Infallible Scope

act14

レイザース騎士団長グレイグ=グレイゾンの個室にて。
自称魔族のヴァッヂとレイオーダは、形ばかりの尋問を受けていた。
尋問というよりは、内情についての説明を求められていた。
彼らの話をまとめるに、このたび魔族がワールドプリズへ来た理由は亜人討伐が目当てだとか。
亜人を狙う理由は、ただ一つ。過去の恨みを引きずっての種族間戦争だ。
彼らの住む地を治めるのは、アッシュ・ド・ラッシュと名乗る王。
彼らは個別でワールドプリズに渡った為、お互いを把握できていないのだという。
だが、近々キリシュヴァレインという名の総司令官が訪れる予定らしい。
「その、キリシュヴァレイン候について詳しく聞かせてもらえないか?」
ひとまずアッシュ・ド・ラッシュのゴブリン疑惑は脇に置いて、グレイグが尋ねる。
「ウム。見目麗しき若き司令官という噂しか知らぬが、総司令に選ばれるのだ。きっと聡明に違いなし」
「噂の又聞きってこたぁ、あんたは実際に会った事がないのか?」
ルクに横入りで尋ねられ、レイオーダが素直に頷く。
「ウム。我は総司令より先に出た故、会う暇もあらなんだ」
なら、どうやって彼が来ると知ったのか。
それもルクが突っ込めば、レイオーダは懐から一枚の紙を取り出した。
「これを見よ」と見せつけられたが、紙に書かれた文章は見た事のない言語でハリィ達には分からない。
首を捻る現地人には、ヴァッヂが補足した。
「俺達は、いざって時に連絡用のパルクを持ってんだ。パルクってのは、そうだな、誰かの言葉を紙越しに伝える便利道具みたいなもんで、遠出する時にゃあ、これで連絡を取り合っている」
「え、じゃあ、これが、あんたたちの通信機ってわけ!?」
横から奪い取り、改めてマジマジとレピアは紙を眺めてみる。
どう見ても、ただの羊皮紙だ。表面に、ウネウネと奇妙な文字の書かれただけの。
「エネルギー源は何なんでしょう。魔法ですか?」
カチュアも手に取って、ひらひらさせてみたが、やはり、どう見ても、ただの紙だ。
「魔法?いや、魔力だ。相手側が魔力でもって文字を転送してくる」
ヴァッヂの答えを聞き流し、グレイグが尋ねた。
「それで……そのパルク、には何と書かれているのか教えていただきたい」
「ウム。魔界の貴公子キリシュヴァレイン、ついに亜人討伐に乗り出す!出撃地はワールドプリズ、夢と浪漫のファンタジー王国!――と、書かれておる」
「夢と……」「……浪漫のファンタジー王国、だぁ?」
一体、魔界では、どのような扱いを受けているのか。
ハリィたち原住民は、またしても首を捻ったのであった。


実質何も判らないと言っても過言ではない尋問が行われている間。
「これぐらいで宜しいでしょうか?」
ふるいにかけた大量の粉をコック長から手渡され、モリスは満面の笑みを浮かべる。
「いいですね!その、遠慮のない分量。普通は躊躇しそうなものですが」
褒めているんだか貶しているんだかのコメントに、コック長が気を悪くしたかというと、それはなく。
彼女は腕を組んで考える素振りを見せながら、視線は遠く騎士団長の個室へ向けて断言した。
「えぇ、でも、相手は未知の生物なのでしょう?このぐらい盛らないと、効き目がないかと思いますの」
一体何を作っているのかというと、レイオーダに出す分のケーキだ。
ハリィに命じられて甘味を取りに来たのだが、途中で命令が変更されて、今こうして一緒に作っている。
モリスの所持品でもあった睡眠薬は、小麦粉と一緒にケーキの材料へ混ぜられた。
食べ物ではない物を混ぜるなど嫌がられるかと懸念していたのに、一袋まるまる入れてしまったのには驚いた。
「グレイゾン隊長に、もしものことがあったら……と思うと、遠慮なんてしていられませんわ!」
魔族にも多少の遠慮をしてあげてほしいとモリスは思ったが、頼んだのは自分なのだからして黙っておいた。
「しかし、こんなに混ぜて、味は大丈夫ですかね?」
まさかペロリと舐めて確かめるわけにもいかず、モリスはコック長に尋ねてみる。
「大丈夫。こういう特殊品の為に、宮廷厨房では常に甘味セットが用意されておりますの」
こういった特殊品を作るのは、今回が初めてではないらしい。道理で手慣れているわけだ。
「たとえ中身が泥の塊でも、これを振りかければアラ不思議!甘くておいしい料理に早変わりですのよ」
「それはそれで、怖いですね……」
何故か楽しそうなコック長を横目に、レイザース宮廷料理の未来を心配してしまうモリスであった。


