絶対天使と死神の話

自由騎士編 04.膨らむ期待


三時間目は、これまでの調査で判明している外情勢と怪物の説明を受ける。
「私達が一般に怪物と呼んでいるのは、外の世界で自然に誕生した生命体を指しています。正体不明の生命体という意味の古代語でモンスターと呼ぶ人もいますネ☆授業は怪物で統一していきますが」
教壇上ではサフィアが教鞭を執り、黒板に紙を貼りだした。
子供が描いたのではないかと思えるほど稚拙な絵が描かれている。
しかし万が一、教官画だったりしたら成績に影響が出てしまうので、誰も絵に対して突っ込めずにいた。
静まり返った教室で、サフィアの説明が響く。
「怪物は多種多様、様々な生態を持っています。これまでに確認されたのは砂漠地帯の巨大ムカデ、草原地帯の灰色狼、大クチバシ鳥、森林地帯のヌルヌル食人草などですね。この中で要注意なのは巨大ムカデです。まだ見習いの皆が砂漠地帯まで出かけることはありませんけどぉ〜」
無数の手足が生えた歯ブラシみたいな絵をピシピシ差し棒で叩いて熱弁を振るう。
あぁ、あれは大ムカデのつもりだったのか――
全然迫力のない絵を前に生徒たちは皆、遠い目と化すのであった。

これまでに判った外の地形は、草原地帯と砂漠地帯と森林地帯の三つ。
草原はアーシスの周辺一帯を囲んでおり、北に進めば砂漠、西に進めば森林へ出る。
草原は一面の草っぱらだが、砂漠は草木も生えない砂地で、森林は樹木だらけの場所なのだそうだ。
これらは自由騎士を生業とする者達が、命がけで集めてきた情報だ。
町の外には怪物がいると知ったのも、彼らのおかげだ。
この町きっての英雄はジャンギ=アスカスであろう。
今は隠居して久しいが、恐らくは一番遠くまで距離を歩いた自由騎士だ。
彼の報告によると、砂漠地帯には町がある。
町の名はナーナンクイン。
砂漠を越えた先には雪原地帯もあるといった情報を、ナーナンクインで掴んでいる。
ただし、雪原へ行き着く前に彼は帰路を余儀なくされた。
砂漠で謎の怪物と遭遇し、苦戦の末に片腕を失ったのだ。
最後に戦った怪物は、全貌が掴めないまま逃がしてしまった。
ただ、恐ろしく巨大で禍々しい姿をしていた――と、ジャンギは語る。
砂漠まで辿り着いた自由騎士も、今のところ彼しかいない。
アーシスまで帰ってきたのも彼一人だ。
一緒に旅立ったはずの仲間は全て、途中で命を落とした。

「一番怖いのってジャンギさんが旅の最後で逃した怪物じゃないんですか?」と手を挙げて質問したのは女子の一人、オリヴァーだ。
「あれは名称不明、外見不明だから、省略ですぅ〜」
ふるふる首を振って否定すると、サフィアは怪物の描かれた紙を丸めて棚にしまい込んだ。
「どの怪物も一様に怖いですよぉ。ヌルヌル食人草は名前の可愛さに惑わされていると、服も肌もヌルヌルにされて食べられちゃいますから」
「いや、全然可愛くないですよね。その名前」と生徒に突っ込まれても、スルーの姿勢で教官は解説を締める。
「依頼で怪物と出会ったら、皆さんは即座に逃げてくださいね☆熟練にならないと戦闘は危険です」
依頼実習は明日から始まる。
最初のうちは、おつかい程度だが、近距離でも怪物は出没しないと限らない。
「プチプチ草は弱いって聞きましたけどォ」
さらなる質問を飛ばしたのは真ん中らへんの席に座った男子で、名をカミルという。
教官は難しい顔で首を傾げ、質問で返す。
「ん〜。情報源はジャンギさん?だとすれば彼基準で見れば弱い、という話でしょう。プチプチ草は侮ると危険ですよォ?センセイも初心者の頃は、あれ一匹を倒すのに苦戦しましたからァ」
「えぇ〜!サフィアちゃんでも苦戦すんの!?やべーじゃん、プチプチ草」と最前列のファンクラブが驚くのを見るに、このアンポンタンが教官になる前は自由騎士だったと知って、原田は素直にショックを受ける。
彼の脳内での自由騎士とは、ジャンギのように孤高の戦士を指す職だからだ。
数々の情報を仕入れた上、たった一人で帰還したにも関わらず、ジャンギは奢り高ぶらない謙虚な人物であった。
今は見習い自由騎士の為に養殖された怪物の飼育に当たっている。
「教官、元自由騎士だったのか。けど何の功績もなく引退ってこたぁ、大した腕前じゃなかったのかもな」
隣では小島が無礼な呟きを漏らして、水木に「だ、だめだよ、悪口言っちゃ」と小声で叱られている。
「プチプチ草は、ひょろんとした頼りない外見と裏腹に無数の小さな球を飛ばしてくる危険な怪物です。近距離で全部当たれば重傷ですよ?いつまでもズキズキ痛みますしィ。ですから、見つけたら即逃げること。大怪我してから後悔しても遅いんですからネ」
実際に全弾当たったことがあるかのような口ぶりで、サフィアが全生徒を見渡す。
最後に怪物の主な生息地を説明して、三時間目の授業は終わった。

