Infallible Scope

act3

南に広がる群雄諸島――
かつてはダレーシアと呼ばれていた。
今はファーレンの名で一括され、レイザースの支配下にある。
「海軍の連中、まだメイツラグに留まっているんですかね」
ルクに問われ、ハリィが答える。
「だろうな。頭の古い貴族を懐柔するには四、五年はかかるとみていい」
「頭の古い、ですか。堅いじゃなく」
首を傾げるルクを見てクスリと笑い、ハリィは頷いた。
「あぁ。メイツラグは旧時代で文明が止まっているからね。自分達の置かれた状況への把握も鈍いんだ」
現在、レイサーズの名でファーレン海軍がメイツラグへ出航している。
表向きは海賊退治への協力となっているが、真の目的は鉱山占拠にあるのではないかと、もっぱらの噂だ。
なにしろ、亜人の島をのぞけばメイツラグ一つしか残っていない。
レイザースの支配下に置かれていない国は。
貧乏国家のメイツラグなど、武力でいつでも制圧できる。
レイザースがそうしないのは、無駄な消費を避ける為もあろう。
メイツラグにはレイザース人も入国できる。
だからといって地元民が完全に友好的かというと、そうでもなく、一定の緊張感が保たれた関係だ。
――といった、北の情勢はさておき、ファーレンに視点を戻してみよう。
海軍が留守だからなのか、街も海域も穏やかな面を見せている。
元々、ファーレン及びダレーシア島は漁業国家であった。
今でも名残は、そこかしこにあり、魚料理ならファーレンと謳われている。
逆に言えば、漁業と海以外は何もない場所だ。
「酒場は……三軒ですか。なんだ、随分閑散としてるんスね」
ここへ来るのは初めてなのか、ルクはしきりに左右を見渡した。
首都とは異なり、このあたりの建物は全て巨大な葉で屋根が組まれている。
通りの向こう側には海岸線が広がり、潮の匂いを運んできた。
「少し観光と、しゃれこむかい?」
道端で投げ売りされていた情報ペーパーを購入したハリィが尋ねると、ルクは勢いよく頷いた。
「えぇ、是非!」
普段の彼なら、ここまで素直に頷くまい。
初めての土地に加え、ハリィと二人きりな状況が、ルクを興奮させているらしい。
その証拠に、瞳はキラキラと輝いている。
「よし、なら、とっておきのバーを紹介してやろう」
歩き出したハリィを追って、ルクが尋ねる。
「バーなんて、こんな田舎にあるんですか?というか大佐は、ここへ何度か来たことが?」
「あぁ、君と出会う前にも何度かね」
あの頃は、まだ首都がファーレンで、海を跨いだ島はダレーシアと呼ばれていた。
群雄諸島と全部併せてダレーシア国だったのだが、国名に関しては原住民も混乱していた。
首都の名前で全統一したレイザース王の判断は、正しいのだ。
制圧以前は住民が勝手につけた通りの名前で、町中も混沌としていた。
レイザース人が入り込むようになってから、街はだいぶ変わった。
お洒落な店舗が増え、夏のレジャー地が定着した。
所々漁業国家の名残はあるが、新しい文化と良い感じにブレンドされている。
道には標識も出来て、判りやすくなった。
「移住者の作った店もあってね、そこだと首都の飯も食える。だが、まぁ、せっかく来たんだ。海産メニューを頂こうじゃないか」
はいと頷いて、ルクは素直についてくる。
ジョージやカズスンがワンコと彼を小馬鹿にしたくなる気持ちも、判らないではない。
ファーレンの飲食店は、どこも海に面した場所に建っている。
窓から水平線を眺められるのがウリなのだからしてカップル定番のデートコースだとハリィに教えられて、ルクは目を丸くした。
「……こういう店を知ってるってことは……」
席に腰掛け、落ち着きなく周囲に視線をやりながら、ルクが呟く。
「ん?」
「大佐にも、恋人がいるんですか……?」
ちらりと上目遣いに見上げられて、ハリィは苦笑した。
「にもって何だい、君には恋人がいるのかな?」と、やり返してから、とんでもない!と慌てる部下を真っ向から見据えて、はっきり否定した。
「恋人なんていないよ。欲しいと思った事はあるが、残念ながら良い相手が見つからないんだ」
「あぁ……判ります」と、小さく嘆息してルクは窓へ視線を逃がす。
窓の外には美しい景色が広がっていた。
日の光を反射して、水平線がキラキラと輝いている。
波も穏やかで、今頃の季節はサーフィンより素潜りに向いているのかもしれない。
「大佐に近寄ってくる奴って、レピアみたいなケバイのが多いですもんね」
「それほどケバくない人も、いたけどね」
一応これまでに出会った女性の名誉をフォローしてから、ハリィは付け足した。
「化粧の程度は問題じゃない。恋人の必須条件は性格だろ。残念ながら俺の好みにあう女性がいなかった、それだけさ」
「じゃあ、聞きますけど」
飲み物、それから単品料理を幾つか注文して、ルクが視線を真正面へ戻す。
「大佐の女性の好みって、どんなんなんです」
しかしハリィは、あっさりと彼の質問をはぐらかした。
「そんなものを聞き出して、なんとするつもりかな?」
何をするつもりかと聞かれたら、何をするつもりもない。
完全に、ただの好奇心だ。
ばつの悪そうな表情を見せ、ルクが黙り込む。
プライベートに深く踏み込んだのを、後悔しているのかもしれない。
少し間を置いて、ハリィが話しかける。
「君は、俺にだいぶ興味を持っていると見えるね。だが俺と君との間には、まだ、ほんの少し距離がある。まずは、その距離を埋めていくことから考えようじゃないか」
どうやって?と目線で尋ねてくるルクへは、笑顔で応えた。
「食べ終えたら、観光の続きをしよう。情報収集は、その後でも出来る。俺と君の距離を埋めるには、お互いの理解が必要だ」
「理解?」と首を傾げる部下に再度頷いて、ハリィは話を締める。
「君が何を好きで何が嫌いで何を得意とするのか、俺は全く知らない。チームを組んでいるってのに、これじゃ仕事にも支障が出る、だろ?まずは君について、色々と教えてくれ」
笑顔で瞳を覗き込まれて、ルクは、たちまち緊張する。
チームに参入して以降、こんな間近でハリィと過ごすのは初めてだ。
いつも単独ないし他のメンバーとばかり、聞き込みに回っていたから。
二人きりなのだ――改めて考えると、体中の汗が一気に吹き出てきそうである。
粗相をしでかさないよう、幻滅されないよう、気を引き締めなくては。
ルクは次から次へと出てくる料理を、味も分からぬまま必死で頬張った。


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