絶対天使と死神の話

自由騎士編 01.フリーランサー


明日は、いよいよスクールの入学式を迎える。
スクールに入れば、依頼の面目で町の外へ出られる――
まだ見ぬ世界を歩けるというだけで、心は興奮に打ち震えた。
スクールとは、自由騎士のスクールだ。
いわゆる太古の時代に存在したとされる冒険者の代役で、唯一町の外に出られる立場である。
在学中は依頼でしか出られない外も、スクールを卒業すれば自由に出られるようになる。
町の外は怪物が闊歩するというから、スクールでは戦う知識を学び、入学時には生涯使うことになるであろう武器の選択を迫られる。
まだ何にするか、具体的に決めていない。
入学式は明日だというのに。
彼は脳裏に幼馴染を思い浮かべた。
共にスクールへ入学する予定の二人だ。
小島幹夫、こいつは根っからの脳筋単純馬鹿だから、きっと前衛を選ぶだろう。
そして水木凛はチビっこいので後衛、魔力は高いし性格も優しいから回復役を選ぶのではないか。
だとすれば、自分には何が向いているのだろう。
原田正晃は考える。
小島のように馬鹿力があるでもなし、水木のように魔力が高いわけでもない。
自分には秀でた能力が何もない。
ならば、後衛での補助が適任か。
あの二人をカバーできる広範囲の武器が欲しい。
戦場では冷静にならなければいけない。
あの二人にはなくて自分にある特技を探すとすれば、それしかなさそうだ。
仲間へ的確な指示を与え、補助もこなせる自由騎士を目指そう。
まぁ、まずは戦いの基礎を覚えない事には補助もヘッタクレもない。
入学前に買わされたスクールの教本を、最後の確認として入念に読み込む。
これまでにだって何度となく読み返してきた本だが、所詮は机上の空論だ。
実際に戦ってみなければ、勝手も判るまい。
武器は――自分の希望に合いそうなものというと、一つしかない。
一人で戦うには心細い武器だが、一人で出かける事態というのも、そうそうないらしいので大丈夫だろう。
最後に明日持っていく荷物を点検して、原田は眠りについた。


「ふがぁぁ〜〜〜っ」と大きく伸びをして大口を開ける小島に、水木が笑いかける。
「もう、小島くん、入学式の間ずっと大あくびしていたよね。昨日は眠れなかったの?」
「そりゃあな、寝られますかっての。なんたって今日は楽しみにしていた入学式だし!?」
小島が笑顔でVサインを決めた直後、すかさず横手からはボソッと突っ込みが入った。
「楽しみにしていた割には大イビキかいて爆睡していたな」
突っ込んだのは原田だ。
偶然にも幼馴染三人は横に並んでの席だったのだが、小島ときたら最初から最後まで熟睡していて、途中、やつのイビキで誰かの話が中断した時には軽く付近一帯が注目の的になってしまって、恥ずかしいったらなかった。
「うるせぇなぁ!昨日は眠れなかったんだから、しゃーないだろ」
「あ、やっぱり眠れなかったんだ、小島くん。そうだよね、私も楽しみで全然眠れなかったよ。だから、目を見開いて起きているフリするの大変だった!」
目を見開いて寝ていたとは一体どんな表情でいたのかと原田が考えていると、小島が、またまた騒ぎ出す。
「おー!見ろ見ろ、俺達全員同じクラスだぞ!やったな!」
「あ、ホントだ!やったー!スクールでもよろしくね、二人とも」
スクールは三クラスに分かれての授業となる。
依頼をこなすためのチームが組めるのも、同級生とだけだ。
クラス分けで二人と分断されたらというのは原田も密かに悩んでいたのだが、杞憂で良かった。
「あ、そういえば何にするか決めた?二人とも」
「何ってナニ?あーもしかしてナニのこと?」
側では二人が、けたたましく騒いでいる。
「何がナニ?」と水木が問えば、小島は腰を前後に揺らして「ナニっつったらアレだろー、隠語でチンポコだー!」と往来で出すべきではない単語を大声で放ち、今この時ほど彼の幼馴染であるのが恥ずかしいと思ったことはない。
……いや、そうでもないか。
小島は、いつも、こんなテンションであった。幼い頃から。