再びグレイグの個室へ視線を戻してみれば、魔族二人に魔界の生態模様を尋ねる斬の姿があった。
「失礼、先ほどレイオーダ殿は、偉大なる王をゴブリンとお呼びになったようだが」
「ウム。如何にも、きゃつはゴブリンでござる」
深々と頷くレイオーダをチラリと見、斬はヴァッヂへ素早く視線を走らせる。
彼もゴブリンだと認めているなら、アッシュ・ド・ラッシュは真に種族ゴブリンなのだろう。
だが――
「なぁ、さっきからゴブリンって呼んでいるけど、ゴブリンって何なんだ?」
と混ぜっ返してきたのは他ならぬヴァッヂで、これにはハリィ達も驚愕する。
「ゴブリンを知らないのか?」と尋ねるハリィへ素直に頷き、ヴァッヂは首を傾げてみせた。
「あぁ。ひとくちに魔族って言っても、実際には細分化された様々な種族がいるんだけどよ、そん中にもゴブリンなんてのは聞いた事がなかったんでな。けど、ほら、アッシュ・ド・ラッシュ様の治める土地は広いだろ?だから俺の知らない種族でも、そいつなら知っているのかなって」
そいつ、と指をさされてレイオーダは怪訝な表情を浮かべる。
「なんと、配下にありながら主の種族を知らぬ輩がいたとは失笑にも程がある。拙者の申すゴブリンとは、貴様もよく知るアッシュ・ド・ラッシュに決まっておろう」
これには「なんだって!」とヴァッヂもいきり立ち、続けて放った発言に、ますます場は混乱する。
「アッシュ・ド・ラッシュ様はベヒーモスだ!ゴブリンなんてぇ、変な名前の種族じゃねぇ!」
ベヒーモスは、異世界にいるとされるモンスターの一種だ。
アッシュ・ド・ラッシュはゴブリンなのか、ベヒーモスなのか、はっきりしてほしい。
「ベヒーモスというのは?」と横入りで尋ねる斬にも、ヴァッヂは鼻息荒く答える。
「言っただろ、俺達魔族は細分化されているって!魔族に含まれる種族の一つだよ」
ちなみにヴァッヂは何という種族なのかと尋ねたところ、チェロトだと返ってきた。
「聞いた事のない種族ぞ」と眉間に皺を寄せるレイオーダに対し、本人は軽快に笑う。
「ま、アッシュ・ド・ラッシュ様の種を間違えていたお前じゃ聞いた事はないかもな。俺の種は草原に住処を構えている。もっとも王に近い場所に住んでいるんだ、だからこそ王の種を間違えるなんて万が一にもあり得ねぇぜ」
一体どちらの発言が正しいのか。
魔族に詳しくなく、魔界の住民でもないハリィには判らない。
そして、この会話自体にも意味があるのか否か。
進まない尋問に焦れ始めてきた頃、扉が勢いよく開いて「お待たせしました!」とモリスが戻ってきた。
「さぁさ、お客様、ご覧くださいませ。レイザース特製三段重ねケーキでございますわよぉ!」
ワゴンに乗って運ばれてきたのは、天井まで届きそうな大きさの巨大なケーキであった。
側面は真っ白なクリームで綺麗に塗りたくられており、てっぺんには砂糖菓子で作られたハートが添えてある。
モリスには眠り薬入りのケーキを一人分作れと命じたはずだが、何故こんなデラックスな物体に?
ハリィが、ちらっと目線でモリスに尋ねると、彼は黙って首を二、三度振った。
ケーキの横で張り切っているコック長、さては彼女が原因か?
「すげェな、これ、全部レイオーダ一人の為に作ったのかヨ」
ボブに尋ねられ、コック長は胸を張って答える。
「レイオーダ様だけでは、ございません。そちらのヴァッヂ様共々、お二人に食べていただきます」
ハリィがヴァッヂを見やると、キラキラした瞳はケーキに釘付けとなっていた。
コック長の判断で、二人分作る方向に変更されたのだろう。
彼女の判断は的確だ。
一人だけ眠ったのでは、もう片方に盛ったのだとバレる恐れがあるから、それで、こんな大きさになったのだ。
大きなケーキにはレピアやカチュアも釘付けとなっているが、まさか食べたりはすまい。
「これ、俺達二人で全部!?」
涎をたらしたヴァッヂにも聞かれ、コック長は大きく頷いた。
「えぇ、えぇ!宜しければ、そちらの傭兵やハンターの皆様も食べて下さいな」
えっ?となるハリィを置き去りに、「ホントですか?ありがとうございます」とカチュアが歓声をあげ。
「お前らなんかに渡してたまるかよ!俺が一番乗りだ、全部俺が食うゥゥ!!」
ヴァッヂが側面にガブッと齧りついたのをきっかけとし、室内は一気にケーキ争奪戦なムードに染まる。
「誰にも渡さじ、これは我に作られた甘味ぞッ、宇汚御男緒於ォォォ!」
ビチャビチャと壁中にクリームをまき散らしながら、食い散らかすのはレイオーダ。
傍らでは「うま、これ、うまいですよ、甘くて美味し〜」と喜ぶカチュアがいる。
口の周りをクリームでベタベタにして。
「レイザース宮廷お菓子を食べられる日が来るなんてねぇ」
「うめぇ、こりゃうめぇ!魔族だけに食わせるなんざぁ、勿体ねぇゼ」
なんとレピアやボブ、ルクにカズスンまで一緒に食べているではないか。
事前に伝えておかなかったのはハリィのミスだとしても、ボブ達は傭兵だ。
普段は用心深いはずの彼らをも動かす魔力があるというのか、超巨大三段重ねケーキには。
「あら、本当。おいしいですわよ、マスター」
「ちょうど小腹が空いていたんだよねぇ。ラッキー♪」
「うめ〜。こんなん食べたら、当分よそのケーキ食べらんねーわ」
三馬鹿トリオもバクバク食べているし、食べていないのなんてグレイグと斬、ソウマぐらいなものだ。
あとは事情を知っていたモリスとコック長、ハリィも除いて。
「ど、どうしましょう」と小声でモリスに囁かれ、ハリィも額に汗して囁き返す。
「食べちまったもんは仕方ない。この事故を、良い方向に生かすとしよう」
傭兵が使う睡眠薬は、飲んで三時間後に効き目が表れる。
魔族に効くかどうかは疑問視だが、うまくいけば、あの二人も他の者同様眠りにつくはずだ。
コック長がパンパンと手を打つと、侍女たちが紅茶の乗ったトレイを持って次々と現れる。
「さぁさ、ケーキには紅茶がつきものでしょう?美味しい紅茶と、美味しいケーキ。存分に味わって下さいね」
彼女がどこまで本気なのかも判らず、ハリィは黙って成り行きを見守った。

