Infallible Scope

act18

「で、イドゥは斬の何に憧れてるワケ?」
レピアに尋ねられ、地面に下ろしてもらったイドゥが言うには「ハンターなトコ!」だそうな。
斬のギルドは保護ハント、希少動物やモンスターの捕獲を主としている。
首都では一定の知名度があり、モンスターをペットにしたい貴族には大人気だ。
「俺もいつかは島を出て、斬みたいにかっこいいハンターになるんだ!」
「かっこいいハンターねぇ……」
どうもピンとこないのか、ルクやレピアの反応は鈍い。
「まぁ、生け捕りが退治より難しいってのは判るけどね」
それなりなレピアのフォローに、カズスンも頷いた。
「それにハンターと傭兵で、どっちが平和な仕事かって言われたらハンターだろうな。モンスターは銃を撃ってこないし、遺跡にある物を取っても誰にも怒られないだろうし」
「ハンターでも銃を撃たれることはあるだろ、賞金首に」
すかさずジョージが突っ込み、さらにイドゥが混ざってくる。
「斬は戦わないぞ?動物を守るハンターだって賢者が言ったんだ!」
野生に住む動物を拉致する仕事を守ると言っていいのか、多少の語弊があるようにハリィは感じた。
しかし人間特有の文化を亜人へ説明するのも骨が折れよう。賢者は単純化してイドゥに教えたのだ。
「だが、島を出ていいのかい?」
ハリィの問いに、少しばかりイドゥは顔を曇らせる。
「賢者や長老は出るなって言っているけどな。けど、俺は島を出てみたいんだ」
「島にいたってハンターになれるんじゃないか?」とはモリスの提案にも、彼は首を真横に振った。
「島を出ないと、いろんな動物に会えないじゃんか。ここは生き物が少ないんだ。俺達亜人と怪獣以外は、魚と鳥と兎しかいないんだからな」
その鳥と魚と兎の所謂小動物だが、ハリィ達が島に入ってからは一度もお目にかかっていない。
斬一行にしても同じで、島に起きた異変と連動しているのではないかとの推測であった。
「ともあれ、一刻も早く亜人を集めるか、魔族を探さないと――」
話を締めにかかる途中で、グレイグが弾かれたように後ろを振り返る。
どうした?と尋ねる暇もあらば藪に向かって斬、少し遅れて亜人達も飛び込んだ。
「な、なんだ?」
驚くカズスンに、レピアが銃を放り投げる。
「聞くまでもないでしょ、魔族が出たんだ!追いかけよう」
仲間につられて走り出そうとするハリィを、グレイグが引き留める。
「森林での戦闘は危険だ、君はここで待っていてくれ」
「いや、しかしボブやレピアが入っていっちまった今、俺だけここに残るほうが危険じゃないか?」
ジョージやモリスも藪に突っ込んだ後だ。
残っているのなんて、ハンターギルドの残りしかいない。
すぐには突っ込んでいかなかったソウマは、傍らのルリエルに小声で話しかける。
「どうだ、何か感じられるか?」
ルリエルは瞳を閉じて、しばらく黙っていたが、ややあって答えた。
「……いるわ。木に隠れて様子を伺っている。ここからなら、あなたの電撃が届く範囲」
直接魔法で狙って撃ち落とす気満々だ。
ハリィは間髪入れず止めに入った。
「待ってくれ。いきなり仕掛けたら、奴らとの全面戦闘が避けられなくなっちまうぞ」
「安心しろよ、命まで取る気はないから」とソウマが答えるそばで、悲鳴と銃声が轟いた。
「撃ったのか!?」と、これはグレイグの驚愕に、ハリィは慌てて通信を繋ぐ。
「ボブ、レピア、ルク!今の銃声はなんだ、誰が撃った!?」
手当たり次第に撃てと命じた覚えなど、もちろんハリィにはない。
魔族を見つけたら、まずは現在地を捕捉しろと仲間には伝えてあった。
「様子を見てくる!」と言い残し、ソウマも藪に突っ込んでいく。
ハリィはグレイグと顔を見合わせ、その場に残ることにした。
全員が突撃しては、魔族との弁解を図るのも難しくなってくる。
ボブの怒号が通信機越しに聞こえてきた。
『俺達じゃねぇ!撃ってきたのは、向こうだ!!』
「なんだって!?誰なんだ、相手は。魔族じゃないのか?」
さらに聞き返すと、間髪入れずにボブも答える。
『わからねぇ、上手く隠れて狙ってきてやがるんだ……動いたら、やられる』
おかしい。
魔族ならば、銃などに頼らず掌から光線を撃ってくるのでは?
だが藪の中にいるのが魔族ではないとしたら、誰が傭兵を攻撃してくるというのか。
考え込むハリィを余所に、ぽつりとルリエルが呟く。
「……動いたわ」
「誰が?」と尋ね返すグレイグには、簡潔に「木に隠れていた人が。きっと、見張りね」と答える。
「見張りは人なのか?それとも」
グレイグの追求に、ルリエルは、やはり簡潔に答えた。
「人ではないわ。闇の気配を存分に感じるもの」
きっと、それが魔族だ。銃を撃ってきた連中とは別口かもしれない。
「どの方角へ逃げて行った?」
「向こう」と彼女が指を差したのは藪の奥、森の中心部だ。
グレイグは「追ってみる。君達は、そこを動くなよ」と言い残し、走り出す。
こくりと頷き、ルリエルは無言で了解する。
その横でハリィが我に返ってグレイグを呼び止めようとする頃には、藪の中での攻防が激しくなっていた。

