絶対天使と死神の話

定められし天命編 04.二人だけの約束


合同会の全日程が終了した翌日はスクールが休みとなり、原田は死神たちの家へお邪魔した。
一人ではなく、チームメイトの他にジャンギまで一緒だ。
「ここは……」と呟くジャンギに大五郎が先回りする。
「ちょうどよく空き家になっておったんでな。無断で悪いが、改造させてもらった」
「そうだったのか」と頷き返して、ジャンギが微笑んだ。
「ここは昔、知り合いが住んでいた家だったんだ。だから、少し驚いてしまってね」
「知り合い?」と食いついた小島へも頷くと、この街の英雄はアーシスの現状について注釈を垂れた。
寿命が尽きて死んだ住民の家は、そのまま残される。
一方、家族と住んでいた者が独り立ちする時は、新築に住むのが一般的だ。
空き家は取り壊され、そこに新たな家を建てるのだ。
しかし子供の数が減っている現状では空き家のまま残っている家が多く、問題になっていた。
「誰も住んでいない家が残っていたからって、何が問題なんだ?」と小島が疑問を呈すると、ジャンギは物憂げに答える。
「悪用されてしまうんだ。ごろつきと化した連中に。警備隊は、家の中まで入ってこられないからね……空き家の中で悪事を働かれても、取り締まれない」
だから、こうやって再利用してくれる分には大歓迎だと話を締めた。
「君達が住んでくれるなら、きっと、この家の持ち主だったあいつも満足しているだろう」
「原田くんは、ずっとあの家に住むの?」とは、ジョゼの質問だ。
「そうなるだろうな」と原田は答え、ちらりと幼馴染二人を見やる。
今は小島と二人で同居生活しているが、いずれは水木とも一緒に暮らしたい。
「ジョゼはスクールを卒業したら独り立ちすんのか」と小島に尋ねられて、彼女は即座に頷いた。
「当然よ。新築にするかどうかは、まだ決めていないけれど……」と言いつつ、ジョゼがチラチラ原田へ流し目を送ってくる。
そんな誘い受け全開で見られたって、原田家は三人家族用、ジョゼまで同居できるスペースはない。
「僕は独り立ちの予定、ないなぁ」と呟いたのはピコだ。
「今の家でアーステイラと一緒に住もうって約束したんだ」
そのアーステイラは今日、一緒に来ていない。
死神と絶対天使は相容れない存在、神坐が招待しないのでは来れようはずもない。
代わりにピコが誘ってくるんじゃないかと原田は危ぶんだのだが、彼は一人で待ち合わせ場所へやってきた。
アーステイラは家で留守番している。なんでも、本人が外出を拒んだそうだ。
合同会で彼女に起きた惨劇を考えると、無理もない。
「あらあら、お熱いこと」
手でパタパタ仰いで茶化すジョゼを横目に、水木が本題を切り出した。
「それで……今日は死神ハウスで何をするの?」
「今日は皆に合同会の疲れを取ってもらおうと思って招待したんじゃ」とは大五郎の弁。
「お前らって普段どんな遊びをしているんだ?」
神坐に尋ねられて、真っ先に答えたのは小島だ。
「どんなって、家でダベッたり外で家畜を追い回したり」
「それは小島くんだけでしょ!それも、すごく小さい頃の話じゃない」と水木が混ぜっ返し、代わりに答える。
「今は、お喋りが中心かなぁ。家で集まる時は即興でお話を考えてみたり、ごっこ遊びしてみたり?」
「ごっこ遊びぃ?」とジョゼが声を裏返し、三人を呆れ目で眺めてくる。
「それって小さい頃の遊びじゃないの?まさか、まだやっているんじゃないでしょうね、あなた達」
「おうよ、そのまさかだぜ!」
蔑まれているにも関わらず、小島が胸を張る。
「お医者さんごっこは小さい頃にやったけど、他は今でもやっているぞ。こないだのは英雄ごっこだ、水木がジャンギに扮して俺が怪物役な!」
「原田くんは?」と、ピコ。
「観客だ!」と小島は答えて、ちらりと英雄本人を流し見た。
「や、原田にもジャンギ役を勧めたんだけどな?なんでか恥ずかしがってやってくんなくて」
「いいだろ、その話は。嬉々として語るような遊びじゃない」
ふいっと視線をそらして、ぶっきらぼうにぶった切っても、原田がテレているのは赤く染まった頬で丸わかりだ。
「そうか。俺に扮するごっこ遊びを君達が、ね。原田くんの扮する俺も見てみたいところだ」と本人に突かれた原田は、無言になって視線をそらしまくる。
「なるほどねぇ。つまり娯楽と呼べる遊具がねぇってわけか」
神坐は神坐で思うところがあったのか、一人で何度も頷いている。
小さい頃は、ごっこ遊び。大きくなってからは雑談。
遊具の話が一度も出てこないのは、そういったものが今の時代に存在しないからだ。
