Infallible Scope

act16

最初の目的地へ向かう途中。
草むらを掻き分けながら、何の気なしにジョージがアルへ雑談を振る。
「亜人の名前って、誰が名付け親なんだ?」
「ン?親か、長がつけてくれるヨ!」
アルが答え、こうも付け足した。
「亜人はネー、ワールドプリズのアチコチで生まれて、大きくなる前に亜人の島へ移住するンダヨー」
この答えには、軽い気持ちで雑談を振ったつもりのジョージも唖然となる。
長きレイザース史には一行たりとも記されていない衝撃の事実だ。
しかし、当の亜人が言うのだ。間違いではあるまい。
「親も一緒に島へ?」と尋ねるモリスにも頷き、アルはニコッと微笑んだ。
「島で育って、コドモを産む期間だけ、産みやすい環境に移動するんだヨ。そんで産んだら一緒に戻るノ」
アルの母親が生まれた場所は、タルアージの洞窟だと言う。
タルアージの洞窟はレイザース領首都近辺にあった。
内部は、やたらツルツルテカテカしていた記憶だが、今はもう崩れてしまって跡形もない。
「アルは何処で生まれたの……?」
ルリエルの質問に「アル?アルはナルミヤク洞窟で生まれたヨ!」と答え、ほんの少し悲しげに付け加える。
「でも、そこもモウ、なくなっちゃッタ……地震で埋まっちゃったノ」
ナルミヤク洞窟はレイザース領でも辺境の地、クレイズバードの先端にあった。
然るにドラゴンの出産は、静かで奥まった場所に限られるようだ。
洞窟はレイザース領に多々存在するが、今の世の中で奥まで冒険する物好きな人間は、ほぼいない。
過去に散々探索しつくされて、何もないといった結論に至って久しい。
人が踏み入ってこないのであれば、安心して子供を産み落とせよう。
「アルもいつかは子供を産みに、どこかの洞窟へ向かうのか?」
斬の質問に、これまでとは違った表情をアルが見せる。
「それは、子供を作ろーってプロポーズ……?」
なんと、モジモジ両手を組み合わせて恥じらいの上目遣いで尋ね返したのだ。
思わず「何だ、その反応」と真顔でジョージが突っ込む横で、モリスは両者の顔を見比べる。
「え、女の子意識あったのか?というか、女の子扱いしていたんですか!?」
アルは下にスカートを履いているから、誰がどう見ても女子である。
しかし斬がアルに先ほどのような質問を向けたのは、ハリィも意外だと感じた。
彼女は異種族の子供だ。
子作り云々の話題を振るには早かろうし、子作りの話題自体が捉えようによってはセクハラだ。
斬も道徳思慮を弁えている年齢であれば、それぐらいは判りようものを。
当事者は不快どころか、キラキラした目で斬を見つめて騒いでいる。
「エ〜、今のはどう聞いても、アタシと子作りしよォってお誘いだったヨ!?」
「違う、違う」とジョージとモリス、二人がかりに突っ込みを受け、斬も視線を外して小さく呟く。
「……子作りするのであれば、同族相手のほうが良かろう」
再びルリエルが、ぽつりと尋ねる。
ただし質問先はアルではなく、斬にだったが。
「亜人と他種族の間では、子供が生まれないの……?」
「いや、俺に聞かれても」と狼狽える斬を、アルが元気よく遮る。
「生まれるヨー?昔はイッパイいたヨ、人と亜人の間で生まれた子がネ。斬はネー、亜人の集落じゃモッテモテの人気者ダヨ♪長の奥さんも言ってたヨ?斬は結婚したら絶対スーパーダーリンになるから狙い目ダッテ、アタシも若ければ旦那から乗り換えたいぐらいダッタッテ!」
ヒューとソウマは口笛を鳴らし、ニヤニヤ笑いを斬に向ける。
「やるじゃないか、マスター。人間の女のみならず、亜人の人妻にもモテまくりたぁ」
眉間に縦皺をびっちり寄せて、斬は不機嫌に黙り込む。
しかしながら一連の流れは彼自身の失言が原因ゆえに、ハリィもあえてフォローは入れず、黙って先を急いだ。
草むらを掻き分けて道なき道を進んでいくと、やがて、こんもりと積み上げられた草の山が行く手を阻む。
ずっと黙っていた斬が口を開いた。
「ついたな」
目の前の小山がアッシャヴァインス、通称アッシャスの住居であるらしい。