教官が教室を出ていった後、生徒は口々に先ほど学んだばかりの知識について話し合う。
「プチプチ草って草原地帯に生息しているんだ。なら、おつかいで遭遇する確率だって高いんじゃ?」
「逃げ足を強化しとかなきゃ……今日は走って帰ろうかなぁ」
次の授業は、怪物の弱点について詳しく聞かされる予定だ。
養殖された怪物との模擬戦闘は、明日からの依頼実習と並行して受けられる。
怪物と遭遇したら速攻逃げろとサフィアは言うが、実習は戦闘を前提としているのではあるまいか。
逃げ回ってばかりいたら、いつまでたっても強くなれない。
依頼実習は重要だが、模擬戦闘と武器練習も疎かにできない。
明日以降は念密な行動スケジュールを立てる必要があるだろう。
難しい顔で黙り込む原田に、そっと水木が話しかけてきた。
「ね、ね、原田くん。明日からの実習で相談があるんだけど」
「……なんだ?」
「チーム連携、どうしよう?もし怪物と出会って逃げられなかった場合、戦うしかないよね」
「弱いうちは逃げられなかった場合を想定するよりも、何が何でも逃げるのを念頭に置こうじゃないか」と混ざってきたのは、ピコだ。
「そうだなぁ、雑魚っちぃプチプチ草でも強敵だって言うし」
小島も同意し、ちらっと水木を流し見する。
「戦闘連携はアレだ、模擬戦闘やる時に考えようぜ。今、必要なのはそれじゃねぇ」
「それじゃ何が今、必要だというのかしら」
ジョゼも近づいてきたので、ここぞとばかりに小島は指を立てて宣言した。
「チームリーダー決定だ。俺の見立てじゃリーダーは原田一択だけどさ!」
思わぬ発言に原田はブゥッと吹き出すところだったが、予想外だったのは本人だけで。
「あら、当然でしょ。リーダーは原田くん以外、逆にあり得ないじゃない」
ジョゼがしたり顔で頷く横では、ふわさっと髪をかき上げて、ピコまでもが断言する。
「僕は最初から原田くんがリーダーだと見込んだ上で、君達のチームへ参加を申し出たよ」
「ど……どうして、俺がリーダーだと思い込んでいたんだ?」
引き気味に原田が尋ねてみれば、ピコは流し目で見つめ返してくる。
「考えてもごらん?ガチャガチャ騒がしい奴と、気弱そうな回復系女子。この三人の中では君しかいないじゃないか、全体を見渡せそうな司令官タイプの人間は」
「ガチャガチャ騒がしくて悪かったな!」と怒りつつも、小島の顔は笑っている。
「まぁ、実際その通りだけどよ。俺や水木がリーダーやったら咄嗟の判断に迷って全滅もあり得るが、原田だったら冷静に逃げ道を考えてくれるんじゃないかって信じているぜ」
全員同じ立場の初心者だというのに、えらく信頼されたものだ。
それとも幼馴染であるが故の信頼だろうか。
それにしたって、二人を前に冷静さを発揮した覚えはない。
「俺にリーダー素質を求める前に、全員基礎体力を鍛えるべきだろう」
原田が自身の考えを率直に伝えたら、「そーゆーとこが冷静だよね〜!」と水木には大喜びされ、ジョゼも満足げに「もうスケジュール調整を考えているのね。さすがだわ、原田くん」と頷いているし、小島は「よっしゃあ!お前の心意気、無駄にしねーぜ。明日から猛特訓してやるよ」と張り切りだし、ピコが「おっと鍛えるなら、まずは逃げ足を最優先で強化しないと。僕が指導してあげるよ」と指導役を嬉々として名乗り出る始末。
自分が思いつくぐらいだから他の皆も当然、明日からの行動スケジュールを念頭に置いていると考えていた原田は再び驚かされ、彼らのいう冷静さとは何なのかと悩んだりもしたのだが。
答えを出す前に「キーンコーンカーンコーン♪」と口ずさみながらサフィアが教室へ入ってきて、本日最後の授業が始まった。


