絶対天使と死神の話

自由騎士編 02.チーム


エイスト後期に新古族、或いはナビ族と呼ばれた種族が引き起こした聖と闇の戦いは、やがてファーストエンド全域にまで戦火を広げ、海を、大地を激しく変動させた。
世界は崩壊し、地上にいた全ての種族が滅びを迎えるかと思われたが、僅かに生き延びた者達によって、少しずつではあるが復興されつつあった。
原田の住むアーシスも、世界崩壊後に設立された町だ。
かつてはジパン地方と呼ばれていた東大陸南部に位置し、周辺を大草原に囲まれている。
人々は力ある者に外へ出てもらい、資源や食料を手にした。
力ある者――自由騎士と名された者たちの探索によれば、大草原の向こうには他の町も存在するらしい。
ただし、そこへ行き着くまでには幾多の怪物との死闘を余儀なくされ、殆どの者が命からがら逃げ帰った。
彼らが逃げ帰ったからこそ情報が町に届けられたようなものだ。
他の町へ辿りつけた者は、二度とアーシスへ戻ってくるまい。
それほどまでに道中は危険地帯であった。
だが危険でも何でも外の世界が気になる者は多いのか、自由騎士を育てる学校への入学者は絶えなかった。


「キーンコーンカーンコーン♪は〜い、今日は皆さんにチームを組んでもらいまぁす」
朝もはよから担任のテンションは高い。
初授業は、チーム編成を決めることにあった。
担任のサフィア曰く、チームを組めるのは最大で五人までだが、要望があれば六人でも七人でもオッケー。
そこらへんは、結構いい加減なさじ加減で決まるものらしい。
逆に少ない人数では駄目なのかと質問もあがったが、それは駄目なんだそうだ。
外は危険地帯、おつかいレベルの依頼でも、やはり五人編成がベスト人数だと力説された。
「どうする?三人じゃ駄目だってよ」
小島に相談され、原田と水木も頭を抱える。
三人で組むのは入学前から考えていたが、残り二人のアテは全くない。
初日に親睦を深めていた連中も、いきなり人数が五名とあっては困惑しきりで、ざわめいている。
「どうしても決まらない人は、センセイに相談してね。インスピレーションでバシッと決めてあげる☆」
適当な決め方をされるのだけは御免だ。
武器を見て役に立ちそうな奴を片っ端から誘うしかない。
原田が席を立ったのと同時だった。
「メンバー集め、まだ決まっていないようなら、いいかしら。私が混ざっても」
誰かと思えば入学式の後にも、声をかけてきたクールビューティーではないか。
自己紹介ではジョゼリア=アイムハイゼンと名乗っていた。
青い髪の毛が美しい少女だ。
「武器は?」と尋ねる原田へ、杖を取り出して見せる。
「こう見えても魔術は得意なの。主に攻撃呪文をね、幼い頃から両親に叩き込まれたわ」
「ほぅほぅ。すごいのは麗しきボインちゃんってだけじゃないのね」とは小島の戯言をシャットアウトする勢いで水木が尋ねる。
「両親に!?ってことは、アイムハイゼンちゃんのご両親って自由騎士なの?」
「ジョゼリアないしジョゼでいいわ」と断ってから、ジョゼリアが頷く。
「二人とも自由騎士よ。スクールで知り合って結婚したの」
「すごーい!ジョゼちゃんはサラブレッドなんだね!」
興奮する水木と比べて、原田の反応は薄い。
「後衛三人か……バランスが悪いな。前衛になりそうな奴を探そう」
ジョゼリアを真っ向無視しての発言には、無視された本人よりも小島が憤慨する。
「せっかく名乗り出てくれたのに、まるっとシカトは酷いんじゃないか!?俺はジョゼちゃんを推すぜ、なんといってもボインだし!」
「そこは関係ないでしょ、今は!」と水木に突っ込まれ、チッチと指を振って奴が言うには。
「い〜や、関係あるぜ?いいか、俺達の腕前は全員素人だ。全員新入生だからな。そして人柄も、まだわかっちゃいないのにチーム編成しろと言われたら、見た目で決めるしかないじゃないか。ねぇセンセ、そうでしょう?」
「えっ!?」と思わぬ方向で巻き込まれたサフィア教官は目を丸くし、一応の助言をしておく。
「えっとぉ〜、センセイは武器の相性で決めるのをオススメするね☆」
