act12
亜人の島を騒がす原因は判明した。だが、そこで任務終了とはいかないのが困りものだ。
一度レイザースに戻って国王の意見を聞こうと考えたハリィにも、具体的な案があるわけではない。
それに、魔族の言い分を一から百まで鵜呑みにする気もない。
行方不明だったソウマと合流し、賢者の庵があった場所まで戻ってみると、敷地跡に座り込んでいたカズスンとカチュアが「おーい!」と手を振ってきた。
「なんだ、お前ら。先に戻ってきてたのかヨ?」
ボブの悪態に、カズスンが肩をすくめる。
「歩いていたら、いきなり計器が全部故障しちゃいましてね」
不安だから引き返したのだと言う。
「そうだ、大佐!大変です。帰る途中で異形の怪物と遭遇しました!」
カチュアが報告する中、傭兵達は庵の跡に集まった。
「カチュア、その件も含めてなんだが、一旦首都へ戻ろうと思う」
切り出したハリィに、カチュアもカズスンも、ひとまず頷く。
「一旦戻るんですか。しかし、こいつは、どうするんです」
目線でカズスンが示したのは、ぐるぐる巻きに縛られて砂地に転がされた偽ソウマだ。
加えて今は、両手を拘束されたヴァッヂもいる。
「こいつ、こいつですよ!僕が途中で出会った怪物は」
泡食うカチュアを「大丈夫だ。ひとまず話の通じる相手ではあるから」とハリィが宥め、ヴァッヂ本人も頷いた。
「さっきは悪かったな。だが、お前らは敵じゃないと判って一安心だ」
何故一緒にいるのかも二人に説明した後、改めて傭兵達は彼らの処遇を相談する。
彼らは不法侵入してきた魔族だ。このまま放置というわけにもいかない。
「こんな時、賢者様がいてくださればよかったんですけどねぇ」と、カチュア。
賢者ドンゴロは黒い悪い奴を追いかけて出ていったきり、戻る気配が全くない。
庵が建っていた場所も、今や四本の柱が残るのみだ。
「いない者を頼っても仕方がないし、ひとまず彼らもレイザースへ連れて行こうと思うんだが」
ハリィの決断に「大丈夫ですか?」と尋ねたのはカズスンだけではなく、「おいおい、勝手に決めるんじゃない」と当のヴァッヂまでもが口を挟んでくる。
「俺は亜人と戦う使命があるんだぜ?ここを離れるのは断固反対だ」
不意に、がさっと茂みが揺れたかと思うと。
タタターっと走り寄ってきたアルが、ハリィの横を素通りして斬に抱きついた。
「斬ー!すっごく心配したヨ〜?迷子になるんじゃないかって」
「それはすまなかった」
斬がアルの頭を優しく撫でる。
「えへへー」と微笑むアルの口の中に、人間にはない鋭い牙が生えていると判った途端。
「貴様!亜人かッ」
殺気だつヴァッヂだが、飛びかかる前に首筋を叩かれて「ブベラ!」と気を失った。
「お前、容赦ねぇなぁ」と呆れるボブを背後に、斬がハリィへ進言する。
「魔族をレイザースへ持ち込むのは危険だ。だが、ここへ残すわけにもいかぬ。……俺も同行しよう。亜人を守るためにも手数は必要だ。一旦戻って傭兵かハンターの募集をかける」
過去の戦いでも、斬だけは魔族の動きを完全に見切っていた。
即座にヴァッヂを黙らせた件も含めて、臨機応変に動ける彼が同行してくれるのは心強い。
「協力感謝する」と斬に礼を述べてから、ハリィはレピアに尋ねた。
「先ほど何か言いかけていたようだが、何か気づいた点があったのか?」
「あぁ、そうそう」とレピアはアルを顎で示し、先ほど言おうとしていた言葉を吐く。
「全ての亜人が魔族との戦いに関与しているのかどうかが気になったんです。中には、この島で生まれた亜人もいるんじゃないかって。ねぇアル、あんたはどうなのさ?」
話を振られ、アルが勢いよく頷く。
「ウン。アルは、ワールドプリズで生まれたヨ!ココがアルの故郷だヨ」
となれば、ますます魔族と亜人の異種間戦争は退けなければいけない戦いになってくる。
