Infallible Scope

act13

ヴァッヂへの尋問は、騎士団長グレイグ=グレイゾンの個室で行われた。
「――すると君は、魔界から直接"門"を通らず、こちらへ渡ってきたというのか」
驚くグレイグに、何を驚くんだとばかりにヴァッヂが肩をすくめる。
「俺達から言わせてもらえば、いちいち通路を作って行く奴のほうが稀だぜ?大抵は、そうだな、力ある者が空間を開き、その力でもって飛ばしてもらうんだ」
次元の門が開くのは、誰かが強制的に魔法で開いた時だけだ。
魔族は特殊能力で以て、門を省略することが可能だという。
ただし、能力を持つ者は限られている。
ヴァッヂの崇めるアッシュ・ド・ラッシュは、次元を開く能力所持者だという話であった。
「で、そのアッシュ・ド・ラッシュ様は自ら来ねーのかよ」
尋問途中で割り込んだボブの質問にも、ヴァッヂは気さくに答える。
小奇麗な部屋に通されたばかりではなく、紅茶とケーキまで出された待遇に、彼は気を良くしていたのだ。
それに、この座り心地のいいソファ。人間だけが使うには勿体ない。
「偉大なる王は自分の土地を統べるので、お忙しいんだ。それに王が出ていったら、亜人ばかりじゃなく原住民まで滅ぼしちまうかもしんねぇだろ?王は俺達に活躍の場を与えてくれたのさ」
話を聞いただけでは、いまいち、すごいんだかすごくないんだか判らない王である。
やはりヴァッヂ一人だけでは圧倒的な情報不足だ。
もう二、三、魔族を捕まえないことには、何人入り込んでいるのかの全貌が見えてこない。
「王宮の異世界研究室は何も感知しなかったのかい?魔族の出入りに関して」
ハリィの問いに、グレイグが首を真横に振る。
「検査機は何も反応しなかったと報告を受けている」
検査機に引っかからずに渡ってこられるとなると、ますます厄介だ。
「おまけに一人一人が強いときた。こいつぁ俺達の手に負える相手じゃないゼ」
早くも投げやりなボブを睨み、グレイグが断言する。
「だが、放置できる問題でもない。我々だけで解決せねばならないのだ」
「せめて、こっちにきたやつを送り返せればいいんだけどねぇ」
ぽつりとレピアが呟き、ハリィはそれも尋ねた。
「魔界の座標割り出しは可能かどうか、研究室に聞いてみちゃくれないか?」
宮廷内にある異世界研究室は、近年は魔術師と手を組んで時空座標の割り出しに取り組んでいる。
今のところ成功したのは一件だけで、ファーストエンドという名の世界のみだ。
グレイグが答える前に「魔界は広いぜ?」とヴァッヂが茶々を入れてくる。
「お前らのチャチな魔法で割り出せるかねぇ」
頭から馬鹿にされては、黙っていられない者も出る。
「本をただせば、お前が自分の仲間を把握していないのが悪いんだろうが!」
食ってかかるカズスンにも、ヴァッヂは肩をすくめた。
「だから、何度も言わせんなよ。俺達は個別で動いているんだ。連携を取ったほうがいいのは俺にだって判っている。けど、魔界の奴らってのは案外自由気ままでね」
一応、こちらへ来る前に何人かには声をかけたのだとはヴァッヂ談。
しかし結局誰とも連携が取れず、彼は一人でワールドプリズにやってきた。
クローカーはキエラと二人で行動していたが、ああした魔族は相当に珍しいのだろうか。
或いは、アッシュ・ド・ラッシュの地に住む魔族が変わっているのかもしれない。
「もう一人二人、情報源が欲しいところだが……」
ポツリと呟き、ハリィが足元へ視線を移す。
床に転がっているのは偽ソウマ。相変わらず気を失っており、目覚める気配が全くない。
「ハリィ。彼は?」とグレイグに尋ねられ、「彼も魔族だそうだ」と答えながら、偽ソウマの側に寄る。
斬も近づいてきて、脈をはかった。
「生きているのに目を覚まさぬのは、どうしたことだろうな」
「実は起きてて、襲いかかるタイミングを狙っているんじゃないか?」とはモリスの予想に。
何を考えたのかスージも偽ソウマの側に屈みこみ、パッパと何かを振りかけた。
途端。
『武ェーーー苦所為!!!』
