act19
バージと何者かの大声でのやり取りは、大樹の陰に隠れたカズスンにも、よく聞こえた。証拠を見せろと怒鳴りたいのは、こっちのほうだ。
だが、お互い怒鳴りあっていたって疑いは晴らせない。
悩んでいると、通信機が鳴ってルクが話しかけてくる。
『カズスン兵長、相手はきっと傭兵です』
「どうしてそう思う?」と先を促してやると、ルクは敵が三方向から撃ってきていると答えた。
『グループに分かれて銃器を使うのは、あいつらのやり口とは違います』
ルクの言い分には一理ある。
ならば、どうするか。
こちらも傭兵のやり口を見せれば、魔族ではないと判って貰えるだろうか。
うまい具合に仲間も散開していることだし。
「よし、それじゃ殺傷力のないトラップで一網打尽にしてやるか」
『引っかかりますかね?』と、ルク。
「銃声を聞き分けるんだ。こちらも三つ手に分かれよう」と答え、カズスンは一旦通信を切った。
藪に飛び込んだレピアが真っ先に取った行動は、探査機で敵の居場所を割りだす事だった。
赤い点が固まっているのは、合計三ヶ所。こちらを囲む方向で動いている。
魔族は個別行動だとヴァッヂは言っていた。
しかし司令官が到着して、連携が取れるようになったとしたら?
レピアは迷わず通信機を取り出す。
「軍曹、こっちも連携でいこう。撃ってきたのは向こうなんだ、やられっぱなしでいる必要もないだろ?」
『いや……駄目だ。こっちまで撃っちまったら交渉できなくなる』
ボブにしては弱気な返事がきて、レピアの頭にカッと血がのぼる。
確かに大佐の作戦では、極力戦闘を避けて交渉する予定であった。
だが向こうが撃つのをやめてくれない限り、身動きが取れないし交渉もままならない。
「じゃあ、軍曹には今の状況を打破できる作戦があるってのかい!?」
そこへ割り込んできたのはカズスンだ。
『二人とも手を貸してくれ。音の出どころを探って取り押さえよう。ただし、殺さない方向でな』
「あぁ、それなら既に探知済みだよ」とレピアも答えてやった。
「あたしから見て、三時、六時、九時の方角だね。あたしの位置は確認できる?」
しばしの沈黙を挟んで、先にボブが答えてよこす。
『おう、案外近くにいたんだな、お前』
『レピア、お前と軍曹で三時の敵を頼む。俺とジョージで六時、ルクとモリスとバージで九時を制圧しよう』
「カチュアは?」とレピアが尋ねると、カズスンは『見当たらない』と答え、ぽつりと付け足す。
『もしかしたら、飛び込まなかったのかもな。大佐は藪の外にいるんだが』
「え?ちょっと待って。あいつ、藪の外にもいないの?何処に行ったのさ」
話している間にも、相手の包囲網は形を変えていく。それに気づいたか、ボブが二人の会話を遮った。
『カチュアの捜索は後回しだ、撃ってきた連中を先に沈黙させるぞ』
レピアとカズスンは判った、と口々に答えて一旦通信を切る。
木々に隠れての狙い撃ちは、本来こちらの十八番だ。
味方の点が指示された方向へ動くのを見ながら、レピアも右手へ動き始める。
すると包囲網も、こちらに併せて動きを変えたはないか。
互いの位置確認が出来ているとなると、相手は魔族ではない。探査機を持った傭兵の可能性が高い。
これまで一度も魔族に発見されなかった件を考えても、奴らは人間を探知できまい。
探知できるのであれば、亜人と人間を間違えたりもすまい。
やがて藪の中をうろうろしていた一同は、中央でご対面と相成った。
どちらも手に銃を構えた傭兵チームだ。
そうと判り銃を下ろすバージたちへ、後ろ手にカチュアを捕まえた髭面の男が苦笑する。
「悪かったな、いきなり撃っちまって。まさか隠れているのを気取られるとは思わなかったんだ」
「もぉー、だから言ったじゃないですか。僕が魔族なら真っ先に光線を撃つでしょって」
口を尖らせてカチュアが文句を言う。
「人間に変身すると人間の攻撃を真似る――といった情報をもらっていた。万が一を考えるのは当然だろう?」
髭面の仲間の言い訳に、レピアもボブも納得する。
立場が違えば発砲していたのは、こちらだったかもしれない。相手が何者か認識できない戦いは厄介だ。
「あんたらは?どうやって島に入ったんだ」
