Infallible Scope

act9

森で散開したのは絶対に失敗だったと、ジロは思った。
何故なら、あの叔父さんが、魔族とも互角な戦いを見せていたギルマスが、これほどまでに苦戦するとは予想外の展開だったのだ――!

チィッと小さく舌打ちして斬が飛びずさる。
その直後、彼のいた場所は、ごっそりと土がえぐり取られて大穴を開けた。
襲ってきたのは一人ではない。二つの人影だった。
一人は大柄な体躯の黒人、ボブ。
もう一人は痩身オッドアイの剣士――ソウマだ。
見た目はそっくりだ。しかし、けた違いの戦力が彼らを偽物だと証明している。
ボブは肉弾戦の傭兵だが素手で地面をえぐり取れるほどの怪力ではなかったし、ソウマも剣士の中では強いほうだが斬に追いつくほどのスピードはない。
二人同時に相手するのは、いかな斬でも分が悪い。
ゆえに、応援を頼んだ。
ハリィが今現在どこにいるのかは判らない。
向こうと違って探査機など持ち合わせていないのだし。
と思っていたら、向こうも、こちらの居場所が判らないという。
探査機の故障だと彼らは言っていたが、何かの妨害が働いているのではなかろうか。
森で別れた瞬間から、傭兵たちとは連絡が取れなくなった。
何度通信機で呼びかけても全員が音信不通、なしのつぶてだった。
かろうじて、やっとさっき、ハリィとの通信が繋がったのである。
何者かが賢者ドンゴロのかけた結界を悪用して、電波妨害している――
斬が最初に考えたのは、それであった。
あとは考える余裕を偽物二人に奪われた。
いきなり何の前触れもなく、充分に気配察知を行っていたにも関わらず、偽物の奇襲を許してしまった。
ジロやスージが殺されなかったのは、不幸中の幸いだ。
というより、敵は最初から斬一人に狙いを定めて襲いかかってきた。
操られているのではない。
偽物は、明確な殺意を持っている。
「ジロ!どちらか弱らせたら、例の爪で押さえつけてくれ!!」
斬に叫ばれても、ジロは、とても動けたもんじゃない。
ボブもどきは怪獣なみに吠えたけているし、斬もソウマもどきも目には止まらぬ速さだ。
今だって被害の及ばない場所まで逃げて、こっそり様子を伺っているというのに。
「押さえつけるって、そっち来いってことッショ?無理無理、無理っすぅ〜!」
首をぶんぶん振って全力拒否のジロに、容赦ない叱咤が飛ぶ。
「ジロ、我が儘を言っている場合じゃない……斬がやられたら、次は私達の番なのよ」
斬じゃない。ルリエルだ。
彼女も先ほどから援護魔法を唱えているのだが、偽物二人に魔法が効いたようには見えない。
「私の攻撃は無力化されている……あれに効くのは物理だけ。なら、傭兵と斬以外で戦えるのはジロ、あなたしかいない消去法になる」
つくづく、この場に本物のソウマ不在なのが悔やまれる。
常日頃強敵と戦いたいとほざいているくせに、肝心な時にいないとは何事だ。
ジロは自分の役立たずっぷりを棚に上げ、この場にいない仲間を心の中で罵った。
その時だ。茂みがガサガサと揺れ、待望の援軍が到着したのは。
「斬、無事か!?全員生きているか!」
「うぃっす!」だの「ピンピンしておりますわ」だのといった声が案外間近から聞こえてきて、戦っているのは斬とルリエル二人だけで襲ってきた敵も二名だと、ハリィは瞬時に把握する。
ソウマは、まだ見つかっていない。またしても彼の偽物だ。
だが先のバレバレな偽物と違い、今度の偽物は本物に近い容姿となっている。
「少なくとも、今度の偽物は目からレーザーを出さなそうですね」
ちらちらと戦闘の様子を伺いながら、軽口を叩いたモリスが地面にトラップを仕掛ける。
離れた場所まで移動したハリィも、手近な樹木にトラップを取りつけた。
モリスが仕掛けたのはスモーク、ハリィのはスパンニードルと呼ばれる道具だ。
スモークで目くらましをしかけ、スパンニードルで敵の連携を妨害する。
標的めがけて無数の針が飛び出る為、多少の怪我を負わせてしまうのがスパンニードルの短所だ。
だが今は緊急事態、多少の荒っぽいやり方には目をつぶってほしい。
動きを止めるとしたら、まだ肉眼で動きを追いかけられるボブもどきのほうであろう。
計三ヵ所に同じものを仕掛け、木陰でそっと様子を伺う。
ボブもどきは涎をたらし「ガァァァウ!」と人ならざる咆哮をあげている。
