Infallible Scope

act20

「斬、そして傭兵諸君も、お手柄であった」
賢者の言葉に、どの顔も喜びを隠せない。
なにしろ賢者ドンゴロといえばワールドプリズにおいて唯一賢者を名乗ることが許された、雲の上のまた上に位置する最上、言ってみればレイザース王国の王様よりも尊い人物である。
側に寄ることすら恐れ多い存在だ。
その賢者に褒め称えられるなど、普通に生きていては一生出会えない幸運であろう。
「来てよかったなぁ」と後続の傭兵に囁かれ、バージも笑みで返す。
来てよかったかどうかはさておき、亜人に恩を売れたのは大きな収穫だ。
いや、亜人だけではない。亜人に与するハンターや賢者にまで恩を売れたのは大収穫と言えまいか。
それに、これは王宮が動いた事件だ。実際の内容が如何に、ちっぽけでささやかであろうとも。
ハリィ率いるチームの知名度アップにもつながり、今後の仕事が増えるかもしれない。
それを考えるだけで、バージの頬肉は緩んでしまうのであった。
「捕らぬ狸の皮算用にならなきゃいいスけどね」等と、ルクは可愛げのない事を言っていたが。
魔族は全員、一旦王宮に収容され、ヴァッヂやレイオーダも一緒に魔界へ転送される。
彼らを送り返すのは座標を使うのだと、グレイグからは聞かされた。
座標転送は以前、サイサンダラという名の異世界から人が渡ってきた時に初めて使用した術式だ。
相手の世界がある場所を特定し、ピンポイントに門を開く。
魔界の座標が判ったというだけで、アッシュ・ド・ラッシュの集落までは特定できなかったらしい。
魔界のどこかへ放り投げ、あとは自力で家までお帰り下さいという、雑な転送方法になりそうだ。
サイサンダラの時も、どこの国から来たのかまでは特定できなかった。
きっと彼らも、帰り道には苦労したことだろう。
「異世界になんて渡るもんじゃないですよね」とモリスがしみじみ言ってくるので、ハリィも応えてやった。
「渡るのは悪くない。ただ、渡る時には帰る方法も確保しておかないと酷い目に遭うって教訓だな」
賢者の話は、まだ続いており、満面の笑みを携えて皆々の顔を見渡している。
「これで亜人の島にも平和が戻りよう。そして魔族の諸君、諸君らは二度と悪事に手を貸してはならん」
「悪事?」と首を傾げるクリオンに、賢者は重々しく頷く。
「そうじゃ。聞くところによると、諸君らは亜人を知らない者のほうが圧倒的に多いと言うではないか。過去の怨恨に覚えのない者同士が戦うなど、不毛にも程がある。魔界へ帰ったらアッシュ・ド・ラッシュに言うがよい。恨みを返したいのであれば、己自身でやりたまえと。賢い統治者は、配下を犠牲にせぬものじゃ」
「うむ、言っておこう。ついでに、私をこの世界へ飛ばしたおつきの者は半死半生程度に殴り倒しておいてやるか」
顔に似合わぬ物騒な発言をキリシュが漏らしたが、傭兵は聞こえなかったふりでやり過ごす。
魔界で、この後起きる大惨事にまで、こちらが心を砕く必要はない。
アッシュ・ド・ラッシュと帰還者の間で起きる揉め事は、魔界に住む住民が解決するしかないのだから。
「今回の報酬は、王宮が出してくれるんですよね?」
期待に目を輝かせてカズスンがグレイグに尋ねると、グレイグも頷いた。
「後程チームリーダーの口座に報酬が振り込まれる。確認しておいてくれ」
「俺達は?」と、すかさずジロが口を挟むのへは、斬が軽く窘める。
「我々は無償に決まっている。王宮の依頼ではなく、友人を助けるために来たのだからな」
「えー?亜人と友達なのは、マスターだけじゃないですかぁ」
口を尖らせて文句を言うスージへ、すかさず「斬だけじゃないぜ!」と突っ込んだのは、亜人のバルだ。
えっ?となって振り返ってみれば、亜人は、どいつも笑顔で此方を見ている。
「俺達は、もう友達だろ?スージともジロとも、そしてハリィ達ともな!」
