act6
亜人の島は、原則出入り禁止地帯に指定されている。島に住む亜種族、亜人が人間から見て凶悪とされてきたからだ。
だが――
浜辺で見る亜人は、およそ凶悪から遠くかけ離れた存在だった。
「お茶ドウゾー!アウッ」
お盆に麦茶の入ったコップを山と乗せてきたアルが、足下の石に蹴躓く。
宙を舞った麦茶のコップは狙い違わず、ジロの頭上へ麦茶を降り注がせた。
「うわっちゃあ!アツッ、なんでアツゥ!?」
大騒ぎを横目に、斬が本題を語り出す。
「よく集まってくれた、傭兵の諸君。島の内情は深刻を増している」
「確か、変身して取り憑くバケモノが島に潜んでいるんでしたよね」と、返したのはカチュア。
「アンタでも捕縛できねェのか」とボブも眉を潜め、肩をすくめる。
「素手で捕縛できるようなものではないのでな」と、斬。
水平線の彼方へ目をやり、付け足した。
「今はドンゴロ様も不在だ。我々だけで片付けねばならぬ」
なんでも、"黒い悪い奴"が島を襲い、それを追いかけて消息不明だとのこと。
黒い悪い奴が黒い鎧を身に纏った男だというのは、アルの証言で判っている。
黒騎士ジェスターは亜人の島を訪れていた。
だが奴は逃走し、島の異変との繋がりは、まだ見つけていない。
亜人達は黒騎士がつれてきたと思っているようだが、確実な証拠がない。
誰も、彼が異世界の扉を開いた現場を見ていないのだから。
単独犯行なのか、それとも他に協力者がいるのか。
念のため、ジョージを本土に残しておいて正解だった。
彼がジェスターと戦う必要はない。ドンゴロとの繋ぎになってもらえれば良い。
「奴の足取りは仲間に追わせている」
ハリィの弁に斬が頷き「では、そちらは連絡を待つとして」と全員の顔を見渡した。
「実は怪奇を絶つ方法の、作戦は考えてある」
「えーっ、すごいじゃないか!」
レピアは驚愕に声を張り上げ、ハリィが先を促した。
「それで、その具体的な方法とは?」
しばしの沈黙をおいてから、斬は答えた。
「それなのだが……一人、二人に犠牲を強いるかもしれん」
非常に、言いにくそうな様子で。
島の怪奇は霊体で、素手で捕まえることはできなかった。
なので斬達は一旦ギルドに引き返し、秘密兵器を抱えて戻ってきた。
それこそは今、ジロが腕に嵌めている、ごっつい道具だ。
見た目は巨大な蟹の鋏だ。
すっぽり腕を覆う形で、先端が開閉する。
斬曰く、ジロの為に特注で作らせたオンリーワンの道具らしい。
これならば霊体だろうと大型生物であろうと、簡単に捕獲できるそうだ。
今回のターゲットは神出鬼没の霊体だが、誰かに乗り移った時がチャンスだ。
憑依された状態のまま、取り押さえればいいと斬は言う。
ただし、危害を加えると霊体は逃げてしまう。
「なんだ、それなら、その道具で全部捕まえりゃ〜いいじゃないか」
訝しがるレピアに、斬は言った。
「我々も、そう思ったのだが……数が多すぎて、手が足りなかった。故に、諸君らを島へ呼びつけたまでだ」
彼のギルドで戦えるのは、斬とルリエルとソウマの三人しかいない。
複数を相手にした戦闘が熾烈を極めたなんてのは、充分想像できる範囲だ。
「そいつは元々ジロのために作ったんだろ?」
ルクが例の道具を指さして尋ねる。
「ジロは役に立たなかったのか?」
「立ったと思いますゥ?」
スージには質問に質問で返されて、ルクは首を緩く振った。
「……悪い、無駄な質問だった」
道具が届いて捕獲が簡単になったと言っても、戦闘経験皆無な者までが、すぐに戦えるようになるわけじゃない。
ジロは当然足手まといになっただろう。
取り憑くのは一体につき一人でも、それが何人も同時に現れたら、三人だけでは到底手が回らない。
亜人に協力を頼んだら?というモリスの意見も却下された。
彼らも擬態での戦闘では素人同然、余計被害甚大だったとは斬の談だ。
霊体を追い払った後の被害者は、魂が抜けたようになってしまう。
元に戻るには日数を要した。今でも寝込んでいる亜人は多い。
「手は尽くした。だが、我々だけではどうにもならぬ。諸君らの持つ道具で牽制し、取り押さえる機会を作って欲しい」
「わかった」とハリィは頷き、手持ちの鞄をポンと叩く。
「できるだけ殺傷能力の低い道具で対処してみよう」
「さっき不穏な発言がありましたけど」と割り込んだのはカチュアだ。
「一人二人の犠牲って、どういうことですか?」
「うむ」と斬は重々しく頷き、傭兵を端から順番に眺めていく。
神出鬼没の霊体は、人ばかりではなく物にも憑依する。
物に取り憑かれた場合、これまでは叩き出すしかなかった。
「ルリエルが提案してきたのだ。物に取り憑いても傭兵諸君さえいれば対処できるのではないかと」
「ははぁ」と小さく呟きカズスンが眉をひそめる。
「なんか、猛烈に嫌な予感がしてきたぞ」
「諸君らの道具にモグラと呼ばれるものがあっただろう。あれを使って動きを封じ、諸君らのうち一人を囮にし、その者ごと捕縛する」
「ちょっ」
言葉に詰まるレピアの横で、ルクが尤もらしく頷く。
「それで、犠牲か」
「君達が囮になるってんじゃ駄目なのかい?」
ダメ元でハリィも突っ込んでみたが、斬には首を横に振られただけだった。
「純粋に考えて我々と諸君らでは、どちらが素早いと思う?」
「なんか、俺達の長所が道具しかないと言われているみたいですね」
ボソボソと小声で愚痴るカズスンに、ボブも小声で吐き捨てた。
「みたいじゃなくて、そう言われてんだ、モロにナ」
斬の言い分は正論だ。
単純に素早さを比べたら、ハンターは傭兵よりも素早い。
それに、斬は捕獲に特化したハンターだ。
捕まえるにあたり、退治が専門の傭兵よりは手際も良かろう。
お荷物三人組に、ちらりと目を向けたハリィを見て、斬が僅かに苦笑する。
「……ギルドメンバーの誰かを囮にするのは俺も考えた。だが、リスクのほうが遥かに大きい。己の身を最低限に守れる者でなくては、囮は務まらぬ。囮になる前にやられてしまっては、意味がないからな」
「あれ、ところで」と、ぐるり一帯を見渡して、レピアが首を傾げる。
「あんたのギルドって、確かもう一人いなかったっけ」
ここにいるのはジロ・スージ・エルニーのお荷物三人の他には、ルリエルと斬だけだ。ソウマは、どこへ行ったのか。
「あ〜、ソウマ?あいつなら見回りに行ったっきりだよ」とジロが答え、「そういや全然帰ってこないね〜。どこで道草してるのかな?」とスージが暢気に相づちを打つ。
「えっ、それって」
ヤバイんじゃ?とレピアは言おうとしたのだが、言い終える前に異変が向かってきた。
ザッ!と砂を蹴って、何者かが襲いかかってくる。
カチュアが斬られる寸前、その一撃を防いだのは斬だ。
「ぬぅっ」と剣を小刀で振り払い、両者は同時に飛び退いた。
一歩反応の遅れたハリィ達が見たものは。
帰りが遅いと言われていたソウマの、憑依された姿であった――!