絶対天使と死神の話

怪物の王編 10.原田vs小島


今日の放課後からは、小島たちと合同で武器トレーニングを始める。
友人とは言え誰かの目があると落ち着かないのではと原田は心配だったのだが、そんなのは杞憂に過ぎなかった。
「うおぉぉりゃあ、おっしゃあぁぁ!」
小島も水木も自分の練習に一生懸命で、原田がどんなふうに鞭をふるっているかは見てもいない。
そもそも、小島のは本当に練習なのだろうか。
先ほどからブンブン大剣を振り回してばかりに見える。
水木も足元の草をぶちぶち引っこ抜いては回復魔法をかけているが、何の意味があるのか判らない。
二、三度、空に浮かぶアーステイラを想定した高さで鞭を振るった後、原田は二人に持ち掛けた。
「せっかく三人で練習しているんだ。模擬戦闘してみないか?」
「も、模擬って、俺とお前で!?」
小島は慌てふためき、ぶるぶると首を真横に却下してくる。
「だ、駄目だぜ!どう考えても、お前が大怪我しちまうだろ」
「そうだよ、重傷は私の魔法でも治せるかどうか……」と水木までもが泡を食っており、二人とも小島が勝つと疑っていない。
原田とて小島に勝てるとは思っちゃいないのだが、やる前から決めつけられるのは腹が立つ。
「合同会はソロ戦もあるんだろ。だとしたら、俺とお前で当たる可能性だってあるんだ」
「そ、そうだけどよぉ」
まだ引け腰の親友を真っ向から睨みつけて、原田は鞭を構える。
「当たらなければ大怪我しない。今日のジャンギさんが、そうだった」
「ジャンギは元自由騎士だっただろ!?俺達素人とは場数が違うじゃないか」
「そうだ、場数を踏まなきゃ俺達だって強くなれない。小島、俺の為に手合わせしてくれ」
どうあっても手合わせを希望してくる原田には、小島も折れるしかない。
こうやって押し問答しているうちに夜になってしまう。放課後は短いのだ。
「そ……それじゃ、行くぞ!」
ぶおんっと振り回される大剣は、振りかぶる動作が大きい分だけ軌道も見えている。
なるほど、何度振り回してもジャンギを捉えられないはずだ。
素人然な原田にも楽々避けられるようでは。
読めた軌道を屈んで避け、低めに振るった鞭が小島の脚をビシッと打ちつける。
「あっで!?」と叫んだ小島が「こなくそー!」と突進してくるのも、立ち上がる余裕のおまけつきで避けた。
重量級は見た目こそ威圧感があるものの、動きは思った以上に緩慢だ。
次に、どこを狙ってくるのかが判りやすい。
こと、小島においては幼い頃から知りつくしている。
攻撃を外した彼が突進で間合いを詰めてくるぐらい、原田にはお見通しであった。
振り返りざまに背中を鞭で打ってやると、面白いように当たった。
「あっだ!お、おい、チョーシ乗んなよぉ!?」
涙目で騒ぐ小島に原田も言い返す。
「お前も、少しは避けるか剣で防ぐかしろッ」
頭上から振り下ろされる大剣も、横に飛びのいてかわす。
落ち着いて軌道を見ることさえできれば、大剣使いは臆する相手ではない。
ただし――こちらも叩き伏せられる腕力がないから、勝負は膠着する。
鞭使いが他の武器使いに勝つ方法は、鞭で絡めとるか弾くかして、相手の武器を手放させるしかない。
ひゅんっと小島の腕を狙って振った鞭は、片手でバシッと払いのけられた。
「ナメんな!」
再度鞭を振るうまでの間を狙って突進してくるのは寸前で身をかわし、原田は大きく後ろへ間合いを外す。
真正面では、さすがに駄目か。
小島の隙をつくには、先ほどのように背後から狙うしかない。
「ちょこまか逃げるの上手いじゃねーか、見直したぜ!けどな、逃げ回ってたって俺にゃ〜勝てねーぞ!」
その場に仁王立ちした小島が、頭上で大剣をブンブン回し始める。
彼のほうが多く動いているはずなのに全く息切れしていないのは、さすがだ。
「お前こそ、振り回すだけでは俺は捉えられない。一度ぐらいは当ててみたらどうだ?」
「一度でも当たったら、お前なんかボッキボキだぜ!」と叫んで、小島が再び突進してくる。
ただし、今度は剣を振り回したまま。
これまでにない動きで原田が躊躇したのも一瞬、剣は威嚇と割り切って軌道を予測する。
横手に振り回すつもりだ――!
