Infallible Scope

act7

「やば、こいつ確か魔法も使えましたよね!?」
叫ぶレピアに頷いたのは、ハリィだ。
発動を見たわけではないが、呪文を唱える姿なら記憶にあった。
魔法剣士は珍しい存在ではない。
しかしソウマの動きは、傭兵の誰もが見切れていなかった。
斬がいなかったら、何が起きたのかも判らないままカチュアは倒れていた事だろう。
今だって尋常ではないスピードで斬りかかってきては、斬に弾かれている。
彼しか目が追いついていないのだ、ソウマの動きに。
傭兵でも追いつけないのでは、ジロ達雑魚の出番などない。
アルと一緒に一目散に遠くまで逃げていき、そこで声を張り上げている。
「叔父さん、がんばれー!」だの、「ソウマ、なんて哀れな姿に……」だのと。
そういや先の悪魔襲撃事件でも、あの三人は戦力外だった。
何故あの三人を毎回戦場につれてくるのか、斬の真意が理解できない。
戦力として鍛えたいにしても、もう少し簡単な依頼をやらせればよいものを。
二人の斬り合いからは目を離さずに、傭兵達も行動を開始する。
ゆっくりと時計回りに円を描く形で、カズスンとボブとモリスとカチュアが移動する。
位置を脳内で計算しながら、足下へモグラを置いた。
モグラとはスイッチを入れると地中に潜ってゆき、時間が来れば地上へ飛び出してターゲットに襲いかかる道具だ。
それとは反対回りに、ハリィとレピアとルクとバージも円を描くように歩き出す。
足下に置くのはスパイダー、こちらは時間が来れば捕縛用のネットを吐き出す。
これ自体に殺傷力はなくとも、動きを封じるには充分役に立つ。
時間差で仕掛ければ次々ネットが飛び出すから、どれだけ動きが速くても問題ない。
モグラとスパイダーは、ハンターほど素早くない傭兵の基本装備である。
モグラで牽制し、スパイダーで捕縛する。
今の位置だと斬まで捕縛することになりそうだが、元々これは彼の作戦だ。
囮ごと捕まえる、という意味では。
ハリィ達は少しずつ、目立たない速度を保ったまま、二人から徐々に遠ざかる。
幸い、取り憑かれているソウマは斬しか眼中にないようだ。
斬が自分のほうへ上手く誘導しているおかげも、ある。
こうやって傍観者となって眺めてみると、斬の守備範囲の広さにハリィは驚く。
手持ちの武器は小刀一本しかない割に、フットワークで相手の動きを封じている。
相手が行こうとする方向に自分も動いて、それ以上踏み込ませない。
極最小限の動きで相手の攻撃を躱す。
それを繰り返すことで、倒せそうで倒せない状況を造り上げている。
この動きを自分達に要求されていたのかと思うと、背筋が寒くなった。
申し訳ないが、無理だ。とても彼のようには戦えそうにもない。
斬の動きは、もはやジャネスのニンジャすら凌駕しているのではあるまいか。
シュパン!と大きな音が弾けて、一斉にモグラが飛び出した。
突然の奇襲には「むぅっ」と斬が小さく呻き、ソウマにも異変が起きる。
なんと彼は『憤怒ッ!』と叫び、両目をビカァッ!と目映く光らせて、おまけに目から光線を出したのである。
これには傭兵全員が驚いた。
取り憑かれたら大変なことになるとは聞かされていた。
だが目からビームを出すようになる、なんてのは聞いていない。
両目から放たれたビームが、次々モグラを撃ち落とす。
「ちょっと!何あれ、どうなってんの!人として、ありえなくないっ!?」
わめくレピアに答えられる者は、一人もいない。
続けてシャアァッと四方を取り囲む形で捕縛網が射出されたので、皆の視線は輪の中、中央にいる斬とソウマへ向けられる。
ソウマは『憤怒ァァァァ!』と叫んで、網も光線で焼き切ろうとしていた。
それをボーッと見ている斬でもない。
残像を残すスピードで背後に回ると、腰へ手を回し、地面に叩きつける。
『護破ッ!!』と妙にくぐもった声を出して、ソウマが気絶するのを見届けた。
「え……捕縛するんじゃなかったんでしたっけ」
