Infallible Scope

act15

船の上でジョージの報告を聞かされる。
黒騎士の足取りはぷっつり途絶え、山の中に入っていったとされる謎の黒マントは発見できなかった。
賢者も同様、ジャネスからカンサー、及び周辺の街まで聞き込みに出ても、全く情報を得られなかった。
「結局、黒騎士は今回の件では無関係だったんですかね?」とジョージに尋ねられ、ハリィも物憂げに答える。
「そうだな……攻め込んできた本人が言っていたんだ、そんな奴は知らないと」
今回の騒動は、亜人を追いかけて乗り込んできた魔族が仕掛ける一方的な戦闘だ。
しかしワールドプリズに生息する亜人の若い層は、過去の軋轢を知らない者も多い。
斬は彼らを守りたいと言う。
ハリィとしても、このまま亜人と魔族が戦い続けるのを放置するつもりはない。
いつ何時、戦火の余波がレイザースまで届くとも限らないのだし。
「とにかく今の目的は、はっきりしている。キリシュヴァレインを探して、なんとかお引き取り願おう」
名前しか判らない相手だが、見目麗しい総司令だという噂だし、きっと目立つ奴なのだろう。
レイオーダが所持していた連絡用パルクは、現在ハリィが持っている。
彼らの調査を宮廷研究者らに頼んだ際、ちょいと拝借してきたのだ。
「こんなペラッペラの紙が彼らの連絡網ですか。なくしたら一大事ですね」
パルクを日の光に照らしてみて、ジョージが呟く。
何の変哲もない、ただの紙だが、これに魔力を通して伝言を送るのだそうだ。
以前ワールドプリズを訪れた魔族は、このようなものを持っていなかった。
ヴァッヂ曰く魔界は広大なので、文明も各地で隔たりがあるのかもしれない。
ワールドプリズにしたって、そうだ。メイツラグとレイザースの機械文明は天地の差がある。
「これを持っていれば、魔族の動きが判るだろう」とハリィが話す横で、不意にグレイグが鋭い声をあげる。
「ハリィ、紙に文字が――」
いきなり来たか。
何も書かれていないと思った紙の表面に、じわじわと文字が浮かび上がる。
無論、何が書かれているのかは解読できない。
しかし何かが魔族全般に伝えられた、その動きだけは判る。
「キリシュヴァレインが到着したのかもしれませんね」とは、ジョージの推理に。
ハリィも頷き、斬とソウマへ振り向いた。
「極力荒事は避ける方向で交渉する予定だが、もし向こうが短気を起こした場合は君達に相手を頼みたい」
「倒すの?それとも気絶だけでいいの?」と尋ね返したのは、ルリエルだ。
「もちろん気絶させる方向だよ」と答えたのはジョージで、彼女は素直に頷いた。
「判った。できるだけ傷つけない魔法をかけるわ」
うっかり倒しでもしようもんなら、今度はワールドプリズと魔族との間で戦争が勃発だ。
魔族一人一人の強さを思い出し、ハリィは身震いした。
二度と、あんなのと本気で戦う勇気は全くない。
――ふと思い出し、ハリィはルリエルに尋ねてみる。
「君は、魔界の連中に恨みがあったはずだね。もし戦うのが、つらければ」
ハリィの気遣いにも、「平気よ」と案外冷静な声が返ってくる。
「私の故郷を滅ぼしたのは、あの魔族ではない。だから、平気」
にしても、とソウマもルリエルを見て、軽く茶化した。
「いつもなら絶対に倒さない方針の君が、倒すかどうか尋ねるとは珍しいな」
「えぇ。相手が魔族だから、一応確認を取ったの。前の戦いでは倒す方針だったようだし」
言葉少なにルリエルも答え、あとはしばらく無言が続く。
今乗っている船は、レイザース王宮が用意した小型の軍艦だ。
従って甲板ではなく船室で話しているのだが、亜人の島到着には軍艦でも一週間近くかかる。
瞬間移動の魔法はグレイグが見ている場では使えないし、そもそも術者が夢の中だ。
眠りについた仲間も、王宮で預かってもらっている。
早急に睡眠薬の治療剤を作ると約束してくれたが、魔族調査より後回しにされるのは間違いない。
「あいつら、なんだって、こんな時にケーキなんか食べるかなぁ……」
ジョージの横では、モリスがブツブツ愚痴っている。
「カズスンも軍曹も、きっと緊張の連続で疲れきっていたんだろうよ」
ジョージがモリスを慰めるのを聞きながら、ハリィはグレイグにも確認を取る。
「相手の力量が判らない以上、君は待機で頼む。もし斬とソウマとルリエルだけでは手こずる相手なら、君も戦いに参加してくれ。まぁ、できるだけ、そうならないよう交渉してみるが」
グレイグは熱っぽい視線をハリィただ一人に向けて答える。
「俺の任務はレイザース人である君達の護衛だ。王にも、そう命じられている。故に、君達の身を守るのであれば何とでも戦ってみせよう。だがハリィ、島についたら分散だけは禁止だ。分散しての情報収集は君達傭兵の常套手段だが、今や亜人の島は魔族が大量にうろつく危険地帯だ。全員まとまって動くのを提案する」
「あぁ、それは勿論」
バラバラに動く気はハリィにもない。
なんせ、それのせいで酷い目にあったばかりなのだから。
島についたら、まずは現地人のアルに尋ねて亜人の生息地を調べる。
亜人を守るにしても、誰がどこに住んでいるのか判らないのでは、お手上げだ。
一人ずつ助けて、最終的には亜人とも同行したほうが安全だろう。
相当な大人数になりそうだし、人間の言うことを亜人が素直に聞くかどうかも判らない。
その上、一番最初にあった亜人の態度を見る限り、亜人同士での縄張り争いもあるときた。
亜人救助はハリィが考える以上に困難な道のりだが、やるしかない。
鍵となるのは、やはりキリシュヴァレインだ。彼さえ見つけてしまえば、全てが解決できよう。


