Infallible Scope

act10

通信機を耳に当てていたモリスが、力なく呟いた。
「駄目です、ルクもカズスンも応答しません」
こちらと同じく怪異に襲われたか、或いは森で迷っているだけなのか。
願わくば後者でいてほしい。
「通信機が使えない以上、目視で探すしかありませんね」
チッと舌打ちするレピアを横目に、ハリィは命じた。
「散開した時の方角を目当てに探索するとしよう。ここからは全員一緒に動くぞ」
誰からも反論は出ない。
足手まといとの団体行動を嫌がっていたボブも素直に頷いた。
「こうなってくると斬、あんたらが全員一緒で動いていたのはラッキーだったよ」
レピアの軽口に頷き、斬は苦々しく呟く。
「あぁ、偽物は本物よりも強さが増す。もし寸分たがわぬジロの偽物が出た場合、俺はそれを倒すことも出来ぬであろう」
「え?できるでしょ、あんたなら」
レピアはキョトンとなり、傍らを歩いていたモリスも突っ込んだ。
「いくら本物より強いと言っても、ジロの偽物に貴方が後れを取るとは思えません」
「そぅそ、俺の偽物にやられるようじゃハンターとしても、お先真っ暗ッスよ」
当のジロまでもが調子に乗って軽口を叩く。
ハリィが斬の心情を弁護した。
「そうじゃない。ジロは斬の甥なんだ。例え偽物でも肉親を手にかけることはできない――そう言っているんだよ」
もし、そんな偽物が出てきたら、ハリィが処理を肩代わりしてやろう。
本物であれ偽物であれ、ジロを倒すにあたりハリィには躊躇する理由がない。
ソウマだって、そうだ。
先に出会っていたのがハリィだったら、あの偽物には鉛弾をお見舞いしてやったところだ。
もっとも真正面から戦ったとして、倒せたかどうかは甚だ怪しいものがあったが……
「へぇー、腐っても鯛、可愛い肉親愛ってかァ?」
前を歩いていたボブが素っ頓狂な声を張り上げ、斬へ振り返る。
「にしても解せネェぜ、あんたのやり方はヨ。役に立たない戦えないと判ってんのに、なんでそいつを連れまわすんだ?ギルドの倉庫番に任命してやったほうが、アンタもジロも楽になれるだろうに」
それにはハリィも同感だ。
しかし斬にしてみれば違うらしく、彼は首を真横に振って言い返す。
「冗談ではない。ジロを留守番させたら金庫の金が減ってしまうやもしれぬし、それに――俺にはジロを一人前のハンターに仕立て上げる責任がある」
「無理でしょ、それは」
間髪入れずモリスが突っ込んだのと、前方に異変が現れたのは、ほぼ同時であった。
一番に気づいたのは亜人のアルで、「嫌な気配が近づいてキタヨ!」と叫ぶや否や藪に突っ込んでいくものだから、出足が遅れた傭兵は勿論、ハンター達にも動揺が走る。
だが斬の立ち直りは早く、「アル、一人でいくな!」と叫んで彼女の後を追いかけた。
ワンテンポ遅れて銃を構えたハリィ達も、藪を掻き分ける。
そして見たのは腰まで草に覆われた状況で、剣士に襲われる仲間二人の姿であった。
「どういうことだ!?さっきまで全然物音すらしなかったのに」
泡を食うモリスに「いいから撃てぇ!バージとルクを助けるんだ」とボブが叫び、続けてハリィも叫んだ。
「やめろ!迂闊に撃つんじゃないッ」
なんせ剣士に照準を合せようにも、動きが速くて狙いづらい。
さらに斬とアルが戦闘に加わっては、とても撃てたもんじゃない。
バージとルクは防戦一方だ。
ハリィチームの面々はボブ以外、至近距離で戦えるタイプの傭兵ではない。
二人とも防弾チョッキはズタズタに切り裂かれ、ルクの片腕はダランと垂れ下がる。
バージの顔には無数の切り傷が刻まれていたが、幸い、目立った致命傷は受けていないようだ。
ずっと通信機を盾に剣撃を凌いでいたのか、傷だらけになった機体を手にしていた。
あんなもので、よく偽物とはいえ剣士の攻撃を防げたものだ。
もう一度襲いかかっている剣士を見て、ハリィは、あっとなる。
両手で剣を持っていたし、ずっと偽ソウマだとばかり思っていたのだが、全然違った。
「な、なんでカチュア?カチュアが、どうして剣をふるっているんですぅ!?」
狂気に彩られて血走った眼をしているが、皆より二回りは低い背丈の金髪ショートボブ。
見間違えようもない。
あれはカチュアだ。本来は魔術師であるはずの。
彼は今、両手に剣を握りしめ、怒涛の勢いでルクとバージに斬りかかっている。
「あいつ、剣なんか持てるはずないのに!どうして!?」
誰がどう見ても偽物だというのに、レピアもモリスも動転しすぎだ。
だがハリィも、ずっと偽物は亜人ないしハンターだけだと思っていた。
故に、カチュアの偽物登場には意表を突かされた。
