絶対天使と死神の話

定められし天命編 05.変わりゆく日常


今日からは修行が始まる。
輝ける魂の能力を我が物にする為の修行だから、さぞ壮絶な内容になるのであろう。
緊張する原田の対面に立つのは風だ。
修行は彼の指導で進行する。
大五郎と神坐は一ヶ月、身の回りの世話を担当すると聞かされている。
場所は草原。草原にて結界を張り、その中で一ヶ月過ごす。
無断で外に出ていいのかと原田は迷ったのだが、死神曰く、ジャンギ経由で町長に事前許可を取ったらしい。
えらく手際が良い。それだけ期待されているのだろう。
「さて……」
街から少し離れた場所で立ち止まり、風が切り出す。
ゴクリと唾を飲み込んで緊張の面持ちな原田を、まっすぐ見つめて。
「魔術の基本は創造と構築だ。この二つを瞬時に発動できるようになれば、使いこなせていると言えよう」
話している間にも風の掌には暖かな光が宿っては消え、かと思えば黒い光が生まれて揺らぐ。
「創造は想像と置き換えてもいい。頭の中で術のイメージを固める。建築は、そのイメージを表で発現させる。具体的には、魔力を一箇所へ集中させる」
「あの」と原田が口を挟む。
「魔力、というのは人が持つ才能の一つだと学んだのですが」
「世界の常識は、ひとまず忘れろ。ここでは精神力だと捉えてくれ」と断った後、風は、しばし沈黙する。
解説を遮ったせいで怒ってしまったのかと原田は内心焦ったが、そうではない。
風の身体全体が淡い光に包まれて、頭上に眩くも轟々と猛る炎が生まれた。
「……今、頭上に精神を集中させた。これが魔術の発現だ。精神の集中は、意識の集中と同じだ」
炎は彼の頭上を離れて高速で飛んでいき、何もない場所でパァンと弾けて消える。
「結界にぶつかって消滅するのは、結界のほうが魔力を多く注いで構築されているからだ。結界を凌ぐ魔力を込めれば、魔術は結界をものともせず貫通しよう」
魔術の量如何で貫通されるのでは、結界も完全無欠の術ではないようだ。
「この修行における魔力とは、魔術を構成する材料……そう理解しておけ。ものづくりと同じだ。凝縮すればするほど威力が増す。攻撃の魔術に関する基本事項は、以上だ」
一呼吸おいて、次にと風が話し始めたので原田は黙って耳を傾ける。
「蘇生の術とは、失ったものを再構築する。その為には元の形を知る必要がある。誰かの腕を再構築するには、二本ある状態を想像すればいい。命の再構築は、生前の姿を想像するのが最適だ。寿命を伸ばすなら長寿の果て、最終体型を想像する」と言ってから、ちらりと風が原田を一瞥した。
「……長寿の生き物を見た記憶は、あるか?」
「長寿……ですか?」と質問に質問で返し、原田は首を傾げる。
今のアーシスで一番長生きなのは五十代だが、街で出会うことは、まずない。
一番多く見かけるのは、町長やジャンギなどが該当する三十から四十世代だ。
五十代は知り合いにも近所にもいないから、実態が判らない。
「そういった人々とは出会いの機会がありません」と正直に答えるのを見て、風は思案する。
この街には寿命を悟ると街を出ていってしまう、暗黙のルールがある。
年寄りを見たことがないんじゃ、やはりジャンギをぶっつけ実験台にするのは止めておいて正解であった。
「延命の術を習得するにあたり、成長しきった姿を知らぬのでは難しい。まずは、これを眼窩に焼きつけろ」
風が掌を地面に翳すと、数秒後には灰色の物体が現れる。
僅かに呼吸はしているようだが、微動だにしない。
かつては白かったのかもしれない毛並みはボサボサにほつれ、長い耳も力なく垂れ下がっていた。
「これは兎の最終体型だ。残り数日で死に至る」との解説を遮り、原田は思わず尋ねていた。
「い、今、どうやって出したんですか!?その、兎をっ」
「召喚の術だ。あとで教える」とだけ答え、風は途切れた解説を再開した。
「長寿の魂を詰め込むのが延命の基礎だ。まずは年老いた姿を脳内創造した上で、寿命を伸ばしたい対象へ魔力を与えて魂を再構築する」
「ま……魔力を、与える……?」
理解の追い付かない原田を一瞥して、風が頷く。
「攻撃の術と同じだ。対象へ向けて精神を集中させろ。対象を袋と置き換えてもいい。袋にありったけの塊を詰め込むのだ」
語り口は淡々としているが突き放しもせず、原田が判るよう言葉を置き換えてくれる。
常にクールで近寄りがたい雰囲気があったので敬遠気味に接していたが、実は優しい人なのではなかろうか?
じっと潤んだ瞳で原田が見つめると、風は少しばかり視線を逸らす。
「では、実技に移るとしよう。お前が早急に覚えねばならないのは延命と再生だ。蘇生と攻撃は後回しでいい」
「召喚は?」との問いにも首を真横に「それは覚えずとも問題ない」と却下して、風が視線を戻す。
「延命と再生を習得したら、残りも教えてやろう。まずは先の二つの修行に集中しろ」
「はい」と頷き、原田も好奇心を引っ込めた。
再生は腕の再生、延命は天命の延長だ。
どちらもジャンギの為になる術である。
真剣にやらなきゃ、一ヶ月で習得できるものも出来なくなってしまう。
まずは風が召喚で出した幼体の兎に、命の塊を詰め込む練習から始める。
何度も脳裏に浮かんだジャンギの笑顔を振り払い、老体と幼体の兎を交互に睨みつける原田であった――