本人が見たら、さぞや憤慨するだろうとハリィは苦笑した。
計算して、十五秒後にはスモークの射出範囲に偽物たちが入り込む。
脳内で発動するまでの秒数をカウントしながら、それとなくハリィは援護射撃を行った。
スモークの範囲から連中を逃さない為の援護である。
だが、なにも銃弾で追い込まずとも敵は斬一人しか見えていないようで、十五秒後には全ての視界が真っ白に覆われる。
「どひゃあ!なんすか」と騒ぐジロへ、「トラップだよ!」と、これはスージの声か。
戦場でのトラップ発動も三回目となれば、彼らも一応覚えたとみえる。
白煙に包まれて三秒後には、三か所一斉で細かい針が前方へ射出される。
「ゴガァァァ!!」と、ボブもどきの絶叫が轟き、煙の向こうで金属の触れ合う音が鳴り響く。
「ジロ、来い!手を貸せッ」
斬に呼ばれたって一ミリも動けないジロの代わりに、ハリィが飛び出した。
姿は見えずとも大体わかる。声のした方角まで走っていけば。
煙の中、斬が誰かを地へ押さえつけている。
ソウマもどきの首にロープをかけると、両手をくぐらせ結びつけ、端を樹木に固定した。
「ギィィィ!!」
最初は暴れたソウマもどきも暴れれば暴れるほど首が絞まると判ってからは、動きを止めて大人しくなる。
「……拘束の手際がいいな。傭兵より、捕獲ハンターに向いている」
覆面の下で微笑んだらしい斬に向けて、ハリィも微笑んだ。
「君もだ、斬。その戦闘力、ハンターより傭兵に向いているんじゃないか?」
「傭兵は好きではない」と断り、斬が立ち上がる。
煙が晴れた後に現れたのは、樹木に固定されたソウマもどき。
そして無数の針が突き刺さり、地面で転げまわるボブもどきと、もう一人二人。
「なんだよ、こりゃあ。もしかして俺の偽物ってやつか?」
よく聞きなれた低音ボイス。なにより人間の言葉を発している。
ボブだ。本物の。
「急に通信が繋がらなくなったから心配していたんです。ご無事でよかった、軍曹」
モリスが駆け寄ってくるのを視界の片隅に捉えながら、ボブはハリィに悪態をつく。
「そりゃあ、こっちの台詞だゼ。いきなり通信不能になったかと思ったら、今度は遠くでドンパチの音が聞こえやがる。この森は、どうなってんだ?」
「君との最後の通信じゃ、何者かに襲われたようだったが」と尋ねるハリィへは首を傾げた。
「襲われる?俺とレピアが?いやぁ、何にも襲われちゃいないゼ」
「本当だよ、大佐」と、これは遅れてやってきたレピアの弁。
「散開してすぐ、探査機も通信機もイカれちまったんだ。誰とも連絡が取れないし、誰の位置も把握できなくなって、どうしようって悩んでいたら、激しい戦闘の音がこっちから聞こえてきてサ。それで一応様子見してこようってんで軍曹と二人で駆けつけたんだよ」
この森は、機械を駄目にする磁気でも発生しているのだろうか。
だが、トラップ道具は問題なく使えている。
機器全てが駄目になる、というわけでもなさそうだ。意図的な作為を感じる。
「異常現象には我々も気づいていた」と、斬。
「以前は、このような現象など起こらなかったのだが……敵も、戦法を変えてきたようだ」
「敵って、アンタは敵が誰だか判ってんのか?」 
ボブの問いには首をふり、しかしと斬が続ける。
「結界を壊せば、事態が変わるやもしれん」
遠方を見据える彼に、傭兵達もつられて目をこらす。
「結界って、賢者様が亜人の島全体にかけたっていう?」
「解けるんですか?」
「でも、そんな真似したら島全体が、どうにかなっちゃわない?」
あれこれ騒ぐ仲間を横目に、ハリィは斬に尋ねてみる。
「結界が電波を妨害している可能性があると、君は考えたのか。俺と同じだな。もしそれが他人の手で解けるものだとしたら、俺達も手伝おう」
斬が頷き、歩き出す。
「あぁ。だが、まずは散開した残りの仲間を探すのが先決だ。偽物と混ざって襲ってこられたら、たまったものではない」
それにはハリィも同感だ。
真偽の判らない状態で襲われるのが、一番まずい。
今回は偽物だと判っていたから、殺傷力の高いトラップを使えた。
それに早く見つけてやらなければ、皆も不安で怯えていよう。
――こんな怪奇現象、いつもの依頼じゃ絶対に起こりえないのだから。


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