ぶおんっと原田の頭上を風圧がかすめる。
片手に持ち替えられた大剣が、横殴りに襲いかかってきたのを読んだのだ。
「何っ!?」
この攻撃には自信があったのか、小島に隙が産まれた。
間髪入れず振るった鞭は小島の腕にグルグルと絡みつき、武器を奪い取ろうと原田は踏ん張る。
しかし、ぐいっと引っ張られた勢いで小島の胸へ飛び込んだ。
「ほいっと、捕まえた〜♪」
おでこにチュッとキスされて「こ、こら!真面目にやれ」と怒る原田を、しっかと抱きしめて小島が勝ち誇る。
「真面目にって、勝負は俺の勝ちだろ?俺に腕力勝負を仕掛けるだなんて十年早いぜ、正晃ちゃん」
武器を絡めとる手段は腕力がモノを言う。
今のは相手が小島じゃなかったら、殺されたっておかしくないミスだ。
重量級から武器を奪うには、利き手を痛めつけて離させるしかない。
「まったく、ビシバシ遠慮なく打ちつけてくれちゃって」
小島はブツブツ愚痴垂れているが、その割にダメージを負ったようにも見えない。
そいつを原田が指摘すると、「んなことねーよ!めっちゃ痛かったぞ、ほらっ」と小島は上着をめくりあげた。
背中には赤い筋すら入っていない。
「……どこも怪我しているようには見えないけど?」と、水木が言うのにも「外傷がなくても痛かったんだ!」と小島は吠えて、どっかと座り込む。
「打たれた場所が、まだヒリヒリしてんだよ。水木、回復かけてくれ」
「そんなに痛かったか?」
力いっぱい打ち込んだ自覚はあるのだが、小島が平然と突進してきたので効いているようには思えなかった。
だが、本人の弁によると「皮膚が裂けるんじゃないかってぐらい痛かったぞ!お前、一度自分で受けてみろっての」とのことである。
「これ絶対、風呂の湯が染みる傷だろ……原田、風呂上がりはマッサージよろしくぅ!」
「な、なんで俺が!?」と驚く原田に向かってニッカと笑い、小島は親指を立ててよこした。
「俺が勝ったからだ!お前の頼みで模擬ったんだし、トーゼンだろ?」
ぽわっと暖かな光を小島の背中に当てていた水木は、やっぱり首を傾げて小島を見上げる。
「えぇと、一応魔法かけたけど……どう?痛み、消えた?」
「んー……うんにゃ、まだヒリヒリする」
「だよね」と、水木。
「背中ってだけじゃ正確な場所が判らないんだもん、ごめんね。打ち身なら、ヒリヒリする場所に濡れタオル当てて冷やすといいんじゃないかな」
「こういう時こそ、湿布薬がありゃ〜いいんだけどな。ま、いっか」
生活用品と比べると、薬はどれも値段が高い。
町の治療所で回復魔法をかけてもらうには、さらに高額をブン取られる。
スクールに待機する救護士は、実習での怪我しか診てくれない。
従って、金のない貧乏人は民間療法に頼るしかないというわけだ。
――不意に、原田の脳裏に海の姿が浮かび上がる。
彼は神様の仲間だが、確か回復魔法を使えるのではなかったか?
