act3

サダが僕の近所のアパートに引っ越してきてから、一ヶ月が過ぎた。
その間、僕は僕にしては彼の元へマメに通っていたし、初めて出会った頃よりは仲良くなれたと思う。
そうそう。あれから、ノンベも紹介してもらった。
サダと知りあって、一週間後ぐらいだったかな。
ノンベは公園で演説をするのが趣味な、ちょっと変わった中年だった。
わけあって浮浪者をやっているんだとは、彼の談。
浮浪者だから家は持っていないのかと思ったら、なんと彼は浮浪者なのに家を持っていると言う。
といっても、そこは、とある人のガレージを間借りしたもので、家と言うには図々しい気もする。
まぁ、とにかく。サダと僕の二人は暇さえあれば、ノンベのガレージで色々な事を話し合っていた。

世の人々のこと。
このブロックの政治のこと。
一般区と貴族領、そしてスラムのこと。

一番ノンベの熱弁が奮われるのは、やっぱりというか当然というかスラムと政治家批判だ。
彼は特に、政治家批評について熱くなる傾向にあるようだ。
サダは、どの話でもノンベの熱弁を黙って聞いている事が多い。
僕は僕で誰かを批判できるような立場にないから、やっぱりノンベの熱弁を聞くことになる。
あぁとかうんとかいった僕達の気のない相づちを聞きながら、今日もまたノンベは一人熱弁を奮っていた。

いつもの政治家叩きが一段落ついた頃。
「そういや昼のニュース見たか?クヴェラ討伐に軍が動いたって話」と、ノンベが切り出してくる。
即座に相づちをうったのは、僕ではなくてサダだった。
「あぁ、見た見た。三人でチーム組んで、例のスーツ着た奴がスラムに乗り込むって話だろ?」
例のスーツとは、ここ数日、サダとノンベが二人だけで盛り上がっているアレのことだ。
僕は全く興味がないんだけど、リミテッドギアと呼ばれている鎧だ。
それを着ると通常の何倍も強くなれるらしい。
ただ、鎧には適性があって、着れる人が限られている。
要は選ばれた人間だけの専用スーツってわけだ。
……僕が全く興味を示せない理由も、判ってもらえたと思う。
「D15によると軍の奴ら、密かに適合者を募集してるらしいな」
サイトから得た情報をあげて、ノンベが得意そうに話す。
D15というのは、一般にはアングラと呼ばれている非合法なサイトのこと。
家にパソコンがない人でもデータベース館で閲覧できる。
ただし軍非公認だから、いつ削除されてもおかしくない、いわゆるマユツバもののサイトだ。
家も持てない貧乏人なのに、ノンベはいつもデータベース館を利用している。
いつもどこで利用金を調達しているんだろう、などと、どうでもいいことを気にかけながら僕は尋ねた。
「適合者?鎧を着れる人を募集してるって、着れる人って鎧を見れば判るもんじゃないの?」
「判らないんだよ、これが。案外ネコ、お前が着れちゃったりするかもな」
ハハハ、とノンベが無遠慮に笑い、僕は少し気を悪くする。
ぶすったれた僕の顔を見て、サダがつけたした。
「いや、でも笑い事じゃなく本気でツトムが選ばれるかもしれないぜ?どうだ一つ軍に出頭してみたら」
笑ってるのかと思ったら、目は真剣だ。
僕は急にドギマギして、慌てて手を振る。
「うぇぇっ!?いっ、いいよぉ〜。僕なんかがホントに選ばれちゃったら、迷惑だろうし!」
ノンベが、また笑う。
「はははっ、迷惑もなにも、その前にお前が選ばれるハズないだろうよ」
「なんでだ?」と聞き返したのは、僕ではなくサダ。
するとノンベは呆れかえった顔でサダと僕を見つめた後、肩を竦めて言った。
「軍本部がどこにあるのか判ってて言ってんのか?俺達じゃ入れないだろ、あそこは」

僕達がさっきから軍、軍、と言っているのは、このブロックを治めている軍隊のことで。
正式名称はアスラーダっていうんだけど、一般領に住む誰もが軍で済ませている。
軍の本山は貴族領にある。
だから、一般領に住んでいる僕が入ることはできない。
アスラーダが発行している通行許可証を買えば一応入れないこともないんだけど、発行するだけでも恐ろしく値が張るので、よほどの事情でもない限りは作らない方が賢明だろう。

