act4

この日の僕は、とてもブルーになっていて、一刻も早く慰めて貰いたくて仕方がなかった。
それというのも、ノンベに馬鹿にされたからだ。
彼が僕を馬鹿にするのは今に始まったことではないが、しかしやっぱり悔しいものは悔しい。
ノンベだって、誰かを馬鹿に出来るほど偉い人間じゃないのに。
大体、自前の家すら持っていない浮浪者が誰かを馬鹿にできるのか?
そして友達相手に、そう考えてしまう自分が、ますます嫌になってくる。
僕は、なんて嫌な奴なんだろう!
僕みたいな屑をノンベが馬鹿にするのも、よく判るというものだ。
僕はノンベに見透かされているのだ、この嫌な性格を。
彼が時折見せる、僕を小馬鹿にしたような表情が全てを物語っている。

――駄目だ。
ノンベのことを考えれば考えるほど、僕は僕が嫌な奴になっていく気がする。

そういえばサダは、ノンベのことを本当はどう思っているんだろう。
ノンベを紹介された時、彼はノンベのことを友達とも知人とも言わなかった。
ただ一言、「こいつが公園のボス、ノンベだ」とだけ紹介してくれたのだ。
ノンベの本名が富岡喜義という大層な名前であることも、実は一般領出身ではないらしいことも、全てはノンベ本人の自己紹介で知った情報であり、サダが教えてくれたわけじゃない。
もしかしたらノンベとサダは、僕が思っているよりも仲良しではないのかもしれない。
ノンベはノンベで、サダのことをよく知っているような風だったけど……
あれは彼お得意の知ったかぶりで、知ってるフリをしていただけかも。
そう考えると、僕にも希望が沸いてくる。
ノンベが親友ではないということは、サダの親友の座は当分空いているというわけだ。
だってサダから紹介された事のある人物は、ノンベ一人だけだったのだ。
親友と呼べる友達がいるなら、真っ先に紹介してくれてもいいはず。

だが、ここで不意に、僕は重大なことに気づいてしまった。
サダは自分自身については、ほとんど話してくれたことがなかったのだ。
いや、少しだけ判っている事もある。
彼がスラム住民だったのと、そこから逃げてきた過去。
リミテッドギアに興味津々で、軍のやり方に不満を持っているらしい。
でも彼のスラム生活時代を、僕は何も知らない。
スラムでは友達がいたのかどうか、すらさえも。

どうなんだろう。
いたんだろうか、親友。
いたんだろうな。
だって、彼は素晴らしい人だもの。
僕なんかと違って、すごく良い人だし。


老朽化したアパートの廊下は、ギシギシと嫌な音を立てた。
極力音を立てないよう僕らは速度を落として、ゆっくりと歩く。
ドロボウになった気分で、そっとドアを開けて、暗い部屋に滑り込んだ。
パチッと音がして、部屋が明るくなる。
サダが電気スタンドのスイッチを入れたのだ。
電源元は、外の電気ケーブルから拝借している。
警察には内緒の、僕達二人だけの秘め事だ。
本当は廃屋アパートに住みつくのも、電気ケーブルの無断拝借も違法行為だったりする。
ばれたら僕もただでは済まないだろうが、その時はその時。
潔く、彼と一緒に罰を受けようと思う。
サダが一緒なら、刑務所生活も辛くないだろう。
僕が僕の定位置――くしゃくしゃになった新聞紙の上に腰を降ろすと、サダが飲み物を運んでくる。
彼は僕が欲しいと思ってたタイミングで、いつも持ってきてくれる。
こういうところもノンベとは大違いだ。
なにしろノンベは、僕達に飲み物や食べ物を振る舞ったことなど一度もないのだから。
データベース館を利用できるぐらいなんだから、小銭を全く持っていないわけでもないだろうに。
ガレージを間借りできるノンベと違って、サダは本当に財政的に苦しいはずなんだ。
僕と同じで働き口が見つからないから自活するのは勿論、他人に奢れる金だって持ってない。
なのに飲み物を調達できるのは、何故かって?
その理由を僕は知っていたりする。
僕の母がご近所で情報をリークしたところによると、彼はおばさん達に食料を恵んでもらっているらしい。
……恵んでもらっている、というのは少し卑屈な言い方だから言い直そう。
おばさん達の好意による、おすそわけをしてもらっているのだ。
僕の母曰く、彼は近所のおばさん方に、とても人気があるらしい。
それを聞いた僕が穏やかな気分じゃなかったのは、言うまでもないだろう。
廃屋に住みつく浮浪者なんて普通は嫌われる対象でしかないが、彼と最初に仲良くなったのは子供達だという。本当は、僕のほうが先なのに……
子供達が遊んでもらってるうちに、彼が住んでいることもバレて、近所中の噂になった。
それでも誰も通報しなかったのは、子供達が懐いていたから、というのが一番の理由だ。
帰りが遅くなった時には、彼は一人一人、家まできちんと送っていたらしい。
毎日が忙しい おばさん達からしてみれば、金のかからないヘルパーを一人、手に入れたようなものだろう。
何しろ、このブロックは何をするにも、金、金、金。
金のかからないものなど、殆どないと言っていいぐらい、金で縛られた生活を強いられている。

