Infallible Scope

act17

ガーナの家へ移動中、ピピピと小さな電子音が鳴る。
鳴ったのはグレイグの通信機で、通信元は黒騎士団長のテフェルゼンであった。
曰く、先に傭兵とハンターの睡眠を解除したので、そちらへ転移魔法で送り届けたいとのこと。
「ふぇ〜、さすが宮廷魔術師と研究団ですねぇ。あれを、あっさり解毒してしまうとは」
驚くモリスに肩をすくめ、「こっちを先に回復させたのも予想外だよな」とジョージも相槌を打つ。
「転移場所は、どこに設定する?」とグレイグに尋ねられたハリィは、間髪入れず答えた。
「そうだな、じゃあ賢者の元庵で頼む」
賢者の庵があった処は、いわば中立、魔族が襲ってこない唯一の場所である。
四本の柱があるばかりで誰も住んでいないのが一目瞭然では、魔族も立ち寄りようがない。
「……そういや、なんで賢者の家は、あんな惨状になっちまっているんでしょう?」
ジョージが思いつきを口にし、それに答えたのはアルだ。
「黒い、悪いのに襲われて、アアなっちゃったんダヨ。いきなりボォッ!て火がついたノ」
黒い悪い、恐らくは元黒騎士の反逆者ジェスターが庵に火を放ったものらしい。
それを追いかけて、賢者ドンゴロは出ていったきり戻らなくなった。
ドンゴロの行方も気になる。彼ほどの者が、ジェスター如きを捕まえられないとは。
しかしジェスターが今回の黒幕だとすると、ヴァッヂが彼を知らないのもおかしな話だ。
反逆者は本当に無関係なのか、否か。誰も賢者と連絡を取れないのが、もどかしい。
ガーナの家にはハリィとグレイグ、斬、ルリエル、アルの五人で向かい、残りのメンバーは一旦賢者の元庵まで戻ることにした。
「俺もそっちについていかなくて平気なのか?」と、不満げに口を尖らせたのはソウマだ。
そいつをルリエルが「大丈夫。争いになるとしたら、戻るほうが危険よ」とバッサリ封じる。
ハリィも、ちらりとグレイグを見てから付け足した。
「腕の立つ剣士は、それぞれにつけたほうが安全だ。モリスやジョージの護衛を宜しくな」
多少のお世辞に気をよくしたか、ソウマはヘッと笑って踵を返す。
「じゃあ、そっちも気をつけろよ。集合場所はガーナの家でいいか?」
「あぁ、ボブ達と合流出来たら、すぐに引き返してくれ」
ハリィも頷き、モリスやジョージと別れた後、再びガーナの家を目指して歩き出す。