四時間目の授業は、これまでに判明した怪物の弱点と攻撃手段の解説であった。
明日からは、いよいよ待望の依頼実習が始まる。
実戦に自信がない人には模擬戦闘も用意されていると説明して、サフィアが手をパンと打つ。
「――では本日の授業は、ここまで!皆さん、さよ〜ならぁ〜」
「サフィアちゃん、さよ〜なら〜」
最前列のやりとりを横目に、さしてサフィアに興味のない生徒は皆、ガタガタと席を立つ。
「一緒に帰ろ?原田くん」
昨日は他の女子と長々雑談で盛り上がっていた水木も、今日は、あっさり原田を誘ってきた。
「いいのか?他の奴と話さなくて」
却って気を遣ってしまう原田を見上げ、彼女はニッコリ微笑んだ。
「チームが決まっちゃったら必要ないよ。午後の休み時間、皆もうチームメイトとしか話さなくなっていたしね」
随分とドライな交流論だ。
だが彼女の言う通り、教室を見渡してみれば、どの同級生もチームメイトだけで集まって雑談していた。
昨日話しかけてきたポニーテールの女子も、チーム結成後は一度も原田へ声をかけてこない。
原田自身は元々、小島と水木以外に話しかけるのを苦手としていたから、別に他の奴に話しかけられなくても構わないのだが、おしゃべり好きそうに見える輩まで、そうしたドライな考えを持つことには驚かされた。
なんだか、今日は驚いてばかりだ。
これまで彼の知る世界は、幼馴染三人っきりの閉じられた空間だった。
スクールに入って新たな世界が開けたように思う。
これから先も、新たな世界が開けるのであろう。依頼を受けることによって。
扉へ向かう二人の行く手を塞ぐ奴がいる。
「あぁら、原田くんは私と帰るのよ。いつも近所にお住いの水木さんは、ご遠慮なさってくださるかしら。ここから先は私と原田くん、二人だけのジ・カ・ンだもの」
頭の沸いた発言を放ってきたのは誰であろう、チームメイトのジョゼではないか。
「帰るだけなら水木も一緒でいいじゃないか」と答える原田を差し置いて、水木が食い下がる。
「駄目!ジョゼちゃん絶対二人っきりになった途端、原田くんに変な真似する気満々でしょ」
「変な真似?何を想像しているのか知らないけど……そうしたいのは、あなたではなくて?」
ふふんと鼻で一蹴し、ジョゼの熱視線は水木の上を飛び越して原田一人に注がれる。
「さぁ、一緒に帰りましょう?原田くん」
「一緒に帰るのは構わないが、アイムハイゼンは何処に住んでいるんだ?」
誘いに質問で返すとジョゼは「家の場所は問題じゃないわ。二人で帰る、このシチュエーションこそが大事なのよ」と、なかなか家の場所を教えてくれない。
こうやって必死に誤魔化すのは近所ではない証、もしや真反対に位置するのかもしれない。
「反対方向だと戻るのが大変だろう。俺を気遣う必要はない、小島と水木もいるしな。遠くに住んでいるなら、近道で帰ったほうがいい」
いくら狭い町といっても、歩きまわれば町の端と端は結構な距離になる。
帰り道を気遣われているのかと考えた原田は断りを入れてみたが、ジョゼには怒られた。
「んモゥ、違うわ原田くん!二人で帰るシチュが大事なんだと言ったでしょ?二人で並んで歩いて、何気ない雑談をしながら、そっと手を握りしめたり、ふとした拍子で見つめあったりする時間の流れを楽しむのが下校最大の醍醐味よ。青春のパッションと言い換えてもいいわね」