尋ねるバージに髭面はカウェンと名乗り、王宮に召集された傭兵だと答える。
「大魔導士レン様が魔法で飛ばしてくれたんだ。帰りは通信で要請すれば、レイザースまで一瞬で戻れる」
「へぇー、僕らも帰りは便乗しちゃいましょうかね」などと図々しいカチュアを横目に、ボブが提案を呼びかける。
「王宮絡みの召集ってこたァ、グレイゾン総隊長の手助けを頼まれたのか?なら、俺達とも連携を取ろうゼ。この島にゃあ、まだいっぱい魔族が残ってやがる。そいつらには、なんとしてでも戦いをやめさせねェとナ」
「騎士団の手助けというよりも、あんたらの手伝いを頼まれたんだ。先に入った傭兵チームってのは、あんたらのことだろ」とは、カウェン談。
彼の仲間も一斉に頷き、うち一人が「ところで騎士団長様は、どこに」と言いかける傍からボブの通信機が鳴った。
「おうハリィ、襲撃は人違いだったゼ」と応じるボブに、新たな命令が飛び込んでくる。
それは魔族の司令官と共に、島中に散らばった魔族を一ヶ所にかき集めるという、えらく広範囲な大仕事であった……
魔族の司令官キリシュ・ヴァ・レインは肌の色の違いなんぞは気にならないほどのイケメンっぷりで、一目見た瞬間から一部の者たちは見事に目ばかりか心までもを奪われる。
「うわ……やっば、超イケメン」
胸のあたりを押さえて、くるりと反対方向を向いてしまったレピアの背中に、ルクの冷たい視線が刺さる。
「お前、イケメンなら誰でもいいのかよ」
姿かたちは整っているが、ルクから見れば、それだけだ。ハリィ大佐の魅力には鼻先ほども、かすらない。
今さっき会ったばかりの魔族に何の良さがあるのか。人となりも判らないというのに。
だが「ただのイケメンではありませんわ、生きる芸術でしてよ」とエルニーが熱弁を振るってきたので、驚いた。
この女は確か、仲間のジロとかいうドンヨリ眼が好きなのではなかったか?
ジロとキリシュでは天地の差だ。そもそもジロの良さも、ルクには理解できないのだが。
「はぅ〜〜、カッコイイ……」と甲高い声が上がって、振り向いてみればスージがポォッと頬を赤らめている。
こいつ男じゃなかったっけ?と、さすがに動揺するルクを見て、キリシュは高らかに笑った。
「フッ。私の美しさは男女構わず誰も彼もを魅了してしまうのだ。気にするでないぞ、人の子よ」
魅了されていない者のほうが多いのに誰彼構わずと断言されるのは腹立たしいが、怒っている場合でもない。
当面は顔の良さしか取り柄のなさそうな、この魔族と行動を共にしなければいけないのだ。
「協力は願ったりかなったりだけどヨ、アンタらは仲間の位置を捕捉できるのか?」
刺々しい口調でボブが尋ねると、キリシュは漫然と答える。
「位置は捕捉できん。しかし会えば同胞か否かはわかる、その者が持つ気配でな」
「なんだそりゃ、それでもあんた総司令なのかよ!?」
たちまち呆れる傭兵には些かムッときたのか、魔族の司令官は機嫌を損ねた表情を浮かべて言い訳した。
「仕方なかろう、我々は烏合の衆だ。これまでに全く付き合いのない者たちが、全くの無計画で異世界へ飛ばされてきたのだぞ。司令官などと気取ったところで、便宜上の立場でしかない。第一、私がアレに、アッシュ・ド・ラッシュなる王様気取りに会ったのも、今回が初めてだったのだからな」
「知名度低いな、アッシュ・ド・ラッシュ……」
思わずぽつりと呟くジョージは、さておき、ルリエルが無表情に突っ込んだ。
「アッシュ・ド・ラッシュが認知されていないのも、あなた達の連携が取れていないのも判っているわ。そして今、あなたの発言で、あなた達が仲間の位置を感知できないのが判った。位置確認は傭兵がやればいい。わたし達が、あなたを導く。あなたは、その時に同族か否かを判別して」
キリシュは顎に手をやり、感心した様子でルリエルを眺める。
「ほぅほぅ、筋道の判りやすい説明が上手い美少女だ。やはり美しいものは頭が良い。よかろう美少女よ、私の道案内を許そうではないか!」
「美少女ではないわ、ルリエルよ」と彼女が訂正しても、キリシュは全然聞いていない。
「己の美を謙遜するとは奥ゆかしいな、美少女ルリエル。さぁ、案内しておくれ。私は何処へ向かえばよい?」