アンポンタンそうに見えて、意外やまともな発言だ。
彼女の言う通り、残り二人は鞭と笛と大剣に足りない武器を入れたい。
攻撃魔法は魅力的だが、後衛三人というのはバランスが悪い。
前衛を三人にすれば敵の攻撃も分散するから、笛の負担が減るのではと原田は考えた。
「フフッ。魔術は用がないと切り捨てたんだね。ならば、ここは前衛を張れる僕が立候補しよう」
考え込む原田の前に、やたら気取ったポーズをつけた少年が近づいてくる。
初日の自己紹介によれば、名はピコ=アクセレイ。金髪碧眼の血を引いた移民の末裔とは本人談。
上から下まで黒一色でまとめたファッションで、すらっとした肉体を包んでいた。
見た目だけでは、何が得意なのかも判らない。
無言で促す原田に彼が見せたのは、短剣だ。
「得意技は宝探しと攪乱。冒険に行くのであれば、僕ほど役に立つ男はいないだろう」
「役に立つって、今まで冒険したことあんのかよ?」と小島が問えば、ピコは「これからするに決まっているじゃないか」と偉そうに答えた。
一度も冒険に出た経験がないのに、自信だけは一人前だ。
「原田クンは、どんなチームを組んでみたいの?」と問いかけてきたのは初日にも話しかけてきた赤いポニーテールの、名前はチェルシー=ライラットだ。
「それ次第ではボクにも加入チャンスがあるよね。スピード勝負じゃないなら、無理だけど」と話す彼女の武器は弓のようだ。
また後衛か。
この調子で一人一人を調べるのは骨が折れる作業だ。
まずはクラス全体で見て、前衛が何人いるか確かめるべきではないのか。
自由にチームを組めと言われても、バランスの悪いチームばかりでは依頼にも苦労しよう。
「教官」と原田が呼びかけると、サフィアは「サフィアちゃんって呼んで☆」と斜め上に返してきたが、それはまるっとスルーして用件を尋ねた。
「全員の得手不得手が判らない事にはチーム編成も相性も、へったくれもない。自己紹介は今日やるべきだったんじゃないのか。必要情報は名前以外にもあるだろう」
彼の意見にクラス全体が、おぉ〜っ!と感嘆の声で包まれる中、サフィアも腕を組んで妥協する。
「うぅ〜ん、教官相手に全く敬意を払わない原田くんはワイルドね。そのワイルドさに免じて、本日も自己紹介第二弾、しちゃおっか!」

原田の提案により、このクラスの前衛は全部で十三名いると判明する。
後衛は十七名だから、やや余り気味だ。
しかし人数としては五で割り切れるので、サフィアは問題なしとしてチーム編成を再開した。

「俺達サフィアちゃんとチーム組みたいんスけど!」と騒いでいるのは、今日も最前列に陣取った男子軍団だ。
唾を飛ばしての大興奮も、担任はマイペースに笑顔で却下した。
「ぶっぶぅ〜。センセイはチームに入りませんっ。クラスの子と組んでね」
「前衛、あっちに集まっちゃってるねぇ……どうするの?サフィアちゃんファンクラブから一人選ぶ?」
あんなのを入れるぐらいだったら、先ほどの短剣使いを入れるほうが何百倍もマシだ。
少々ナルシスト気味なのはネックだが、自信がないよりは、あったほうがいい。
水木の案をキックする形で、原田はピコへ手を差し出した。
「ピコ、といったか。歓迎する」
「うんうん。原田くんは人を見る目があるね。大丈夫だよ、僕は素早いからね。そちらの彼女、水木さんの手を煩わせる大怪我なんて負ったりしないとも!」
ピコは意味もなく天井を仰ぐポーズを決めて、声高に宣言する。
これはきっと、彼流の喜びを示す態度なのであろう。
残る一人も、できれば前衛がいいのだが、水木が言うように前衛はサフィアちゃんファンクラブが七割を占めており、誰を選んでも問題児となりそうな予感がしてならない。
ファンクラブと小島を差し引いた残りの前衛はというと、女子が二人に男子が一人。
三人とも片手剣、両手剣、大剣と剣ばかりだ。
「斧や槍、棒は人気がないのか」
ぽつり呟く原田に、すかさず小島が相槌を打つ。
「そりゃ〜カッコ悪いからな!やっぱ前衛張るなら剣が基本だろ、カッコイイし!」