「もー小島くんてば、隠語なのに全然隠してな〜い」
そして小島が成長しないのは、唯一の女子である水木が全然注意しないからではなかろうか。
一人無言で押し黙る原田を気の毒に思ったのか、横合いから三人へ声をかけてくる者がある。
青い髪の毛を太腿の長さまで伸ばし、涼し気な目元のクールビューティーだ。
「ずいぶんテンションが上がっているわね。でも、そろそろ急がないと、担任挨拶を聞き逃してしまうわ」
「おうよ、テンションもあがるってもんさ!キミみたいなボインが同期生とあらば!」と答えたのは勿論小島で、目は少女の胸元に釘付けだ。
「もー、また胸の話をするー。ホント胸の大きい人が大好きだよね、小島くん」
少女は不機嫌になった水木の胸元を一瞥して、フッと小さく納得の溜息を漏らした上で小島へ返す。
「お褒めに預かり光栄だわ。でも私の長所はスタイルだけではなくってよ」
「そうかそうか、アッチのほうも得意だと!んじゃあ、教室のベッドの上で実戦といこうか!」
小島は馴れ馴れしく名前も知らない少女の肩を抱き寄せ、後ろを歩く水木が突っ込む。
「教室にベッドはないよ、小島くん!ベッドで寝たいなら、保健室に行かなきゃ」
どこから突っ込めばいいのか、そもそも、この少女は何者なのか。
こうして声をかけてきたからには同級生なのか?
前方では小島の馬鹿馬鹿しいナンパ文句と社交辞令で受け返す少女、さらにズレたツッコミをする水木がいて、だんだん突っ込むのもアホらしくなってきた原田は、黙って三人の後をついていった。

スクールの授業は四時間制で午前中が二時間、お昼ご飯を挟んで午後にも二時間おこなわれる。
だが本日は入学したばかりなこともあって、担当の挨拶が終わったら解散となっていた。
「は〜い、皆さん、ご注目ゥ〜☆私が本日より皆様を担当させていただく担任のォ〜、めっちゃ乙女なロマンティストォ、サフィア=スフィールと申しますっ!皆さぁん、仲良くしてあげてくださいねぇ〜」
目の前の壇上では年甲斐もなくピョンピョンと飛び跳ねて自己紹介する成人女性がいて原田は呆気にとられたのだが、同級生の反応は違った。
「センセー、かわいー!笑顔ちょーだい、パンチラ見せてぇ〜!」と叫んでいるのは最前列に陣取った男子だ。
担当教師はポッと頬を赤く染め、人差し指を唇に押し当ててモジモジした。
「パンチラはエッチなので駄目ですゥ〜。そ・の・か・わ・りスマイルなら、ニコッ☆」
原田には不自然な笑顔に見えるのだが、やはり他の同級生、特に最前列の連中は受け止め方が違っていて「キャー!サフィアちゃん、かっわゆー!!」と涎を全方向にまき散らさんばかりの大興奮だ。
初日から、こんなノリで大丈夫なのか。
これから三年間、ここで学ぶのかと思うと、頭がおかしくなりそうだ。
他にまともな奴はと原田が周りを見渡してみると、つまらなそうな顔で鼻毛を抜いている小島が目に入った。
サフィアの胸は大きすぎず、小さすぎず。だからか。
続けて水木を目で探すと、隣の女子と雑談に花を咲かせている。
不意に隣に座った女子が小声で話しかけてきたので、原田の意識も、そちらへ向けられる。
「あなたって見事なツルツルね。ねぇ、触ってもいい?」
「は?」
「いいでしょ?さっきから、ずっと気になっていたの。あなたの頭がツルツルすぎて。やっぱり触り心地もツルツルなの?なんでツルツルなの?若くしてハゲちゃったの?それとも自前で毎日剃ってるの?」
こちらがドン引きするほど鼻息を荒くしている。
確かに原田はスキンヘッドだが、そこまで興奮される謂れもないし、この町、アーシスでスキンヘッドにしているのは彼一人でもない。
「気安く触られるのは好きじゃない」と断っても、隣の女性はハァハァ息を荒くして詰め寄ってくる。
「ツルツルな上、斜に構えているとか、それなんてツンデレ?いいじゃない、減るもんじゃなし」
「斜に構えたつもりはないしツンデレでもない。知らない奴に触られたくないと言っている」