「それで、そのアッシャスは何処に」と呟くジョージの声におっかぶせるようにして、頭上から声が降り注ぐ。
「おーっ!斬じゃないかー、久しぶりぃ」
小山がザバァッと四方一面まき散らされたかと思うと、中からドラゴンが現れる。
「崩していいのか!?家だろ、これ!」と騒ぐジョージなんぞは視界の隅に押しのけて。
真っ赤なドラゴンは斬を見下ろした。
「斬〜、やっと遊びに来てくれたんだな!寂しかったぞー、最近全然来てくれないから。んで今日は何して遊ぶ?水浴び、追いかけっこ、戦闘ごっこ、なんだっていいよな、全部つきあってくれ!今日はもう、寝かさないぞ〜」
ごつごつした鱗、背中には巨大な二枚羽根。炎を連想させるほど強烈な赤。
凶悪な外見と比べて、中身は意外や軽薄だ。
いや、軽薄というよりは幼いと言うべきか。
亜人が何歳まで生きるのかは定かではないが、島にいる亜人は若い層ばかりではないかとハリィは見当をつける。
島で異変が起きているにも関わらず、アッシャスは、あまりにも無警戒だ。
ここにいるのが本物の斬であると信じて疑っていない。
斬へしきりに鼻頭を擦りつけるアッシャスへ、ハリィは話しかけてみた。
「少しいいかな、亜人の君。アッシャヴァインス……だったか、俺の話を聞いて欲しい」
しかしアッシャスは全く聞く耳持たずで、斬にばかり話しかけている。
「酒は持ってきてないのか、残念だなぁ。でもいいや、斬がいるなら。な、今日は一日泊まってってくれるんだろ?そうだ、バルやガーナも呼ぶか?まずは何から始める?俺は何でもいいぞー、でも一番最初は、やっぱ水浴びな!」
「そうだな、アッシャス。俺の友人の話を聞いてくれたら、一晩でも二晩でも一緒に遊んでやろう」
あっさり安請け合いする斬にソウマやグレイグがエッ?となる中、ハリィは黙って流れを見守った。
「友人?ジロやスージってやつか?二人ともいないみたいだけど」
首を傾げるアッシャスの鼻先にて、斬はハリィを指さす。
「あの男だ。名前はハリィ、俺が最も信頼を置いている」
「えー!斬が一番信頼してんの!?すごいじゃん!じゃあ、あいつも斬と同じぐらい凄いんだ!」
それほど信頼されていたとはハリィ自身にも思えないのだが、単に亜人を納得させるための社交辞令であろう。
ハリィも斬に併せて、抜群の笑みを浮かべてみせる。
すると、どうだ。
アッシャスは、ぱぁぁっと顔を輝かせ、瞬く間に人の姿になると、ハリィに駆け寄って両手を掴んでくるではないか。
「はじめまして!俺はアッシャス、斬とは友達だ。それで俺と何の話がしたいって?」
突然な態度の変わりようには驚かされたが、これでやっと本題に入れる。
ハリィは、さっそく切り出した。
今、この島で何が起きているのか、その原因を――


一通りの話を聞き終えて、アッシャスはうーんと唸った挙句に答えを出す。
「魔族かぁ。魔族の話なら前にドルクがなんか言ってたな、俺は全然興味なかったから全部聞き流しちまったけど」
初めて聞く名前だ。住居の判らないうちの誰かか。
「ではドルクに聞けば、もっと詳しい話が判るのかい?」と尋ねたハリィに、アッシャスは注釈を入れた。
「多分な。あぁ、でもドルクは、自分が認めた奴とじゃないと話をしないからなぁ」
「どうやれば認められるんだ?」との質問にも、難しい顔で答えた。
「決まってるじゃんか。力比べだよ。けどハリィ、あんたは細っこいよな……力比べ、自信あるか?」
自慢じゃないが、自信なんて全くない。知恵比べならともかくも、力は貧相なハリィに。
「その、力比べはハリィ以外の者では駄目なのか?」と横入りしてきたのはグレイグだ。
「あー、うん。だから力比べに勝った奴としか話をしないんだよ、ドルクは」
アッシャスは頷き、ぐっと腕に力を込める。
「俺とバルは余裕で勝ったから対等に話せるけどよ、ガーナは駄目だ。無視されっぱなしさ」
見事に盛り上がった力こぶを見て、亜人は亜人同士でも面倒なのかとハリィは内心溜息をつく。
「バルは、どうなんだ」とはソウマ。
「あいつは結構長生きなんじゃないのか?ケイナプスも知っていたみたいだし」