その日、亜人の島へ新たな異世界人が降り立った。
彼の名はキリシュヴァレイン。
ハリィ一行がレイザースを発って、まもなくのことであった。
「お疲れ様です、総司令殿!」
てんでばらばらに敬礼するのは、先に現地入りしていた仲間だ。
といっても、実際に会うまでキリシュヴァレインにも面識のなかった赤の他人だらけなのだが。
このたび総司令に選ばれた彼は、アッシュ・ド・ラッシュの治める地で暮らす魔族であった。
戦いにも異世界にも全く興味がないのに"見た目がイケメン"というだけで選ばれてしまったのは、不幸という他ない。
しかしキリシュヴァレインは、文句ひとつ言わずワールドプリズに飛んだ。
文句を言う暇も与えられないうちに強制的に飛ばされた、とも言うが。
目的は亜人の討伐だ。見た事も聞いた事もない敵だが、それらは仲間が教えてくれよう。
亜人がワールドプリズで新しく生まれているように、魔界も若い層は過去の戦いを知らない。
かくいうキリシュヴァレインも、その一人なのだが、アッシュ・ド・ラッシュは話を聞いてもくれなかった。
奴のおつきが持つ、転送能力でもって有無を言わさず飛ばされたのだ。どうしようもない。
どうしようもない運命に巻き込まれた不運を呪い、キリシュヴァレインは二度三度、軽く頭を振る。
そんな姿も、まわりの仲間には"苦悩する麗しき若き司令官"という目で見られるのであった……


