絶対天使と死神の話

定められし天命編 03.特別試合


合同会ソロ戦の決勝は、双方が血まみれになる凄惨な戦いであった――
とは、観戦していたガンツの弁である。
「俺はリンナちゃんに賭けてたんだけどな?あのデカブツ、大剣でリンナちゃんを押しつぶして、めっちょんめっちょんのぐっちゃんぐっちゃんに叩きのめしやがった!女の子の扱いってもんを知らなすぎるぜ」と憤慨するガンツに、「え、でも、そういう試合でしょ?全体的に」と水木が突っ込んだ。
「女子だからと手加減するほうが、却って失礼だわ」とジョゼも水木へ頷くと、舞台を眺める。
先ほどまで血で血を洗う凄惨な戦いが行われていたにしては、新品同様の光沢を放っている。
ジョゼの視線を目で追って、ジャックスが補足した。
「あぁ、まだ次が控えてっからな。魔術使いが掃除したんだ」
魔術使いの水魔法で綺麗に洗い流したのだという。血飛沫や吐瀉物やらを。
「吐いたの!?リンナちゃんっ」
驚く水木に、もっともらしくジャックスが頷く。
「大剣で土手っ腹を殴られたからな。死ぬほどじゃないにしろ、ありゃあ効いただろうぜ」
大剣vs弓じゃ、どう考えても弓使いのほうが素早そうだ。
しかしガンツが言うには、謙吾はリンナの動きに惑わされることなく反撃で彼女を叩き潰した。
「どんなに素早い相手だろうと一度転ばしちまえば、あとは足なり腹なり狙って動きを封じられるかんな。まぁ、俺が一番驚いたのは、級友で女子にもかかわらず謙吾の動きが鈍らなかった点だけどよ」とはジャックスの弁で、それには原田も同感だ。
リンナとはチーム戦でも一緒だったのに、随分と容赦がない。
これもジョゼの言う手加減無用の範囲なんだろうか。
もし自分が水木やジョゼと対戦したら、多分、彼のようには動けない。
きっと、どこかで手加減を考えてしまう。
水木の可愛い顔が血まみれで膨れ上がるぐらいなら、自分がボコボコにされたほうがマシだ。
「謙吾は戦いを選ぶのかな、それとも願い事か?」と小島が呟き、考えに沈んでいた原田も我に返る。
「あの様子だと戦いだろうな」と、ジャックス。
「あいつ、どんだけ血まみれになっても全然戦意が衰えなかったぜ。弓矢で全身ブスブスにされたら、大概の奴は心が挫けちまうってのに」
優勝するだけあって根性の高さが並外れている。
チーム戦を思い出したのか、小島がブルッと体を震わせた。
「あの雨あられ、また受けたってか。それで、やる気が抜けないってタフすぎんだろ」
「小島くんでも負けちゃう?」と水木に煽られて、小島は正直に負けを認める。
「あぁ。あんなの二度も三度も受けたくねーよ」
試合の決着がついて二人とも治療を受けた後、リンナは保健室へ運ばれて、謙吾は会場に残った。
昼飯時間中に賭けの配当金が支払われて、それでリンナに全賭けしていたガンツはご立腹だったというわけだ。
「あんなにリンナちゃんの倍率が低いって知ってたら、ぜってー謙吾に賭けたってのによォ〜」
ぶちぶち文句をぶーたれるガンツにジャックスが馬鹿笑いする。
「アホか、こういうのは推しに一点賭けすんのが醍醐味ってもんだろうがよ」
そのジャックスは小島に賭けていたはずだが、賭けが外れて悔しくないんだろうか。
原田が尋ねると、ジャックスは手をひらひらさせて否定する。
「悔しくないかって言われたら、そりゃー多少はな?けど、所詮こっちのはお遊びだからよ。お前らのほうが悔しかったんじゃないか、負けて」
「あったりまえだぜ!」と小島が鼻息荒く噛みついてくるのにも、おどけてみせた。
「なら、来年は、その悔しさをバネに強くなってくれや。応援してっぜ、成長株」
「成長株?小島くんが?」と首を傾げる水木へ頷き、ジャックスが自信満々言い放つ。
「そうだ。俺の見立てじゃ、小島、お前は伸びしろがある。二年、三年後にゃ〜謙吾を越える大剣使いになるって信じているからな!」
賭けは単純な金儲けではなく、将来性のありそうな見習いを見極めるツールにもなっていたとジャックスに聞かされて、原田たちは目が点になる。
「ソロ戦に出ようって考えること自体が、向上心の高さを伝えているようなもんだ。自由騎士ってなぁ見習いの段階から勝負が始まってんだ、日々の依頼も疎かにすんなよ?どこで誰の目が光っているか判んねーからな」
「謙吾くんには伸びしろがないの?」
会話の腰を折る水木の質問に、ジャックスは苦笑した。
「大器晩成型か早期かの違いだよ、小島と謙吾の差は」
一年目でスタイルが完成している謙吾は、周りに研究されて苦戦する恐れがある。
一方の小島は、まだ荒削りな分、スタイルも未完成だ。
鍛えようによっては謙吾を大きく上回る成長が期待できる。そういうことだ。
遠くでは実況担当が騒いでいる。
『午後からは特別試合が開催されまーす!皆様、まだお帰りにならないで最後まで見ていってくださーい!』
やはり謙吾は戦いを選んだようだ。
ジャンギは、どのように戦うのか。リンナの素早さにも惑わされなかった重量級を相手にして。
原田は高ぶる興奮を抑えながら、試合が一番よく見えそうな場所を探した。