「うわっ!」と叫んで樹木に隠れ、ルクは飛んできた銃弾をやり過ごす。
戦いづらい。こちらが何処かに登って狙い撃つならともかくも、一方的に狙われているのでは。
しかも、狙いは的確だ。自分と同じ傭兵なのではないかと思う程度には。
仲間とは分断された。だが、あちこちで悲鳴や怒号、金属のぶつかり合う音が聞こえる。
剣士は二人とも残してきたはずだから、斬りあっているのは斬だろうか。
それにしても、魔族が射撃ないし剣撃?どうにもルクの持つ魔族のイメージと合わない。
強力な結界で攻撃を弾き、体から光線を出すのが奴らの戦法ではなかったか。
藪に飛び込んだ際、ルクに戦意は一切なかった。
気配を察した騎士団長の動きにつられるようにして、勢いで飛び込んでしまったまでだ。
なのに、相手は問答無用で撃ってきて、身動きが取れなくなる。
「やめろ、撃つな!」と叫んでいるのは、バージか。
どこに隠れているのかは判らないが、銃撃が止むこともない。
木陰に身を潜めて音の出どころを探ってみると、銃撃は三方向に渡っており、敵もグループで行動しているようだ。
ますます戦法が、魔族らしくない。これは、傭兵のやり口だ。
王宮を出る前、コックが何か言っていたのをルクは不意に思い出す。
そうだ、確か島にはハリィ達の他にもハンターや傭兵を送ったと言っていたではないか、あの女は。
では、それらがもう到着していたと?
自分達が睡眠ケーキで前後不覚になっている間に、レンの魔法で送り届けていたとしても、おかしくない。
相手が魔族かどうかを確かめる術がない。しかし、無用の同志討ちだけは避けたい。
ルクも大声で叫んだ。
「撃たないでくれ!俺達は魔族じゃない」
すると、どうだろう。木々に反射して、返事が届いてきたではないか。
「お前たちが魔族じゃないだって?じゃあ、証拠を見せてみろ!」
やっぱり相手は魔族ではない。だが、証拠だって?お互い、どうやって人間だと証明すればいいのやら。
魔族は人の姿に変身するというのに!