「神坐さんの……風さん達の家へ行ってみよう」
「え?」「お前、知ってんの?」
水木と小島に驚かれ、原田は内ポケットからを取り出す。
「いや。だから、これで呼び出してみる」
本来は緊急時の呼び出し用として渡された笛だ。
だが、今が小島の緊急時と言えなくもない。
明日は依頼を引き受ける予定だし、今日の怪我が長引くようであれば無理に手合わせを頼んだ手前、小島に申し訳ない。
勢いよく息を吸い込んでピーッ……と鳴らした直後、旋風がびゅぅっと立ち昇り、黒い人影が現れる。
「原田、どうした」
呼び出しに応じたのは風だ。
「そちらのお宅に行こうと思ったんですが、住所がわからなくて……呼び出しに使ってすみません」
素直に謝る原田をチラリと見、風は非を怒るでもなく歩き出す。
「ついてこい。案内しよう」
何度もすみませんと頭を下げる子供たちを背に従えて、今し方出てきたばかりの家に戻っていった。


目の前に建つのは、崩れ落ちる寸前の空き家に最低限の改装を施した建物だ。
中で彼らを出迎えたのは、大五郎の小言であった。
「笛の使い方を間違っているのは、まぁいいとして。お前ら、こんな遅くまで出歩いていていいのか?水木はお父ちゃんがおるんだろ」
「夜遅く帰っても、お父さんに叱られたことってないよ」と水木は返し、大五郎の心遣いに首を傾げる。
父に関していうなれば、過去どれだけ帰りが遅くなっても叱られた記憶が全然ない。
一日中、家の手伝いをせずに遊び惚けていてもお構いなし、基本的に放任主義なのだと思われた。
ずっとこれが普通だと思っていたが、世間一般での父親とは違うんだろうか。
「水木の父ちゃんって呑気だよな。娘が男二人と出歩いてばっかだったら、もっと心配するもんじゃねぇの」
「えー、だって原田くんと小島くんだよ?昔からよく知ってる顔なのに、何を心配するっていうの?」
水木と小島、二人のやりとりを微笑ましく眺めていた陸が原田に話を振ってくる。
「それで……夜半に我々の家を訪れた理由は何でしょうか」
「実は、回復魔法をお願いしたいんです。俺と小島で模擬戦闘をしたんですが、水木の魔法では治しづらくて」
「えっ。ここ来たのって、俺の怪我を治す為だったのか!?」と驚く小島を横目に、陸が尋ね返す。
「水木さんの魔法で治らなかったんでしたら、海の魔法でも同じ結果になるのではないでしょうか。原理は同じですから」
「それ以前に、そいつ本当に怪我してんのか?ピンピンしてるように見えるぞ」と海が口を挟み、死神にぐるり一周囲まれた小島は慌てて怪我を否定する。
「そ、そうだぞ、どこも怪我してねーよ!も〜原田ってば、ちょっと大袈裟に言っただけなのに真剣に受け取り過ぎだっての」
本人の否定を前に「……いや、そうでもなかろう」と呟いたのは大五郎で、「あ、ちょっと!?」と暴れる小島の上着を無理矢理捲りあげるや否や、親指で背中を強く押す。
途端に小島の口からは「いっだぁ!」と大音量の悲鳴が飛び出すもんだから、原田と水木は慌てて駆け寄った。
「やっぱり痛いんじゃないか」
強がってみたが鞭のダメージはしっかり残っており、背中をさすってくる原田の手が優しい。
「外傷はないのに?具体的に、どこらへんが痛いの」と水木に尋ねられた小島が「背中と脛だよ」と答えるのへ、大五郎も補足した。
「小島が受けたのは打撲だな。一晩経ったら青痣が浮かび上がるだろうよ。出血を狙わなかったのは原田、お主らしいとも言えるが」
「しゅ、出血?血が出るのかよ、鞭で」と狼狽える小島へも頷き、大五郎は豆知識を披露する。
「出る出る、皮膚なんぞ何度も強く引っぱたきゃあ簡単に破れるでな。鞭は出血でビビらせて戦意を失わせるっちゅう戦い方が本懐だ。打撲を狙うのは棒や斧と比べると、どうしても威力が弱いんでオススメできん」
「ざ、残酷な武器だったんだね……!」
水木は青ざめ、原田も言葉を失う。
広範囲をカバーできる武器としか考えていなかった。
怪物相手なら出血させるのもアリだろうが、対人戦では、とても使えない。
「血が出なかったのは間合いが近すぎたか、或いは叩く力が弱かったのもしれんなァ」とは大五郎の推測だ。
さっきまではヒリヒリしていたが、今はジンジン響いており、体の一部を家具にぶつけたような痛みだと小島は考える。
一晩中この痛みに耐えるぐらいなら、大人しく海の治療を受けたほうが良さそうだ。
「打撲かよ。皮膚を切るまでの威力はねぇってことか」
ブツクサ言いながら、海が回復魔法をあててくる。