「そんなことはない。槍や棒、斧にも長所がある」
即座に否定し、なおも三人を眺める原田に水木が、おずおずと話しかける。
「あの、ね。原田くん。前衛三人より後衛三人のほうが、バランス良いと思うんだけど」
どうして?と尋ね返せば、彼女は、こう答えた。
「ピコくんは当たらない自信があるんだよね。だとしたら、私が回復すればいいのは小島くん一人になるから、負担もグッと減ると思うの!」
「なるほど。俺が全員の盾になりゃ〜水木は俺だけ回復してればいいんだ、楽だな!」
そう上手くいくだろうか。
全方向カバーするのは如何に小島の身体能力が優れていようと無理があるし、ピコだって実戦経験は皆無、本人が言うように全ての攻撃を避けられるとは思えない。
「そうだね。それに、物理攻撃が効く魔物だけとは限らないだろう。だったら攻撃魔法なんてのは生み出されなかったはずだ。原田くん、攻撃呪文を唱えられる人は必須だよ」
魔法を用なしと切り捨てていたはずのピコまでもが、そんなことを言う。
ジョゼを目で探すと、すっかりクラスの皆から引っ張りだこになっている姿が見えた。
何しろ見た目は麗しいし、攻撃魔法が得意だと自慢していたし、その魔法は現役自由騎士の両親仕込みだというし、巨乳だしって、これは小島にしか関係ないか。
きっと、どのチームに入っても彼女は活躍できるであろう。
杖を選んだ魔術見習いは他にもいたけど、得意だと豪語したのはジョゼだけだ。
原田は早々にジョゼの勧誘を諦め、一ヶ所に固まって沈黙する魔術見習い組へ声をかける。
「誰か、一人でいい。俺達のチームに入ってくれ」
「え……でも……」と難色を示してきたのは、そのうちの一人。
「誘うなら、実戦で魔法を唱えられる人のほうがいいんじゃないの?」
「そんなことない!誰だって最初は初心者だよ」と水木が励ますも、返事をした少女はイジケるばかり。
「初心者じゃない子も混ざってんじゃん……本音じゃ君達だって、あっちのほうがいいんでしょ判ってる」
あっちと指さされたのは、ジョゼに集まった人だかりだ。
杖選択はジョゼ一人に人気が集中してしまい、これでは他の子がいじけるのも無理なき話。
「ふふふ……見る目のない奴らなんて、こちらから願い下げよ。そう思っておけば気は楽。そうじゃなくって?」と一人だけ鼻息の荒い奴がいて、そちらに何気なく目をやった原田は内心ゲッ!となる。
初日、隣に座ってツルツル連呼していた女じゃないか。
黒髪はバサバサに伸び放題、真っ黒なローブを床まで引きずっている。
自己紹介では往古要(おうこ・かなめ)と名乗り、呪術を学びたいと話していた。
手にした武器は、どう見ても頭蓋骨にしか見えない。
武器リストに頭蓋骨があったかどうかは、原田の記憶では定かじゃない。
だが、こうして要が手に持っているからにはあったのだ。頭蓋骨も。
手にした武器が異質である上、選択した魔法がドマイナーな呪術とあっては誰も彼女に声をかける猛者などおらず、ずっと教室の片隅でポツーンと佇んでいたのが、やっと仲間を得て杖使い軍団に混ざりこんだようだ。
「ツルツルくん、私を入れてみない?損はさせないわよ」
キチッた目で見つめられて、やや視線を下に逸らしながらも原田は、きっぱり断った。
「ツルツルじゃない、原田だ。それと、呪術は必要としていない。俺が求めるのは広範囲をカバーできる、攻撃呪文を覚えたい奴だ」
はっきり希望タイプを告げたにも関わらず、要は、ねちっこく絡んでくる。
「なんでよォ。呪術を見たこともないのに、なんで不要だと切り捨てるのよ。呪術はスゴイのよ、相手がどれだけ遠距離にいようと関係ないし、どんな魔物でも抵抗できないんだから!内部からジワジワと痛めつけて、なぶり殺しにする魔法は呪術しかないのよ……あぁ、早く唱えてみたい、なぶり殺しにしてみたいィィィ!!!」
口の端から涎を垂らし、両目は血走っている。
どれだけ呪術がすごかろうと、彼女を誘う猛者が一向に現れないわけだ。
「い、依頼は殺すだけじゃないかもしれないし……眠りの呪文とかも覚えたい人のほうがいいかなぁって」
