絶対天使と死神の話

自由騎士編 05.初めての依頼


一日が始まって早々、絶対天使を名乗る少女に絡まれて原田は出鼻を挫かれた。
今日は初めての依頼を受ける日だというのに、ケチをつけられた気分だ。
釈然としないまま教室で待機していると、サフィアが入ってくる。
「はーい皆さん、おはよ〜。今日は、皆がワクワクの初依頼を持ってきました。じゃあ〜ん!」
小さな紙がいっぱい貼りつけられた黒板をガラガラ引き出して、皆の前に持ってきた。
「この紙に書いてある事項を読んで、選んでね。依頼は早い者勝ちですぅ☆自分たちが出来そうなものを選ぶのが成功のコツです♪あっ、最初の頃は戦闘依頼がありませんからぁ、戦闘コワ〜イって人も安心してね☆」
小さな紙は依頼書であった。
チーム数より多く貼りつけてあるのは、引き受けられなかった者を出さない心遣いであろう。
クラスの総合戦力が上がってきたら、戦闘依頼も混ぜていくのだと説明された。
「ちぇー。やっぱ、いきなりモンスター退治は任せてくんねぇのか」
小島の愚痴は流し聞きして、原田も他の生徒に混ざって依頼書へ目を通す。
ざっと読んだ限りでは、薬草探しと食材集めが殆どを占める。
自由騎士のおかげで町の生活水準があがったとはいえ、慢性的な食糧難と材料不足は続いている。
簡単な収集依頼はスクールへ回されるようになり、本職は退治と探索を任されるようになった。
「種類は違えど、だいぶ薬草が不足しているようだねぇ。どうする?水木さん。この依頼なんか薬草探しを手伝ってくれたら、傷薬を三本あげると書いてあるよ」
ピコに指をさされた依頼書を見て、うーんと水木は腕を組んで考え込む。
「回復は私の呪文で何とかなると思うんだけど」
「いやいや、僕たちは回復できても、君が出来ないだろ」
武器を選んだ際に原田が危惧した問題をピコにも指摘されて、やっと何を言わんとするのか気づいたのか、水木は感心している。
「……あっ、そうか!術者は自分に魔法をかけられないもんね。ピコくん、頭いい〜」
「いやぁ、それほどでもないさ。他人目線で考えれば、君にも気づけたと思うよ」
というか、本気で気づいていなかったのか。原田は密かに頭を抱えた。
やはり幼馴染二人は、自分がカバーしてやらねばなるまい。
「傷薬は値が張るからね。もらえるものは少しでも多く貰っておこう」
「だったら」と小島が異を唱え、別の依頼書を指さす。
「こっちの依頼のほうがいいんじゃないか?手伝ったら、拾ってきた果物の一割を分けてくれるってよ!」
「なら、収集中に欲しい分を確保しておけばよいのではなくて?」
ジョゼの案に、小島が目を輝かす。
「なるほど!収集依頼って、なにも依頼分だけ集めればいいってもんでもないのか。さすがジョゼ、そのデッカイおっぱいに全ての知恵が詰まっているんだな!」
「胸の大きさは賢さと関係ないでしょ!」
水木には即噛みつかれ、ジョゼ本人にも眉を顰められているが、小島は全く気にせず原田へ話を振ってきた。
「自分のを取ってもいいんだったら、食べ物収集を引き受けようぜ?薬草は、そのまんまじゃ使い道ないし」
原材料のままでも、傷は治せなくない。
調合した薬と比べたら、効き目がイマイチというだけだ。
「薬草を大量に集めて、薬局に持ち込む……というのは、どうだろう」
少し考え、原田が思いついた案を口に出してみれば、違うチームの同級生に突っ込まれた。
「バッカじゃない?そんなの普通に薬品買うより高くつくだけじゃない」
なんでか刺々しくも上目線口調で。
「ちょ、ちょっと、馬鹿は酷いよ。そんな知識、知らない人は全然知らないんだし」とチェルシーに咎められ、やや眉間の皺を消したツインテールの少女が言い直す。
「あぁ、ごめん。誰でも知ってるのかと思ったんだ。そっか、知らないんだったら判るはずもないよね」
ゴメンと言葉では謝っているが、態度は全く謝っていない。
気が強い性格なのであろう。
確か名前はイリーニャ、だったか?キツイ眦と髪型が、まるで似合っていない。
「うち、薬局なんだ。親がやってるんだけど。薬草の持ち込みは面倒なんだよ、なんせ役に立たない雑草ばかり持ってくるからね素人は。だから、手数料をボッタくることで少しでも面倒を減らそうって魂胆なんだ」
