絶対天使と死神の話

自由騎士編 03.人一倍


二時間目からは、いよいよ武器の使い方のレクチャーが始まる。
全員短パンにTシャツと身軽な服装に着替え、校庭に出た。
サフィアが手をパンパン叩いて皆の注目を集める。
「はい、皆さぁん、ご注目〜。二時間目は武器の初歩的な使い方を皆さんに教えちゃいます☆いきなり人に向けて使うのは危険ですのでぇ〜、最初のうちは木の的を使って練習しましょうねっ♪」
彼女の前にズラリと並ぶのは、十字に組んだ木の棒だ。
「それじゃあ、一つずつ説明していきましょうか」と続けるのを、小島が遮った。
「おぉっと、剣の使い方は説明されずとも判るぜ!」
大剣を振り上げるや否や、木の的目掛けて勢いよく振り下ろす。
バキンと派手な音がして木片も飛び散り、近くに座っていた女子に「キャー!」と悲鳴を上げさせた。
「は〜い、お上手☆」
フリーダムな行為を叱るでもなくパチパチ拍手する担任へ「ざっとこんなもんだぜ!」と威張る小島。
基本をすっ飛ばしての行動には、剣を選んだ他の同級生もソワソワと落ち着かなさげに腰を浮かす。
「そうですねぇ……それじゃ、使い方が判らない子だけ質問しにきてね☆あとは、ぜ〜んぶ自習でレッツ練習!」
サフィアの号令をきっかけに、全員がバラバラと的の前に散った。

「自習で練習って言われても、回復魔法は、どうすればいいのかなぁ?」
悩む水木の横では、要も不満げに腕を組む。
「そうよね。私の呪術も、無機質相手じゃ効いているのかどうかも判らないじゃない」
「簡単よ。練習で怪我した子にかけてみればいいんだわ」と案を出したのはジョゼで、「ナイスアイディア!」と叫んだ要には、しっかり釘をさしておく。
「今のは水木さんに言ったんだからね。便乗して呪術をかけたりしないように」
「何よぉ、偉そうに!あんたを呪うわよォ!?」
いきり立つ要は水木が「か、要ちゃんは先生に相談してみたら?」と引き留め、もう知らんとばかりに彼女を無視したジョゼは失望の溜息を漏らしていた。
要に、ではない。担任のサフィアに対してだ。
初日で大技を披露して人気者になる手はずが全員バラバラに自習とは、意外と使えない教官だ。
だが真面目に練習していれば、誰かの目を引くことは可能だろう。
誰かが誰とは言うまでもない、彼女が求めるのは只一人、原田の視線に他ならない。
気持ちを切り替え、呪文を唱える。
ジョゼがスクールに通うと決意したのは、六つになった頃だ。
魔術使いな母に憧れて、魔法を五種類教わった。
五大元素、火、水、風、土、闇。これらは魔術の基本だと母は言っていた。
これさえ押さえておけば、大抵の魔物には通用するとも。
最初は発動すら上手くいかなかったけれど、最近じゃ威力も詠唱スピードもまんざらではない。
今のうちに、もっと高めておけば、初依頼での大活躍も夢ではない。
自分は、今日から魔法を覚え始める素人連中とは違うのだ。
サラブレッドで何が悪い。
学校に行かずとも教えてもらえる環境下にあったんだから、教えてもらうのは当然じゃないか。
戦いの方法を覚えるのは、この世界を生き抜くための力だ。
「す、すごい……ジョゼちゃんの体に魔力が集まってるよ」
ぽつり呟く水木につられて要もジョゼを一瞥したが、ニヤリと不吉な笑みを浮かべる。
何の魔法を公開する気か知らないが、あいつが魔法を放つのと同じタイミングで呪詛をかけてやる。
私の呪文と、あいつの呪文。どちらが勝つか、勝負だ!