ルクとバージが反撃できずにいたのは、スピードに目が追いついていかないってだけじゃない。
顔が仲間にそっくりってんじゃ、反撃の手が鈍るのも致し方なかったのだ。
「待てよ、カチュアが此処にいるならカズスンは、どうなったんだ!?」
ボブも動揺して叫ぶ中、いち早く混乱を抜けたハリィが全員に命じる。
「あれは偽物だ、本物のカチュアなら得意の魔術で戦うはずだ!!」
本物がルクとバージに牙を剥かないかどうかは、ハリィにも断言しかねる。
あれはどうも、ハリィ以外には心を許していないようなので。
しかしカチュアが剣を振るえないほど非力なのは、チームの誰もが知っている。
ハリィの一言で場の空気が正常に戻り、傭兵は各々の得意武器を取り出した。
すなわち、捕獲道具だ。
戦いは斬とアルにお任せして、一番捉えやすい角度で偽物の動きを封じ込める策に出た。
それにしても、解せないのは偽物の動きだ。
偽物のボブは素手で、偽物のソウマは剣で戦っていた。
なのに偽物のカチュアが剣で戦っているのは何故だ?
ソウマ並みに動きが素早いのも、偽物としての意味を成していない。
偽物を生み出すにあたり、ソウマとボブしかデータが取れなかったのだろうか。
だからカチュアの偽物を作っても、彼らの動きを真似するしかできなかった?
怪異と呼ぶには、あまりにも不自然だ。
カチリカチリと小刻みにタイマーが動く道具を一定距離ごと地面にセットしながら、ハリィは偽物の様子を伺った。
斬とアルの動きに翻弄されており、今や偽カチュアのほうが劣勢に追い込まれている。
斬はともかく、アルが善戦しているのには驚きだ。
亜人は擬態では、まともに戦えない。
斬は確か、そう言っていたはずなのだが。
チョコマカと、ただ走り回っているだけではない。
斬が攻撃しやすい方向へ、偽物を誘い出しているようにも見えた。
意外や、戦い慣れた動きだ。擬態の亜人も、そう捨てたものではない。
斬は斬で、致命傷を負わさないよう適度に加減して斬りつけている。
もしかしたら憑依された本物の可能性も捨てきれないので、妥当な判断だ。
「斬、アル!適当なタイミングで離脱してくれ」と叫び、ハリィはトラップの発動を待つ。
地面に仕掛けたやつは全てフェイクだ。標的を、とある方向に動かすための。
本命はモリスが樹木に仕掛けた白いトラップ、カメレオンにある。
カメレオンに殺傷力はない。動きを封じる、それだけの為に開発された道具だ。
だが、それだけに捕縛強度は他の道具の遥か上をいく。
亜人も捕縛できる、とは説明書に書いてあったアオリだ。
つまりは、それぐらいの自信があるということだ、開発者にも。
「3,2,1……ゴーッ!」
モリスのカウントと同時に、地面からは一斉にロープが飛び出した。
既に斬は場を離れ、アルも彼にくっついて離脱した後だ。
ロープは次々偽カチュアに向かって放たれ、偽物はロープから逃れようと後退する。
ある一定区域に入った瞬間、今度は樹木から黄色い糸が飛んできて、偽物にしっかり絡みつく。
偽カチュアが暴れようとお構いなしにハイスピードで巻き取られ、樹木に偽物を縛りつけた。
「……ヒュゥ♪初めて使った道具だけどよ、案外上手くいったじゃねェか」
完全に偽物の動きが止まったのを確認しがてら、ボブがホッと安堵の溜息をもらす。
恐る恐る近づいてきたスージが手を触れようとするのは、モリスが注意して止めさせた。
「駄目だよ、迂闊に触ると君までベトベトくっついちゃうぞ」
黄色い糸だと思ったのは黄色い布で、そいつが雁字搦めに巻きついて偽物を拘束している。
表面はベタベタしているのだろう。モリスの言うように。
「亜人でも引きちぎれないとの宣伝だ。さて、どうするね?」
ハリィが斬に尋ねると、斬は無言でコクリと頷き偽物に問いかける。
「……言葉は判るか?お前は何故、我々の仲間を襲っていた。何か理由があるのか」
こちらを憎々しげに睨みつけていた偽物だが、やがて、ふっと表情を緩めると。
思っていたより簡単に白状する。
「逃げようにも逃げられねぇってんじゃ、吐くしかねぇな。そうだ、確かに襲えと指示されたよ。亜人を軒並み、な。全ては世界を滅ぼす第一歩として、あの御方が計画なさったのさ。亜人の島の滅亡を」
「あのお方?ってのは、もしかしてジェスターって名前の黒騎士か!?」
モリスの問いには首を真横に振り。偽カチュアは、得意げに言い返した。
「違う。俺達に命じたのは、ただ一人。魔界で唯一賢者の称号を許された偉大なる王、アッシュ・ド・ラッシュ様に決まっている」
誰もが予想していなかった方向へ、話を飛ばして――


⍙(Top)