話が少し脱線してしまったけど、そんなわけで、サダは僕にジュースを出すぐらいのサービスはできるのだ。
俯いて座り込んだ僕の前にジュースの瓶を置くと、彼も彼の定位置――ダンボールの上に腰を降ろす。
サダがメインに使っている部屋には、家具など一切置いてなかった。
剥き出しのコンクリートの床に、新聞紙やダンボールが座布団の代わりに敷かれている。
ベッドも紙だ。床に紙を敷いて、その上で眠るんだと彼は言っていた。
でも、それで充分だろう。人が住む分には、家具なんて必要ない。
家具を買うのは、他人より裕福に見せたい人の見栄だと、僕は思っている。
「気持ちが落ち着いたら、話してくれ。今日ずっと機嫌、悪かった訳」
僕を気遣ってか一言一言ゆっくりと言う彼に、僕は、ようやく口を開いた。
「ノンベがさ」
ブルーの原因となっているものは、幾つかある。
一つはノンベのこと。
ノンベは最近とくに図に乗っている。
彼は、僕をからかうことに楽しみを見いだしてしまったようなのだ。
「ノンベが?」と促されて、僕は続けた。
「あいつ、ことあるごとに社会と僕とを結びつけて。鬱陶しいんだよ、ああいうの」
貧困にあえぐ者達がいる差別社会を作り出したのは、世の政治家だ。
人々に仕事が来なくなるのは、政治家の作った制度が悪いからだ。
これはノンベがいつも熱く語る内容で、僕にも充分すぎるほど判っている。
上に立つ者が無能だから、僕みたいな無能が、とばっちりをくらうのだ。
そこまではいい。
だが、ノンベはさらに続ける。
では貧困社会の中心に立っている、悲劇の人物は誰か?
スラム街に住む、生まれつき財政能力のない貧民。
そして一般領に生まれながら、才能がない凡人。
ここで僕を必ずチラッと盗み見するのが、ノンベのやり方だ。
才能のない凡人だから、無職で就職もできない屑だと言わんばかりである。
そんなのは、ノンベに言われるまでもなく判っている。
僕は必ず、ここで気を悪くする。
「あぁ……それか。気にするなよ、ノンベは お前とじゃなく、自分の親と貧困社会を結びつけてるのさ」
サダは慰めてくれたけど、とてもそうは思えない。
いつも半分流し聞きしてるから、ノンベの視線までは追っていないんだろう。
貧困社会の、一番のとばっちりをくらっている被害者のはずなのに、サダは、こういう話題には無関心だ。
不満が募る僕の顔を見て、彼は苦笑したようだった。
「あいつはさ、お貴族様だったからな。堕落した両親が許せないんだよ」
「お貴族様?」
僕は思わず聞き返してしまったが、言葉の意味が判らなかったわけじゃない。
サダにしては随分皮肉めいた口調だったので、驚いてしまったのだ。