町長に表彰状を渡された謙吾が一礼して、会場全体が拍手に包まれる。
ささやかな表彰式が終わった後は舞台へジャンギがあがってきて、より一層の拍手が鳴り響く。
『では、これより特別試合を開始します。ソロ戦優勝者、謙吾選手を迎え撃つのは街の英雄ジャンギさんー!』
拍手が歓声に切り替わり、誰が何を言っているのか聴き取れないぐらいに耳の中で声援が反響する。
「両者、前へ!」
審判に促されて、謙吾はジャンギと向かい合わせに立つ。
現役では棒使いだったという話だが、今のジャンギは武器を所持していない。
教官着任後は拳使いへ転向したといった噂は本当だったのか。
ちなみに噂の出どころはジャンギの熱烈な信奉者、隼土である。
リンナに打ち勝った勢いで迷わずジャンギとの一戦を選択してしまった謙吾だが、こうやって直に向かい合ってみると、ジャンギが今もなお英雄と呼ばれている理由が、よく判る。
強烈な威圧感を全身から放っており、向かい合っているだけで、こちらの意思が挫けそうだ。
「この試合は皆が見ている。正々堂々戦うとしようか。エッチな手段は極力なしの方向で、ね?」
にっこり微笑まれても、謙吾は緊張の面持ちを崩せない。
無防備に立っているように見えて、ジャンギには隙が一分たりともない。
どこを攻めても反撃される自分の未来が予想できた。
「こら、ジャンギ。私語は慎め」とジャックスにおでこをピンと弾かれて、ジャンギも苦笑で返す。
「ジャックスこそ俺が相手だからって、説教を甘くしちゃ駄目だろ?依怙贔屓だぞ」
「けぇー、依怙贔屓だなんだって、お前にだきゃ〜言われたくねぇっての!」と悪態で返してから、ジャックスは仕切り直した。
「では……試合、開始ッ!」
直後、「うおおぉぉぉぉーーッ!」と気勢を放って謙吾が突進してくるのを、ジャンギは無駄のない動きで躱して間合いを外す。
『おぉーっとぉ、謙吾選手の先制攻撃をジャンギさんは難なくかわすゥー!』
あの時と同じだ。
原田たちとの模擬戦闘で五vs一をやった時と。
無駄のないフットワークでかわされまくった挙げ句、小島は魔法の反撃を食らってやられたのだ。
謙吾もひっきりなしに突進しているが、全て見切られているのか、ジャンギには難なく避けられている。
謙吾が先制を取ったのも意外だった。
大剣使いなら、防御からのカウンターを狙ったほうが当てやすかろうに。
「あいつ、焦ってやがる」と呟いたのは神坐で、原田がちらりと彼を見やると、彼も此方を見て続けた。
「ジャンギの覇気に気圧されやがったんだろうぜ。場数の違いが出ちまったな」
覇気とは何であろうか。
舞台外から見た限りだと、ジャンギは避けるばかりで反撃に出る兆しが一向にない。
ただ、口元には笑みが浮かんでおり、余裕さえ伺えた。
対して謙吾は眉間に縦皺を寄せて必死になって大剣を振り回しており、あんなに大振りしたんじゃ原田にだって軌道が読めそうだ。
同じクラスに拳使いがいるんだから、ある程度は拳使いのパターンも把握しているはずだ。
なのに、今の謙吾は冷静を欠いている。
優勝するまで、ずっと冷静を貫いていたはずの彼が。
舞台の外では判らないジャンギへの恐怖心、それが覇気なのだろうか?
『謙吾選手、一撃も入れられなーい!しかし、ジャンギさんも全く反撃しない!手加減しているんでしょうか!?』
実況の言う通り、全然反撃しない英雄には観客も焦れてくる。
「見習いだからって遠慮すんな!ジャンギー、ぶっ飛ばせー!」だの「謙吾ー!英雄だからってビビッてんじゃねーぞ、そのまま畳み込めー!」といった声援が飛び交い始め、何度目かの大剣ぶん回しをジャンギが避けた時、不意に流れが変わった。
「……きみは冷静沈着がトレードマークかと思ったんだけどね。俺が相手で緊張してしまったのかい?」
背後に回ったジャンギにポツリと呟かれて「何ッ!?」と謙吾が反応するには、少しばかり遅かった。
鈍い痛みが顔面へ二、三回襲いかかってきたのを皮切りに、謙吾の視界が白く染まる。
拳ではない、蹴りが何発も放たれているんだと脳で理解する頃には、顔だけと言わず腹、胸、急所にも数発重たい蹴りを食らって巨体が崩れ落ちる。
痛いだとか、そんなことを考える暇がない。
攻撃が見えない、避けられない。
リントと模擬で戦った時の比ではない。ジャンギの蹴りが放たれる速度は。
引退後に始めたはずの拳、いや、蹴りなのに、ここまで段違いに強いとは――元現役兼英雄の名は伊達ではない。
薄れゆく意識で考えながら、謙吾は白目を剥いて気を失った。
「謙吾、気絶!勝者ジャンギーッ!」
ジャックスの判定を待ち構えていたかのように、これまで以上の大歓声が会場を震撼させる。
「当然の結果ってやつか」と溜息をついて、神坐が腕を組む。
「原田、お前もジャンギを目標に高みを目指せよ。幼馴染がなるから俺もなる〜ってんじゃなくってな」
弱い動機を指摘されて、原田は羞恥で頬が熱くなる。
よりによって神坐に見透かされていたというのが、二重に恥ずかしい。
だが、彼の言うとおりだ。
生半可な目標を掲げていたんじゃ、未来の方向性が見えてこない。
輝ける魂の訓練にしても然り、まずは明確な目標を打ち立てよう。
「まぁ、その前に、まずは骨休めが必要か。訓練は充分に疲れを取ってから始めるとしようぜ」
神坐に促されて、原田は素直に頷いた。
22/06/20 UP

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