魔力のオーラは呪文を唱えることで高まる。
オーラは誰の目にも見えて、術者の体全体が光り輝く。
光が一瞬弱まる瞬間が、術者が呪文を放つタイミングである。
要も教本片手に小声で呪文を唱え、ジョゼの様子をこっそり伺う。
呪術が効いたら、こちらの勝ちだ。
苦しみ、のたうち回るジョゼを想像すると心が滾る。待ちきれない。
その後は、水木に治してもらえばいい。
回復呪文で呪術が解除できるかどうかは知らないが。

「おぉぉりゃあぁぁぁ〜〜〜!」
闇雲に的へ斬りつける脳筋剣使い軍団へ心底軽蔑の視線を向けて「うるさいんだよね」と小さくぼやいたのは、弓を手にした女子だ。
「そんなふうに言わないで。初日だし、ちょっと気合が入りすぎているだけだよ」と彼女を宥めたのも、やはり弓使いのチェルシー。
一旦バラバラに散った生徒たちは、物理武器と魔法で場所を分け直され、物理武器は後衛も前衛も一固まりに集められた。
なんでも教官のサフィア曰く、魔法が誤爆したら危険だし、その逆も然り。
魔法を選ぶのは大抵がインテリ派であり、体の弱い子も多いので、物理武器の誤爆なんぞを受けようもんなら、初日でお陀仏しかねない。
物理武器は危険物扱いされ、魔術組との距離を離された次第だ。
弓矢でも誤爆すれば大怪我は免れないから、魔術組と引き離されるのは構わない。
だからといって、剣使いのうるさい気勢を許せるかと言ったら別問題だ。
「あんな大騒ぎして斬りつけたら、斬る前に逃げられちゃうんじゃないの」
あてつけがましく大きな溜息を一つ吐き出し、イリーニャは自分の的に目をやった。
どう見ても範囲の広い武器用の的だ。弓で射るには面積が狭すぎる。
これしか的を用意できなかったんだとしたら、うちのクラスの教官は無能にも程がある。
それとも、この面積の狭さに当てられるようにしろと言っているのか?
面白い。その挑戦、受けて立ってやろうじゃないか。
一人合点して練習に打ち込み始めた同級生を見て、ホッと安堵の溜息をつくと、チェルシーも練習を始めた。

「たぁ!」「とぉ!」「はぁ!」と気勢を吐き出して、ピコが的を斬りつける。
斬る前に逐一ポーズを取るのは何の意味があるのだろうと、鞭を振るいながら原田は考えた。
真横でやられているもんだから、どうしてもピコの動きが目に入ってしまうのだが、先ほどの一撃はクルクル回転しながら斬りつけており、無駄な動作が気になって仕方ない。
今もビシッとナイフを天にかざして片足で立ち、目線は正面に定めている。
「ほぉ!」と変な掛け声をあげて、的にナイフを投げつけたところで原田が尋ねた。
「そのポーズ、なんなんだ?精神統一の一種なのか」
「僕が如何に美しく輝けるかのポーズ研究だよ」
予期せぬ答えが返ってきて、ポカンとなる原田にピコが悩ましげな視線を向ける。
「どれだけ強くなったとしても、華麗に輝けないのでは意味がない。強さの代償として僕らしくある姿を捨てるのは、理念にかなっていないんだよ。判るかい?原田くん」
申し訳ないのだが、何を言われているのか全く理解できない。
即答できない原田を見つめ、ピコは微笑んだ。
「君は先ほどから一生懸命、鞭を的に絡めつけようとしているよね。それは君の美学が、締め上げてこそ鞭の本懐だと言いたいんだろう?僕も同じだ。ただ斬りつけるのではなく、ナイフを斬りつける角度に僕の美を加算させる。さすれば怪物は、僕の輝きの虜となるだろう……!」
「いや、これは、そういう意図でやっていたわけじゃない」
勝手に決めつけられたようだが、美学云々の問題ではない。
教本に書かれていた通りの練習を繰り返していただけだ。
鞭で数の多い怪物と戦う時は、全方向へ振り回して叩けばいい。
だが力ある怪物を相手にする場合は、動きを捕縛する道具にも成りえる。
鞭を絡みつかせて縛りつけ、動きを封じるのだ。
本で読んだ時は簡単だと思った。
ところがどっこい思ったよりも容易ではなく、何度振るっても、するんと抜けてしまって縛りつけられない。
叩くのは、縛るよりは簡単だ。
ただ、威力がどれほどなのかは木の的が相手では実感できない。
そして威力がどうであれ、叩くだけで怪物を退けるのは恐らく無理だ。
鞭は主力武器ではない。あくまでも立ち位置は援護であろう。
叩くと縛るを両方マスターすれば、より効率的に仲間をフォローできるようになる。