激しいクシャミと共に偽ソウマだった者が、ぱちりと目を開け、ギロリと天井を睨みつける。
『憤怒!此処は何処ぞ!?我は何故雁字搦めに縛られておるッ。憤ッ!憤ッ!怒ゥゥゥ、全く取れぬとは実に恐るべきは原住民の罠ッ!』
長々と独り言を垂れる様子にカズスンがぽつりと呟き、カチュアも突っ込みを入れる。
「こいつ、しゃべれたのか……」
「というか、こちらが目に入ってないんでしょうかねぇ?」
先にヴァッヂが話しかけた。
「おい、お前。お前も亜人討伐に来た魔族だよな?俺と同じ」
縄を解こうと気張っていた魔族が頷き返す。
『憤怒ゥゥゥゥ、ゥ?ウム、貴様からは我と同じ波動を感ずる。貴様も魔族であるな?ならば、その通りだ。我も亜人討伐に向かいし武士。だが不覚を取って、この様よ。ウム、宜しければ我の縄を解いてもらえぬだろうか』
ちらと目線で確認を取られたので、ハリィは無言で頷いてやる。
ヴァッヂに縄を解いてもらって、ようやく偽ソウマが、こちらの存在に気が付いた。
『怒ゥゥゥ!貴様らは我を襲いし原住民の輩ッ!ここであったが百億年、息の根を止めてくれよう』
だが、「その前に」と本物のソウマからは間髪入れず背中を蹴られ、『アウッ!』と悲鳴をあげる羽目に。
「まずは、そのむかつく変身を解いて自己紹介しろよ」
『怒?』
状況が良く判っていない同志には、重ねてヴァッヂも説得に入る。
「ここで暴れたら今度こそ死ぬぞ?お前。多勢に無勢ってやつだ。原住民を甘く見てっと、痛い目みるぜ」
斬に一撃で気絶させられた彼が言うと、説得力のある言葉だ。
ぐるりと辺り一周見渡して、同志がヴァッヂ一人しかいないと判るや、偽ソウマの反応は実に判りやすく。
しゅわしゅわと白い霧を吹きだし変身が解けた後には、真黄色の生き物が現れた。
背中には二枚羽、頭には角が生えている。
魔族はレイオーダと名乗り、自分の置かれた状況を語りだす。
「我は仲間と来たのだが、逸れてしもうてな……一人で暴れておったら、そこな原住民と運悪く出会うてしもうたのよ」と、指をさした先にいるのはソウマだ。
さされたほうは「え?」と首を傾げ、言い返す。
「俺と出会った?悪いが、こっちにゃ記憶がないぜ」
「ほんの数時間で健忘症か」と突っ込むジロを睨みつけるソウマへ、なおもレイオーダが話しかける。
「ウム、一目見て是は我が擬態するに相応しい姿と判断した。亜人と戦うには原住民の姿で油断させるのが一番と、我らが王アッシュ・ド・ラッシュ殿も申しておられたからなァ」
遠目にソウマを見かけて、これはいいと真似したらしい。
話しかけられてもいないのだから、ソウマが覚えているはずもない。
「けど、なんでソウマを選んだんです?」
スージが首を捻るのへ、レイオーダが答える。
目線はまっすぐソウマに突き刺さり、どこか恍惚とした表情で。
「ウム、ソウマというのか。名も気高いとは我の判断に狂いなし。見た目といい、我が擬態するに相応しき美しさよ」
これにはジロもスージも「ハ?」と仰天、エルニーもソウマをじろじろと眺めて首を傾げるばかり。
「ソウマが?美しい?あなた、一度眼科にかかったほうが宜しいのではなくて?」
エルニーの言い方には棘があるが、自分が美しくないという点においてはソウマ自身も同感だ。
美しいと言われたのは初めてだし、美しいと褒められて喜ぶのは一部のナルシストと女性ぐらいだろう。
だが、魔族は「何を言うか」と反論し、なおも、ねっとりした視線をソウマに向けてくる。
「青き瞳と赤き瞳。光り輝く金の髪。是こそは、地上に降り立ち破壊神ぞ」
常人には理解しがたい価値観発言へ、さらに突っ込んだのはルクとレピア。
「けど、あんたの変身、両目とも赤かったじゃないか」
「それに、ビームも出していたよね。ワールドプリズの民は、そんなもの出さないんだけど?」
「何ッ!出ないのか!!」
レイオーダには大袈裟に驚かれ、ルクとレピアも「出ないよ!」と声を揃えて再度否定。
「なんと不憫な生き物ぞ……見目麗しい姿に産まれておきながら、魔光弾も放てぬとは」
「感動している処悪いが、この目は生まれつきじゃないんだ」と、ソウマも割り込んだ。