お貴族様。つまりは貴族領に住む、選ばれたエリート達のことだ。
ゲートの向こうに住んでいて、輝かしい未来が約束されている。

差別社会に興味がないような顔をしていて、実はサダこそが社会に不満を持つ第一人者だったんだろうか。
「貴族は何かにつけて他人と自分を比較したがるものさ。自分は自分、他人は他人……なのにな」
彼の言い分はノンベを小馬鹿にしているようにも聞こえて僕が驚いていると、サダが話の続きを促してきた。
「ノンベには、後で俺から注意しておくよ。それより、それだけじゃないんだろ?不機嫌の理由は」
僕は、どきりとした。
僕の不機嫌が、ノンベに対する不満だけじゃないことを見抜かれて。
「どうして、そう思うんだ?」
ドキドキしながら、僕は逆に尋ね返す。
「ん。ツトム、お前がそうやって暗い顔してる時は大抵悩んでる時の顔だ。悩み事があるんだろ?」
瞳を真っ向から覗き込まれ、僕の心臓が跳ね上がる。
なんて、澄んだ目をしているんだろう。
僕のもう一つの悩みは、サダ、君に関する悩みなんだよ。
知りあって一ヶ月にもなろうかというのに、君は何故いつまで経っても昔を話してくれないのか。
僕達は、まだ親友とは呼べないまでも、かなり親しい友達には、なったはずなのに。
友達とも敬語でしゃべっていた僕がタメグチで話せるようになったのも、サダのおかげだ。
彼がフレンドリーに接してくれたから、僕みたいな臆病者でも自分の意見が言えるまでに成長したのだ。
そのサダの過去を、僕は全然知らない。
過去がどうだったからって彼への見方が変わる訳じゃないけど、好きな人のことは何でも知っておきたい。
誰かを好きになったら、その人のことを色々と知りたくなるのは、当然じゃないか?
僕自身の過去は、サダに話してある。
万が一僕を好きになってくれるかも、という期待を込めて。
といっても、まぁ、僕の過去なんて大したもんじゃない。
普通に庶民として生まれて、普通にスクールを卒業して、だらだらと就職活動を続けている。
話してから、正直話すんじゃなかったと思ったのは、もちろん彼には内緒だ。
絵に描いたような平凡で、ぐうたらな過去を聞かされたら、百年の恋もいっぺんで冷めてしまうだろう。
彼は、サダはどう思ったのかは知らないが、一言だけ感想を述べてくれた。
「両親に愛されてるんだな。羨ましいよ」と、笑顔で。
だらだらと目標もなく惰性で生きてきた僕の過去を、そう評価した人物は彼が初めてだった。
……さて。
どうやって、切りだそうか。
「サダ。君はさ、ノンベについて色々詳しいみたいだけど」
先ほどのノンベの話に搦めて、サダの過去を探り出すことにした。
上目遣いに、じっと睨みつけると、サダは困ったように頭を掻いた。
「ん?あぁ。つきあい、長いからな。それなりに」
知らなかった。二人のつきあいは長いほうだったのか。
僕は急に別の興味が沸いてきて、自分から話題を逸らしてしまった。
「つきあい長いってことは、ノンベとは親友?」
「んん、いや、親友ってほどじゃないが、まぁ、友達かな。それなりに、仲はいいつもりだよ」
何故か視線を外に逃がしながら、彼は答える。
かと思えば、不意に真顔になって、こちらへ向き直った。
「それが、お前の悩んでることなのか?」
サダにとって、ノンベとの仲を追及されるのは困ることなんだろうか?
話を終わりにされそうになって、僕は慌てて撤回した。
「いや、違う。あの、それで……僕は君に教えられて、ノンベが貴族だったのを知ったわけだけども」
「うん。それで?」
僕が何を言いたいのか判らず、サダは首を傾げている。
いつまでたっても話が核心に近づかないから、内心飽き始めているのかもしれない。
僕は言葉につまり、結局、直球で尋ねることにした。
「で、僕は……僕は、君の過去も知りたい、と思った」
僕の一言は、彼を必要以上に驚かせてしまったようだった。
「俺の、過去!?……どうして、突然?」
なにもそこまで驚かなくても、というぐらい驚いた後、幾分落ち着きを取り戻して彼が尋ね返してきた。
僕は駄々っ子のようにクチを尖らせ、応答する。
「僕は、僕の過去を君に話しただろ。前に」
「うん、まぁ、聞いたけど……」
当惑する彼に、畳みかけるような強気で僕は言った。
「だから、僕は君の過去を知る権利があると思う。話せないような過去じゃなきゃ、だけど」
言ってから、ひどく気まずい空気が流れ、僕は言ってしまったことを後悔した。
もしかしなくても、サダに嫌われてしまったかもしれない。
他人の過去を詮索する、いやらしいデバガメ野郎だと思われてしまっただろうか。
しばらくして、彼はポツリと呟いた。
「俺の過去……そんなに、気になるかなぁ?」
反射的に、僕の口から思いがけぬ言葉が飛び出る。
「気になるよ!」
わぁ。もうこれで決定打だ。
僕達の友情は終わった、僕の自己中が原因で。
青くなる僕の前で、いきなりサダが立ち上がる。
そのまま部屋から出て行こうとするので、僕はまたしても前言撤回しなくちゃならなくなった。
「で、でも!話したくないなら話さなくてもいいからっ」
僕はもう、泣きそうだった。声に泣きが入っていた。
傍目から見ても情けなく、恐らくはサダも呆れてしまっただろう。
だが彼に一欠片でも僕に対する友情が残っていれば、僕を見捨てたりしないはずだ。多分。
「ん。いや、話したくないってわけじゃないんだが、別に話すほどのものでもないし。ちょい、トイレ」
なんだ。用を足しに立ち上がっただけだったのか……紛らわしい。
でも、安心した。彼が、まだ僕と話をしてくれそうだったから。