ボッタくっていると我が子に言われちゃう店って。
それはともかく、薬草を必要以上に採集しても無駄というのが判ったのは収穫だ。
原田は頭を下げて、感謝を述べる。
「ありがとう、依頼を引き受ける前に教えてくれて」
「え!?べ、別に感謝するような情報じゃないでしょ」
感謝されるとは思っていなかったのか、イリーニャは視線を外してテレまくりだ。
案外かわいい面もあるじゃないか。
こうやって年相応の表情を見せる分には、ツインテールも彼女に似合っている。
「おーい、引き受ける依頼決めたぞ!すぐ出発すっから、こっち集まれよー」とチームメイトらしき面々に呼ばれて、これ幸いとイリーニャは「そ、それじゃ、もう行くから。またね!」と形ばかりの挨拶を残して、そそくさと離れていった。
「……あの子、気が強く見えるけど面倒見が良いんだよ。原田クンも仲良くしてあげてね」
じゃあねと言い残してチェルシーも自分のチームメイトが集まる場所へ歩いていき、気づけば黒板の前に集まる生徒が、だいぶ減っている。
「皆、あまり迷わずに決めちゃっているねぇ。僕らは、どうしよう?」
ピコに尋ねられ、原田は今一度依頼書を読み返す。
報酬額はピンキリで高いのは百ゴールド、安いのは十〜二十ゴールドといった小遣い価格だ。
どの依頼も、オマケとして収集した品物を一部分けるとしている。
持ち込み素材を調理してくれる店は多い。
持ち込むのであれば薬局よりも、こちらのほうがオトクだ。
しかし今後の展開を考えたら、貴重で高価な傷薬を貰ったほうが得ではなかろうか。
「迷った時は直感だよ、原田くん!」と叫ぶ水木に併せて、小島も後押しする。
「食べ物は保存食にも加工してもらえるぞ!」
どうあっても小島が食料収集を引き受けたいという気持ちだけは、充分伝わった。
直感と言われても自分では決められず、原田が困ってサフィアへ目でSOSを送ると、教官はニッコリ微笑んで原田の欲しい助言を出してくる。
「どうしても決められない時は、次の依頼で役に立ちそうな報酬を選ぶのがベストよ☆遠い未来の損得を今考えちゃ駄目。そういうのは、うーんと強くなってから考えるといいんじゃないカナ」
センセイのオススメは、これと、これ☆と二枚の依頼書を指し棒でピシピシ叩く。
二枚とも、地面に生えた薬草の収集だ。
「何故これをオススメするかというと、ハイ、探索地域にご注目〜!二つとも町のすぐ近くでしょ?そして収集する品物が取りやすいのもベストですぅ〜。ささっと行って、ささっと戻ってこられる簡単依頼でいながらオマケ報酬までつくとか、いや〜ん、依頼主様ったら超太っ腹☆」
できるだけ遠くに行きたい原田の希望には掠りもしないが、初回で遠出する危険性は彼にだって理解できる。
「保存食を作りたい小島くんの気持ちは判らなくないけどォ〜、次を考えて行動するんだったら薬草収集で傷薬をくれる依頼が最有力候補かな〜?最短距離の依頼でも、全く怪物に遭遇しないとは限りませんからネ」
「ゲェーッ!そういうアドバイスは選ぶ前に教えて欲しかったぜ、サフィアちゃんっ」と騒ぐファンクラブ軍団を横目に、原田は依頼書を引っぺがす。
「……これを引き受けてみようと思う。皆も、それでいいか?」
サフィアがオススメしたうちの一枚だ。
町周辺に生えたジネン草を十本収集して欲しい。
報酬は十ゴールド、破格の安さだ。オマケとして絆創膏五枚がついてくる。
全然格好良く活躍できないし、キャー素敵と水木に憧れられもしない、地味な内容であった。
まさに初心者用の初依頼に相応しい報酬額とオマケのケチ臭さに、小島が悲鳴を上げる。
「オマケ報酬、絆創膏かよ!傷薬ですらねぇッ」
「まぁ……絆創膏も傷薬と言えなくはないけれど、一箱ではなく五枚とはケチ臭いわね。いくら原田くんが選んだと言っても、これは骨折り損になる予感しかしないわ」
ジョゼも呆れ、ピコと水木へ同意を求める。
だが、二人の返事はジョゼが期待した反応とは全く異なるもので。
「どうしてだい?骨折り損も何も、地面に生えた草を引っこ抜くだけの簡単なお仕事だよ。それに報酬の絆創膏も気が利いているよね。五枚なら一人一枚で分けられるじゃないか!」