よって苦手なほうを集中的に練習していたのだが、それを美学と受け止められるとは思いもしなかった。
不意に遠方で赤い炎が立ち昇り、「な、なんだ!?」と狼狽える他同級生の眺める方向を二人も見やる。
「すご〜い☆ジョゼりん、初日からカンッペキにメルトンをマスターしちゃってるね☆」
サフィアが笑顔で拍手する手前ではジョゼが仁王立ちしており、では轟々と燃える木の的、あれをやったのは彼女なのか。
たった一発の呪文で木の的を灰にするとは、事前に自慢していただけはある。
「さすがサラブレッド、初日までに魔法を完璧仕上げてきたのか」
ピコは小さく口笛を吹き、かと思えば原田を振り返って檄を飛ばしてくる。
「僕らも頑張らないといけないね!ジョゼさんに足手まといだと思われないよう」
「……あぁ」
足手まといになりたくない。
原田は誰よりも、その想いが強い。
自分には秀でた能力が何もない。成長の天井も、うっすら見えている。
本音を言うと、自分は戦いに向いていないのではと原田は思っている。
それでも水木と小島が自由騎士を目指す以上は、自分も自由騎士になるしかない。
二人が自分の知らない何処かで死ぬと考えただけでも、ぞっとした。
大往生を迎えられるまで、二人をフォローできる実力が欲しい。
ジョゼだって才能だけが全てではあるまい。
親の指導の元で何年も練習したから、あの成果をモノにしたのだろう。
ジョゼよりも劣る原田が足手まといにならない為には、実技の授業だけでは足りない。
放課後、家に戻ってからも特訓は必要だ。
原田の思考は突如あがった「ぎゃおぉぉ〜〜んっ!」といった獣の咆哮で途切れさせられる。
いや、獣ではなく、号泣しているのは要で「どぉして呪術が発動しなかったのぉぉん!?」と、こちらも初めての練習で難航しているようだ。
「そんなに難しいのか、呪術」と声をかけた途端、要にガッシリ抱きつかれるもんだから原田は驚いた。
「おぉぉーん、そう思うなら原田くん、呪術の実験台になってよォ〜」
間髪入れずパシーン!と彼女の頭をはたいて「こぉら、人に向けたら危険だってセンセイ言ったでしょ☆」と担任が止めに入る。
ジョゼの成功を見た後だと簡単に思えてしまうが、魔術も簡単ではない。
呪文を唱えても必ず発動するとは限らず、術者の精神安定が鍵を握る。
「呪術の基本は式神作りと精神修行だからね。まずは式神を作る練習から始めなさい」
呪術がマイナーなのは、他の術と比べて修行が地味なのも一役買っているのではあるまいか。
だが、マスターすれば要の希望通りに強力な呪文と化すのかもしれない。
「何事も練習、練習!実力は一日でつかず、だよ☆」とサフィアは言う。
そうだ、ジョゼ以外はサラブレッドじゃない。
今日、初めて戦い方を学ぶ初心者だ。
いきなり彼女と同じ土台に立とうなんて、考えてはいけない。
「俺は鞭をマスターできるよう頑張るつもりだ。だから、往古……お前も頑張れ」
ぼそっと要を励まして鞭の練習に戻っていく原田の背中を、しばし茫然と眺めたのちに。
「やだ……私と原田くんとで恋愛フラグ発生?」と頬を赤らめ呟く要の横では、「なんで私は励ましてくれないの!?」と怒鳴るジョゼの姿が。
「あんたは一発で成功してたじゃない、魔法。励ます要素どこにあんのよ」
ジト目で突っ込む要に、ジョゼは悠然と言い切った。
「彼とのチームメイトは私なのよ?励ますなら、私を優先するべきではなくて!?」
「はァァン?完璧より未熟なほうがチームメイトとして励ましがいがあるに決まってんでしょ。今すぐ私とチェンジしなさい、あんたの立ち位置!」
喧々囂々の罵り合いに驚いたのは、同じく横で眺めていた水木だ。
「わ〜!二人とも喧嘩している場合じゃないよ、練習時間終わっちゃうっ」
慌てて止めに入るも、その程度で止まる喧嘩でもない。
「邪魔しないで!これは私とこの女の問題よ。どちらが、よりクラスのヒロインかという」
「そういうのは、あとでやろう!?今は授業中だよ、練習に集中しよっ」
「いいえ、今決めないと駄目な話だわ。大体、あなただって存在を無視されたのよ?悔しくないの!?チームメイトの一人として!」
「原田くんは要ちゃんを励ましたかっただけだよ!私達を無視したんじゃなくって」
声の大きくなる言い争いに「お、何だ何だ?」と殆どの同級生が喧嘩の野次馬で盛り上がる中、ピコと原田は、わき目もふらず練習に打ち込んだ。