豪快な投げ技にはポカンとした表情でカチュアが突っ込むも、すぐさま投げ技を決めた当人が返事をよこしてきた。
「違う、こやつはソウマではないッ!」
昏倒したソウマを、ビシッと指さした。
「見よ!本物のソウマはオッドアイだが、このソウマは両目が赤いッ」
と、言われても。
襲われた時は、とても落ち着いて目を眺めるどころではなかったし、今は気絶して瞼を閉じているから、何色なのか、さっぱりだ。
どれどれと近づいて瞼をこじ開けてみれば、白目をむいた上に赤い瞳がチラリ見えた。
確かに両方とも赤い。オッドアイではない。
とすると、こいつは何者なのか。
「変身するって言ってましたけど、どういう形に変身するんです?」
思い出したように今更な質問を飛ばすカチュアに、斬が答える。
「基本は本物と瓜二つに変身する。だが……こやつは変身が下手だな」
「ソウマの目まで見てなかったんじゃ?」とはルクの弁だが、それはないと斬は首をふってルクの推理を否定した。
「これまでの遭遇では、似ていない変身など一体もいなかった」
「うーん、個体差でこうなったのか、それとも新種が出てきたのか……」
全員で腕組みして考えたところで、答えが出るものでもない。
ひとまず、また暴れ出したら厄介なので、偽ソウマは縄で縛っておいた。
「こいつが偽者なら、本物は何処へ行っちゃったんだ?」
カズスンの問いにも斬は首を振り、「わからぬ」と答える。
「ビームにも突っ込んでおきたいが、今は本物の捜索を先に片付けよう」
ハリィの提案に、全員が頷く。
「とはいえ、この島って全面森だよね……散開したら、やばくない?」
レピアに言われ、「散らばるのは得策ではない」と斬も同意する。
「この島の森は、獣道を外れると亜人でも迷い子になる。全員でまとまって動くのがよかろう」
「けど」と異を唱えたのはカズスンで。
「もしソウマが道を外れた先にいたら、どうするんだ?」
例えば魔物を追いかけて、道を外れた可能性だ。
なかなか帰ってこないのは、道に迷っているからではないのか。
「そうだナ」とボブも頷き、斬を見た。
「全員ってのは効率が悪いゼ。どうせアンタは、あの足手まとい三人衆も連れていくんだろうが、あんなのとダンゴで行ってみろ、こっちが一網打尽になっちまう」
あの、と顎で示されただけでも、ジロ達三人組は憤慨する。
「足手まといだなんて!その通りだけど、わざわざ言わなくてもいいじゃないですかー」
言われたくないなら鍛えればいいものを、口答えだけは一人前だ。
「俺達は通常散開してターゲットを駆り立てる」と、ハリィは斬に説明する。
「通信機で連絡を取り合おう。スナイプできる範囲を保てば、バラバラに動いてもフォローできる」
「スナイプ?」と首を傾げる相手には、言い直した。
「銃で狙える範囲内に、お互いの位置を収める事をスナイプと呼んでいる。俺達は少数編成で動くが、君達は全員まとまって動くといい」
「取り憑かれた場合なら、熱反応も出ますよね?」と尋ねたのは、モリス。
荷物から探査機を取りだし、スイッチを入れる。
画面に映るのは今のところ、この場にいる面々の反応だけだ。
「この赤い点が生き物の反応スか。便利だなぁ」と、横からジロが覗き込む。
「けど、俺らこんなん持ってねっすよ?」
「あぁ、だから君達は一纏めで動くんだ。反応が出たら、通信機で逃げ道を教えるから安心してくれ」
「あっ、もしかしてボク達を囮にしようとしていますね!?」
ハッとなって騒ぐスージを窘めたのは、ギルドマスターの斬だ。
「そうだ、先の一戦で判った。我々は捕縛側より囮にまわったほうがいい」
彼はそれ以上何も言わなかったが、理解してくれたのなら何よりとハリィも安堵する。
そうとも、現時点でアレの動きについていけるのは斬一人だけ。
共同作戦を取るからには適材適所、出来る奴が出来ることを担当するべきだ。


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