ノンベは僕より頭もいいし、事情通で暇つぶしの相手にはもってこいだけど、時々嫌味をいうのが玉に瑕だ。
それに僕の気のせいかもしれないけど、言葉の端々に僕とサダをバカにしているような節も感じられる。
僕達の無知さ加減を、楽しんでいる風にも受け取れた。
インテリ家族を周りに持つ僕だからこそ判る、一種の気配みたいなもんだ。
サダは無知でも仕方ない。
元々はスラムの住民だし、恐らくはスクールも卒業していないに違いない。
でも僕は。
僕は、一応スクールを卒業してるのだ。
なのに、僕はいつもノンベにからかわれる。
いつも、無知さを馬鹿にされる。

なんて惨めな気分。


僕は、ずっぷり自分の思いに浸ってしまい、気がつけば空はすっかり暗くなっていて。
サダと二人でノンベのガレージを、おいとましたのは、夜も更けて午後十一時を回った頃だった。
「ごめんな」
いきなり言われて、一瞬僕はサダが誰に謝っているのか判らなかった。
慌てて彼を見上げると、困った表情の彼と目が合う。
「嫌いだったんだよな?ギアの話。つい調子に乗って話しこんじまって、ほったらかしにして悪かった」
ほったらかしにされてただなんて、意外なことを言われて僕は唖然とした。
むしろ二人の会話に加わらなくて失礼なことをしてしまった、と後悔さえしていたのに。

ノンベと違って、サダは、どちらかというと大らかな奴だ。
クールな見た目とは裏腹に優しい。
つきあって数週間で、それが判った時、僕は妙に嬉しかった。
それに彼は、ノンベみたいな軽口や嫌味は絶対に言わない。
ましてや、他人を見下したりなど。
彼が誰かを叩く姿なんて想像できっこない。
いつでも真面目に僕のつまらない話を聞いてくれるし、悩んでる時は真剣に励ましてくれたりもする。
僕にとっては過ぎた友人であり、大事な友達だ。
僕は、すっかり彼に甘えて惚れこんでいた。
懐いてる、と言ってもいいだろう。
僕が彼を想うのと同じぐらいに、彼も僕のことを大事に想ってくれていればいいんだけど。

でも、そんなの無理だ。
だって、僕は屑だから。

僕が黙って見上げ続けていると、サダは、さらに優しく諭すように言った。
「明日は別の話をしよう。それか俺の部屋で話そうぜ」
我が侭な恋人のご機嫌を取るような声色に聞こえたのは、きっと僕の願望から生まれた妄想だろう。
真相は、駄々をこねる駄目な友人をあやす心境なんだ。
判ってるんだ、それくらい。
それでも、夢ぐらいは見たっていいだろ?
ノンベに散々馬鹿にされた僕は、彼に慰めてもらいたかったのだ。
いや、本音で言うと、彼に慰めて欲しい。
駄目な子供を甘やかすように、ヨシヨシと頭を撫でて元気づけて欲しい。
でも慰めてくれなんてこと、いくら駄目人間の僕でも言い出せやしない。
僕にだって、少しばかりのプライドはあるんだ。
それに僕が仲間外れ程度で、ふてていると思われるのも心外だ。
僕が機嫌を損ねていたのは正直なところ、サダとノンベの距離が僕とサダよりも近い事にあった。
二人は共通の話題を持っている。
リミテッドギアに対する興味、という話題を。
僕とサダには、それがない。
それが、かなり悔しくて、僕を無言にさせていた。
僕が尚も黙っていると、サダは少し離れて、困ったように肩を竦める。
遂に愛想を尽かされてしまったかと僕が内心おろおろしていると、彼は僕の肩に手をかけて囁いてきた。
「話したそうな顔してるよな。良かったら俺の部屋でぶちまけていけよ」
話すよりも、まず一番最初は彼に慰めてもらいたい。
僕は そう思いながら、素直に頷いた。


よく、人を好きになったら抱きしめ合ったりキスしたくなるっていうけど、そんなのは嘘だ。
そんなことをしたいとは思わないし、そうして欲しいとも思わない。
なのに、僕は彼が好きなのだ。
大好き、いや、愛してると言っても過言じゃない。
もし彼が僕に誰かを殺せと命じたら、僕は喜んで殺しに行くだろうし、彼が僕に死ねと命じたら、僕は喜んで自分の命を絶つだろう。
彼の機嫌を損ねたり、悲しませたり、ガッカリさせたりするのは、僕の本意ではない。
僕の、この考え方は異質なのかな?
僕の恋心は、間違っているのかな。

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