水木もお断りに加わった時、「あーっ!」と大声を出してジョゼが原田に詰め寄ってきた。
後ろに大勢、同級生を引き連れて。
「酷いじゃない、私の申し出は却下しておいて他の子を勧誘しようっていうの!?」
激しい剣幕に、そんなに原田とチームを組みたかったのか?と、ピコや水木は首を傾げる。
必死というのであれば、要のほうが必死に見えた。
詰め寄られた当の原田は、ぷいっと横を向いて小さく呟く。
「……気が変わったんだ。だが、サラブレッドは必要ない。俺達と同じスタート地点の奴がいいと判断した」
「どうして!?私が自慢するような人間に見えたの?」
「自慢していたじゃないか、ついさっき。ご両親の自慢も含めて」と突っ込むピコには目もくれず、ジョゼは原田にグイグイ接近し、ついには壁際まで追い詰めた。
「チームに入りたいと名乗り出るからには、得手をアピールするのは当然でしょ!」
「そうじゃない」と答える原田の音量と比例して、ジョゼは大声での大激怒だ。
「なら、どうしてサラブレッドは嫌なの!?親に仕込まれていても、スタート地点は一緒よ。私だって外に出るのは初めてなんですからね!」
見かねて他の子が「いいじゃない。彼は必要ないと思っているんだし、私のチームに入ってよ」と割り込んでも、やはりジョゼの視線は原田に一直線で聞く耳を持たない。
どうして、そこまで原田に固執しているのか。
疑問に思ったのはピコや水木だけではなかったようで、要もジョゼを宥めに回った。
「そう……あなたも、彼のツルツルに魅了されたのね?でもチーム編成で最後の決め手となるのは個々の好み、そして各々の武器と連携できるか否かなのよ。あと、彼の頭をツルツルする権利は渡さないから」
「誰がツルツルの話をしているのよ!」
宥めるどころか、火に油を注ぐだけに終わったようだが。
「もう、要ちゃんは話がこじれるから黙ってて〜」
水木に押さえつけられる要を横目に、小島が問う。
「逆に聞きたいんだけどさ、君が俺らのチームに入りたい理由って何?」
ジョゼは――ポッと頬を染め、恥じらいを表に出す。
「そ、それは……」
「やはり……ツルツルに魅了されたのね!」と呟く要につられるようにして、本音を吐き出した。
「違います!ツルツルは関係なく、す、好きになってしまったんですもの、原田くんを……一目見て、素敵な殿方だと思ったの。奇しくも同級生になったのであれば同じチームに入りたいと考えるのも、当然ではなくて?」
堂々の告白に、おぉーっ!と教室は沸きに沸き、原田は壁に背を預けた格好で脂汗を流す。
全く興味のない相手による恋の告白。
ひたすら迷惑でしかない。
ジョゼの加入を嫌がったのは、自慢が鼻についたせいだ。
親が優秀だからといって、子供にも能力が引き継がれているとは限るまい。
それよりは、将来性のありそうな奴にかけてみたかった。
しかし原田がどう考えていようと、彼女をチームに入れるしか選択の余地がなくなった。
ここでチーム加入を断ったりしようもんなら、同級生全員からのブーイングも待ったなしだ。
「おおーっと、原田にモテ期到来!」と煽る小島の横で、水木も無駄に声を張り上げる。
「サラブレッドなお嬢様を一目惚れさせるとか、さすがは原田くんだね!?」
「うん、なにが流石なのかは判らないが、僕も乗っておこう。流石は僕らのチームリーダーだ」
チームリーダーにまで祭り上げられて、もう、どうにでもなれといった感じだ。
「さぁ、ここで決めなさい原田ツルツルくん。私を選ぶか、彼女を選ぶか!どっちにするのォォ!?」
要が場を仕切ってきたので、仕方なく原田は頷いた。
「わ、判った。では、アイムハイゼンで」
教室内が、わぁ〜っと大歓声に包まれて、見ればサフィアも一緒になって笑顔で拍手しており、なんだかよく判らない歓迎ムードのまま、一時間目の授業は終わったのであった……
21/04/07 UP

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