「探知するのは俺達なんだが」と苛々しながら突っ込むカズスンなど、キリシュは見てもいなかった。
視線は真っすぐルリエルとグレイグへ向けられており、美しくない連中は空気の如し扱いだ。
「なんなんですか、めんどくさい人が仲間になってしまいましたね」
モリスもぼやく中、ハリィは仲間を慰めた。
「誰彼構わずベタベタされるよりはマシじゃないか。彼のお守り兼話し相手はグレイとルリエルに任せて、俺達は島にいる全ての生き物の現在地を調べよう」
ただ、全員で連れだって動くのは効率的ではない。
魔族と傭兵とでセットのチームに分けて、集合場所を賢者の元庵と決めた上で散開した。
森の中で亜人のバルと再会できたのは、ハリィにとって実に幸運であった。
何故なら目の前で繰り広げられるドラゴンと魔族の戦いに、彼は全く介入できずにいたからだ。
「やめよ、やめよ!私が判らぬか!?総司令が、この私だぞ!」
ハリィの言葉は勿論無視され、キリシュが呼びかけても梨の礫、どちらも戦いをやめてくれそうにない。
青いドラゴンは白くて冷たい息を吐きかけ、赤い肌の魔族が結界で対抗する。
かと思えば魔族が両手から炎を放ち、ドラゴンのブレスでかき消される。先ほどから、延々その繰り返しだ。
互角で決着がつかないのだから、どちらかが先に諦めればいいものを、どちらも意地っ張りであるようだ。
「えぇと、そこのやつ!赤いの!私の顔を見よ!!」
本来部下であるはずなのに、名前を知らないのも厄介だ。
赤い奴は、ちらりとキリシュを見て、すぐ意識を亜人に向けなおした。総司令を無視する気満々だ。
「えぇい、これだから即席司令なんぞ、やるのは嫌だったのだ!早く魔界へ帰りたいっ」
しまいにはキレて駄々をこね始めたキリシュを、グレイグが慌てて宥めにかかった。
「頼む、任務を放り投げないでくれ。貴殿が投げてしまったら、誰も戦いを止められなくなる」
「私がやっても止められないではないか!もう、こんなの私のキャラではないのだ」
逆ギレしてむくれるキリシュへグレイグは辛抱強く、優しい言葉を投げかける。
「だからといって途中で諦めては元も子もない。大丈夫だ、我々もついている。何度も声をかければ――」
そこへ、ひょいっと合流してきたのがバルウィングスだ。
対面の草木を掻き分け歩いてきたバルは戦闘真っ最中の亜人へ、場違いと思えるほど気楽に声をかける。
「よぉ、ドルク。力比べか?楽しそうだな」
途端にハッとなってドラゴンが彼を見下ろし、わたわたと片足で顔を隠す真似をした。
「あらバル、いつの間に来ていたの!?ヤダ、私ったら寝起きの格好で恥ずかしいッ!」
「えっ、ドルク?」と驚くグレイグやハリィの前で、ドラゴンが変身する。
巨大な体躯は瞬く間に人型サイズまで縮まって、水色の髪の毛をクリンクリンに巻き上げた、細身の女性が現れた。
ドルクといえば確か、力自慢の奴としか会話をしない亜人ではなかったか。女だったとは驚きだ。
「お前んち、ここだっけ」と尋ねるバルに、ドルクは首を振る。
「違うの、いきなりそこの奴に戦いを挑まれて、戦っているうちに、ここまで来ちゃって」
そこのと指を差された魔族は空中に留まっていたが、旗色悪しと見たのか身を翻す。
すかさずキリシュが呼びかけた。
「待て、同胞よ!私はアッシュ・ド・ラッシュ王に選ばれし亜人討伐部隊の司令官、キリシュヴァレイン。正しくは、キリシュ・ヴァ・レインだがな!逃げるのではなく、私の話に耳を傾けてもらおうか」
「キリシュ・ヴァ・レイン?……なるほど。随分長い名前だと思ったら、そう読むんだ」
ぽつんと呟き、魔族が降りてくる。
「私はクリオン。そこのバカが抵抗してきたから、ずっと戦ってた」
「喧嘩を売られたんだから、当たり前でしょ!」とドルクが憤慨するのへは、バルが「まぁいいじゃん、喧嘩は一時お預けだ」と取りなして、ハリィにもやっと口を挟む権限が回ってきた。
「バル、頼む。我々の今の目的を彼女に伝えてくれ」
亜人の保護は、もう必要ない。魔族を全員捕まえれば、任務完了だ。
はたして半日かけて夕暮れ時には、島中に点在していた全ての魔族が賢者の元庵に集められる。
折しも、そんなタイミングだった。賢者ドンゴロがハンターのラルフと共に、島へ凱旋したのは――