原田が抜けたチームは、ベネセが代役で入ってくる。
担当のサフィア曰くベネセは合同会後、他のチームへ組み込まれた。
が、そこのチームから彼女が抜けても問題ないと申し出があったそうだ。
だが実際の処は、ベネセを持て余したんじゃないかと小島は勘ぐった。
これまで仲良く五人でやってきたのに、いきなり部外者、それも町の外の人間が飛び入りしたのだ。
ベネセは、お世辞にも良い性格じゃない。
悪い奴ではないのだが、神坐以外への愛想がゼロだ。
喋り方も、つっけんどん。見た目だって可愛いとは言い難い。
実力は折り紙付きだけれど、チームメンバーとして欲しいかどうかは別だ。
こちらに押しつけられても……と思うが、贅沢は言えない。
「また一緒に戦うことになったな。よろしく」
あれこれ心の中で文句をぼやいていた小島は、笑顔を浮かべるベネセを穴のあくほど凝視してしまった。
「どうした?しばらく会わないので私を忘れたのか」
首を傾げるベネセには、水木が慌てて取り繕う。
「そ、そうそう、小島くんってば物覚えが悪いから!私は覚えているよ、またよろしくねベネセちゃん」
「原田くんの代わりが弓使いかぁ。なら、それ用のフォーメーションを考えないとね」と呟き、ピコが気取ったポーズで歯をキランと光らせる。
「よろしく、ベネセさん。君とはナーナンクインでも会っているけど、今一度きちんと挨拶しておこう。ピコ=アクセレイ、美麗の短剣使いとは僕のことさ」
ベネセはピコの自己紹介を右から左へ聞き流したのか全くの無反応、ピコを無視した上でジョゼへ話しかける。
「このチームの一番攻撃要はジョゼリア、お前だろう。お前を活かすフォーメーションを考えよう」
「えぇ、それは構わないけど」と、ジョゼも真っ直ぐベネセを見つめて問いかけた。
「私達は依頼、武器訓練、模擬戦闘の順で受けてきたんだけど、これをやりたいって希望はあるかしら?」
「今の私は原田の代役だ。チームの方針に従おう」と答え、ベネセがピコ以外の全員を見渡した。
「改めて、一ヶ月よろしく頼む」
「う、うん」と頷く水木は、ぎこちない。
視界の片隅で落ち込むピコを見てしまっては。
ピコは人当たりが悪いわけでもなし、何故ベネセは無視するのか。
ナーナンクインの集落で世話になっている間、何か失礼をやらかしたんだろうか。
ありえる。無意識なのか天然なのか、ピコは時折失礼な発言をしてしまう人だから。
水木が悶々考える横では、小島が苦言を垂れた。
「俺達と仲良くやっていこうってんなら、ピコも数に入れてやれよ。感じ悪いぞ、お前」
するとベネセの顔から、これまでの愛想が消え失せる。
「手癖の悪いナンパ野郎とも仲良くしろ、と?」
「そうだ。ピコもチームの一員だからな。仲間と仲良くできない奴は、どんだけ強くても、お断りだ」
ベネセは難しい顔で考え込んだ後、かなりの間を置いてから渋々妥協した。
「サブリーダーの命令では仕方あるまい。いいだろう、ピコとも必要最低限の連携は取る」
「サブリーダー?」と聞き返した水木へ「違うのか?原田がリーダーで小島がサブだとサフィアからは聞いているが」とベネセは答える。
「特にサブリーダーは決めていなかったわね」とジョゼが呟き、チームメイトの顔を見渡す。
「この際だから、決めておきましょうか。原田くんだって、この先、病気や怪我で休む時があるかもしれないし」
「なら、小島くんがサブでいいんじゃないか」と応じたのはピコだ。
「いいの?ピコくんが目立てるチャンスだよ?」と水木が茶化すと、ピコは切ない溜息をついて、これ見よがしにベネセへ流し目を送った。
「そりゃ、これ以上ないくらいの大役だし、一度やってみたいと思うんだけど、僕がサブを名乗ると一人のレディを不幸にしてしまうだろう?」
流し目を送られたほうは、露骨に不機嫌を隠そうともせず剣呑な目つきでピコを睨みつけている。
そこまで嫌われるとは一体何があったのやら、ナーナンクインで。
「別にピコ、お前がサブでも俺は構わないぜ」とした上で、小島が名乗りを上げる。
「けど、原田の補佐って意味でのサブリーダーだってんなら、俺が一番適役だよな!」
「そうだね」と水木も賛成し、最終確認を取った。
「それじゃ、うちのサブリーダーは小島くんで。皆も、それでいい?」
「いいわ」とジョゼが頷き、ピコも下がり眉だが一応賛成、ベネセに至っては先ほど小島に注意されたばかりだというのに、堂々「ピコ以外なら私は喜んで支持しよう」と毒を吐いてよこした。
どうにも不安がよぎる代役だが、他に人員を割けない以上、彼女で我慢するしかない。
「それじゃ……今日は、ひとまず武器訓練から始めましょ」
ジョゼの号令で、一同は「あ、それ、俺に言わせてくれよー。なんたってサブリーダーだし!」と騒ぐ小島と一緒に校庭へと歩き出した。