ピコは己の美を最上まで追求する為、そして原田は幼馴染を援護する力をつける為に。


二時間目の授業が終わると昼飯を食べるのが許され、昼休みに突入する。
「こっじまく〜ん!一緒にお弁当食べよっ」
弁当箱を振り回す水木に大声で呼ばれ、駆け寄った小島はキョロキョロする。
「あれ?原田は」
「ん?ん〜、まだ練習したいんだって」と、どこか寂しそうに水木が答える。
「練習って鞭の?」と尋ね返す小島へ頷くと、水木は視線を校庭に向けた。
「ね。なんで鞭を選んだんだろうね、原田くん」
「あ〜。確かに」
鞭を選んだ生徒は、クラスを見渡しても原田一人だった。
剣や槍と比較すると、玄人向けで扱いの難しい武器だ。
物理武器でありながら主力になれず、近距離では押し負けるし、魔法よりも攻撃範囲が狭い。
小島には中途半端に感じた。やはり戦うなら、力任せにブッた斬ってこそだ。
「あいつ、非力だからじゃね?」
己の腕をパンと叩いて答えると、水木には苦笑された。
「小島くんと比べられたら、誰だって非力だよー」
「そうか?」
ガパガパ片っ端に弁当箱の中身を頬張りながら、小島も校庭を眺める。
教室からでは原田の姿を見つけられないが、どこか人目につかない場所で特訓中なのであろう。
あいつは昔から、そうだ。
目立つ真似を嫌い、努力する姿は隠そうとする。
どれだけ上達しても見せびらかしたりせず、褒められても反応はクールだ。
上手くなったら自慢したいし、褒められたら有頂天になる小島としては、原田のそういう面が理解できない。
「あ、ところでよ。往古の武器、見た?」と小島の話題が他に飛び、「見た〜。頭蓋骨!」と水木も乗ってやる。
頭蓋骨を選んだのも、クラスじゃ要一人だ。
回復呪文は笛を吹くか、杖を構えて呪文を唱える。
攻撃呪文も杖を構えての呪文だ。では、呪術は?
「さっきは教本を見ながら呪文を唱えていたよ。あ、だから失敗したのかな?」
「かもなー。きっと頭蓋骨を構えながらじゃないと駄目だったんじゃね」
適当な推測で盛り上がりつつも、水木の意識は自然と校庭へ向かってしまう。
大丈夫かな、原田くん。
お弁当箱を持っていかなかったみたいだけど、二時間目からぶっ続けじゃ、お腹空いたんじゃないかなぁ。
じっと校庭を見つめる水木に、小島が持ちかける。
「……ちっと様子見にいってやっか?」
即座に水木は頷いた。
「うん!」

何度ふるっても、コツが掴めない。
初日にして握りすぎて擦り切れてきたグリップを睨みつけ、原田は思案する。
的に巻きつけるまでは出来る。
何もせずとも慣性でグルグルと巻きつくのだから。
しかし巻きついた後で引っ張ると、するりと解けてしまう。
理想としては、的を縛りあげて動きを封じたい。
巻きつけただけじゃ駄目だ。そんなの簡単に振り切られてしまう。
純粋に怪物と力比べしても、勝てないと予想される。
小島ぐらいの馬鹿力があれば何とかなるだろうが、ないものねだりしても意味がない。
力のない自分が鞭を有効に扱うには、動き封じを徹底させるしかない。
何十回と同じ練習を繰り返した後、原田は決断を下す。
「……教官に聞いてみるか」
初日での第一印象が悪すぎて、どうも彼女に頼りたいという気持ちが芽生えず、二時間目の時点では質問しようという気が起こらなかった。
しかし、自力でやって詰まってしまったとなれば仕方ない。
原田は遠目に時間を確認した。
まだ昼休みになったばかりで、サフィアは昼飯を食べている最中だろう。
教官だって腹は減っていようし、自分一人の為に時間を割かせるのも気が引ける。
――そこへ。
「センセイへの気遣いは無用無用の無用助だゾ☆」
「わぁ!?」
背後からの不意打ちで、ぴょっこり姿を表したのは当の教官ではないか。
「い、いつの間に此処へ」と腰を抜かす原田へ、一気に距離を詰めたサフィアが言うには。
「ンフ〜、悩みを抱えた生徒を救うのも、センセイのお仕事ですゥ」
否、距離を詰めたばかりか、ぎゅぅっと抱きついてこられて、原田は二度仰天した。
こんな状況、例の教官ファンクラブ軍団に見つかったら大変だ。
「ちょっと教官、距離が近すぎる!」
「ねぇ〜原田くん。紐を木の的に結びつける時は、どのタイミングでぎゅっとすると思う?」
サフィアを引きはがそうと原田は藻掻いたが、引きはがすどころか、地面に押し倒される。
「的に二度三度巻きつけて、ぎゅっと引っ張るわよねェ?鞭も同じ。ぐるぐるっと巻きついている動きがあるうちに、手元へ引っ張るの。そうすると結ぶのと同じように、ぎゅっと固定されるんだからァ」