ハリィや斬が心配する、当のドンゴロは一体どこで、何をやっていたのか。
――彼は、レイザースの首都まで戻ってきていた。
アルの目撃通り、ドンゴロは黒い悪い奴を追いかけて亜人の島を出て行った。
だが、しかし、その黒い悪い奴は反逆者ジェスターなんぞではなく。
「まったく、老いたくはないもんだの」
酒場に落ち着いたドンゴロは、小さく溜息をついた。
今のレイザースでドンゴロを覚えている者は、ほとんどいない。
知名度自体は抜群なのだが、本人の現在の姿を知る人は意外や少ない。
かつてレイザース宮廷を去った後、賢者は、ずっと亜人の島に引きこもりっきりだったのだから。
従って大賢者たるドンゴロが酒場で堂々と飲んでいても、誰も気に留めない。
小汚いジジィが入ってきたな、程度の認識だ。
ドンゴロが薄汚れてしまうほど放浪してしまったのは、全て黒くて悪い奴の仕業であった。
正確には、全身が真っ黒でモヤモヤした謎の気体だ。
そいつは庵に火を放つや否や、ドンゴロとアルの目前でジェスターの形を取って逃走した。
あからさまな偽物と知りながらも追いかけたのは、放っておいたら害が出ると危ぶんだからだ。
追いついたのは、ジャネスの山奥にて。
実際に捕まえてみたソレは魔族の使い魔で、「賢者に災いあれ」と言い残して死んだ。
使い魔の遺体を媒体として発現元を探した結果、気配の残り香はシュロトハイナムにあった。
かつてはジャック=ド=リッパーと名乗っていた魔族、クローカーの住んでいた家だ。
そこから掘り出された大量の壺に、死んだ使い魔の残り香も含まれていたのだ。
なんのことはない。回収し忘れたクローカーの置き土産であったのだ。
追いかけっこにくたびれて、賢者は首都まで戻ってきた。
あとは密航船でメイツラグまで行き、そこから亜人の島へ向かえばよい。
ドンゴロは呪術師だ。転移魔法は使えない。船に乗らねば行き来も出来ない。
ハンターと連絡を取る手段も脳裏をかすめたが、あまり彼らに無理をさせるのは、よくない。
彼らには彼らの生活もある。ドンゴロは、友人の生活を邪魔したくなかった。
酒場でのんびり腰を落ち着けていると、ふと、誰かが声をかけてくる。
「失礼。もしや、あなたはドンゴロ様ではございませんか?」
自分を知るとは、貴族の一人か?
何気なく顔を見上げ、ボロボロのトレンチコートにも目をやったドンゴロは、顔を綻ばせる。
「君は、確かラルフくんじゃったか。珍しいのぅ、首都にも足を伸ばすとは」
男はラルフ、シュロトハイナム界隈を縄張りとするハンターだ。
レスター教の司祭、エリックの友人でもある。
「ラルフで結構です、賢者様。賢者様が首都にいらっしゃるのも珍しいのでは?」
さりげなく対面へ腰かけてくると、さっそく話しかけた理由も述べてくる。
「いやね、宮廷に勤める友人へ会いに来たんですよ。緊急事件が起きたから手伝ってほしいと言われましてね。だが、正直に言って自分一人加わった程度じゃ、どうにもならない規模のようで、どうしたもんかと思案しながら街をブラブラしていたら、あなたが酒場に入っていくのを見かけまして」
「ほぅ、宮廷で緊急事態とな。よかったら、詳しく話してくれんかね」
食いついてきた賢者に、嬉々としてラルフが語った内容とは――

ラルフの友人ジャネットが彼を呼び出したのは他でもない。
亜人の島で起きている幽体魔族事件を解決して欲しいという、お願いであった。
既に島には何人かのハンターが入り込んでいるらしい。
じゃあ俺なんて必要ないだろと渋るラルフを、ジャネットは重ねて説得する。
幽体魔族は、現在潜り込んでいる彼らだけでは手に負えない数がいる。
ハンターの他に傭兵も送るが、戦える人数は多ければ多いほどいい。
お友達の司祭も誘って、応援に行ってあげて欲しい。
言われれば言われるほど、自分の出番はないように感じられたが、ラルフは一応承諾する。
ここで断れば、恐らくジャネットは使えない奴の烙印を押して、二度と自分を頼ってこまい。
元カノとはいえ、これで縁が切れてしまうのも寂しいと感じたのだ。

「幽体魔族だと彼女には説明されたんですが、聞いた事もありませんで、賢者様は何か知っておいでですか?」
ラルフの問いに、ドンゴロも思案する。
幽体が自分の追いかけた使い魔であれば、退治するのは簡単だ。
だが島に入り込んだハンターが斬であるならば、彼が手こずるとも思えない。
彼のギルドには、魔族と互角の戦いができる魔術師がいる。
ともあれ、酒場でくつろいでいるわけにはいかなくなってきた。早急に島へ戻る必要がある。
「それは判らぬ、実際に見てみない事には。急いで島へ戻るとするか。君は、どうするね?」
ラルフの答えは簡潔で。
「是非、ご一緒させてください」とのことであった。
賢者が行くと知って勝機が見えてきたのだろう。現金な男だ。ドンゴロは、思わず苦笑した。