「どこらへんか判らねぇから、全身にかけとくぞ」との一言に、ぱっと水木が目を輝かせて「回復魔法って全身にかけられるの!?」と尋ねるのには、海も怪訝な顔で返した。
「は?場所が判んなかったら全身にかけるっきゃねーだろうが」
「えー。そんないい加減にかけて効くものなのぉ?」
頬を膨らませる水木の頭を優しく撫でて、大五郎が一応のフォローを入れておく。
「全身打撲の場合、どこに魔法をかければいいと思う?海のコレは、それと同じじゃ」
話している間にもポワッと温かい光が海の掌に宿り、小島の全身を包み込む。
「うはー、サンキュ。すっかり痛くねぇ!」と喜ぶ小島を見て、ようやく原田もホッと安堵の溜息を漏らした。
「しかし、なんだってお前ら二人だけで模擬戦を?」との大五郎の問いに、水木が答える。
「今日から三人で自主トレ始めたんだよ。少しでも強くなりたくって」
「ほー。それで小島が原田にビシバシやられてコテンパンになった、と」
わざと煽るような大五郎の言い方に小島がまんまと「コテンパンじゃねぇ!勝負は俺の勝ちだったんだ」と乗せられるのを聞き流し、風は横目で原田を伺う。
ぐるり居間を眺めまわした後、小さく落胆の溜息をついたのは、神坐の不在を再確認したせいか。
「神坐なら明々後日に戻ってくる。不安か?」
先回りして聞いてやったら、原田はハッとなって風を見やり、ややあって頷いた。
「……はい」
そこへ大五郎が寄ってきて、バンバン原田の背中を叩いてやる。
「神坐がおらんからって寂しそうにするんじゃない。ほら、これをやるから元気を出せ」と手渡してきたのは、小さな人形だ。
袖の破れた黒いシャツに、逆立った髪の毛。
小さいながらも特徴を掴んでいる。
「え、これ……神坐先生?」
覗き込んだ水木、それから小島にも分かるぐらい、神坐にソックリではないか。
「ハッ、何かと思えば人型かよ。なんだ、手土産にくれてやるってか?大五郎、あんたも酔狂だねぇ〜」と煽る海に「手土産?」と原田が聞き返すと、海は「そうさ、手土産さ。どうせ任務が終われば全員冥界に戻っちまうんだから、お前が寂しくないようにって腹だろ」と肩をすくめる真似をする。
しゃべりすぎだと風が分身を注意する暇もない。
原田が顔色を失って、「冥界に戻ってしまう……?」とポツリ呟くのを目にしてしまっては。
「あ、あのな?お主の魂が汚されないと判るまでは滞在するから、任務終了して即戻るのではないんじゃぞ」
大五郎がフォローを入れても、ショックを受け過ぎた原田の耳には届かない。
嫌だ。
神坐とは、ずっと一緒にいられるのだとばかり思っていた。
父親代わりとして頼ってくれと言っていたのに、いつかは冥界に帰ってしまうなんて。
ぎゅっと人形を握りしめて立ち尽くす原田を、小島と水木も慰める。
「は、原田……すぐじゃないって言ってんだしさ、戻るまでの間、毎日一緒にいりゃーいいじゃねーか!」
「だ、大丈夫だよ。私達のほうが寿命、短いんだし!私達が死ぬまでは、きっと一緒に居てくれるよ」
あまり慰めになっているとも言い難いが、泣くかと思われた原田は意外や気丈に持ち直した。
「……そう、だな。次に戻るまでの間、いっぱい一緒に過ごせばいいんだ」
小さく呟いて自身を無理矢理納得させると、原田は顔を上げて別れを告げてきた。
「そろそろ帰ろうと思います。小島の治療、ありがとうございました。それと……人形も。大事にします」
じっと人形に目を注いだ際には、テレているようにも見受けられた。
あの様子だと、神坐人形は目一杯可愛がってもらえるだろう。
大五郎も作った甲斐があったというものだ。
「お、おう。気をつけて帰れよ?」
手を振って三人を見送った後、ぽつりと海が大五郎に問う。
「……ところで、なんで神坐なんだ?人型。つぅか、いつ作ったんだよ、あんなもん」
「家にいる間、暇つぶしにな。なんで神坐かって、俺やお前らで作るよかぁ神坐で作ったほうが可愛いじゃろ」
つまりは暇つぶしに作ってあったものを原田へ押しつけたのだと知って風や海は呆気にとられたのだが、陸の反応は違った。
彼は薄目に笑い、こう突っ込んだのだ。
「そうだったんですか。俺は、てっきり原田くんの夜のお供として送ったのだとばかり」
大五郎は一瞬ポカンとなり、陸の言わんとする意味が判った途端、かぁっと顔面真っ赤に怒鳴りつけた。
「ば、馬鹿抜かせェ!言うなよ、神坐には絶対言うなよ、今の冗談ッ。人型を取り返すって怒り狂いかねんからな、あいつなら!」
21/08/08 UP

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