どれだけ拒んでも相手の興奮は収まらず、しまいには両手で頭を掴んでこようとする少女に、とうとうたまらず原田は席を立った。
間髪入れず「はい、そこー!勝手に席を立っちゃ、ダメ・ダメ・だぞ?今はセンセイがぁ〜、自己紹介してるんだから☆」と演技がかったポーズを取った担任の注意が飛んできて、全同級生の視線が原田に集まってしまった。
入学式といい、なんで迷惑な奴のせいで自分が晒しものにならなきゃいけないのか。
頭に来たので、言い返してやった。
「隣の奴が触ってこようとしたから逃げただけだ。あんたのくだらない自己紹介を遮るつもりは更々なかった」
「なっ……」と絶句したのはノリノリだった同級生だけで、案外サフィアは堪えていない。
「私の自己紹介、面白くなかった?そっかぁ〜。チェック厳しいね、今時の子は」
ノートを取り出して何やら書きなぐった後、にっこり笑顔で生徒たちを促した。
「はい、センセイは自己紹介しましたよォ〜。次は皆さんの番です☆」
最前列、左端から順番に起立して名乗りを上げていく。
途中へんなノリが発生することもなく、最後の一人が自己紹介を終えて本日の授業は解散となった。

授業が終わっても生徒は即帰ったりせず、あちこちで親睦を深めている。
「ンハァ〜、サフィアちゃんのクラスになれて幸せの極みっ。教官おみくじ、勝ち組だぜ……」
ほぅっと熱い溜息を吐き出して恍惚とした表情を浮かべているのは、最前列に陣取っていた男子たちだ。
あの見るからに頭の弱そうな担任は、一部では有名人だったのだろうか。
小島と水木が帰ると言い出すのを黙して待つ原田に話しかけてきたのは、肌を真っ黒に焼いた金髪女子であった。
「あのクソダサ自己紹介を終わらせてくれて、あんがと。一日教室に拘束されるんじゃないかと焦ったわー」
なら自分が矢面に立てばいいのに他人に止めてもらうまで待つとは、これから危険な依頼に挑む自由騎士を目指す奴とも思えない。
原田は返事せずに、ふいっと顔を逸らして無視してやったのだが、これだけ他人と話したくないポーズを取っていても彼に構いたがる物好きは一向に減らず、今度は赤い髪の毛をポニーテールに結んだ女子が人懐っこい笑顔で話しかけてくる。
「ねぇキミ、このクラスで仲良くなれそうな人は見つかった?チーム、誰と組む予定?もし誰もいないんだったら、ボクと――」
「……チームを組む相手なら、もう決めている」
原田は話途中でぼそっと遮り、他の奴らと楽しげに語らう幼馴染二人を指さした。
「え?じゃあ、なんで誘いに行かないの。早く誘わないと他の人に取られちゃうよ?」
少女のほうを見もせず、さっさと戸口へ歩いていく。
そうだ、何も二人と一緒に帰る必要などなかったのだ。
あの二人とは家が近所だ。
チームに誘うのは、帰った後でも充分間に合うだろう。
しかし教室を出ようかという寸前、「原田くん!」と大声で名前を呼ばれ、続けて軽い足音がタッタッタと近づいてきたかと思うと、どすぅっと腰に体当たりを受けて、原田は「ぐっ」と小さな呻きを漏らす。
タックルしてきたのが誰かなんてのは、確認せずとも判る。
この低い当たり位置、水木に違いあるまい。
「待ってよ、一緒に帰ろうよ〜。ごめんね一人で待たせちゃって!」
「いや、別に待ってたわけじゃ」
本人の言い訳は、小島の無駄にバカでかい声でかき消される。
「そうだぜ俺達三人は仲良し幼馴染、行きも帰りもチームも卒業時期も一緒だぜ!」
「え〜幼馴染なの!?」と他の同級生にも驚かれ、満面の笑みで水木が答える。
「そうだよ〜。しかも同じ日にスクール入学。これはもう、運命だね!」
狭い町の中、幼馴染がいること自体は、さして珍しくもない。
だが幼馴染が揃いも揃って全員自由騎士を目指すのは、珍しいかもしれない。
「それに、まだ帰っちゃ駄目だよ原田くん。武器を選んでからじゃないと!」
水木に確認されずとも、武器は選んでから帰るつもりだった。
申請窓口は玄関までの道のりにあるんだし。