ピコは満面の笑顔で言い放ち、水木も笑顔で頷いた。
「この依頼、一回きりなのかな?何度も引き受ければ、何十ゴールドにもなるよね!」
それに、と不満そうな二人へ断言する。
「チームリーダーの原田くんが決めた依頼だよ。原田くんをリーダーにしたのも私達の意思だよね。だったら、リーダーの選んだ依頼を引き受けなくっちゃ駄目じゃないかなぁ、チームメイトとして」
そんな素直な態度を取られたら、文句を言ったこちらが我儘みたいではないか。
「まったく……二人とも、お人好しすぎるわ。仕方ないわね、やりましょう」
ハァと溜息を漏らすジョゼの横で、小島も妥協する。
「いいぜ、ちゃっちゃとやって終わらせようじゃないの。手際が良ければ次も頼まれっかもしれねぇし。そしたら繰り返し依頼で累計大金持ちにもなれるよな」
ついでに教官へも確認を取った。
「ねぇサフィアちゃん、依頼の繰り返し受注って可能なんすか?」
「えぇ、個人契約を結べば依頼主様が発注する限り、何度でも同じ依頼を引き受けられます☆スクールを通さずに受注できるから、手数料も差っ引かれなくて報酬額が増・え・る……かもしれませんねぇ〜?」
今、聞いてはいけないスクールの闇が聞こえてしまった気がする。
ともあれ、各依頼主への連絡はスクールに任せ、生徒たちはチームごとに依頼先へ出発する。
町の門を抜けられるのは自由騎士の資格を持つ本業と、見習いであるスクール生徒のみだ。
ここから始まる。初めての冒険が――


生まれて初めて外の世界に一歩踏み出した直後。
「うおぉぉーーーーーーーーーっ!」
小島は大きく叫んでいた。
「ちょ、ちょっとやめて、小島くんっ。怪物に聞きつけられたら」と泡食うジョゼは、あちこちで似たような咆哮が上がっているのに気づいて唖然となる。
辺りを見渡せば脳筋生徒どもが揃って感激に声をあげ、それぞれのチームメイトに叱られている。
大声こそあげなかったが、原田も感激に心を震わせた。
前衛勢が叫ぶ気持ちは存分に共感できる。広大な草原を眼窩に入れてしまっては。
三百六十度、どの方角を見ても綺麗な緑一色で染まっている。
足元は背丈の低い緑の草で埋め尽くされていて、でも、かがんでじっくり見やれば、ちらほら違う色の草も混ざっている。
これが依頼の薬草だろうか。
原田は依頼書へ再び目を通し、薬草の特徴を仲間に伝える。
ジネン草は細い緑の茎をもち、白い花をつける。
そいつを十本引っこ抜いてほしいと書いてあった。
「白い花か。ありそうで、なかなか見つからないね」
早くもピコは、しゃがんで草を一本一本見分けている。
「ここ、門を出てすぐだし。もうちょっと離れた場所にあるんじゃないかな?」とは水木の思いつきに全員が納得して、門を一歩二歩と恐る恐る離れていき、十歩ぐらい歩いた地点で立ち止まる。
「あ、はは……ずっと出たい、歩いてみたいと思っていた場所なのに、実際に歩いてみると心細くなってくるね……怪物がいるかもしれないって考えると」
たった十歩だというのに足はガクガクと震え、立つのがやっとだ。
ガチガチに緊張で強張った顔のピコが呟き、同じく極度の緊張で足の筋が痛くなってきた原田は彼を励ました。
「全員一緒なら怖くない、はずだ」
ただし、声はバッチリ震えていたが。
「そ、そうだよね!頼りにしてるよ、原田くんっ。何か出てきたら、鞭でビシバシやっちゃってね!」
思った以上の勢いでピコにはガシィッ!と両手を掴まれて、おかげで原田の緊張はすっ飛んだ代わりにジョゼの嫉妬が爆発する。
「ちょっとォ!さっきから何故あなたが原田くんを独り占めしているのかしら」
「うぇっ!?べ、別に独り占めしているわけじゃあ」
恐怖を和らげんが為の会話で独り占め呼ばわりされては、ピコもたまったもんじゃない。
彼らの緊張及び恐怖を吹き飛ばしてやろうと、わざと大声で小島は笑い飛ばしてやった。
「ヘーキ、ヘーキ!いざとなったら俺が囮を引き受けるから、お前らはその間に逃げればいいし?」
だが、すぐに「だ……駄目だっ」と力強く腕を掴まれて見下ろせば、ガチガチの恐怖が復活した原田と目が合う。
じんわり目元には涙が浮かんでいて、そういや彼は臆病だったと小島が思い出すより前に、もう一度止められた。
