Infallible Scope

act11

「マカイってなぁ、クローカーの住処じゃねぇか!またあいつが来てるってのか」
絶望に叫ぶボブへ、すかさずレピアの突っ込みが飛ぶ。
「クローカーじゃないよ、今こいつがアッシュ・ド・ラッシュだと言ったばかりじゃないか」
全く聞いたことのない個体名だが、考えてみれば魔界の住民すべてを知っているわけではない。
ただ、最近異界の門が開いたという噂も聞いていない。
そいつは何処から入ってきたのか。そして何故、亜人の命を狙うのか。
「お前らが亜人と呼んでいるアレ、な。アレも大昔は余所から来た生物だ」と偽カチュアは言う。
「その前に」とモリスが割り込み、相手を軽く睨みつけた。
「その変身、解いてくれないか?仲間の顔を真似されるのは、どうにも気分が悪いんでね」
「あぁ、いいだろう」と、これまた素直に偽カチュアは頷き、ふっと力を緩めると、輪郭がブレたと認識する暇もない速さで全く別の顔に切り替わった。
髪の毛が一本もなくなり、肌は青色、瞳は紫に染まり、斜め上へ吊り上がる。
背中に折りたたまれた黒いシワクチャの物は、羽根だろうか。
瞬く間に、人間とは似ても似つかぬ異形の生物が出現する。樹木に縛りつけられたままで。
「さて――話を戻すとして、俺達が何故亜人を狙うのか?亜人は、かつて魔界にも侵攻してきた、俺達にとっての敵だからだ」
「けど、それは大昔の話なんだろう?」と混ぜっ返してきたのは、ハリィだ。
「今頃になって大挙押し寄せてきたのは何故なんだ」
「ここにいると判ったのが、つい最近だったからさ」と、異形の者が答える。
「だが、俺達には変化した亜人と、人間の区別がつかない。従って、間違えて襲っちまった人間もいる。そいつに関しては謝ろう」
彼の言い分を全て信じるなら、これは魔族と亜人との間で起きた戦いだ。
人間が関与するか否かは、一個人では判断できない。
一応ハリィは確認を取る。
「きみが擬態に選んだ被写体が現在、行方不明になっている。彼が何処にいったか知らないか?」
「あぁ、そいつとは森で遭遇した。会うなり襲いかかってきたんで、魔法で眠らせた。どこかで寝ているはずだ」
何処かとは何処だと問い詰めても、森は何処も同じ景色なので覚えていないと彼は言う。
亜人の島は、どこもポカポカ陽気で温かいから、カチュアも、どこかで暢気に寝ているのであろう。
「なんでトドメを刺さなかったんス?亜人と人間の見分けがつかないのに」
さらに突っ込んだ質問をしたのはジロだ。
最初は怖がっていたくせに、相手が身動きできないと判ってからは近くに寄ってくる。
「眠りの魔法が、あっさりかかったからだよ」と、魔族が肩をすくめる。
「抵抗も何もなく、すとーんと眠っちまったからな。こいつは亜人じゃないと、すぐに判ったさ」
亜人であれば魔法に抵抗するか、擬態を解いてドラゴン化するのだそうだ。
では、何故バージとルクには魔法ではなく剣で襲いかかっていたのか。
それについても、魔族は、あっさり答えてよこした。
「それも簡単さ。そいつらは亜人を庇いだてした。つまり、俺達の敵にまわった」
そうなのか?とハリィが確認を取れば、バージは口を尖らせる。
「だって、亜人を見なかったか?って見るからに化物な姿の奴に聞かれたら、亜人に危害を加えるつもりだって思うでしょう、普通」
森の中で亜人でも人間でもないやつと遭遇したら、大概は敵に回るであろう。
この場合、バージとルクを早計だと責めるのは酷だ。
ハリィとて、冷静に問答できる気がしない。
「亜人は、な。外の世界じゃドラゴンだのドラグーンだのと呼ばれている。大昔は天界の門番をやっていたんだ。それが何を勘違いしたか魔界に攻めてきて、そのうちの一部が、この世界へ逃げ込んだ」
ドラゴン全てを敵とみなしているわけではなく、魔界に攻めてきたドラゴンのみを敵視している。
ワールドプリズにいるのは、かつて魔界と争ったドラゴンの生き残りだ。
故に、完膚なきまで滅ぼさなければいけないと魔族の王は考えたのである。
「迷惑な話だゼ」
正直な感想をボブが吐き捨て、レピアはハリィに指示を仰ぐ。
「今後あたし達がやらなきゃいけないのは、魔族の殲滅だとして。こいつを囮にして残りをおびき出すってのは、どうでしょう?」
「殲滅って簡単に言ってくれるけど、魔族って全員がクローカーみたいな戦力なんだろ。俺達だけで、どうにか出来る相手じゃないぜ」
難色を示したのは、バージだ。
ハリィ率いる傭兵チームは過去に魔族と戦ったこともあったのだが、あの時は手も足も出なかった。
ルリエルと、それから異世界の民がいなかったら、あそこで命が尽きていたようなものだ。
「クローカー?誰だ、そりゃ」と異形の者は首を傾げている。
ついでだからとハリィは尋ねてみた。
「そういや、まだ聞いていなかったな。きみの名は?」
今度も、やはり彼は素直に答えた。
「ヴァッヂだ。答えられる範囲でなら、お前らの疑問に答えてやるよ。さぁ、次は何が聞きたい?」