時計を見た。深夜越えして二時をまわっている。
今から帰ったら、両親はカンカンだろう。
今日はもう、ここに泊めて貰うしかない。
サダが気を悪くしていなければ、いいんだけど。
小便から戻ってきた彼は、先手を打ってくる。
「遅いだろ、今日は泊まっていけよ。おばさんには明日、俺からも謝っておくから」
もう子供じゃないんだから、彼に謝ってもらうわけにはいかない。
朝帰りになってしまったのは僕自身の責任だ。
緩く首を振って、でも感謝を述べると、サダは嬉しそうに笑う。
先ほどまで失礼なことを言っていた僕に対して笑顔で接していられるんだから、本当に彼は人が良い。
「ベッドないから背中が痛くなるかもしれないけど……そうだ!」
えっ別にいいよ、と僕が答えるよりも早く、彼は自分のシャツを脱ぎ始めた。
「まぁ、ちょっと汗くさいベッドで悪いんだけど、この上にどうぞ」
ちょっと、とは言うものの、彼は一張羅だから、かなり汗くさいと思われる。
今日は暑かったし、汗も沢山かいただろう。
でも僕は別に文句を言うつもりはない。
僕の背中を案じてくれる、彼の気遣いが嬉しかった。
「ありがとう」
お礼を言って、シャツの上に、ごろりと横になる。
汗の臭いを肺いっぱいに吸い込んだ。
「じゃ、おやすみ。電気、消す?」
空き家になったばかりの頃、探検気分で入り込んだことがあるから知っているのだが、この部屋は窓がないから、電気を消すと本当に真の闇、真っ暗になってしまう。
洒落にならないほど、何処に何があるのかが判らなくなってしまうのだ。
僕は横になったまま首を振る。
「このままで。どうせ、タダだし別にいいじゃん」
スイッチに伸ばしかけた手を引っ込めて、サダは頷いた。
「そうだな、じゃ、灯りはこのままで」
がさがさ、という音が聞こえる。
サダが紙の上に寝転がったようだ。
僕は寝返りをうって、何気なく彼の方を見た。
そしてポカン、と口を開けて硬直してしまった。
「サ、サダ……」
声が震えているのが、自分でも判る。
僕の異変に気づいて、彼が身を起こした。
「どうした?」
すぐ僕の顔色の意味に気づき、微かに苦笑する。
「……あぁ、これか」

僕は、見た。
彼の背中には、無数の傷跡が残っていた。
鋭い何かで斬りつけたような跡。
鈍器のようなもので殴られたような、痣。
他にも皮が破けて、そのまま固まってしまったような、むごたらしい跡があった。