さて。
魔族の内情など、とんと与り知らぬハリィ一行は、予定通りの日程で亜人の島に到着する。
賢者の庵跡でアルニッヒィと再会した彼らは、さっそく亜人の分布図を彼女に尋ねたのだが――
彼女は、あっさり「他の亜人の住処?知らないヨ」と来たもんだ。
「ハリィが一番最初に現れた場所に一人いたそうだが、あれの名は?」
アルに尋ねる斬の質問に、そういや彼の名前を聞いていなかったとハリィも思い出す。
あの時は全員パニックに陥っていたし、名前を聞けるような雰囲気でもなかった。
「アーアー、もしかして赤いやつ?赤くて怒りぽくて、ボーボーすぐ火をふくヤツ?」
アルに確認を取られてハリィが頷くと、名前に覚えがあったのか、すぐさま彼女は叫んだ。
「じゃあ、きっとルドゥだ!ルドゥのテリトリーだったんダネ、あそこ」
アルはよく暇つぶしに島探検をするのだが、多々あの場所に踏み込んでは赤い竜に怒られていたらしい。
「ルドゥ……なんというのだ、本名は」と脇道に逸れた斬の質問にも、アルは素直に答えた。
「ルドラリドゥだヨ。あいつね、たしかバルと友達だったハズ」
「バルだと!?」と今度は斬に叫ばれて、ハリィが間髪入れず尋ねると、斬は僅かに目で微笑んだ。
「知り合いの亜人だ。彼の住処なら知っている。近くには他の友人も住んでいた」
ついて早々、亜人の住居が複数判明するとは上々だ。
どう回れば効率的かと額を突き合わせて相談した結果、ここから近い住処順で回ることになった。
最初に行くのはアッシャヴァインスの住処。
次にガーナジーク、バルウィングスと続き、森の奥に住処を構えるルドラリドゥは一番最後になる。
他にアルの知り合いで、イドゥヘブンとバファニールの住処も斬が記憶している。
ついでにハリィが「亜人の全体人口は、どれくらいなんだ?」と聞いてみれば、アルの答えは明確で。
「いっぱいいるよォ!いっぱい!」と答える傍から、斬が訂正した。
「ドンゴロ様は、総勢三十に満たない数だとおっしゃっていた。亜人の他に怪獣も集落を作って住んでいるそうだが、俺は会ったことがないので何とも言えぬ」
「あぁ、あの怪獣、まだいるのか……」
どこか遠い目でジョージが黄昏れるのを横目に、ハリィは軽く手を振って追い払う真似をする。
「ひとまず怪獣は回避でいいさ。俺達が守らなきゃいけないのは亜人だけだからな」
「ア、そういえば長の集落には寄らないノ?」とアルに尋ねられて、「長って?」と聞き返してから。
改めて、ハリィは慌てて聞き直す。
「亜人には、長がいるのか!?」
「モチロンだよ!」と大きく頷き、アルが満面の笑みを浮かべる。
初耳だ。斬を振り返ると「いるには、いるが」と、微妙に歯切れが悪い。
詳しく話を聞いてみれば、最古の亜人がいる集落も魔族の襲撃を受けていた。
現在は厳重警戒体勢にあり、例え賢者であろうと知己であろうと外から集落に入るのは難しい。
個々に住まう亜人を同行させるのが魔族を探す上でも一番の近道だと斬に諭され、ハリィも納得した。
集落に住む亜人は長を含めて十名ほど。
残り二十名弱が個別の住処か。
これから回る先で他の住居を知る者がいるかもしれないから、絶望には値しない。
途中で魔族と遭遇する危険も充分考えられる。
しかし斬とグレイグとルリエルがいるなら、戦力に不満はない――と、ハリィは頭を巡らせた。
司令官以外とも戦いを避けたいのは山々だ。
だが、向こうは亜人と人間の区別がつかないそうだし、遭遇すれば、どうあっても戦いは免れまい。
傍らのグレイグにも聞こえないほどの小さな溜息を吐き出すと、ハリィは号令をかけた。
「それじゃ、行こうか。まずはアッシャヴァインスの家へ」


⍙(Top)