「ケイナプス?」と今度はジョージやモリスが首を傾げるのには、簡単に説明した。
「かつて大昔のワールドプリズに存在した古代種だ。古代の魔術師が創りあげたとされる、通称一角ヅノ。もっとも、バルの話じゃ魔界から転移してきたらしいぜ。つまり、あれも魔族だったってわけだ」
「へぇ……大佐は、ご存じでしたか?」
ジョージに尋ねられ、ハリィは肩をすくめる。
「いや。あいにくと、モンスターには詳しくなくてね」
傭兵が相手にするのは主に人間だ。モンスターに詳しいのはハンターの領域だろう。
「ん〜ケイナプスかぁ。懐かしい名前を出してきたよね」
アッシャスが頭をかく。
「アッシャスも知っていたのか」と斬に尋ねられると、顔を綻ばせた。
「おうよ。つっても爺ちゃんからの又聞きだけどな!奴らは昔、俺達の仲間をいっぱい殺したんだ」
「昔とは、いつぐらいの話だ?」
ハリィの問いに、「ん?俺やバルが産まれるよりも、ずっとずっと昔だ」と、アッシャスが答える。
となると、バルも又聞きで知ったクチか。
ケイナプスは大昔、魔界からワールドプリズへ渡ってきて、亜人を大量に殺しまわった。
ケイナプスは何故ワールドプリズに来たのか。
一説には、何者かが魔界への門を開いたという噂だ。
その頃の大地には亜人しかおらず、亜人は仲間同士で疑心暗鬼に陥った。
それでもケイナプスを魔界へ追い返すのには成功し、以降、魔界への門を開くのは禁止とされた。
それが何百年も後に破られたのは、魔界側から門が開いてしまったせいだ。
「今回、島へやってきた魔族とは別口でしょうか」
ひそひそとジョージに尋ねられ、ハリィはしばし考え、答えを出す。
「そうだな、ヴァッヂの種はチェロトだし、偉大なる王はベヒーモスだそうだしな」
全てが別口であるにも関わらず、何度となくワールドプリズは魔族に襲われている。
これほどまでに魔族を惹きつける原因は何なのか。亜人だけが原因とも思えない。
現にクローカーとキエラの時は、亜人のアの字も出てこなかった。
だが、それを考えるのは自分の仕事ではない。学者の役目だ。
ハリィは思考を切り替えて、再びアッシャスに尋ねた。
「今回の魔族に心当たりは、あるか?爺さんからの又聞きでもいい」
「いんや?」と首を捻ってアッシャスが即答する。
「全然聞いた覚えがねーな。あったら、思いついただろうし」
アッシュ・ド・ラッシュとの戦いは、ケイナプスが攻めてきた頃より前なのか、後なのか。
彼らの祖父も知らないとなると、前だと考えるのが妥当か。
ヴァッヂによれば、亜人の居場所が判明したのは、つい最近であるようだ。
途方もないほど大昔の怨恨を、全く記憶にない子孫にぶつけた戦いだ。軽く眩暈を感じる。
「姿を消したり真似したりなんて魔族は、長も知らねーっつってたんだよな。まぁだから、集落が大混乱になったんだけど。あ、今は大丈夫だぞ?門扉を固く閉じて誰も入れねーって頑張ってるらしいかんな」
アッシャスはなおも腕を組んで考え込む仕草を見せていたが、やがて飽きたのか、にっこり笑って締めに入る。
「ま、考えてもわかんねーもんは、わかんねーよな。斬は、そこらへんも解決しに来てくれたんだろ?」
丸投げな問いに「俺だけではない。彼らもだ」と手でグレイグやハリィを示し、斬が言う。
続けて「アッシャスも来い。一人でいるよりは安全だろう」との誘いに、アッシャスは大きく頷いた。
「もっちろんだ!今夜は寝かさないって言っただろ!?俺と一緒に遊ぶんだからなー、斬は!」
「次に行くのは予定通りガーナの元か?それともドルクを先に訪ねるのか」
グレイグに行く先の選択を迫られ、ハリィはアッシャスへ振り返る。
「君はドルクの住居を知っているかい」
「んー、知ってっけど、ここからだと遠いぞ?先にバルやガーナんちに行ったほうがいいんじゃないかな。俺も、さっきの話をあいつらに教えてやりたいし」との返事が来たので、行き先も決まった。
予定通り、ガーナとバルの家が先だ。ドルクは、その後でも充分だろう。


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