一方のグレイグは、たった一人で逃げる気配を追いかけて、ゴールまで到着していた。
待ち受けていたのは色とりどりの異形軍団で、あっという間に取り囲まれて、一巻の終わりと思われたのだが。
「待てぃ、退けィ!」
凛と涼やかな声が命じ、まるで波が引くかのように、さぁっと異形の者たちが両脇へ下がる。
花道を堂々と歩いてきたのは、美麗と称しても差し支えない整った顔つきの青年であった。
一見して判る、人間ではないと。
まず、肌の色が青い。真っ青だ。そして髪の色は黄緑。
耳はピンと斜め上に尖っており、頭に角まではやしている。
どこをどう取ってもワールドプリズの住民とは言い難く、人間でなければ亜人でもない。
それは周りを囲んでいた者にしても同様で、恐らく今の格好が魔族本来の姿であろう。
リーダーと思わしき男と、グレイグは真っ向から向かい合う。
しばし無言で見つめあった後に、男が言葉を発した。
「美しい……」
「……は?」と思わずグレイグがマヌケな呟きを発してしまったのも、無理なからぬ話だ。
敵だとばかり思っていた相手に容姿を褒められるとは、まず予想できまい。
「いや、美しい。思わず見とれてしまうほどの超絶イケメンが、この世界にいようとは」
ほぅっと熱い溜息を洩らした男は、改めて名乗りを上げる。
「無遠慮に眺めてしまい、申し訳ない。私はキリシュ・ヴァ・レイン。魔界より強制転送されて渋々参った者だ。だが、無理矢理来させられたことを今は後悔していない。これほどの目の保養を受けるとは、生を受けて最大の至福だ」
最大の至福とは、要するにグレイグを見てイケメンだと喜んでいるのが、それに該当するのか。
魔界には、よほど美形が少ないと見える。
「……それで?」と白けた表情でグレイグが話の腰を折る。
「貴殿は何故、魔界からワールドプリズへ強制転送されてきたのだ」
「それがな」
ずずいとグレイグの側へ寄ってくると、首を振り振りキリシュが語るには。
顔が良くてちょっとばかり有名というだけで司令官に選ばれてしまった挙句、見た事も聞いた事もない"亜人"とやらを討伐すべく、問答無用で飛ばされた。
無論アッシュ・ド・ラッシュとも、親しい間柄ではない。
キリシュにしてみれば、こんな奴が同じ土地に住んでいたのか、といった認識であった。
「すっかり困っていたのだよ。私には、まだ見ぬ強敵と戦う魔力が存在しない。そもそも、戦いなど嫌いだしな。美しい存在を眺める事こそ、何よりの至福。戦いは美しくない。汗はかくし服は汚れるし、痛い目を見るばかりで楽しくもない。鼻血を出して歯を折られてみろ?美しさが損なわれてしまうではないか。駄目だ、却下だ」
己の弱さをアピールし、心底困った様子のキリシュに、グレイグは深く同情する。
特に顔がいいというだけで選ばれてしまった下りには、多少の共感さえ覚えた。
「しかし、貴殿もアッシュ・ド・ラッシュとは面識が殆どないのか……」
一体何者なのか。彼らの領主アッシュ・ド・ラッシュとは。
「あぁ。正直に言うと、任務をうっちゃりして帰る方法を探していた」
司令官に任命されたにしてはキリシュの忠心度もあっさりしており、面識が殆どないのでは仕方のない話か。
「貴殿の部下は何も情報を得ていないのか?」と尋ねるグレイグに、キリシュは首を振る。
「全くな。次元移動できる種族を探すか、それとも此処に永住するかで意見が分かれていた処だ」
次元移動といえば、宮廷では異世界へ渡る魔法を研究していたはず。
それをグレイグが話すと、キリシュは嬉々として乗ってきた。
「本当か!であれば、我々を即魔界へ送り返してほしい」
判ったとグレイグが頷くよりも早く「ちょっと待ったァ!」と割り込んできたのは、バルとアッシャスだ。
藪の中で何者かと戦っていたはずの彼らは、どこをどう走ったのか、グレイグのいる場所へ辿り着いたのだ。
「そいつらを送り返すんだったら、まだ島の中に残っている他の魔族も送り返してくれよ」
「他の魔族?」と首を傾げるキリシュには、グレイグが答える。
「個別活動を命じられていると、貴殿より先に到着した魔族が言っていた。ヴァッヂ、この名前に聞き覚えは?」
「いや。魔界と言っても広いからな」
ヴァッヂと似たような答えが返ってきたが、もとよりグレイグも期待していたわけではない。
その代わり、別の質問を投げかけた。
「先ほど銃声が聞こえた。森の中で戦っているのは貴殿の仲間ではないのか」
「そいつらは人間だ!」と答えたのは、キリシュではない。背中に黒い羽の生えた、小柄な魔族だ。
「本当か?ルファー」
聞き返すキリシュへ力強く頷き、ルファーと呼ばれた魔族は「いきなりドンパチ始まったんで、驚いて、俺、一目散に逃げたんだ」と体を震わせる。
亜人討伐として送り込まれたにしては、ここにいるのはキリシュを初めとして温厚な魔族ばかりだ。
魔族と一口に呼んでも、ピンキリなのかもしれない。人間が、そうであるように。
「そうか、間一髪だったな」と部下を慰めるキリシュへ、グレイグは協力を打診する。
血が出るから戦いは嫌だと宣う相手に申し出るのは、少々心苦しくもあったのだが、緊急事態だ。
もし本当にルファーの言う通り、人間同士で争っているのだとしたら、不毛な戦いにも程がある。
即刻中止させて残りの魔族を探索する人員にまわす。及び、亜人の保護も続けなければいけない。
人手は、いくらあっても足りない。無論、目の前の美麗な魔族にも協力してもらう気満々だ。
だから「武力側の鎮圧を手伝ってもらえないだろうか」と持ち掛けて、いともあっさり「もちろんだとも」と頷かれた時には、いつもの消極的な態度もグレイグの表面からは消え失せて、「ありがとう」と満面の笑みを称え、熱くキリシュの両手を握りしめてしまったのであった。


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