ヴァッヂ曰く、魔族といっても戦力はピンキリで、強い奴もいれば弱い奴もいる。
大抵は階級で分けられており、数値が小さければ小さいほど強大なのだそうな。
試しにアッシュ・ド・ラッシュの階級を聞いたところ、王は特級だと言う。
特級とは何かと問えば、第一級の上にいる階級だと答えが返ってきた。
また、魔界の地は広大で、先ほど名前をあげたクローカーなんてのは聞き覚えがない。
俺の知らない土地に住む奴だろうとヴァッヂは笑い、そこからは王の自慢話に突入した。
アッシュ・ド・ラッシュの収める地は、全ての階級が平等である。
時折、人間界に召喚されて行方不明になる奴もいるが、大抵は平和に暮らしている。
魔族は同種族で群れをつくり、違う種とは不干渉を貫くのが基本だ。
だが、アッシュ・ド・ラッシュの地は違った。
違う種とでも群れを作れるし、子をなすことも許された。
地は、いわゆる雑種、混血で溢れかえり、彼らは自らをハイブリッドと呼び、王へ絶対の忠誠を誓う。
無論、ハイブリッドだからといって奢り高ぶったりはせず、過去の種も愛した。
そのような平和な地に、突如攻めてきたのだ。あのドラゴンたちは。
同胞が何人も殺され、多くの血が流れた。ハイブリッドも、そうでないのも。
何年経とうと、けして許される所業ではない。
故に、逃げたドラゴンの行方を捜していた。何年も、何十年も何百年にも渡って。
「そんで、やっとココにいるって判って攻め込んできたってわけね」
はぁーと呆れ半分驚愕半分な溜息をついて、レピアがヴァッヂをチラリと見る。
何百年も生きているようには見えないが、しかし、こいつは亜種族だそうだから実年齢は判らない。
「じゃあ、ジェスターなんてのも」
モリスの問いにも、ヴァッヂは首を真横に振る。
「あぁ、知らないね。そいつが魔族だとしても」
憑依騒ぎがジェスターと全く無関係な、世界をまたいだ種族間抗争だったとは驚きだ。
行方不明になった他の者に関しても、ヴァッヂは知らないと答える。
そして他に入り込んだ魔族の有無に関しても、曖昧な答えで返してきた。
「いるとは思うんだがね。連携を取っているわけではないからなぁ……俺達は今のところ、個別で動いている。現場で指揮を執るものは不在でね。王は魔界で俺達の勝利を祈っているよ」
賢者だ王だと崇められている割に、復讐は随分と人任せだ。
実はヴァッヂが言うほど賢くも偉くもないのでは?
疑いつつもハリィたち傭兵はハンターに相談する。
「今後の指針だが……君達は、どうするつもりだ?俺達は仲間を見つけたら、一旦国に戻って全てを王に報告しようと思っている。こいつは、俺達だけで解決できるような問題じゃないんでね」
それに対する斬の反応は明確で。
「聞くまでもなかろう」
鋭い視線をヴァッヂに向け、言い放つ。
「我々は亜人に味方する。亜人は賢者の友でもある、見捨てるわけにゆかぬ」
「魔族と敵対しようってのか」
縛られた格好のままで、ヴァッヂも敵意を燃やす。
すぐにハリィからは「おっと、全ての人間が敵対しようとしているんじゃないぞ」と宥められ、「判っているさ、全てを敵に回すのは得策じゃない」とヴァッヂも言い返した。
「その、亜人だけどさ」とレピアが何か言いかけるのと、茂みがガサッと揺れて「あ、マスター!やっと見つけたぜ」と誰かが叫んできたのは、ほぼ同時で。
「ソウマ!?」
あれだけ必死になって探しても全然見つからなかった人物の、今頃の合流に全員が驚いた。


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