絶対天使と死神の話

定められし天命編 02.もしも


アーシスの大通りには、占い屋がある。
いつ建ったのかも定かではないが、そこでは天命を占えると評判になっていた。
生涯現役を目指すジャンギは、自分がどれだけの間、活動できるのかを知りたかった。
だから、占った。
そして、絶望した。

「一年、だと……ッ」と言ったきり絶句する友人を見据えて、ジャンギが尋ね返した。
「それより何故、俺の天命を尋ねたんだ?君は、そういうのを気にする男ではないと思っていたんだが」
ソウルズもジャンギと向かい合って、ぽつりと吐き出す。
「思い出したのだ。以前、ミストが言っていたことを。俺と奴が婚約者として初めて出会った時のことだ」
曰く――
親が勝手に取り決めたとはいえ、当初、ソウルズは婚約に否定的ではなかった。
破棄しようと言い出したのは、ミストのほうだ。
理由を問うと、どうしてもやらなきゃいけないことがあり、それは何十年かかるか判らないから、家庭をもつ暇がないのだという。
なにをするのかも問い詰めたところ、変えられないものを変える方法を探すのだと答えられた。
「それが俺の天命だった、と?」
「あぁ。はっきり天命とまでは言わなかったが、ジャンギの為だと奴は言った」と頷き、どこか遠い目でソウルズが語る。
「俺は言った、一人で何十年もかかるなら二人で協力すべきだと。だが、奴は拒否した。これは自分一人で遣り遂げなきゃいけないから、お前は手を出すなとまでバッサリとな」
語り口は淡々としていたが、ミストの眼は真剣に思い詰めていた。
誰かのために命をかける覚悟でもあり、彼女一人で遣り遂げないといけないのだとソウルズも判断した。
「あぁ、それで」とジャンギは笑う。
「意見が合わず婚約破棄したのか。けど、ミストは何だって俺のために必死になってくれたんだろう」
「どこかで聞いたのではないか?お前の天命の短さを」と答えてから、ソウルズが再びジャンギへ向き直る。
「俺にも教えてほしかったぞ。そこまで短いのであれば」
「ごめん」
素直に謝り、ジャンギは視線を逸らした。
「なんとなく、言い出しにくくて……湿っぽいのも苦手だしね」
「いつ、占ったのだ?」との問いにも俯きがちに答える。
「自由騎士スクールへ入ってすぐ、だったかな」
入学したてというと、十七歳かそこらの頃だ。
そんな若い頃に自分の寿命が短いと知って、絶望したりしなかったのだろうか。
それもソウルズに問われ、ジャンギは「絶望したよ、最初はね」と頷く。
「けど、それならそれで短い間に記録を打ち立ててやろうと思った。猛特訓したよ、毎日。どんな敵にも負けない、どんな依頼も失敗しない。その上で新しい発見をするんだって。天命を知ったおかげで、奮起できたんだ」
「そうか……お前は、強いな」
ぎゅぅっと抱きしめてくる相手を見上げて、ジャンギも微笑む。
「ありがとう。俺が活躍できたのは、スクールで培った友情のおかげだよ」
「やめろ。俺は何もしていない」と即座に否定されても、ジャンギは続けた。
そうしないと、いつ涙がポロリと出てきて場を湿らせかねない。
「途中で挫けそうになったことは何度もあった。でも、スクールの想い出が俺を支えてくれたんだ。現役になった後も、君達は俺と一緒にパーティを組んでくれたよね」
「やめろ」
「棒使いの弱点は間合いだ。君が盾になってくれなかったら、何度命を落としていたか判らない。ガンツやジャックスだって、そうだ。フォローが上手くて……ファルも、してほしい時にタイミングよく回復してくれて、最高のパーティだったな俺達は」
「やめろ!」と怒鳴りつけられて、怯むジャンギをソウルズの目が見下ろした。
「まだ、過去の想い出にするんじゃない。ミストが延命方法を見つけ出すまでは」
「で、でも……」と呟いた拍子に、ジャンギの瞳からはポロリと涙が溢れだす。
我慢していた堰が、とうとう崩壊してしまった。
本当は、まだ死にたくない。
生きられるものなら、原田が現役になるまで見届けたい。
寿命さえ長ければ、年の差なんて気にせず、恋人ないし伴侶になってほしいと申し出られたはずだ。
気の合う友人とだって、共に歳を重ねていけたはずだ……
「……すまん。怒鳴るつもりは、なかった。だが可能性がゼロではないのなら、それに賭けてみたいのだ」
頭上で謝罪が聴こえ、抱きしめられる力が強まる。
「うん」と小さく頷き、ジャンギは涙を手の甲で拭う。
可能性は全くのゼロじゃない。
輝ける魂は伝承通りに存在した。
輝ける魂の使う神聖魔法は天命が伸びるばかりではなく、失った手足や視力をも回復するという話だ。