「手を繋いで歩くのは親子ぐらいなもんだろ。友人同士で手を繋いで歩いている奴なんか見たことがないぞ」
ジョゼの乙女心をバッサリ一刀両断、朴念仁な原田には端で聞いていた水木と小島も内心の苦笑を隠せない。
一目惚れを告白してきた相手が、一緒に帰りたがっているのだ。
どんな鈍感でも気づくはずだ。
二人っきりのシチュエーションに、ときめきを期待されているのだと。
しかしながら、鈍たる原田は全く気づかなかったようで「アクセレイ。お前も一緒に帰らないか?道が同じなら、だが」とピコを誘っており、ジョゼの青春語りを真っ向から無視する空気の読めなさを発揮していた。
ピコもピコで朗らかに笑いながら、「お誘いありがとう。けれど今日は、こちらのレディたちと一緒に帰る予定でね」とチーム外の女子複数名を指し、チームリーダーと持ち上げていた相手の誘いをバッサリ断っている。
「あぁ、それと僕のことは初見同様ピコと呼び捨ててくれると嬉しいな!アクセレイは距離が遠すぎるよ」
バチコーン☆とピコにウィンクされた原田は「……気が向いたらな」と小声で答え、幼馴染二人へ振り返った。
「帰るか」
「え、と。それで結局ジョゼちゃんとも一緒に帰るの?」
水木の気遣いに答えたのは当のジョゼで「もちろん、ご一緒させてもらうわ!」と鼻息荒く原田の反対隣に並ぼうとするのは、小島がでかい図体で妨害する。
いや、小島とて恋する少女の気持ちが判らないわけではないのだが、原田の意識がジョゼに向いていないのでは、急速なアプローチも彼を困惑させる迷惑行為と化してしまう。
チームメイトとなった以上、ジョゼが悲しむのも原田が困るのも見たくない。
「そうだ、帰るついでに明日の予定を立てておこうぜ。皆は、どんな依頼なら受けてみたいんだ?」と提案し、ジョゼを恋愛脳から冒険心へと塗り替えさせる。
「そうね。私は食材を集める依頼をやってみたいわ。原田くんは、どう?」
「……できるだけ遠い範囲に行けるような依頼であれば、なんでもいい」
「も〜。なんでもいいはズルイよぉ。私は薬草集めしてみたい!」
「俺は早く戦いてぇ!」
「戦ったら駄目よ。教官だって逃げろと言っていたでしょう?ねぇ、原田くん。もし私だけ逃げ遅れてしまったら、あなたは助けてくれるかしら」
「大丈夫だよー!ジョゼちゃん一人置いて逃げたりしないし」
「おうよ!チームメイトは一蓮托生、絶対全員で生き残って依頼を成功させるんだッ」
「そんなのは当然よ。もしものパターンを尋ねただけじゃない。もし二人っきりで迷うようなことがあっても私は絶対に原田くん、あなたを見捨てたりしないわ」
「だから二人で迷うような事態には絶対しないってばー!」
「そうそう、常に五人固まって動けば問題なしだッ」
次第に口数が少なくなりつつも、原田は皆に気づかれない程度の笑みを口元に浮かべる。
仲間を気遣えるメンバーが多いなら、きっと初めての依頼も上手くいくはずだ。
明日の依頼が待ち遠しい。
そして、必ず成功させたい。仲間たちの為にも――
21/04/19 UP

Back←◆→Next
▲Top