「誰か一人が犠牲になるなんて、成功じゃない。全員無傷で戻って、完璧に終わらせてこそ依頼成功と呼ぶんだ」
よく見りゃ小島の腕を掴んだ手もブルブル震えていて、気遣ったつもりが余計不安にさせてしまったようだ。
「原田……」
思わず抱き寄せてポムポム原田の頭を撫でていたら、横あいから水木が声をかけてくる。
「だったら、早く探して帰ろ?ほら、私は一本見つけたよ」
ほらっと高く掲げたのは白い花だ。いつの間に。
「あー!ズルイッ、俺が一番最初に見つける予定だったのに!」
「へへーん。私、こういうの見つけるの得意だもん。この花、一ヶ所に集まって咲かないんだね」
「おー、そうなのか!水木は、よく見てるなぁ。さすが、ちっこいだけはあるな!」
「背が低いのと観察力が高いのは全然関係ないよ?」
平常通りな水木と小島の掛け合いに、ガチガチだったピコと原田の緊張がほぐされ、むくれていたジョゼをも我に返らさせる。
「そ、そうね。雑談している場合じゃなかったわ。日暮れまでに探さないと達成できないかも」
「それは困るな!よし、全員探索モード開始だっ」
ピコもジョゼも這いつくばり、ここからは全員で白い花を探すのに集中した。
――と言っても実際には、水木と小島が「これも白くない?」だの「白い花全部引っこ抜こうぜ!」だのと騒いで、そのつどジョゼに「白ければいいというものではなくってよ、小島くん。茎が細い特徴もあったでしょう」と突っ込まれたりして、始終ワイワイガヤガヤ賑やかな収集であった。
全身草まみれになって、なんとか十本、いや十本以上の花を摘んで原田たちは立ち上がる。
「これ、全部ターゲットの草なら報酬十ゴールドは安いよね!」
「そうだね、報酬をオマケしてもらえないか交渉してみよう」と意気揚々語るピコに「初心者が交渉しても無理じゃないかしら」とジョゼが突っ込むのを聞きながら、帰路へ着く。
ふと、小島が思い出したように呟いた。
「あ、そういや朝のやつ。別クラスに放り込まれたっぽいけど、どうなったんだろ」
アーステイラか。
小島に言われるまで、原田もすっかり彼女の存在を忘れていた。
初依頼を手伝うようなことを言っていた記憶だが、全然現れなかったところを見るに向こうも忘れたか。
或いは別クラスだってんで、余所のチームと行動していたのかもしれない。
なんにせよ、初依頼を邪魔されなくて良かった。
大活躍はできなかったが仕方ない。
もし怪物と出会ったとして、戦えたかどうかは怪しいものだ。
門から離れての行動が、あそこまで恐怖と緊張に支配されるとは思ってもみなかった。
こうした緊張も何度か依頼で外を冒険するうちに、慣れていくのだろう。
「皆……この依頼を引き受けてくれて、ありがとう」
ぽつりと礼を言う原田に皆が呆気にとられたのも一瞬で。
「何を言っているんだい、僕らはチームだろ?」
キラリと歯を光らせてピコが微笑む横では、小島やジョゼも笑顔で答えた。
「始める前は正直どうかなーと思ったけど、決まったものを探すのって意外と面白いのね」
「そうそう!お前がやりたいんだったら、何度だって引き受けてやるぞ!」
水木も「皆でアレコレおしゃべりするのも楽しかったよね」と微笑み、ちらっと原田を上目遣いに見上げる。
「その証拠に……緊張、解けたでしょ」
言われるまでもなく緊張は、雑談しながら探している間に抜け落ちていた。
これもそれも、最初から緊張のキの字も見せなかった水木と小島がいてこそだ。
気になったので、原田はこっそり小声で尋ねてみた。
「……どうして水木は全然緊張しなかったんだ?」
「え?だって外に出るのは、ずっとずっと小さい頃からの夢だったんだもん。緊張なんてしてられないよ、見えるもの全部が楽しみすぎて!」
期待が恐怖を上回ったのか。是非とも見習いたい強心臓である。
きっと小島も同じなんだろう。だから、全く緊張していなかったのだ。
この二人と幼馴染で良かった――
しみじみ想いながら、原田は水木の隣を歩いた。
21/04/27 UP

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