「ならば、原田の特訓。俺に任せてもらえないだろうか」

後方死角から不意に話しかけられて、ジャンギもソウルズもハッとなって、そちらを見やる。
声をかけてきたのは上から下まで黒ずくめ、パッと見は部下の陸に似ているが彼ではない。
彼ならば、ジャンギ相手にタメグチで話しかけてきたりしない。
「君は……」との誰何を遮り、男が名乗る。
「そういや、今まで一度も名乗っていなかったか。俺は風、陸や神坐の仲間だ」
「神の仲間が原田を訓練するだと?輝ける魂だからか」
ソウルズの問いにも風は頷き、ジャンギを一瞥した。
「異質を鍛えるのは同じく異質を知る者でなければ出来ぬ。輝ける魂のルーツは冥界で調べておいた。覚醒まで出来たのであれば、引き出しは簡単だ」
具体的にどうやって引き出すというのかをジャンギが問うと、風は簡潔に答える。
「魔法の本質は空想だ。脳裏で思い描いた想像を具体化する。輝ける魂の魔法も然り、死者を蘇らせるのであれば死者を用意し、天命を伸ばすのであれば天命が尽きる者を用意する」
「な、なら!ジャンギで試しては、どうだ!?」
ソウルズの案に、しかし風は薄目で彼を睨みつけて拒否してきた。
「原田に教えるのか?ジャンギの具体的な天命数を。訓練どころではなくなるぞ」
「そっ、それは……」と続かなくなった友を見上げて、ジャンギも風に同意する。
「そうだね。知らなくていい情報は教えないほうがいい」
「知らなくていい情報だと!?一年後、お前がいなくなっても原田がショックを受けるのは同じではないか!」と吼えるソウルズを見据えて、風が異を唱えた。
「同じではない。少なくとも、これから修行を始めようというタイミングで教えるよりは」
天命が短いこと自体は原田に伝えてある。
風も、それを踏まえた上で原田を特訓させたいのであろう。
能力を開花させるのはジャンギの為になるだのなんだのと言い含めて。
「君が俺に協力してくれる理由は何だい?」と尋ねるジャンギへ風が低く答える。
「お前は、この街の英雄だ。アーシスは、お前を中心に回っている。街の繁栄が輝ける魂の安泰に繋がるのであれば、中心核には長生きしてもらわねば困る」
全ては原田、輝ける魂のためか。
最初から原田が輝ける魂だと判って来ていたようだし、神様が彼を守る理由は何だろう。
それも問う二人へ風は、やはり短く答えた。
「原田が寿命を全うするのは、定められた運命だ。俺達は、それを守りに来た」
「……じゃあ、俺が俺の天命を全うするのも定められた運命なんじゃ?」と尋ねるジャンギへ「何を言うか!」とソウルズが反論してきたが、それには構わず風も応える。
「そうだ。だが運命が上書きされた今、お前の早期退場は輝ける魂の暴走に繋がりかねん。いずれ尽きる命にしろ、原田の精神が成熟するまでは延命が必要だ」
先回りしてか、こうも付け足した。
「俺達は神の名を持つが、輝ける魂とは別の異質だ……この世界の理は、この世界の住民でなさねばならぬ。故に輝ける魂の能力を用い、ジャンギ、お前の天命を伸ばすと決めた」
「まるで道具扱いだな。ジャンギも原田も」と吐き捨てたソウルズを一瞥し、風がジャンギへ問う。
「輝ける魂の為に延命させたいのは俺達の都合だ。しかし、お前とて未練があるのではないか?」
ジャンギは頷きを返事とし、「それで……延命訓練は誰でやるんだ?」と尋ねる。
「人間でやるのは失敗の衝撃が大きい。まずは小動物で試す。次第に大きな魂へ変えてゆく」と答え、風は二人を見渡した。
「一ヶ月だ。一ヶ月で習得させてみせる。それまで原田は借りていく。担任へ伝えておいてくれ」
「一ヶ月?一ヶ月間、原田くんにスクールを休ませるのかい?」
「一ヶ月だと?たったそれだけで習得できるものなのか?」
二人がかりの質問は突如巻き起こった旋風の前に掻き消され、辺りには静寂が戻ってくる。
影も形も見えなくなった黒ずくめに溜息をつき、ジャンギは頭を掻いた。
「一ヶ月で習得させる気満々みたいだね。答えるまでもないってことか」
「自ら神を名乗るだけあって得体が知れん。本当に信用できるのか?」と悪態をつくソウルズを宥めながら、ジャンギの思考は、それとは別方向へ飛んでいく。
もし本当に原田の能力で長生きできるようになったら、彼の今後に役立つ何かをやってみたい。
新規自由騎士の役に立てるような店でもいいし、原田個人用の娯楽施設なんてのもアリだろう。
これまで夢物語でしかなかったのが神の飛び入り参加で現実となりそうな期待に、ジャンギは胸をときめかせる。
そんな彼を遠目に見つめ、ミストは物陰で独りごちた。
「……せっかく私がジャンギくんへ恩を売りつけるチャンスでしたのに。おいしい部分は、いつも誰かに持っていかれてしまうんですね」