即座に僕の脳裏に浮かんだのは――拷問――という言葉。
いくら人間扱いされていない領域だからといって、今時拷問なんて、ありえるだろうか?
「ちょっと、な。昔、色々あって。お前には、あんまり見せたくなかったけど」
なんで、そんな風に笑っていられるんだ。
今は傷跡でしかないけど、つけられた当時は、すごく痛かっただろうに。
「どうして、誰に?」
唇を震わせながら、僕はやっと、それだけを尋ねる。
彼は少し困ったような、それでいて恥ずかしそうに答えた。
「……ん。スラムにいたころ、仲間だと思ってた奴らに。ま、よくある仲間割れの結果だよ」
やっぱり、スラムにいた頃にはサダにも友達がいたのだ。
でも、裏切られてしまったのか。
彼みたいな善人を裏切るなんて、酷い奴らもいたもんだ。
苦笑していたサダが真面目な顔になって、僕を真っ向から見つめる。
「でも、ここにきて、やっと本当の友達を見つけた。だから、もういいんだ。過去のことは」
えっ?
いきなり話が変わったもんだから、僕はついていけずに、キョトンと彼の顔を見つめ返す。
まるっきり判ってない僕に彼は再度苦笑すると、もう一度ゆっくりと言い直した。
「ツトム。お前は、俺を疎ましげにあしらったり、いいようにこき使おうとしないだろ」
「うん、そりゃあ、まぁ」
そんなの、考えたこともなかった。
「そんな風に俺を見てくれたのは、お前が初めてだった。だから、すごく感謝している」
えぇっ?
「お前はどう思ってるか知らないけど、俺にとって、お前は親友だ。ノンベなんか比じゃないほどに」
信じられない言葉が次々と飛び出してきて、僕はうろたえた。
あまりに驚きすぎたせいか、目からは涙まで出てきてしまったぐらいだ。
「……なんて、いきなり言われても困るよな。ごめん」
僕の涙を否定と取ったのか、彼は謝ってきた。
僕は慌てて、それを否定する。
「で、でも、いいの?」
「何が?」
「だって、僕は駄目な奴なんだぞ。屑だし、何もできない割に口だけは達者だし」
「そんなのは世の中に腐るほどいる、ツトムが一人で気にすることじゃない」
「でも、僕はその中でも一番駄目なんだ。何をやっても上手くいかないし、未だに就職できないし」
言っているうちに、また涙がこぼれて落ちる。
「親だって僕を見捨てている状態なんだ。母さんは僕を産んだことを後悔してるんだぞ」
そうだ、僕は両親に愛されてなんかいない。
僕の過去を聞いた時、サダは僕が両親に愛されていると評したけれど。
「こんな駄目人間、君が好きになる価値なんて、ないよ!」
しまいには絶叫して、僕は項垂れる。
せっかく好きと言ってくれたサダには悪いけど、でも本当に僕はゴミだから仕方ない。
僕と彼とじゃ月とすっぽん。
全くつりあわない事に、改めて気づいてしまったのだ。僕は。
「……ツトム。お前は自分を過小評価しすぎなんだ」
いきなり、ぎゅっと抱きしめられて、僕は息が詰まった。
それだけじゃない、心音までが跳ね上がる。
「お前は、お前が思ってるほど屑でも駄目人間でもない。それは俺が、よく知っている」
「で、でも……」
僕はまだ、君に全てを見せた訳じゃない。
君の知らない僕だって、いるのだ。
僕の中には、君が知らない、黒々とした汚らしい感情だってあるんだぞ。
そう言ってやりたかったけど、抱きしめられたショックで、うまく言葉にできない。

誰かを好きになったら、抱きしめ合ったりキスしたりしたくなるっていうけど……
僕は今、そういう人達の気持ちが、少しだけ判ったような気がする。

サダの暖かい気持ちが、肌を通して僕の中に流れ込んでくる。
ずっと抱きしめられているうちに、僕の悲しみに満ちた感情も、だいぶ和らいできたように思う。
「僕みたいな屑でも、自信、持っても、いいっていうのか?」
泣きべそをかいた情けない顔で僕が彼を見上げると、サダは、にっこり微笑んで頷いた。
「僕は、君が思ってるほど優しくもないし、聖人君子でもないんだぞ」
「それをいったら俺だって、お前が思ってるほど善人でもないし、お人好しでもない」
僕を抱きしめる力が強まる。
「お前には見られたくない過去があるし、見せてない感情だってある。それでも」
僕の体を解放してから、サダは続けた。
「お前と友達に……いや、親友になりたいと思った。隠し事のある奴なんか、嫌か?」
言葉にできず、僕は首を振る。
何度も、ぶんぶんと振った。
僕だって君に隠している感情の一つや二つ、いや三つ以上ある。
つまらない、ノンベへの嫉妬心。
くだらない、両親への劣等感。
数え上げたらキリがない。
「僕は……屑だよ?」
「屑じゃない。少なくとも、俺にとっては」
ここまでハッキリと否定してくれる人なんて、今までいなかった。
大抵の人は苦笑するか、ふーん、あっそうといった無関心を装うだけだったから。
「それに、たとえ屑だったとしても、それは大した問題じゃない」
「どうして?屑とつきあうなんて、つらいだろ。何かにつけてイライラしなきゃいけないんだぞ」
彼は、それこそ「どうして?」とでも言いたげに、首を傾げてみせた。
「友情や愛を得るのに、個々の能力なんかは必要ない。大切なのは、お互いの相性だからな」
それは長らく僕をつらい感情に縛りつけていた鎖を、一気に四散させるかのような一言だった。

僕は今日、人生で初めて、僕にとって真の理解者を見つけたような気がする。
ずっと、この世では自分だけが異端者だと思っていた。
僕だけが駄目人間なのだと、悲観にくれていた。
でもサダの話では、誰もが駄目な部分を持っていて、それを隠して生きているのが当たり前だと言う。
だからもう、僕は自分の駄目さ加減で悩まなくてもいいんだ。
彼が一緒にいてくれるなら。


僕は、この世界に、居場所を見つけた。



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