Infallible Scope

act8

亜人の島は、島全体が森で覆われている。
おまけに森全体も結界で覆われており、年中気温が安定しているというのだから二重に驚きだ。
「けど結界って、呪文を唱えて発動させるんじゃありませんでしたっけ」
ルクの問いに答えたのは、バージニアだ。
「媒体があるんだってよ」
俺も詳しくは知らないがと前置きした上で彼が言うには、結界には二通りあるそうだ。
一つは呪文を唱えて、一時的に張る方法。
この場合だと、呪文をやめれば結界は消え、唱えれば再び発生する。
もう一つは術師の代わりになる媒体を用意し、その媒体に魔法をかけて永久的に張る方法。
亜人の島にかけられた結界は後者の方法が取られている。
無論、かけたのは賢者ドンゴロ。
本人は現在不在、黒くて悪いものを追いかけて出ていったらしい。
全ては斬からの受け売り情報であった。
「北の島なのに年中あったかいってのも、妙な魔法にしたもんスね」
ぼそりと呟き、ルクは前方を見やる。
一度森へ入ると、鬱蒼と茂った木々に視界を塞がれる。
四方に大木がそびえたち、それでいて小動物がいないというのだから、おかしな話だ。
先に到着していた斬曰く、異変が発生して以降、小動物の姿は一度も確認できていない。
獣道を外れ、藪に足を踏み入れる。
腰の高さまで生えた雑草を見て、バージが顔をしかめた。
「この状態で襲われたら、対処すんのは難しいぜ」
「なら、いつもみたいに樹上によじ登りますか?」とルクは尋ねたのだが、返事がない。
どうしたんだと怪訝に振り返った彼の目に映ったのは――

『出たゼ、ハリィ、ザン!どうすりゃいいッ、どうすりゃこいつを倒せるんだ、うわぁぁ!』
一向に進まないソウマ探索の途中で、悲鳴が響き渡る。
叫んだのはボブだ。散開して、レピアと一緒にいるはずの。
「どうしたボブ!応答しろ」と通信機に向かってハリィが叫んでも、返事はなく。
「出たと言ってましたね、レピアが何かに取り憑かれたんでしょうか」
不安げに周辺を見渡して、モリスは尋ねる。
「わからん。しかし……誰かと同行していても取り憑かれるものなのか?」
ハリィも周囲を油断なく見渡しながら、これまでの経緯を簡単にまとめた。
取り憑く異変は、誰かに変化したり憑依するゴーストと推測される。
憑依にしろ変化にしろ、異変は突然姿を現す。
取り憑かれる現場を見た者は、誰もいない。
憑依された場合は、霊体を捕縛できるジロの必殺武器で取り押さえられる。
変化の場合は、叩きのめせば十分であろう。
もしレピアが取り憑かれたのだとしたら、至急斬と連絡を取ってボブ救出に向かわせたい。
しかしハリィが何度呼びかけても、斬の返答はなく。
ならば熱反応はどうだと探査機を見てみれば、これが驚いたことに真っ暗で、つい先ほどまで見えていたはずの全員の赤い点が一挙消滅していた。
異変発生と同時に、全ての通信が封じられてしまったかのようだ。
いや、しかし身内間での通話は可能だったではないか。
途中で切れて音沙汰がなくなったにしても。
「ボブの最終点滅の場所は覚えているか」とのハリィの問いに、モリスが頷く。
「十時の方角でした。しかし、今から行って間に合うかどうか」
「ボブの範囲付近にはカズスンとカチュアもいたはずだ」
モリスと話す間にも、ハリィは忙しなくカズスンに呼びかける。
「カズスン、そちらの様子は?」
すると意外なことに、カズスンの返事は冷静で。
『はい大佐、こちらは相変わらず何事もなく鬱蒼と茂った木々に視界を妨害されています』
「何事もなくだって?」とモリスが小さく叫び、ハリィは聞き返した。
「さっきのボブの悲鳴、君は聞かなかったのか?」
『悲鳴?』と訝しげな返事をよこし、カズスンが答える。
『いえ、何も聞こえませんでしたが……』
そんなわけはない。ボブは傭兵全員に回線を開いていたはずだ。
一対一の通信と異なり、チームを組む傭兵はメンバー全員と通話できる専用回線を持っている。
森に入った際にもハリィ達は、その専用回線で遣り取りを行っていた。
ハリィとモリスに悲鳴が聞こえたなら、カズスンとカチュアにも聞こえていなければおかしい。
そもそもボブが叫んだ時、カズスンとカチュアの反応は全くなかった。
彼ら二人だけではない。ルクとバージも大人しかったではないか。
「バージ、聞こえているか!?」
モリスも気づいたか、切羽詰まった声で呼びかける。が、まったく返事がない。
通信機を握りしめ、モリスは必死に叫んだ。
「返事してくれ!バージッ」
「ルクの応答もない処を見るに、俺達は分断されてしまったらしいな」
散開したのが裏目に出たか。
こうも広範囲で妨害できるとなると、人の手には負えない相手なのではあるまいか。
沈黙する二人の通信機に、斬の声が響いた。
『こちら、異変と接触!至急応援に来られたし』
「え、ザン!?」と驚くモリスの横で、ハリィが通信機に怒鳴りつける。
「了解したいのは山々だが、君達の現在地が判らない!現在地を確認できる道具は持っていないか!?」
『探査機の不具合スか!?』と叫び返してきたのはジロだ。
そうだと答えハリィが再度同じ質問を浴びせると、甲高いキンキン声、名前はエルニーといったか、縦巻きロールの少女が答えを返してきた。
『狼煙をあげればいいんですのね!?やってみますわ!』
火のつく道具を持っているとは、用意のいい。
役立たず三人組は戦闘で役に立たない代わり、常に大荷物を抱えている。
もしかしたら斬は、こうした緊急時の為に、あの三人を連れまわしているのかもしれない。
果たして返事の後、二十秒と経たずに、もくもくと遠方であがる煙を目視で確認できた。
「狼煙あげる手際のよさが、すごいな……」
呆気にとられるモリスの腕をつかみ、ハリィが走り出す。
「急ごう!向こうは斬一人で戦っているはずだ、俺達がフォローするしかない」
「しかし軍曹は、軍曹の件は、どうするんです?」と、モリス。
ハリィは「場所が判らん。ボブを助けるにも、斬の協力は必要だ」と答え、相棒を急かした。


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