草原の話をレナから聞いて、こちらまで足を伸ばしたのかもしれません」
「だがレナが外の世界で生きていたとして、だ。なんでナーナンクインに留まってんだ?」と、ガンツ。
ガブッと肉の塊にかぶりつくと、勢いよく引きちぎった。
「アーシスのほうが住みやすいじゃんかよ、ここにゃレナの顔見知りもいっぱい居るんだしよー」
「集落に辿り着けた安心感で、旅を終わらせてしまったのかもしれないわ」とはファルの推理だ。
「何故レナがアーシスを出ていったのかは、ひとまず置いておくとして……あの子が草原を横断していったんなら、マリンダは反対方向から草原を目指すわけよね。なら、アーシスより近いナーナンクインで力尽きたとは考えられなくて?」
「……各地を放浪したという話だったな」
ポツリと呟き、ソウルズの目がジャンギを捉える。
ガンツの作ったスープを飲み、真ん中を切ったパンに瑞々しい野菜を挟んで食べている。
いつもと変わらないように見えるが、内心、マリンダに早く会いたくてたまらないのではなかろうか。
レナ=アピアランスは見習い時代、彼の恋人だった女だ。
それなりに優秀な魔術使いで、隣のクラスじゃ、そこそこ成績上々という噂だった。
一年目の終わりに、たまたまジャンギのチームとレナのチームで獲物がかぶり、共同作戦を取った。
帰り道では二人の間で怪物談義に花が咲き、ニ年目の初めにレナのほうからジャンギへ告白して恋人になった。
そしてニ年目が終わろうという、ある日。
近所の人にも教官にも、恋人であるはずのジャンギにすら何も言わず、彼女は消息を絶った。
前日まで二人は仲睦まじく、クラスは違えど休み時間には必ず廊下で雑談を交わし、昼食も一緒に取っていた。
一緒に下校して、途中の道で「また明日」と挨拶をかわしてレナと別れて、ジャンギは家へ帰った。
そして、それっきりになった。
翌日、登校してこないレナを心配した教官が彼女の家を探し回って、ようやく発覚したのである。
アピアランスの表札が下がった家など、アーシスの何処にも見当たらないというのが。
彼女は家も持たずに、どうやって暮らしていたのか。知る者は一人もいなかった。
受け持ち教官でさえレナの家を把握していなかったというのだから、杜撰な管理にも程がある。
レナが消えて、しばらくはジャンギも落ち込んでいたように思う。
だが彼女の捜索が打ち切られる頃までには、いつもどおりの様子を見せていた記憶だ。
恋人が消失したことで、ジャンギはモテモテNo1な存在へと返り咲いた。
いろんな奴が彼に告白しては玉砕を繰り返し、結局、恋人不在なまま卒業を迎えた。
たった一年やそこらで心の傷が癒えたとは思えない。
レナの面影を引きずっていたからこそ、彼女以外の恋人を作ろうとせず独り身でいたに違いない。
――と、卒業時点でのソウルズは思い込んでいた。
実はジャンギが恋人を作らない理由は他にあり、あとで知った。しかし、それらはもう解消された。
今は原田に首っ丈だが、それはそれとしてレナの関係者かもしれないマリンダには興味があろう。
だからこそ、見習い達の護衛遠征へ同行すると言い出したのだ。
本来はワーグチームと原田チームのみで、学者のナーナンクイン遠征を護衛する予定であった。
ジャンギの飛び入り参加には、ウィンフィルドが一も二もなく賛成したと聞く。
教え子を守ってもらう名目の元、ジャンギにベタベタしまくったのかと思うと腸が煮えくり返る。
いつしかソウルズの眉間には幾筋もの縦皺が刻まれ、ジャックスには、からかわれた。
「ジャンギ不在で寂しいからっつっても、今度は学校授業の一貫だかんな。ついてっちゃ駄目だぞ」
「誰が同行すると言った」
ギロリと睨みつけて軽口を封じると、改めてジャンギに問う。
「マリンダに会ったら、何を尋ねるつもりだ?」
どこか遠くを見つめる目つきになって、ジャンギが答えた。
「まずはレナとの関係、かな。関係者なら、彼女がアーシスを出ていった理由を知っているかもしれないしね」
「今更知ってどうするんです?」とはミストの問いにも、ジャンギは僅かに笑って答えた。
「住みづらさを感じての脱出だったなら、アーシスの発展に役立つヒントがあるかもしれないだろ?」
24/03/06 UP

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