魔族と無関係な亜人を戦いへ巻き込ませるのは可哀想だ。
それに彼らが亜人の島だけで戦うにしろ、被害がこちらまで及ばないとは限らない。
無断侵入の件もある。魔族は、ワールドプリズの住民が与り知らぬうちに入り込んでいた。
門を抜けてやってきた異世界人は、レイザースの騎士団が取り調べるのが定例だ。
「そういや、どうやって島まで来たんス?あんたら」
今更な質問をジロが飛ばし、それにはカチュアがドヤ顔で答える。
「転移呪文です。僕が最近覚えたんですよ。帰りもその魔法で飛びますから、とくと堪能しちゃってください」
転移呪文で無事レイザースに戻った一行は、ハリィのアパートに集合する。
斬やジロ、ハンターギルドの面々も一緒だ。
ヴァッヂは暴れないという約束の元に、両手の拘束を外してもらった。
「さて……彼はいいとして、問題は、そこの偽ソウマだが」
偽ソウマこと魔族の何者かは相変わらず気を失っており、ロープで簀巻きにされている。
「俺の偽物ってのが最大に嫌だな」と本物もしかめ面で眺め、足で偽物をちょいちょい突く。
「なんかすごかったぜ?目からビーム出してたし」
ルクが言うのにも、ソウマは渋い顔を向けて呆れかえる。
「なんだよ、それ。ビームって。風評被害も甚だしいぜ」
「ところでソウマ。ボク達と離れている間、何してたの?」
改めてスージに尋ねられ、ソウマが答えた。
「見回りしていたに決まってんだろ。途中で獣道を外れて方向感覚がおかしくなっちまったけどよ」
「え、何、迷子?迷子になってたのかよ、お前!」
ジロが大袈裟に囃し立て、「迷子って言うな!」とソウマは大激怒。
まぁしかし、あの森の中ではハリィも斬も現在地を見失っていた。
いわば全員が迷子になっていたのだから、ソウマばかりを責めるわけにもいくまい。
「ヴァッヂの知り合いじゃないの?」
挨拶もぬきに馴れ馴れしいスージの態度に、幾分気分を害した声色で魔族が答える。
「なんだテメェ、雑魚のくせして馴れ馴れしい。さんか様をつけろ」
「じゃあヴァッヂ様、この人はお知り合いか何かですか?」
そこで素直に様をつけるスージも大概だが、ヴァッヂは気を良くして答えた。
「全然知らねぇ。見たこともねーな。ま、どっかの三下だろ。変身下手だし」
「知らねェのかよ!」
ボブが大声で突っ込み、傍らではバージが肩をすくめる。
「個別で動いているだけあって、誰の顔もご存じないってわけだ」
「仕方ねぇだろ、王の領地は広いんだ」
全く意に介した様子もなくヴァッヂは飄々と言い返し、ハリィを促した。
「それより、こんなところで油を売ってねーで、さっさと騎士団だったか?に行こうや」
そいつを手で待ってくれと制し、ハリィは通信機に話しかける。
送信先はグレイグだ。レイザース騎士団長にして、ハリィの親友でもある。
「――あぁ、グレイ、公務中にすまないな。君に面会してもらいたい相手がいるんだ」
「グレイって誰だ?」とヴァッヂが聞いてくるので、代わりにレピアが教えてやる。
「誰って、大佐の友達だよ。レイザース騎士団の一番偉い人でもある。あんたは今から、その人へ会いにいくんだ。粗相だけは、するんじゃないよ」
「へぇ……」と呟きヴァッヂはしばし天井を見上げた後、「そいつは強いのか?」と、さらなる質問を飛ばしてきたが、その前にハリィの通信が終わり、出かけようと促される。
気絶した偽ソウマはボブが担ぎ上げ、一同は揃って王宮へ向かう。
「グレイは強いぞ。だが、君が彼と戦う必要はない。君はグレイの質問に何個か答えるだけでいいんだ。極力問題を起こさないでくれると助かるよ」
粗相をしでかすなとハリィにまで念を押されて、ヴァッヂは再び気分を悪くする。
「判っている。俺達の敵は亜人だけなんだ、無用な争いは避けるに決まっているさ」
むすっとした顔で応えたのだった。