海がゴムボールを渡した時、原田は初めて見たかのように驚いていた。
あの反応こそ、この時代に"ボール"という遊具がないのを意味していたのではなかったか。
「じゃあ、こんなのを見るのも初めてか?」と虚空から取り出しだしたのは一枚の薄い板、そして小さな四角い物体と数枚のコインだ。
子供たちがキョトンとする中、ぽつりと呟いたのはジャンギで。
「あぁ、スゴロクだね」
「おっ、ジャンギは知ってんのか」と喜ぶ神坐にも頷き、ジャンギが言う。
「幼い頃、友人の家で遊んだんだ。手作りのやつをね。昔は雑貨屋でも売っていた。今は作る人がいなくなったせいか、見当たらなくなってしまったけれど」
「なぁ、これ、どうやって遊ぶんだ!?」
さっそく板を開いて大騒ぎな小島へはジャンギが教えてやった。
「そこの四角いの、サイコロを投げて、出た目の数だけ進めるんだ。コインをコマにしてね」
「へぇー、面白そう!」と水木は興味津々、そっぽを向いていたはずの原田もスゴロクに目が釘付けだ。
「なになに、"腰を突き出してへそ踊りをする"……へそ踊りって何ですか?」
マス目に書かれた文字を読み上げたピコが大五郎に尋ねると、大五郎は腰を突き出して、ヒョッコヒョコと奇妙なリズムを刻み始める。
「こういう踊りぞ、そぅりゃ、そうりゃっ」
腹をへこませては、膨らます。その繰り返しだ。
たったそれだけなのに、いやに滑稽な仕草に見えてくる。
「ぶっは!そんな変な踊り、見たことねーぞ!?メイカイで流行ってる踊りかよ?」
小島は吹き出し、水木やピコもお腹を押さえて大ウケだ。
お嬢様たるジョゼまでもが「面白い踊りね……考えた人は創造力にあふれているわ」と大真面目に感心する。
「へそが波打つから、へそ踊り……なのか?」と首を傾げる原田の耳が、ジャンギの呟きを拾う。
「あのコマに止まったら、俺たちもヘソ踊りをやるのか……」
ジャンギさんのヘソ踊り。見てみたいような、見ちゃ駄目なような。
そして自分が止まった時に、あれが出来るのかどうかと問われると、非常に自信がない。
難しい顔で黙り込む原田を見て、風が虚空から別の遊具を取り出した。
「双六の難易度が高いのであれば、こういうのはどうだ?」
三角形に形作られた板だ。
どうやって遊ぶのかを聞く前に、風がお手本を見せてくれる。
細い部分を掴んで放り投げられた板は大きく湾曲を描いて飛んでいき、風の手元へ戻ってくるではないか。
普通に板を投げただけじゃ、こうはなるまい。
板は飛びっぱなしで地に落ちるから、自分で拾いに行かなきゃならない。
「なんだ、それー!不思議板かー!?」
小島の瞳はキラキラ輝き、傍らでは水木も興奮気味に「すごーい!もう一回やってみて!」と催促した。
すると今度はこっちに向けてヒュッと投げてきて、「わぁぁ!?」と頭を庇って屈んだピコには届かない位置で軌道を変えた板が風の手元へ戻ってゆく。
「すげー!ぶつかりそうでぶつからない!!」
「どうやって投げるの?投げ方にコツがあるの!?」
水木と小島の興味は完全に板へ持っていかれ、原田は双方を見比べた後、スゴロクの前に腰を下ろす。
板に興味が沸かないわけじゃないが、スゴロクは神坐が取り出した遊具だ。
彼がお勧めしてくるからには、きっと面白いに違いない。
「おっ。原田はブーメランより双六がお好みか」と神坐が呟き、原田の対面へ腰を下ろしてきた。
「なら、俺が相手してやるよ」
「おっと、待ってください?スゴロクで遊びたいのは原田くんだけじゃないですよ」
気取ったポーズで腰を下ろしたピコも双六に参加してきて、残る二人、ジャンギとジョゼは覚悟を決めた。
原田が双六を選ぶんだったら、その一択しかない。
たとえ例のコマ、ヘソ踊りに止まる危険を犯してでも。
「よっしゃ、双六のやり方はジャンギも知ってんだろうが、一応説明しておくぜ。順番に賽子を振ってマス目を進む。一番最初にゴールのコマへ止まったやつが優勝だ。ドベにゃ〜罰ゲームもあっからな、真面目にやれよ?」
ノリノリで賽子をぶん投げる神坐を合図に原田たちが双六に興じる中、ブーメランを持って小島と水木、風は表へ出ていき、大五郎は飯作りに奔走する。
途中で飯を挟んだ後は大五郎や小島達も双六に参加してきて、一同は大いに盛り上がった。


まだ日が明るいうちに、原田以外の子供たちは帰宅する。
原田とジャンギは泊まっていくよう、大五郎から熱心に勧められての一泊だ。
明日から死神と一緒に修行する自分が、泊まっていけと勧められるのは判る。
しかし、何故ジャンギまで?