ガーナ、バルとも出会い、二人を同行させたハリィは、その足で賢者の元庵へ向かう。
無事にボブ達と合流した後はイドゥとバフ、それからドルクの住処を先に回ろうという話になった。
ルドゥは一番後回しだ。一番説得が難しいと、ハリィは判断した。
「ルドゥってなぁ、一番最初にあった奴か。けどヨ、あいつ他人の話を聞く耳あんのか?」
ボブに皮肉られ、亜人のバルが肩をすくめる真似をする。
「ルドゥは確かに堅物だよ。けど俺が相手なら、可愛い態度も見せるんだぜ」
カッカと怒りまくって火を吹きまくっていたドラゴンを思い出し、カチュアは複雑な笑顔を浮かべた。
あれが見せる可愛い側面なんて、全く思いつかない。
「それより君達は、二度と不用意に食べ物を口にしないこと。また眠っちまったら、置いていくからな」
ハリィの皮肉返しには、ボブも肩をすくめて「判っているヨ」と答えるしかない。
あの失態は、自分でも信じられない。
なんで食べたいと思ってしまったのか、それすらも不思議だった。
コック長は「あまりの美味臭に本能が動いてしまったのでしょう」と推測していたが――
魔族の生態研究は、これから行われる。
傭兵とハンターの解毒を最優先したのだとは、テフェルゼンからも聞き及んでいる。
「けど、俺らまで起こす必要あったんスかね?」とはジロの弁で、自分で言ってちゃお終いだ。
「亜人を守るには全員の協力が必要だと感じたんじゃないか?」
ジョージが思いつきを口にし、誰も頷かなかったけれど、雑談はそこで終わりとなった。
イドゥの住処に到着したからだ。
イドゥの家は他の亜人とは少し違っていて、枯葉を集めた小山じゃない。
高い木の上に、枝を組み合わせた小さな庵が乗っていた。
「イドゥはドラゴン体形じゃ住んでいないのか?」
ルクの疑問に、アルが答える。
「ンー……イドゥはねェ、斬に憧れるようになってカラ、擬態で暮らすようになったんダヨ」
「亜人が、人間に憧れるのか!?」と驚く傭兵達へは、ソウマが腕を組んでニヤリと笑う。
「亜人ってなぁ、原則、自分がすごいと思える奴に従うらしいぜ。だから賢者ドンゴロ様は亜人に好かれていたし、うちのマスターも亜人に認められし勇者ってわけだ。なぁ、マスター?」
相槌を求められても、斬は聞こえないふりで無視している。
どうも彼は、必要以上に褒められるのをヨシとしない主義のようだ。
ともあれ、その法則で考えればドルクが力自慢としか話さないのも納得がいく。
バルもルドゥに何らかの素質を認められたのだ。試しにハリィは尋ねてみた。
「バル、君の特技は何だ?」
「え?俺?俺は、やっぱ力だな!」
バルの答えは単純明快、バシッと太い腕を叩かれて、亜人は皆大体そうではないかとハリィが突っ込むよりも先に。
「あれ?アルじゃん、何してんだ?俺んちの下で。って、やった〜斬もいる!やっほーい!」
頭上から元気な声が降ってきたかと思うと、ほぼ同時に黒い影も降ってきて、斬の腕に飛び込んできた。
そいつを斬は、がっしり受け止めると、腕の中の人物へ微笑みかける。
「っと、イドゥ、相変わらずヤンチャだな」
微笑まれたほうも屈託なく笑顔を浮かべて「えへへー」と、しっかり斬の首に手を回す。
飛び降りてきた人影こそはアルの友達イドゥヘブンで、背の丈はハリィやカズスンと同じぐらい。
ボサボサの金髪に褐色の肌、そして小汚いシャツと土にまみれたズボンをまとった年若い少年であった。


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