かくして――

突如始まった巨大ケーキお茶会は二時間以上にも及び、三時間後には食べた全員が眠りにつく。
三馬鹿トリオや傭兵のみならず、自称魔族の二人も、ぐっすり夢の中だ。
「二人にだけ効かないなんて結果にならなくて、良かったですね」
ぽつりと呟いたモリスの肩を叩き、「まだ終わっちゃいないぞ」とハリィは励ます。
これから魔族二人を研究室に運び込み調査する、大事な作業が残っている。
一緒に眠ってしまったボブ達も、叩き起こさねばなるまい。
調査は宮廷魔術師や研究者の面々に任せるとして、大変なのは仲間を叩き起こす作業だ。
「睡眠薬は、どれくらい入れたんだ?」とのハリィの問いに、モリスは困ったような顔で応えた。
「全部です」
「全部?」
「えぇ、全部。一袋まるまる」
モリスの答えに、ハリィの目は点になる。
小さじ一杯で半日眠る効き目の睡眠薬を、一袋まるまる使っただって?
何日眠り続ける計算になるのか、絶望に天井を仰いだ親友を見かねてか、グレイグが声をかけてきた。
「ハリィ、彼らは宮廷で休ませておくといい。それよりも当面の問題は亜人が魔族に狙われている件だろう。今も亜人の島で戦いが繰り広げられているとすれば、今、島を離れているのは得策ではない。俺も一緒に行こう。君を一人で危険な戦いに行かせるわけにはいかん」
亜人の島での戦いを続行するのは、斬だ。
ハリィではない。
だが、まじまじと真剣な目でグレイグに見つめられ、ハリィは自分でも予期せぬ一言を返していた。
「君が来てくれるなら心強いよ。一緒に行こう、グレイ」
予定変更で驚いたのは、モリスだ。
あとは亜人の島に戻ることなく宮廷魔術師に送り返す呪文の存在を聞いて、任務終了だとばかり思っていたのに。
「また戻るんですか?あの島にっ」
泡食ってリーダーに尋ねるも、ハリィは、どこか諦め心地な笑顔を浮かべて言った。
「一度関わった以上、途中で放り投げるわけにもいかないだろ?それに斬もソウマと二人でしか動けないんだ、その手数で亜人全員を守れというのは酷だ。俺達も手伝うしかない」
「二人だけじゃないわ」
突然割り込んできた声に振り向くと、大きな犬を連れたフードローブの少女が立っていた。
ルリエルだ。
そういや彼女も一緒だったのだ。すっかり存在を忘れていたが。
「グレイゾン隊長が自ら行かずとも宜しいのではありませんか?」
背後では、グレイグがコック長と揉めている。
「騎士団は動かせない。だから、行くのは俺一人で充分だ。ヨシュアにも伝えておく。留守中の指揮は、彼が執る」
どうあってもグレイグも同行する気満々で、手数が減った今はありがたい。
魔族二人と眠った面々を宮廷に預け、途中の道でジョージと合流したハリィは、残りの仲間と共に波止場へ向かった。


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