翌日、風から修行の話を持ちかけられた原田は仰天する。
否、仰天したのは原田だけではなく、水木や小島、ジョゼ達もだ。
「一ヶ月も原田に会えなくなるなんてジョーダンじゃねぇぜ!」
「そうだよー!毎日一緒にスクールで学びたいもん」
絶望に空を仰ぐ小島の横では、水木が頬を膨らませる。
「輝ける魂の役目は、アーステイラを治すことで終わったんじゃないんですか?」
ピコの疑問に答えたのは神坐だ。
「本来は、な。ここから先は予定になかった未来だ。だが、そいつをやらないのとやったのとじゃ未来の結果は段違いってもんよ」
「どんな未来想像図を描いているのかは解らないけど、一ヶ月を習得に使うのは原田くんの学習が遅れてしまうんじゃないかしら」と懸念を示したのはジョゼで、ちらりと本人を見やる。
「原田くんだって困るわよね?一年目が一番重要だと、私のお父様も言っていたわ」
話の流れを追うに一ヶ月間、水木たちとは会えない場所に隔離されての訓練だ。
二人と会えないのは寂しいし、モチベーションを保てるかどうかも怪しい。
しかし神坐の言い分だと、この訓練は後の未来にも良い影響を及ぼすようである。
一年間休まずスクールに通い続けるのと一ヶ月を訓練に費やすのとでは、どちらがよりオトクなのか。
原田は悩んだ。これまでの人生でも、これ以上ないんじゃないかってぐらい、大いに悩んだ。
「悩む必要があるか?」とは風の弁で、「たかが一ヶ月だ」と続けるのには水木と小島が反発する。
「たかがじゃねぇ、一ヶ月は長すぎだ!!」
「一ヶ月も原田くんに会えなかったら、寂しくて死んじゃうよー!」
「んー。けど一ヶ月より短くってのは、さすがに無理だぜ?短くて一ヶ月って話だからよ」
神坐も原田を説き伏せに加わる。
「お前だって能力は使いこなせたほうがいいだろ。便利だぞ〜、魔法が使えるってのは!俺も魔法は、まぁ、回復は不得手なんだが、ちょっとした雑用をこなすのに魔法を使っているし」
『そうそう、それに神坐が一緒だぞ?』と、もう一人、原田の内ポケットからも小声が説得に加わる。
『一ヶ月間、神坐を独り占めできちゃうぞ。水木や小島の見ていない場所でエッチな行為をやりたい放題』
そいつをガッ!と掴んで黙らせたのは大五郎で、「わはは!何やら未成年に有害な言葉が聴こえたようだが、空耳かのう!」と目を泳がせて誤魔化した後。
「有害な言葉?ピコくん、何か聴こえた?」
「いいや?神様にしか聴こえない声だったのかもしれないね」
ピコとジョゼの会話を聞き流しながら、改めて大五郎も説得に加わった。
「一ヶ月もの間、友人と会えないのは寂しかろうが、輝ける魂は暴走の危険もある。先を考えたら、見習いのうちに使いこなせるようにしておいたほうが良い。大丈夫だ、修行中それとなく皆の様子を陸や海に中継させようぞ」
死神が三人がかりで説得してくるぐらいだ。
輝ける魂の能力は、ファーストエンドの未来に直接関与するのだろう。
それに助けられる命があるんだったら、助けてあげたい気持ちは原田にもある。
ジャンギの天命についても同様だ。
自分の能力で延命できるんだったら、是非とも協力したい。
腹は決まった。
「修行、お願いします」と頭を下げる原田を見て、「え〜〜っ!?」と友達は全合唱。
反して死神は風以外、満面の笑みでニッコニコだ。
「んじゃあ、さっそくだけど訓練は今日から始めようぜ!」と神坐に促されて、これにも「今日からー!?」と小島や水木の絶叫が轟く中、「あ、そういえば」とピコが切り出した。
「なんだよ、それどころじゃねーだろ!原田不在の危機だぞ!?」と騒ぐ小島を制して「どうしたんだ?」と原田が尋ねれば、ピコは「今日で合同会は最終日だよね。原田くんは見ていかないのかい?決勝戦」と返してくる。
言われて気づいたのだが、校庭の方向からはワーワー歓声が騒がしい。
すっかり忘れていた。合同会の決勝戦自体を。
自分も小島も負けたから、どうでもよくなってしまっていた。
「……決勝の後だっけ、ジャンギさんとの特別試合」と、ポロリ呟く水木に「それ、秘密なんじゃないの?」と突っ込むジョゼなどを横目に、原田も神坐へ頼み込む。
「決勝はともかく、特別試合を見てからでは駄目ですか?」
神坐は少々考え込み、「んー。まぁ、いいだろ」と折れてきた。
「ジャンギとも一ヶ月ご無沙汰になるしな。ついでに、あいつの動きを見ておくのは悪くねぇ」
22/06/13 UP

Back←◆→Next
▲Top