原田は不思議に思い、大五郎へ尋ねてみようと振り返るも、彼にはバチーン☆とウィンクされて慄いた。
なんなんだ、今のは。本気で意味が判らない。
「それじゃ、原田くん。明日からの修行、頑張ってね」
水木に声をかけられて、ひとまず原田は「あぁ」と向き直る。
「お前がいない一ヶ月……寂しいけど、乗り切ってみせるぜ!」
小島には、がばっと抱きつかれ、その格好でピコとジョゼの挨拶を聞いた。
「一ヶ月って長いわよね。でも、安心して?原田くん。きちんとノートは取っておくわ」
「それじゃ一ヶ月後、また会おう!きみの成長を僕たちも期待して待っているからね」
「またなー!原田っ。失敗しても成功しても、戻ってこいよー!」
「もう、小島くん。不吉なこと言わないの。原田くん、一ヶ月後までバイバーイ!」
まるで今生の別れみたいな挨拶を残して去っていく背中を見送った後は家へ戻る。
入り際、大五郎に「原田、お主とジャンギで一部屋使うと良かろう」と気遣われたので、改めて尋ねてみた。
「どうしてジャンギさんも誘ったんですか?」
「ん?そりゃあ、一ヶ月会えなんだ。寂しいんじゃないかと思ってな」と視線を逸らされたが、理由はそれだけじゃないようにも感じられて、またまた原田は首を傾げる。
しかし大五郎は、それっきり会話を打ち切って自室へ戻ってしまい、原田はジャンギと一緒の部屋で落ち着いた。
「俺に気を利かせてくれたんだね。一ヶ月、原田くんに会えないのは想像を絶する寂しさだから」
開口一番、思いもよらぬ相手に予想外の本音を吐き出されて、原田は狼狽える。
仲間がバタバタ倒れて最終的には一人旅になっても自由騎士を引退しなかった男が、たかが一ヶ月、教え子に会えないだけで寂しさを感じるだなんて本当だろうか?
動揺しまくった眼でジャンギを見つめると、柔らかな微笑みで見つめ返される。
「もっとも、原田くんは水木さんや小島くんと一緒の夜のほうが良かったかもしれないね」
「い、いえ!ジャンギさんとも会えないのは寂しいですっ」
言葉は自制する前に飛び出して、ますます狼狽える原田の頬をジャンギの手が優しく撫でた。
「ありがとう。そんなふうに言われたら、君に甘えたくなってしまうな」
甘えたいのは、こちらもだ。
ごくりと唾を飲み込んだ原田の手を引きベッドへ横たわらせると、ジャンギも真横に寝転んでくる。
「原田くんは、されるのと、するの……どっちがお好みかい?」
してほしい。
でも、言葉に出すのは恥ずかしい。
黙ってジャンギを見つめたら、唇を塞がれた。
ちゅ、ちゅっと、どこか遠慮気味に吸いついていたかと思えば、ゆっくりと焦らされる動きで原田の口の中に舌が入り込み、歯の裏側を舐めてくる。
神経は通っていないはずのに、むず痒く感じて原田は身悶えする。
ジャンギとキスしたのは、これが初めてだが、好きだと告白してきた割には控えめな求め方だ。
触れているようで触れていない感覚が、もどかしい。
もっと激しく吸ったり、舌を絡めてくれたっていいのに。
不意に、背中に回された腕が力強く原田を抱きしめる。
何度もチュッチュと吸いつかれ、唇が離れた直後、原田の口を涎が伝った。
「は……ぁ……」
「……原田くん」と小さく呟いたジャンギが、原田の目を覗き込む。
「この続きは、君が俺の腕を再生してくれた時のお楽しみに取っておこうか。今はキスだけに留めておいて」
「え……」
明らか物足りなさそうな気配を原田から感じ取り、ジャンギはクスッと微笑んだ。
「片腕じゃ、君を満足させられない。今は、これが精一杯だけど……元に戻れば、原田くんの望む激しい動きも出来るようになるはずだ」
内心焦れていたのが、バレバレだったらしい。
ポッポコ赤くなる原田の鼻を人差し指でチョンと突っつき、ジャンギは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「修行、頑張って。君が能力を体得するのを期待しているよ」
「は、はい。頑張ります」
真っ赤に茹だりつつも原田はジャンギの服の裾をしっかり握りしめ、その夜は同じベッドで眠った。
22/07/04 UP

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