act1

僕は、屑だ。
なにをやっても駄目な、ろくでもない人間だ。
親にも、よく言われている。
「あんたは、何をやっても駄目ね」って。
自分でも判っているんだ。
僕がいかに駄目な人間であるか、なんてことは。
だが、それを他人に言われるほど不愉快な事はない。
駄目が駄目と言われて怒るな、などと言うなかれ。
どんな人間だろうと、他人を見下していい権利など、持ち得ないのだから。
この日も僕は、親に説教され、不愉快な気分で家を出た。

歩道橋を渡り、工事中な建設ビルの前を通る。
工事中、と言っても、このビルは、かなり前から放置されていた。
工事中の看板が下がったままなのは市民を納得させる為の理由付けであって、なんのことはない。
途中で建設費が足りなくなって、そのままにしてあるだけだ。
僕の住んでいるところは、それなりに都会化された地区だけど、今の時間、行き交う人の数は少ない。
いや、ほとんどいないと言ってもいいぐらいだ。
だって今の時間、子供は学校。健全な大人なら、会社で働いてるはず。
僕みたいに、ぶらぶら歩いてるのは、仕事をなくした駄目な大人か、仕事をする気のない大人。
或いは学校をさぼって遊んでる、駄目な子供だ。
僕は、それのどれでもないけれど……


僕の名前は猫塚 努。
猫塚、なんて妙な名字だろう?
おかげでアダナはスクールを卒業するまで、ずっと「ネコ」だった。
スクールを卒業した後、アカデミーにも行かず、会社にも勤めず、ぶらぶらしている自由人だ。
……なんていうと、格好いいんだけども。
要は無職ってやつで。
でも、仕事をする気がないんじゃない。
仕事が、僕を避けて通るんだから仕方ない。
スクールを卒業してから、ずっと就職活動中。
面接も何度か受けた。
けど、何故か僕は最終試験で落ちてしまう。

顔が悪いから?
愛想がイマイチだから?
学歴がスクールだけと、少ないから?
正確な落選理由は僕にも判らない。
ただ一つ、僕に判るのは。

僕が屑だから、企業は僕を嫌うのだ。

僕は、こうやって自分を野卑する子供にありがちな家庭環境で育ってきた。
親は両方ともエリート。
おまけに顔よし器量よし才能あり、と非の打ち所がない。
母親は教師を辞めた後、専業主婦になったが、父親は現在もエリート商社に勤めている。
目玉の飛び出る、とまではいかないが、他の家庭よりは多めに給料を貰っているはずだ。
僕の家は一般区域の中でも中流家庭にあたると思う。
下には下が沢山いるから、このブロックは。


誰も遊んでない公園を横断した時だった。
熱心な話し声が聞こえてきたのは。
話し声、というよりは、誰かが大声で演説しているようにも聞こえる。

「地球温暖化の影響で大地は海に水没した!だが、それと今の貧困社会は別問題だ!!人が人として扱われない、人を会社の部品の一部とするなど、間違っている!俺達は人間だ!人間が、人間らしく扱われることを望んで、何が悪い!?仕事がないのは、俺達のせいではない!企業が人間差別をしているからだ!差別のないブロックを、と騒いでいた政治家達は、まず何をおこなった!?……そうだ、能力の低い輩をスラムに隔離し、高い者を貴族として崇めた!こんな差別が許されていいのか!否!いいわけがない!!」

熱く語っているのは、日に焼けて色黒の中年だった。
手には小さなコップに入った酒を持っている。
なかなか格好いいことをいうなと思いながら、僕は黙って通り過ぎた。

このブロックは、三つの区域で分かれている。
僕の住む一般区域の他に、もっとお金持ちで才気溢れる人達の住む貴族区域。
そして僕より恵まれない人々の住むスラム区域。
スラムの生活は、そりゃあもう酷いらしい。
これらの分布が、どういう基準で定められているのか僕は全く知らない。
スクールでは教えてくれなかったし、僕もあえて知りたいとは思わなかった。
まぁ単に僕の親が無能ではなかったから、僕の家はスラムに放り込まれなかったのだろう。
僕は屑だけど、一般区域に生まれてきたことだけは不幸中の幸いだったなぁ。


僕は屑で、どうしようもない駄目だけど、そんな駄目人間でも自分より下の人間を見つけると嬉しいものだ。
仲間を得た、というのではなく、僕みたいな屑でも貶められる対象を見つけたことに喜びを感じる。
そんなことしちゃ駄目って理性は、もちろん僕にもある。
でも理性を越えた内面のどこかで僕はそいつらを蔑み、そうすることで不愉快な気分を解消していた。
それに、そういうことをするのは、何も僕みたいな屑だけではないらしい。
僕の親もエリートなのに、屑の僕と同じ方法でストレスを解消しているのだ。
これはきっと、人間の遺伝子に組み込まれた嫌な性質なのかもしれない。
父なんかは、僕を蔑み、哀れみ、言い負かすことによって、仕事のストレスを発散している。
身内だからこそ、好き放題に言える。
それがストレスの発散に繋がるんだろう。
身内に屑がいない僕は仕方ないから心の中で、そっと蔑むしかないのだ。
だから僕は不愉快な気分を発散させるべく、蔑む対象を求めて歩き回った。
そして僕でも蔑めそうな対象を見つけたのは、廃屋ビルの入り口付近だった。

壊す為にも費用がかかる今日、廃屋ビルの数は、けして少なくない。
表の壁に朽ちかけた「YAMADA」という看板がかかった、このビルも打ち壊しが中止されて半年は経つ。
廃屋ビルというからには、誰も住んでいない。
……はずであった。
はずなのに、入口で寝そべっている奴が居る。
熱く焼けたコンクリートの床をモノともせず、のびのびと横たわっている。
犬や猫なんかじゃない、もちろん人間だ。
背丈は僕より高く、肌も日に焼けて真っ黒だ。
さっき公園で熱弁を奮っていた、労働者らしき中年よりは焼けていないけど。
歳は、僕と同じぐらい?
或いは二、三年上かもしれない。
渋い赤のバンダナを頭に巻いている。
買った当時は、もっと綺麗な赤だったのかもしれないが。
寝そべる姿を見つけた時、僕の脳裏をよぎったのは、あぁ浮浪者か……という言葉だった。
浮浪者というのは、家を持たない人のこと。
駄目人間の中でも一番底辺に属する人達だ。
僕は家に住んでいるから、彼らよりは裕福ということになる。
まぁ、僕も両親が死んだ後は、どうなるか判らないのだから、あまり人のことは言えないけど。
ともかく今の時点では、僕は一軒家に住んでいる。
なので浮浪者よりは暮らしが上だ。
だが、彼が目を覚まし。起きた状態での、彼の顔をまともに見た時。
彼を蔑んでやろうという気持ちは、僕の脳裏から吹き飛んでしまった。


僕は、彼に惚れてしまったのだ。

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