act5
亜人の島に行く方法は任せろとカチュアは言った。だから、てっきり密入船を借りるのだとばかりハリィ達は思っていたのだが――
「きみは、いつの間にそんな大掛かりな魔法を覚えたんだ?」
ハリィが尋ねる。
浜辺に大きな魔法陣を描きながら、カチュアは応えた。
「以前、異世界の住民を元の世界へ転送させましたでしょう?その後に覚えたんです。ちょいとばかり王宮のお知恵も拝借しまして」
外部から通信で宮廷内部に侵入するのは法で規制されており、バレたら罰金刑だ。
しかし自分も多々やっている手前、カチュアを注意できないハリィであった。
いや、それにしても。
機械無知だと軽んじていた相手が、いつの間にか通信に詳しくなっていようとは。
長く野放しにしているのも問題だな、とハリィは考えた。
もっとも、カチュアを野放しにしていたのは別の理由あってのことだ。
傭兵は機械に詳しい反面、魔法には詳しくない。
よって、カチュアのような魔術師はチームを組む傭兵には必要不可欠である。
彼の性格に問題がなければ、常に連れ回してやれるのだが……
「この魔法ですと、形跡も残さずに転移できるんだそうです。ずるいですよね〜、王宮も。こんな便利な魔法を外部には漏らさないんですから」
「そりゃあ、外部にもらしたら悪用する輩が出るからね」
ちらりとハリィに流し目されて、カチュアはクスクス笑う。
「そうですか?でも、これに対抗する魔法も宮廷には用意されているんですよ。……ま、それはともかく。これで完成です」
砂浜に描かれた魔法陣は、巨大な円の中に幾つもの複雑な記号が書かれている。
「ふーん、これでお上にもバレずに亜人の島へ飛べるってわけ?」
半信半疑でレピアが円の中に入り、続けてボブ、モリスやバージも魔法陣の上に乗る。
「えぇ、宮廷の人間は城へ近づく転移には容赦しない心づもりのようですが、他所へ飛ぶ分には監視もしていないようですしね」
カチュアは頷き、まだ円の上に乗っていないハリィを促した。
「さぁ、行きましょうハリィさん。ハンターの皆さんがお待ちかねなんでしょう?」
「それじゃ大佐、俺は人を雇って山狩りしておきます」
ジョージを一人砂浜に残し、あとのメンバーは一路、亜人の島へ。
飛ぶ前に、どこへ出るのかを確認しておかなかったのは、とんだ失態だった。
飛んできてから後悔しても遅いのである。
「貴様らは何者ぞ。何をしに現れた、人間めが!」
島についたと思った瞬間、威厳ある声が頭上に降り注ぎ、傭兵達は驚いて真上を見上げる。
燃えるような赤い鱗の巨大なドラゴン――亜人が、彼らを見下ろしていた。
どうやら運悪く、ちょうど彼の巣穴に飛んできてしまったようだ。
「え、えぇと、亜人の島の問題を解決しに……?」
愛想笑いを浮かべて答えたカチュアは、たちまち亜人に怒鳴られてヒャッとなる。
「亜人の島で何が起きたか判った上で来たというのか。しかし、貴様ら小者如きに何とか出来るとでも思っておるのか!帰れ、帰れ!!」
えらくご立腹なようだが、話の前後がイマイチ見えない。
ハリィも、恐る恐る切り出した。
「賢者の知己に呼ばれて、ここに来たのですが……あなたはご存じありませんか?ハンターギルドのザンという男を」
亜人の島に住む者ならば、誰でも賢者の知り合いなのだとばかり思っていた。
その認識が間違いであることを、彼らは早くも知ることになる。
「賢者?なんだ、それは。貴様らの間での有名な存在か?そのようなもの、我は知らぬ。賢者の知己とやらもな!」
ぐいっと鼻先をつきつけられ、改めて亜人の大きさを思い知らされる。
ボブは人間じゃ大柄なほうだが、それでも亜人と比べたらアリンコの如き小ささだ。
こんなのと対等につきあえる賢者や斬には恐れ入る。
と、恐れ入っている場合ではない。来たばかりで追い返されそうな状況だ。
「こ、ここは島全体から見て、どの辺りなんでしょう?」
果敢にも質問するハリィへ、亜人がフンと嘆息する。
「これだけ脅しても帰らぬか。その勇気だけは褒めてやろう。ここは島の最南端。我の縄張りには人間一人、近づかせぬ――つもりであったのだがな。運悪く迷い込んでしまった貴様らは、己の不運を嘆くがよい!」
縄張り意識なんてものが、このチッポケな無人島に住むドラゴンにあったとは意外だ。
ともあれ亜人は、やる気満々、ハリィ達の頭上でボッボと炎を吹きだしている。
戦ったら、こちらに勝ち目はない。なんとか口八丁で退けなければ。
「えっ、えぇと、あの!帰りたいのは山々なんですが、この魔法、一方通行でして」
切り出したのはカチュアで、ドラゴンは「ほぅ?」と首を傾げる。
「転移魔法を使うからには帰り道も知っていると思うたが……フン、覚え立ての魔法を興味本位で使ったか」
「え、えぇ、まぁ、これだと国に内緒で来られるものですから……ですが、あなた様の言うとおり、僕は小者でした。転移魔法が使えた喜びで、つい思い上がってしまって、お恥ずかしい」
必死におべっかを使う魔術師を何と思ったか、亜人は火を吹くのをやめてカチュアを見下ろした。
「フム、己を省みられる程度には賢いと見える。よかろう、小者たちよ。自力で帰れぬというのであれば、帰る魔法を教えてやる」
本当に帰りたいとは思ってないのだが、このまま、この亜人と話していたって埒があかないのも、また事実。一旦出直す必要があろう。
そう、ハリィが思い始めた頃に転機が訪れる。
「こっちこっち!コッチに人の気配!」
騒がしい声と共に茂みが揺れて、顔を出した黒人少女に、誰もがアッとなる。
驚いたのは赤い竜も同じだったのか、彼は激しく吠えたけた。
「貴様、アルニッヒィ!我の縄張りへ無断で入るなと何度言えば」
だがアルニッヒィと呼ばれた少女は全く無視して、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「やったー!ハリィダヨ!ハリィ達が来てくれたヨ!斬に知らせなくッチャ!」
いきなりクルリと踵を返したので、慌ててハリィが呼び止める。
「ま、待った!斬は、彼は今どこにいる!?俺達も彼と合流したいんだ、連れていってくれ!」
すると少女はクルリと振り返り、いともあっさり「イイヨ?」と答え、アルニッヒィの先導で赤い竜の縄張りを無事に逃げおおせたハリィ一行であった。