サフィア組以外のクラスは、合同会前のタイミングで退治依頼へ突入していた。
何故今季に限って合同会が前倒しされたのか、何故今季にだけソロ戦が開催されたのか。
それらは原田達以外の知る処ではない。
しかし原田のために用意された数々の変更は、事情を知らない見習いの心にも火をつけて、彼らの実力を急激に高めたのであった。
「来年も、やってくんねぇかなぁソロ戦。ルール変更で辞退しちまったけど、お前の戦いを見ていたら、心が滾ってきちまったぜ!」
興奮するグラントに、ワーグは肩をすくめた。
「たかがルール変更で辞退するような、お前の心が滾っただって?冗談も大概にしておけよ」
「だ、だって皆の前でエッチな真似ありって言われたら、フツーは辞退すっだろ!?」
グラントは顔を真っ赤に火照らせる。
団子っ鼻のゴリムサマッチョがテレたって全然可愛くないなぁと思いつつ、レーチェも茶化しに加わった。
「そうね〜。エッチな真似されたら、心以外の部分まで滾っちゃいそうだもんね〜」
「お、おまっ!女が下品な煽りすんの、やめろよ!」
グラントは、ますます真っ赤に茹で上がって面白いったら、ありゃしない。
もし彼がエッチ展開でアヘアヘ喘いだとしても、誰も気にしないだろう。
合同会でチームを組んだ面々は普段、別々のチームで活動しているのだが、ウィンフィルドの注意が向くまで、こうやって座学の授業中に雑談する程度には仲が良い。
一人だけ離れた席に腰掛けて授業を受けているソマリを除けば。
いつもツンとすまして、授業態度は超真面目だし、各依頼も卒なく熟しているとの評判だ。
そんな彼女が合同会ソロ戦の試合後に見せたワーグとのイチャラブっぷりは、実に衝撃的だった。
度々思い返しては、レーチェはニヤニヤする。
二人とも、いつの間につきあっていたんだろ。全然気づかなかったなぁ。
ワーグがエッチ展開に持ち込まれた時、やっぱソマリは内心焦ったりしたのかな?
それで、つい、試合後にイチャラブっぷりをポロリしちゃったのか。
ソマリからワーグへ視線を移し、レーチェは小さく嘆息する。
彼がエッチ展開へ持ち込まれた時、実を言うと滅茶苦茶焦ったのだ。
幼い頃は顔を知るだけの相手で、レーチェとフォースは彼の堂々とした振る舞いに憧れていた。
その彼がみっともなくアフンアフン喘ぐなんて、とても見ていられない。
結果として心配は杞憂、ワーグは喘ぐ暇なく押さえ込みを抜け出して逆転勝利した。
さすがだと思う。きっと、これからも勝ち星を増やしていくのだろう。
チームは同じになれなかったけれど、一緒のクラスになれたから満足だ。
ワーグの横顔へ熱い視線を注ぐレーチェを見ながら、フォースは微かな溜息をつく。
まったく姉ちゃんったら、いつまで経ってもワーグへの愛が抜けないんだから。
ソマリとつきあっているって判ったんだし、失恋したんだって早く気づいてくれよな。
幼い頃の憧れが、いつしか姉の中で愛に変わった。
そのことに気づいたのは、きっと自分だけだ。
レーチェ本人は無自覚に違いない。
今だって、ワーグの側でグラントをシモネタでからかっちゃうぐらいだし。
あんなシモネタ言っちゃう女なんて、女として失格だろ。俺だったら一瞬で冷めるわ、愛。
あぁ、教官がコッチ見た。怒られるぞ、いい加減にしとけって。
大体、グラントは声がデカすぎるんだよなぁ。
あんな大声で雑談かましてバレないほうが、おかしいっての。
「そこ、雑談は慎みなさい!座学を疎かにするのは死を意味しますよ」
ウィンフィルドの叱咤が飛んで、注目を浴びた三人は肩をすくめる。
「ハイハイっと。ったく、いちいち表現が大袈裟なんだよな男の娘は」
「なんだ?男の娘って」と軽口に引っかかったグラントに、ワーグが笑う。
「あとで教えてやるよ。今は真面目に座学を聞いとかなきゃな、疎かにすると死ぬそうだし」
三人を眺めて、フォースは溜息を、もう一度こぼす。
幼い頃に憧れた相手は、意外と不真面目で幻滅だった。けして悪い奴ではないんだけれど。
22/07/18 UP

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