自分まで含まれていたとは想定しておらず、驚く傭兵達へウィンクするとガーナが拳を突き出した。
「一緒に危機を乗り越えたんだ。島で争いが始まるかもって危機をな。だったら、俺達は戦友だ」
「そうじゃな」と賢者も混ざってきて、改めてハリィへ頭を下げる。
「亜人の島の危機など諸君らレイザースの民には無関係であったろうに、乗り込んで解決してくれた。それを友と呼ばずになんと呼ぼう。諸君らは友人じゃ。亜人にとっても、儂にとっても」
この上ない最上級の報酬だ。
「と、友達……お、お父さんに知らせなきゃ」
真顔になってブツブツ呟くスージに、ジロの突っ込みが入る。
「バカ、親父だけじゃなくて全世界へ広めなきゃ駄目だろ、こんな超自慢」
生暖かい視線で二人を見つめる斬を横目に、カズスンも緊張の面持ちでリーダーへ進言する。
「こ、これ、一気に知名度アップじゃないですか?俺達」
「そう……だな。だが、あまり吹聴しないほうがいいかもしれん」
慎重な返事に、えっとなるカズスンにはジョージが耳元で囁いた。
「賢者様は表舞台を退いたんだ。世間に発表したって証拠がないと罵られるのが関の山だぞ。それよりは、俺達の胸の内だけで喜んでおこう」
賢者の友達だと世間に広めたところで、ガセかホラだとしか受け止められないかもしれない。
仕事上の宣伝にはならないだろうが、心の支えにはなる。自分が賢者に認められたのだと思うだけでも。
「あ、ありがたきお言葉です……!」
緊張でカチコチに固まって口々に感謝を述べる傭兵達へ、賢者は柔らかな笑みで返す。
「あのさ、あとで俺の家によってくれよ。宝物を分けてやるから」と亜人にも言われて傭兵団が和気藹々するのを見ながら、グレイグが斬へささやかに報酬を申し立てる。
「ハンターの諸君にも別途報酬を出したいと、これは王の申し出なのだが……受けて、いただけるだろうか」
「え!何それ、そんな話出てたんすか?」と、ジロが驚くのも当然だ。
そんな話は事前に伝わっていない。叔父さんだって、今さっき無償活動だと言ったはず。
「あぁ」と頷きグレイグが言うには、追加戦力の傭兵やハンターを送り込む際、ハリィの情報経由で斬率いるハンターギルドが先に島に入り込んでいて活動していた件がバレた。
しかし今回は特例として島への密入を咎めず、極秘裏に戦っていた彼らを褒める方向に決まった。
魔族の脅威は、レイザース王も知っている。
加えて相手が亜人となれば、いずれは被害が島だけに留まらないのも充分に予想できた。
「亜人との友情は報酬で替えられるものではないが……しかし、もらえるというのであれば喜んで受け取ろう」
承諾した斬を、「も〜、素直じゃありませんわねぇ、マスターは」等とエルニーが茶化してくる。
「王様直々に俺達の活動が認められたんだぜ?そのうち密入しなくても島へ入れる日が来るかもな」
ソウマも軽口を叩き、亜人を見た。
後続の傭兵達と、すっかり打ち解けて雑談に興じる彼らを。
亜人は狂暴だ――なんて偏見も、そのうち消えてなくなるといい。彼らもワールドプリズ住民の一部なのだから。
一件落着したと見て、ハリィが号令をかける。
「さて、それじゃ、そろそろ帰るとするか。あぁグレイ、今回は出番なしの無駄足ですまなかった。また、そのうち君が活躍できる揉め事を持ってくるよ」
「いや、それには及ばない……揉め事ではなく休日に会ってくれれば」
ぼそぼそ真面目に答えるグレイグを押しのけて、ボブは親友の肩を叩く。
「やっとめんどくせぇ仕事が終わったんだ。しばらく休業と称して、釣り三昧といこうや」
それもいいな、と頷きあいながら、ハリィ率いる傭兵チームは亜人の島を後にした。


End.
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