助言はありがたいが、なんだって抱きついてくるのかが解せない。
サフィアは両手を原田の背中に回して、これでもかとばかりに胸を押しつけてくる。
そんな真似をされたら、嫌でも女体を意識してしまう。
こちらは木の的じゃない。健康な十七歳男子なのだ。
ほのかに香る甘い匂いが、原田の鼻腔をくすぐる。
間近で見るとサフィアは童顔で愛らしい顔つきをしており、それでいながら淡く彩られた唇には色気を感じる。
「こんな近距離で説明する必要あるのか!?」
「ウフフッ、原田くんってば額に汗浮かべちゃってテレているのね、カワイイ☆クールに見えて、意外と純情派なんだぁ〜。いいのよ?センセイに欲情しちゃっても」
どれだけ拒絶しても相手は全くのマイペース、ツンツンと原田の頬を突いてくる余裕っぷりだ。
やはり第一印象は間違っていなかった。
この教官は、到底信用たる人物ではない。見た目通りのアンポンタンだ。
「ねェ、センセイの胸、どぅお?感じちゃった?それとも、原田くんもジョゼりんみたいな巨乳が好きなのかナ」
ぐいぐい胸をすり寄せてくるわ、太腿を足に絡みつけてくるわで、とても教官がとる態度ではない。
それでも教官である以上、暴力を振るうのはご法度だ。
下手したら、こちらが退学になりかねない。
「教官なら教官らしくしたら、どうだ……!」
原田に出来る抵抗は、精一杯顔を背けて抗議の声を荒げるのみだ。
「あァン、原田くんってば、どこまでも真面目なのね☆でも、そういうとこもカワイイ〜」
クスクス笑っていたサフィアは、風を切って飛んできた何かを、ひょいっと避ける。
おかげで飛んできた何かは原田に当たり、彼に「ぐげッ!?」と悲鳴を上げさせた。
何が飛んできたのかと思えば、頭蓋骨じゃないか。
こんなものを投げつけてくる奴は、約一名しか心当たりがない。
「やるわね、ビッチ先公……!私の不意打ちを躱すとは」
「センセイはセンセイです、ビッチじゃありませんっ」と断って、サフィアが立ち上がる。
鈍くさそうに見えて不意打ち頭蓋骨を難なく躱すあたり、教官の肩書は伊達じゃない。
ビシッと指さし、要がサフィアを睨みつけた。
「あんたみたいな痴女は貧乳ビッチで充分よ。原田くんを押し倒してエッチ三昧するつもりだったんでしょうけど、神聖な学び舎でのエロ行為は私が許さないわ!」
相手は教官だというのに、言葉に遠慮がない。
しかも、さりげに悪口が増えた。
「む〜、貧乳に貧乳呼ばわりされる覚えもありません!センセイが貧乳かどうかは、原田くんが知っているもん☆センセイは貧乳じゃなかった、そうよね?」
なんであれ、要に助けられたのは事実だ。
胸の大きさについてはノーコメントで、原田は彼女に礼を言っておいた。
「ありがとう、往古。助かった」
「あ、あら、どういたしまして?あ、頭蓋骨ぶつけちゃってゴメンね?ホントはそこの貧乳ビッチにぶつける予定だったんだけど、そいつが避けちゃったせいで、あなたに当たっちゃって。教官のくせに生徒を守らないなんて何考えているのかしら。教官の風上にも置けない貧乳ビッチだわ〜サイテー。ね、原田くんもそう思うわよね?あ、答えなくてもいいわ私達は一心同体ですもの、あなたの考えてることは私にも判るの大丈夫よ。だって私達もう夫婦みたいなものじゃない?励ましは恋愛と同意語だし」
延々繰り出される要の返事など原田は既に聞いちゃおらず、先ほど得た鞭への助言を思い返す。
絡みついた後ではなく途中で引けば強く結びつくと、そこのアンポンタンは言っていた。
助言が本当か否かは、実際にやってみれば判る。
ここは騒がしくなってきたし、昼休みの後にも授業があるから、続きは放課後にやろう。
踵を返した原田の目が、前方から走り寄ってくる二つの人影を捉える。
「なんだ、小島、水木。もう昼飯は食べ終わったのか?」
「なんだじゃないぜ、お前が特訓してるっつーから水木が気になっちゃって飯も喉に通らなくなったんだぞ」
適当な返事の小島に「そこまでは気に病んでないよ〜!原田くんも気にしないでねっ」と水木が飛びかかり、いつもの見慣れた光景にホッとしながら、原田も教室へ戻っていった。
21/04/11 UP

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