「おう、武器!使い勝手のいいやつを選ばなきゃな、うっかり忘れてたぜ!」
小島が騒ぎ出し、水木も乗ってくる。
「小島くんは何にするか決めた!?私は杖にしようかなって思ってるんだけど」
「杖〜?お前、振り回せるのかよ」と難癖をつけてくる小島へ「あーちっさいからってバカにしてるぅ!」と噛みつく水木を横目に、さっさと原田は教室を出た。
「え、ちょっと待ってよー。一緒に帰ろうってばー」
半泣きで追いかけてくる相手に振り返りもせず、言い返す。
「帰るんだったら早くしろ」
「ヘイヘイ。まったく、短気なんだからなぁツルッパゲちゃんは」
小島の文句にも「お前らのコントに付き合っていたら日が暮れる」とやり返し、窓口へと急いだ。
今日は武器を選んで、それで終わりじゃない。
実戦授業が始まるまでに、己の体へ馴染ませておく必要があろう。
それぞれの基本的な使い方は教本に書いてある。
日々の練習は重要だ。依頼で失敗しない為にも。
「すみません、武器の新規受付をお願いしたいんですが」と原田が窓口で話しかけると、ひょこっと小柄な中年女性が顔を出し、「ハイハイ、どの武器を選択しますか?」と尋ねてくる。
後ろでは「おお!敬語を使う原田、超レアじゃん!!」と小島が失礼千万を叫び、水木まで一緒になって「丁寧な原田くんカッコイイ!」と騒いでいるしで、一秒たりとも黙っていられないのが二人の短所である。
「この中から一つ選んでください」と渡された武器リストから、原田は迷わず一点を指さす。
「これで、お願いします」
そこへ「あ、待って待って、私も一緒に選ぶ!」「俺もー!」と後ろからドワッと二人が突っ込んできて、順番さえ待てないのかと再び頭痛がしてきた原田を置き去りに、窓口には三つの武器が並べられた。
「こちらは当スクールのレンタル品となります。卒業後も有料での利用は可能ですが、世の中には隠されたレアな武器が眠ると聞きますし、どうせでしたらドバーンと強くて格好いい武器を探すのを、お薦めします」
「あ、くれるわけじゃないんだ」と小さくぼやいたのは水木で、そいつに「いや〜、こんなん貰っても後で困るだけっしょ」と突っ込んだのは小島だ。
何も受付の前で言わなくてもと原田は思ったが、手渡された品に目を落としてみると、確かに新しい武器を手に入れた際には不要のブツとなりそうな、如何にも初心者向けの安い造りに見えた。
「お前何それ。鞭?」
「えー、鞭!?どうして鞭なの〜?」
二人揃って驚かれ、原田はむっつり言い返す。
「お前ら二人をカバーするには、広範囲で攻撃できる物が必要だろ」
「え……カバーしてくれるつもりだったんだ。原田くん優しい……!」
たちまち目を潤ませる水木へ、小島が自分の武器をブンブン振り回してアピールする。
「いくら広範囲で攻撃できても火力がなけりゃ勝てないぜ!その点、俺は一撃必殺でぶっ倒せる武器を選んだからな。強敵が出てきたら、俺にお任せだぁ!」
小島が選んだのは大剣で、馬鹿力が取り柄の彼にピッタリの武器だ。
「うんうん、小島くんにも期待してるよぉ」
水木は満面の笑顔で頷くと、さっと武器を構えてみせる。
彼女の選んだ武器は笛だ。
直前まで杖にすると騒いでいたはずだが、己の背丈を顧みて変更したのだろうか。
「この笛をプープー吹いて二人を回復してやるんだからねっ」
「おー!頼りにしてるぞ」
盛り上がる二人に、原田はボソッと突っ込んでおく。
「それ、水木自身は回復できるのか?」
「え?できないよ?なんで?」
キョトンとする水木の横で、小島が原田をせせら笑う。
「バッカだなー原田。笛は魔法唱えんのと一緒だぞ?唱えてる本人が治るわけないじゃんか」
馬鹿なのは小島だ。
水木も我が身を大切にしたほうがいい。
やはり、こいつら二人をフォローできる武器を選んで正解だった。
依頼に出かける時には、薬草を別途買っておこう。
原田は、そんなふうに考えた。
21/04/02 UP

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