「なんと!?」と再び驚く魔族を横目に「魔光弾?」と首を傾げるハリィには、ヴァッヂが補足した。
「俺達魔族の攻撃手段だ。魔力を集めてぶっ放すのさ」
「君も出せるのかい?目から、その魔光弾ってやつを」
そっと尋ねたら、ヴァッヂには憤慨された。
「出るかよ!あいつだけだろ、そんな器用な真似ができるのは」
本来は掌などに集めて放つのだとも言い添えて。
同じ魔族というくくりでも、ヴァッヂとレイオーダは全く別種であるようだ。
おまけに、どちらも顔見知りではない。アッシュ・ド・ラッシュの敷地は、予想以上に広大だ。
「貴殿も、やはり魔界から此方へ向かった魔族の全総数はご存じないのか?」
グレイグに質問を受けて、レイオーダが答える。
「其の前に……我にも飲み物と甘味を用意されたし」
いや、答えではなく催促だった。
ヴァッヂが食べているケーキに、レイオーダの視線は一直線だ。
「そ、そうか。そうだったな、気が利かなくてすまない」
慌ててグレイグが立ち上がろうとするのへは、カズスンが「いえ、騎士団長は尋問を続けてください」と押し留め、代わりにモリスが廊下へ飛び出した。
「ひとまず俺の分をわけてやっから、先にこいつらの質問に答えてやれよ」
「忝い」
ずずーっと音を立てて紅茶を啜ったレイオーダは、ほっと一息入れてから話し出す。
「ウム、美味。亜人討伐に向かった総数は存じぬが、誰と誰が向かったのかは王が存じておる」
それじゃ話にならない。
アッシュ・ド・ラッシュは、魔界を出ようとしないのだから。
落胆の溜息が、あちこちで漏れる中、全く気にせずレイオーダが話を続ける。
「いずれ総司令官も到着の予定だ。総司令も王より誰が向かったのかの情報を賜っておろう」
「え、マジ?総司令、いたのかよ!」
真っ先に声をあげたのはヴァッヂで、レイオーダもコクリと頷く。
「ウム、貴様は存じておるか?魔界の貴公子キリシュヴァレイン殿を」
「え、知らねぇ」との絶望的な返事を丸無視し、やはりどこか遠くを見る目でレイオーダは締めくくった。
「ゴブリンの王の下にいるのが似つかわぬ、美麗の若者ぞ」
美麗の若者司令官も気になるが、もっと気になるのは今、レイオーダが放った何気ない一言だ。
「ゴブリンの王……?ゴブリンって、確か洞窟に住んでいる雑魚モンスターですよね」
ひそひそと囁いてきたジロに頷き、斬も訝し気な視線を魔族二人に送る。
「そうだ、雑魚モンスターが魔界の王……おかしな話だな。魔族がモンスターの命令を訊くのか?」
しかもヴァッヂの言い分を信じるならゴブリンが異世界移動の能力を持っている結論になるが、ワールドプリズにいるゴブリンで、そのような特殊能力を持った個体は、お目にかかったことがない。
疑問に思ったのはハンターだけではなく、ハリィら傭兵も今の一言には引っかかった。
「俺達はずっと、魔界から来たという彼らの弁を鵜呑みにしていましたけど、こりゃ、一度調べたほうがいいんじゃないですかね?幸い、ここは王宮だ。研究室も一通り揃っています」
眉間に皺寄せ自称魔族らへ不審の目を向けるカズスンに、ハリィも頷いた。
ヴァッヂとレイオーダを交互に見比べながら。
「彼らが魔族かどうかはさておき、生体を調べてもらうってのには賛成だ。送り返すにしろ、全員があの二人のように友好的だとは限らないからね。何か弱点が見つかればいいんだが……」
現状、彼らが魔族かどうかを確かめる術はない。
魔族のサンプルが少なすぎるとあっては。
だがヴァッヂやレイオーダを調べれば、彼らの苦手とするものが判るかもしれない。
問題は、二人が素直に調べさせてくれるかどうか。
ハリィは厨房に向かったモリスへ、こっそり連絡を入れる。
通信機で話すのはバレるから、文字を打ち込みメッセージを送った。
ヴァッヂとレイオーダには悪いが、この際、手段は選んでいられない。
再び魔族との戦いが始まるかもしれない今、情報は一つでも必要だ。


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